ソフィア・テイクス・アクション! ACT:1


EPISODE 059 「Sophia Takes Action ! ACT:1」




 ソフィアはホルスターから一丁のザウエルピストルをゆっくりと引き抜いた。そして、涼子へと向けた。



「行かせない、絶対に。これから私は、あなたを止める」


「ソフィアさん……? 待ってください、わたし……」

「来ないで!」

 拳銃を向けられた涼子が困惑しソフィアに歩み寄ろうとするのを、ソフィアが声を荒げてせき止めた。涼子の背中が壁につく。



「ソフィアさん……」



 ソフィアは一度銃口を下げると、黙っていた事実を涼子へと告げる。


「涼子ちゃん、敵があなたの探し物を持っている。言われた場所に来ればそれを返す、来なければ……それを壊すって、敵は言ってる」



 直後、出入り口の「LOCKED」の赤い施錠表示が、緑色の「UNLOCKED」の文字へと変わった。ソフィアが扉の遠隔ロックを外したのだ。



「涼子ちゃんだったら、どうする? ……もし私の考えが外れていて、危ないから絶対行かないって言い切れるなら……そこのドアから出て行って、あなたの友達のアクセサリーの事は、もうずっと、忘れて……」


 ソフィアが問う。そして出来る事なら、涼子がこのまま怯えてこの部屋から出て行ってくれる事を願った。その結果、積み上げてきた友情が壊れてしまうとしても……。



 しかし涼子は静寂の中、ドアの前で少し立ち尽くした後……ドアに背を向け、蒼いノーザンヘイトを身にまとうソフィアを向いて、言った。




「……ごめんなさい、それだけは……。約束なんです」


 それはソフィアへの謝罪の言葉であったが、同時に彼女の申し出を断り、ひたすらに前に進むことを望む強固な意志表示でもあった。


 親友との最後の約束であると同時に、その約束を守る事が涼子にとっての心の支えでもある。それを忘れる事など、例え友達ソフィアの願いでも……できなかった。




「謝らないで……判っていた事だから」



 涼子が退いてくれない。ソフィアも、また退けない。

 後戻りが出来ない。闇の中で、ソフィアの両足は微かに震えていた。




「この間の戦いの時に気づいたの。涼子ちゃんとレイは、どこか似ている。大切な事のためだったら、誰かのためだったら……自分の命を平気で投げ出せてしまう」



 ソフィアの脳裏に、あの日の夜、自身の制止を振り切って飛び出してゆく涼子の姿が浮かぶ。




「このまま行ったら涼子ちゃんは死んじゃう……、でも、涼子ちゃんの気持ちも、本当はすごくわかる……」


 涼子よりも、大きな迷いを抱えているのはソフィアの方だった。涼子の望みは、友達としてよく理解している。彼女の悲しみもまた、大切なものを失った人間同士、よく理解している。


 ……これから自分のしようとしている事が、どれだけ良くない事か、それもわかっている。それでも、亡き親友との約束を抱えて走る涼子が決して止まれないのと同じように、ソフィアもまた、止まる事ができない。





 ――このまま、ぶつかるしかない。




 ごめんなさいレイレイ。この戦いが終わった時、あなたは私を嫌いになってしまうかも。


 ごめんなさいミカさん。あなたを失望させてしまうかも。


 ごめんなさいお父さん。お父さんも、こんな気持ちだったの?


