ソフィア・テイクス・アクション! ACT:2


EPISODE 060 「Sophia Takes Action ! ACT:2」




 ローズベリーはゆっくりと立ち上がると、こう呟く。

「――涼子ちゃん大丈夫。私がついてるよ」



 ソフィアはローズベリーのその呟きを、複数の耳によって確かに聞き取った。そして彼女もまた立ち上がると、目の前のローズベリーを見て、こう口にした。


「出たわね……高次元自己存在ハイアーセルフ……」



「えっ? あっ……わたし……」

 ソフィアの言った直後、ローズベリーは突如我にかえったようにハっとなり、自らの行いに気付いた。そんなつもりはなかったのに、自分は今確かに、本気でソフィアを蹴り飛ばそうと……。


「違うの! わたし! ごめんなさい、そんなつもりじゃ……!」

「いいの、わかってる」


 ローズベリーが行いの無意識を訴えようとするも、ソフィアは無情のトリガープルによって応えた。ソフィアの構えたザウエルP250ピストルから実弾が発射される。


 だが命中の手前、ローズベリーは左手に巻き付いた植物のつるを鞭のようにしならせると、これを叩き落とした。




「大丈夫、涼子ちゃん、私が助ける……」

 ローズベリーが再び呟く。紅の色に染まったその瞳に陰りはないものの、普段の彼女とは全く違う険しい目つきで相対するソフィアを睨む。





(違うのソフィアさん、本当に違うの、私そんなつもりじゃないの、聞いて……)

 ”もう一人の”ローズベリーの内面、涼子の意識ははっきりとしていた。涼子は懸命にソフィアへ訴えかけようとする。しかし、声が出ない。



 彼女の左腕に装着された超能力者サイキッカーPSYサイ出力制御腕輪【星屑の腕輪】にはめ込まれた青い宝石が輝き、彼女の能力暴走の抑制が為されている事を示している。現に、高速道路上での暴走時に起きたような破壊的状況は引き起こされていない。



 ……そのはずなのだが、涼子の意志に反して声は出ず、身体は彼女の思いとは違う動きをしている。





 ――涼子ちゃん、聞いて。



 涼子の心の中に、誰かが語りかけて来る……。



(誰?)


 ――あなたの味方。


(レナちゃん……? ううん、わからない……)


 ――私は麗菜れいなであって、麗菜ではない。そして、あなた自身の中にあるもの。


(? わからない……)


 ――大丈夫。少しだけその身体を貸してね。悪い人から守ってあげる。


(待って! その人は――!)




 ローズベリーの心の中の制止を振り切って、”もう一つの”ローズベリーはその右拳を突き出す。すると彼女の手首に巻き付いたつるがそのままロープ状に飛び出しソフィアを狙う。



「!」

 ソフィアがサイドステップで蔓を回避する。超越者でない彼女はこの攻撃が完璧に見えていたわけではなかった。だが、ソフィアとて無力な少女ではない、かつてはそうであったとしてもだ。


 蔓の発射自体は見えなくとも、ソフィアの受けてきた日々の訓練が、ローズベリーの攻撃の予備動作からの予測回避行動を可能にしたのである。


 ローズベリーが左拳を突き出す。彼女の手首に巻き付いた蔓がロープ状に飛び出しソフィアを狙う。ソフィアはサイドへローリングし蔓を回避する。


 伸びきった両手の蔓が縮みローズベリーの手元に戻ろうとする。その隙を狙ってソフィアが膝立ちからの四連射。二発は外れ、残り二発はローズベリーの足に向かう。




 ――涼子ちゃん、イメージして、あなたには強いハートがあるの。



 声はまたも、涼子の心へと直接語りかけてくる……。


 ――胸の中で燃えている小さな炎がある、それがあなたの力、そして、わたしたち。その炎は輝きを放っている。その光は、あなたの身体の内側を満たしていくの……。




 異常な状況だというのに、自分が友達と戦っていて、自分が自分の思う通りに動かないというのに、その声を聴いていると、涼子はなぜだか不安や恐怖が和らぐような気がした……。



