獣の奏でる不協和音(ディスコード) ACT:5
EPISODE 057 「獣の奏でる不協和音(ディスコード) ACT:5」
麗菜を失ってからの日々が、涼子にとっては人生最悪の日々である事は疑いようもない。だがそんな最悪の状況に陥った時、涼子には救いとなる味方が現れた。
それは坂本 レイであり、ブラックキャットであり、リトルデビルであり、祈り手の稲毛 セツであり、そして……彼女の新たなる友人となってくれた女性、
彼女を救い、助けようとしてくれる人たちが居る。
そして、この最悪の状況でもう一つ存在するマシな事。――それはこんな最低の気分で学校に行きたくない日に、学校もまた臨時の休校日だということだ。
平日で本来は登校日であったが、先日起きた学校の騒ぎで学校は今日一日臨時休校。ハンムラビの地下居住エリアで一晩を寝泊まりした涼子は、地下都市商業エリアを歩いていた。
涼子の隣をニコニコと歩くのはソフィア。連日の出来事の連続にストレスを抱え込む涼子を一晩泊まらせた後、気分転換になればと彼女をショッピングに連れ出していた。
地下商業施設のゲームアミューズメントコーナーでは一緒にエアホッケーゲームで遊んだり、UFOキャッチャーで鳥のぬいぐるみを取ったり、お互い年頃の少女らしくプリクラで写真シールの撮影を行ったり……。あとはハンムラビ施設内でまた寝泊まりする時のために、涼子の洋服を買ったりも……。
……
「ソフィアさん、ごめんなさい、またこんなに色々してもらって……」
涼子は両手に抱えた買い物袋をベンチに置くと自身もその腰を降ろす。上に目を向けると吹き抜けから伺えるショッピングモールの上階と、高くには天井を見ることが出来る。
ソフィアも一緒になって涼子の隣に座り、手に持ったドーナツの袋を開けるとドーナツを半分に分け、涼子に片方を差し出す。
「気にしないで、結構お金貰ってるし、ほとんど地上には出ないからそんなにお金も使わないし……余ったら少し寄付してるぐらいだから」
「へえ~、ソフィアさん偉いんだ」
ソフィアの行いに涼子は感心を示す。日数に換算すれば出会ってからまだ二週間ほどではあるものの、ソフィアの素の明るさと親しみやすさもあって、今では彼女の事を同年代の友達のように感じていた。
そしてソフィアにとってもそれは同じ気持ちだった。
「そんなじゃないけどー。お父さんやお母さんがいない人の所とかに、ちょこっとだけね。レイもちょっとだけやってるよ」
ソフィアは語る。国際的組織であるハンムラビは資産的にはかなり潤沢な部類で給料は良く、それが軍事行動に関わる人々やサイキッカーであれば尚良い。
単にソフィアにとっては使い切れない分の給料のごく一部を孤児であるとか、モルモン教だとかへ若干寄付しているに過ぎないが、それでも涼子からしたらその使い道は極めて人道的で高潔であるように思えた。
「凄いなあ、私も働けるようになったらそういうの、ちゃんとやらないとなあ」
「別にいいのよ。そういう余裕ができてからで」
ソフィアが小さく微笑んだ。二人は分け合ったドーナツを共にかじる。
「ね」「あの」
ふいに二者が同時に口を開いた。言葉が重なり合う。
「あ、ごめんなさい、先に……」
「ううん、涼子ちゃん先にお話して」
ソフィアと涼子が互いに先を譲り合う。やがて涼子が先に話を切り出す。その内容はもちろん、彼女の親友の麗菜と、そして先日の学校の騒ぎに関する事だった。
「えっとその……私の友達のレナちゃんの事なんですけど……あの、この間の悪い人達が学校に送って来たのは、私への手紙だって……」
「そっか……聞いたんだ」
涼子が話を切り出した途端、ソフィアの表情が変わった。それは先ほどまでの明るい笑顔から、どこか悟ったような、諦めたかのような微笑みで、その笑みには影が落ちていた。
「坂本さんからラインで……直接話したいけど手が離せないから詳しい事はソフィアさんから聞いて欲しいって」
「Ahー……そうね、彼ならそうよね」
そう言った直後、ソフィアが非常に小さく呟いた。
「彼、正直だから……」
その小さな呟きを、涼子は聞き取ることができなかった。
「はい?」