 ごめんなさい涼子ちゃん。あなたと友達で居たい、もっとあなたと仲良くなりたいの、だけど……





「私はあなたを行かせたくないから、今から本気で止める。……それでも前に進みたいっていうなら……見せてみて」




「この残酷な世界で、あなたに生き残れるだけの意志と、力があるって事を」



 ソフィアの蒼いノーザンヘイトのアイカメラの色が、レイのそれよりも色の濃く焼き付いたようなオレンジの色……ゴールデンアイ・カラーへと変化し、輝いた。



「PSY(サイ)……安全装置セーフティ解除オフ。……セミ・リミットオフ……」



 ソフィアが呟いた直後。訓練室の明かりの全てが消え、完全な暗闇となる。暗闇はすぐに晴れた。だがそこには目を疑う光景が広がっていた。



「……!」

 白一面の衝撃吸収材が広がっているだけの地下訓練室のはずなのに、涼子の上空には、地下にあるはずのない異形の星空が輝いていた。そして星空と共に、大きな大きなオレンジ色の月の光が二人の姿を照らしている。



 いつの間にか、両サイドの壁に無数の白い女性の影が立っている。影はすべて二つの青い瞳を持ち、それぞれがハート形の物体を無言で手に持ち、二人に視線を注いでいる。




 ハートにはそれぞれ「LOVE」「PEACE」「FRIEND」「FAMILY」「FUTURE」「HOPE」「MERCY」「RAY」「81」などの文字が書かれていた。




 二者が景色を共有するほどの強烈な幻覚と空間湾曲を生み出すほどの、極めて危険なサイキックの過剰行使の反動にソフィアがよろめくも、踏みとどまると涼子の方へと近づき、右手に握ったままのザウエルP250ピストルを再び向けた。




「ローズベリー、私、全力で行くから」


 いつの間にか、涼子の胸に紅色のハートがくっついていた。それには「FRIEND」と文字が書かれていた。


「ソフィアさん、私ソフィアさんと戦いたくな――」



 ドン。


 涼子が戦闘を拒もうとした瞬間、ソフィアは引き金を引いた。銃弾が、彼女の胸の「FRIEND」の文字を貫いた。




 ハートが砕けて、散った……。






 衝撃でローズベリーは転倒した。超越者オーバーマンとしての力を持つ彼女に備わったエーテルフィールドが白く発光し、銃弾を食い止めた。ゆえに、物理的なダメージはほとんどなかった。



 だが、慈悲を捨て去ったソフィアの一撃によって負った、ローズベリーの心の衝撃ダメージは計り知れないものだった。




「やだ、やだよソフィアさん……」

「戦えないなら、このまま帰って。そして全部、忘れて」


 ローズベリーは尚、戦いを拒む。だがソフィアはゴールデンアイカラーに発光するアイカメラを無慈悲に向け彼女を見下ろすだけで、冷たく言い放つ。



 ローズベリーは戦いを拒む。だが、ソフィアの要求をそのまま呑んで退く事もできなかった。


「……できないよ」

 ――銃声、彼女の横をザウエルの9mm拳銃弾がかすめた。



「戦えないなら、行っても無駄死にする。悪い人達の欲望を満たすだけ」

 ソフィアは尚冷たく接する。



「次は当てる。立って」


 ローズベリーは必死で呼吸を整えながら立ちあがる。ダメージはまだない、そう、肉体的なダメージは……。


 ソフィアがホルスターにザウエル拳銃を仕舞うと、ローズベリー向かって真っすぐに突っ込んできた。ローズベリーも反射的に構える。



 ジャブ、ジャブ、ストレート、フック、ジャブ、ストレート……。ソフィアのコンビネーションをローズベリーはすべて見切って避ける。


 一か月前の涼子なら、この攻撃を避けられたかどうかわからない。だが超越者オーバーマンとなり、超能力者サイキッカーとなった今のローズベリーにとっては、超能力者サイキッカーではあっても非超越者たるソフィアの攻撃を避ける事は、難しいことではなかった。




 はずだった。


 ――ガツン。ローズベリーの視界が衝撃と共に突如揺らいだ。



 コンビネーションに織り交ぜたアッパーブロー。今までのコンビネーションは全てが捨て石で、この一撃が狙いだったことにローズベリーは気づけなかった。



 ダメージそのものは彼女のエーテルフィールドが白く発光して受け止めるも、意識外からの思わぬ一撃によろめき後退する。



「――視界外からの攻撃、特にアッパーに弱い。慣れていこう……そうでしょ」

 ローズベリーは言われた言葉に、いつの日かのファイアストームとの訓練を思い出した。




 ソフィアはさらに格闘戦を仕掛ける。ローズベリーはソフィアの拳を一つずつ捌き、彼女を止めるためにその手首を掴んだ。



 ローズベリーのブーストされた身体能力が生み出す力が、ソフィアの左手首を強固に掴んで離さない。少なくともこれでソフィアの動きを封じれる、ローズベリーはその時、そう思った。