 涼子は、自分の左胸に小さな、紅に輝く炎があるように感じた。そしてその炎の放つ輝きが、彼女の全身を満たしていく光景を、声の導くままにイメージした。




 すると、ローズベリーの全身を覆う白いエーテルフィールドが厚みを増した。



 ソフィアの放った弾丸の二発が右脛に命中。だがローズベリーは右足を大地に踏みしめると、出力の突如強まったエーテルフィールドを展開し、拳銃弾が生み出す破壊エネルギーと、その衝撃に耐えた。




 ――そう! やっぱり涼子ちゃん凄いよ! そのイメージをキープして! そうすれば誰もあなたを傷つける事はできないから――。



 ローズベリーはそのまま地面を蹴って突進。

 ソフィアの両カメラの輝きが一瞬強まった!


「ヤーッ!」

 

 ソフィアは膝立ちとなっていた自身の姿勢さえ利用し、ローズベリーの突進の勢いも利用し、彼女を投げた! 一本背負い!



 投げ飛ばしたソフィアがローズベリーへ向けて銃撃! 1,2,3,4……五発! ローズベリーは近くの地面めがけて蔓を伸ばすと、それを縮ませ、身体を引っ張り上げるようにして銃弾を回避する。


「ハアアアアッ!」

 だがそこへソフィアが走り寄る! マチェットを逆刃にして、滑り込み動作から立ち上がろうとするローズベリーの顔面めがけてマチェットを振りぬいた!



 マチェットはローズベリーの眉間に直撃、吹き飛ばされ悶絶するローズベリー。視界外からの思わぬ追撃を受けたせいでエーテルフィールドの展開が一瞬遅れ、若干ながらダメージを受ける事になってしまったのである。





「ハァ……ハァ……」

 ローズベリーを吹き飛ばしたソフィアはその場で片膝をついた。ソフィア専用の蒼いノーザンヘイトこと【ブルーバード】は、ファイアストーム用のそれより軽量といえど、それでも二人の間には身体能力の差がありすぎる。


 ヘルメットにプレートキャリアつきの装備を女子が着込んで全力運動すれば、その身体能力が人間の枠を超越していない限りは当然疲れが出る。


 それが今、能力行使的にも、精神的にも相当の無理をして、慣れない実戦の緊張下に置かれているならば尚更の事。ソフィアの人間の身体で、人外の身体を持つローズベリーを相手に白兵戦を挑むとなれば、その集中力の酷使も相当のものになる。



「涼子ちゃん……よく聴いて」

 立ち上がるローズベリーを見据え、ソフィアが口を開く。


「そして高次元自己存在ハイアーセルフ……あなたも聴いて。大事な事だから……」

 そして、ソフィアはマチェットをローズベリーに向けると、もう一つの存在にも呼びかける。すると、ローズベリーの動きが止まった。


「……私が、どうしてこんな無茶をするか、わかる……?」

「……?」



「敵はあなたの友達の情報と、その遺品を条件に、あなたとレイが二人だけで来るように仕向けている。完全な罠よ、でも、その条件を拒めば、友達の遺品を破壊するって、脅してる……」


「関係ない。涼子ちゃんが望んで――」

「関係ある!」


 言いかけたローズベリー=ハイアーセルフの言葉を、ソフィアが遮った。



「……相手は、あなた二人を確実に殺すための策を用意している。行けば……最悪二人とも殺される。レイは、あなたが行くって言ったら、命がけで守ってくれると思う……でもダメなの、彼、本当は……」



 言いかけて、ソフィアの言葉が止まった。彼女は片膝をついたままザウエルピストルのマガジンの交換を行う。


「ダメ、言えない。……それに涼子ちゃん。今のあなたは、例え高次元自己存在ハイアーセルフの助けがあっても、弱すぎる」



「私は強い。あなたの言葉はレナちゃんと涼子ちゃんへの侮辱、謝って」

 ローズベリーの表情が歪み、不快を露わにした。だがソフィアは静かに立ち上がると、ローズベリーへと言い放った。


「……わかってるでしょ、相手に言う事を聞かせる方法ぐらい」

「許さない」



 彼女の内にある別の何かに肉体の主導権を奪われたローズベリーが、ソフィアを倒すべく地を蹴った!