涼子が聞き返そうとすると、ソフィアは影のある笑みと共にこう答える。
「ううん! ……ごめんね、レイレイ昨日から凄い忙しくて、今日も朝に一回帰って来たんだけど、すぐにまた外に行っちゃった、お仕事で」
「それは私の……」
「うん、まあ、そうね……」
ソフィアが歯切れ悪くも肯定する。坂本 レイ ことファイアストームは昨日の一件のせいで仕事に追われている。昨晩も敵地偵察の任務に出かけ、明け方に帰って来るもデスクワークを済ませた後、また任務に出かけてしまった。
会議、偵察、報告、会議、また偵察……、涼子は今のレイとほとんど連絡がつかない状況にあった。
「あの、それで、手紙ってどういう内容だったんだろうって、聞きたくて私……」
自分宛の手紙が届けられた事で、学校が臨時休校に陥った事は知らされた。そして任務で多忙のレイは詳細情報をソフィアに託して任務へと発った。だが涼子がその詳細を尋ねると、ソフィアは不審な態度を見せた。
「知らなくても大丈夫よ。レイレイが、きっと、なんとか……してくれる」
「……ソフィアさん?」
「あんまり知らなくて良い事かもよ? それでも涼子ちゃん、知りたい?」
ソフィアは困ったような表情の中に影のある笑みを辛うじて浮かべると、涼子の瞳を見た。
「……」
そして、涼子の瞳の中に隠れた決意と意志を、感じ取った。ソフィアは伏し目がちに、一言の謝罪から言葉を口にした。
「……ごめんなさい、本当はあなたに教えてあげなきゃいけない事があるの。でも、知らない方がいいかも」
「ソフィアさん、あの、私……」
「……そうだよね、どんなことでも知りたいよね。大事な友達の為だもんね」
皆まで言わずとも、友人の気持ちはわかっていた。第一彼女はそのためだけに、この場所までやってきたのだから。
「はい……」
ソフィアは諦めと、悲しみと、困惑と……すべての感情を一時押し込め、決意と共に顔をあげると涼子を見て、こう尋ねた。
「涼子ちゃん、もう一日だけここに居られる? 家族の事はフラットさんとか……私たちが何とかできるから」
「はい、大丈夫ですけど」
「うん、それじゃとっても大事な話だから……夜、訓練室でお話したいの。レイとブラックキャットさんも来るから、着替えて来て貰ってもいいかな」
ソフィアはそう申し出る。涼子は彼女の態度に若干の疑問を感じつつも頷いた。
「? わかりました」
「うん、お願いね。……ごめんなさい! 私呼ばれてるの忘れてた! 一度オフィスに戻らないと!」
会話に目途が立つなり、ソフィアはすぐにベンチから立ち上がる。
「あ、じゃあソフィアさん、これ私、お部屋まで持っていくね」
「うん、ありがとう涼子ちゃん。……それじゃ、またあとでね」
そう言うと涼子が別れ際の感謝の言葉を言う暇もなく、ソフィアは駆け足でその場所を後にしてしまった。
「あの、ソフィアさん、ありが……行っちゃった」
涼子はドーナツの残りを口に押し込めながら、あっという間に遠ざかるソフィアの背中を目で追った。
☘
それからしばらく後、涼子の寝泊まりした居住区画や商業区画からも更に離れ、更に深い場所……ソフィア個人の居住スペース内に、ソフィア自身の姿はあった。
仕事場も兼ねた彼女の自宅は社内無線や複数台のPC、ファイルキャビネットなどの実務的な側面と共に、彼女の私生活や趣味の伺える私物も目立つ。
海外テレビゲームや映画のポスターが壁に張られてあったり、アコースティックギターが立てかけてあったり、PCゲーム用のコントローラーや音楽再生プレーヤーがスピーカー付属スタンドと共に私用の机の上に投げ出されてあったり……。仕事用のものを除けば少しオタクっぽいアメリカの女子大生が一人で暮らす自宅、そんな印象さえ受ける。
「……どうしよう私、何やってるんだろう」
ダブルベッド上で裸足となってうずくまるソフィア。抱えたペンギンのぬいぐるみをギュウっと抱きしめる。
ソフィアは嘘をついた。呼ばれたなんて、嘘だ。現場の事はレイとヤエらが対処中で、ソフィアの出番は今は無い。
ソフィアは嘘をついてあの場から逃げ出した。
どうして? ソフィアは自問自答し続けた。
自分がしている事が怖くなった? しようとしている事が怖くなった?