 だがソフィアは残った右手を手刀として、ローズベリーの肘関節めがけて振り下ろし、その体重を載せた。

 合気道技「すみ落とし」――。ソフィアの繰り出した柔術の投げ技がローズベリーを襲う。



 ローズベリーがバランスを崩した所を、ソフィアは巧みに足払いと織り交ぜて投げ技を完遂する。異形の月と星空が輝く地下訓練室の下、蒼いノーザンヘイトの瞳が、地に背をつける少女を無慈悲に見下ろす。



 そしてソフィアは背中に手を伸ばす、その先には一振りのマチェット。彼女は決意と共にマチェットを背中から引き抜く。



 彼女は引き抜いた勢いそのままに、マチェットを大きく振り下ろした。狙いは胸部だった。



 涼子が目を瞑り、反射的に両腕で身を守ろうとした。




 ――打ッ!







 常に後方支援となるソフィアの振るうマチェットは実戦を想定されておらず、その刃がそもそも研がれていない。だがそれが研がれていたにせよ、研がれていなかったにせよ、その刃はローズベリーに届かなかった。


 ギギギギギギ……。ガントレットごと、ローズベリーの両腕に巻き付いた植物のツルがソフィアの斬撃を受け止めていた。


 ローズベリーの瞳がくれないの色に発光した。


「!」

 有利な態勢にあったソフィアが直感的に後ろに退き距離を取ろうとした。そしてほぼ同時に、ソフィアの身体を蹴りが襲った。


「ぐっ!」

 身体能力のブーストされた超越者の蹴りをまともに喰らえば当然命に関わる。ソフィアの身を直感が守った。後ろに退いたお陰で蹴りによって致命的ダメージを受けずに済んだものの、ソフィアは大きく身体を飛ばされる。


 吹き飛ばされ受け身を取ると、ソフィアは腹部を苦し気に抑える。




 ローズベリーはゆっくりと立ち上がると、こう呟く。

「――涼子ちゃん大丈夫。私がついてるよ」



 ソフィアはローズベリーのその呟きを、複数の耳によって確かに聞き取った。そして彼女もまた立ち上がると、目の前のローズベリーを見て、こう口にした。


「出たわね……高次元自己存在ハイアーセルフ……」






EPISODE「Sophia Takes Action ! ACT:2」に続く。



===


☘世界観:小道具


紹介物:ミラ36号ソフィア専用装備【ブルーバード】


 ソフィア専用装備。非超越者かつ能力も戦闘に向かないソフィアには必要のない前線活動用のヒーローコスチュームだが、ファイアストームの専用装備【ノーザンヘイト】を見て揃いのものを非常に欲しがったソフィアが、レイ本人とハンムラビの兵器・工学科に頼み込んで作らせた特注品。



・主にこのような違いがある。



ヘルメットデザイン:本家は左目にターレットファインダーを装備しているが、ソフィア用のものにはない。


ヘルメットライト:本家は白く淡い発光。ソフィア用はそれに若干のピンクが混ざった白梅色の淡い発光。(戦闘時の発光は彼ら個人のサイキック反応による)


全体カラーリング:本家は黒をベースにアクセントカラーとしてエンジ色を使用。ソフィア用はインディゴブルーとと紅碧べにみどり色を基調とする。


 他にも非超越者の為に体力面で劣るソフィアのために、彼女には扱いの難しい本家の胸部アーマーを軍用プレートキャリアに変更、他にも各種プロテクターの素材変更など、大幅な軽量化が図られている。

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