 接近しながらローズベリーが右手から蔓を伸ばす。ソフィアが避ける。ローズベリーは左手の蔓を伸ばす。ソフィアの胴体に巻き付き、彼女の動きを封じた。



 そしてローズベリーが右の拳を振りかぶった。直後――、ローズベリーの顎をソフィアの拳が捉えた。強烈なカウンター! ローズベリーの拳はそのまま空を切る。


「――ッ!」

 カウンターの衝撃に非超越者のソフィアがその手首を痛める。だが彼女は痛みを堪え、ローズベリーの右手を掴む。蔓の拘束が弱まったのを好機とみて、ソフィアは技を繋ぐ。



 ソフィアはローズベリーの手首を掴んだまま、その右側へと半身で踏み込みながら身体を一回転させ、左手も添えて振りかぶる。


 ソフィアの一回転によって肘関節を極められたローズベリーが、関節へのダメージから逃れるために自ら投げ飛ばされる事を余儀なくされる。「四方投げ」と呼ばれる柔術の投げ関節技である。



『涼子ちゃん、お話してくれたよね。大事な友達が空手を教えてくれたって。凄いと思う』

 ローズベリーの頭にテレパシーが届いた。そしてその声は、ソフィアのものだ。



 ローズベリーは投げのダメージを殺す為に空中で二回転し後方へと着地。だがホルスターから銃を引き抜いたソフィアが銃を連射。


 何発かが命中しローズベリーのバランスを崩させる。



『『三年も続けてるんだってね。本当に凄いと思う。訓練で涼子ちゃんが毎日どんどん強くなっていくのも私、ずっとそばで見て来た』』



 ソフィアは更に銃撃、銃撃、銃撃! 撃ち落としきれないローズベリーは両腕のガントレットに蔓を巻き付け、急所への流れ弾を避ける。


 大型拳銃弾とはいっても神々の力を振るう戦闘サイキッカー相手に対しては、その一発一発は小さな攻撃でしかない。だがその攻撃の積み重ねが、確実にローズベリーのエーテルフィールドを弱らせていた。一発がエーテルフィールドと激しく拮抗し、肩に鈍い衝撃を残す。




『『『……ごめんね涼子ちゃん、あなたが弱いなんて嘘。超越者オーバーマンになれない私なんかより、ほんとは涼子ちゃん、ずっとずっと強い。本当は嫉妬してるの。でもね……』』』



 ――涼子ちゃん、悪いテレパシーに耳をかたむ……


 テレパシーの音が二重、三重にも重なって、ソフィアのテレパシーは、涼子の心に語りかける声さえも掻き消してゆく。



 装弾数12発のソフィアのP250のマガジン内の弾が尽きる。ローズベリーが体勢を立て直し反撃してくるよりも早く、ソフィアはマガジン交換作業に臨む。


 慣れた手つきでマガジンを交換するソフィアの脳裏に、かつての日々の光景が浮かぶ。まだ本当に何もできなかった自分が、ひとつひとつ、色んな事を教えて貰った、そんな日々を……。



「私も三年間、ずっと教えて貰って来たの……」



『ボクシングも』


『柔術も』


『サイキックの使い方も』


『刃物や銃の使い方も……』


 ソフィアのテレパシーと共に、異形の空に、ひとつ、ひとつとオレンジの光が灯ってゆく……。



『『『『全部、全部……』』』』






『『『『「全部!」』』』』


 五つ重なった彼女の声が、地下室と、ローズベリーの頭の中に木霊する。




「……だから簡単には負けない」


 地下室の天井に広がる異形の星空にはオレンジ色の、四つの星が輝いていた。





EPISODE「Sophia Takes Action ! ACT:3」に続く。

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