自分の行動に、整合性が取れなくなって……それが怖くなった?
違う、今本当に怖いのは――。
「レイレイ、涼子ちゃん……ミカさん……私、みんなを裏切っちゃうかも……」
☘
その後も帰宅せずにハンムラビの地下居住区に留まり続けた涼子は、夜も遅い時間帯になると部屋を出て、待ち合わせの場所へと向かった。
もはや日課と化しつつあった訓練の日々。最初は広くて何度も迷ったハンムラビの地下施設だが、今では一人で真っすぐに訓練場へと向かう事が出来る。
女子更衣室に入ると既に明かりがついていた。誰も居ない……。更意室内のベンチに、ローズベリーとしてのバトルインナーウェアと、彼女用に開発された腕から手の甲までを覆うガンメタルカラーの試作ガントレットが既に置いてあった。
カスタムパーカーは、先日の戦闘で破損したため修理中。この場にはなかった。
涼子はバトルインナーの上に指定ジャージのズボンと試作ガントレットを着用。訓練場の扉を開ける。
……何もない。
あまりに不気味だった。照明は一部しか点けられていないために非常に暗く、静かで……、涼子が思わず不安になり、訓練場を離れようとした時。
ガチャン! 訓練室と外部を繋ぐ扉が突如音を立てて施錠された。「LOCKED」の赤いランプ文字と共に沈黙するドア。涼子が手をかけるも、彼女の腕力をもってしてもビクともしない。
「えっ、うそ、開かない」
涼子がパニックになって扉を開ける方法を探していると、その背後から声が聞こえた。
「無駄よ。その扉はパワータイプのサイキッカーからの攻撃を想定してる」
涼子が振り返る。訓練室のライトが一つ、二つ、三つと点灯されてゆき、未だ薄暗くも訓練場全体の輪郭が見えるようになってくる。
ライトが訓練場奥をぼんやりと照らした時、一つのシルエットが姿を現した。
涼子はそれに見覚えがあった。いや、厳密には、”それ”に似たものを見た事があった、というべきだろう。
それはファイアストーム専用
ボディーアーマーに関してもファイアストーム用のライオットアーマーよりも保護箇所を限定した蒼い軍用プレートキャリアの上にブラウンのレザージャケットを羽織っている。
「涼子ちゃん、ごめんなさい。私、言おうと思ってたのに、なかなか言えなかった」
少しだけピンクの混じった白梅色の淡い光を両目のカメラから光らせながら、蒼いノーザンヘイトの着用者は口を開く。
「……ソフィアさん?」
ヘルメットのせいで顔は見えない、でもそれは紛れも無いソフィアの声だった。涼子が呼びかける。
しかしソフィアは呼びかけに応えない。いつものように、明るく応えてはくれない。
代わりに彼女は白梅色のアイライトを淡く光らせたまま、静かに言葉を紡ぐ。
「ビーストヘッド・プロモーションから送られてきたのは、実質的な宣戦布告状と脅迫文。彼らは、あなたをエサでおびき出そうとしている。……あなたの友達の遺品というエサで」
「でも私は怖かった。それをあなたに教えたら、涼子ちゃんは例え一人でも罠に飛びこんでしまう……レイと一緒、涼子ちゃんにはとても強い意志がある。」
「だから、駄目なの」
ソフィアはホルスターから一丁のザウエルピストルをゆっくりと引き抜いた。そして、涼子へとその銃口を向けた。
「行かせない、絶対に。これから私は、あなたを止める」
N検XT EPI閲O検E「獣の奏で墨墨墨墨墨 墨墨T:墨」
……
……
NEXT EPISODE 「Sophia Takes Action! ACT:1」
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