Way Back Home 1/2


EPISODE 052 「怒りのステルス・アタック!」


EPILOGUE EPISODE 1/2 「WAY BACK HOME」






 涼子、そしてブラックキャットが去った後、二機のドローンを除いて一人残ったファイアストームが、二人の敗残兵の後頭部に銃を突き付けていた。


 二人とも両肩の関節を外された上で後ろ手を拘束ワイヤーによって縛られ、道路脇の壁向かって正座させられていた。


「いくつか聞く事がある」

 闇の中、ファイアストームが彼らの後ろから言葉を発する。


「話す事はない」

 クランクプラズマは即座に突き返す。ファイアストームはこれに構う事は無い。



「別動隊がもう一人いるな? 既にこちらで捕虜にした。お前達が言わなくとも、そいつが言うぞ」

「ならそいつに聞け。俺は話さない」


「そうだな。一人いれば十分だ。お前たち二人共殺しても大した問題はない」


 死神は二人の後頭部に拳銃を突きつけたまま冷徹に言い捨てる。死神の言葉はブラフだろうか、いや……この男ならば、今すぐに二つの引き金を引いたとしても不思議ではない。クランクプラズマは生唾を呑んだ。



「――だが、一人より二人居た方が、情報提供は確実だ。全て話す気があるなら、どちらか一人は条件付きで家に帰してやる。もう一人はここで死んでもらう。サイキッカーの捕虜を二人同時に連れて帰るのは面倒だ。……いや、違う。それは方便だ」


 ある程度はその方便ウソも事実だ。だが面倒なだけで不可能ではないし、何より本心ではない。彼は自分の心の誤魔化しに自ら気づくと言葉を撤回し、彼の本当の言葉で言い直した。



「お前たちは侵してはならぬ領域を侵したことで、我々の組織と、彼女と……そして俺の怒りに触れた。だから一人はここで俺が、俺の判断と俺の権限で殺す。エイト、サーティン・シックス、異論はあるか」



 彼の声量そのものは未だ静かだったものの、その言葉には明らかな怒気をはらんでいた。死神は彼の内にある逆鱗の炎をあらわにした。その炎は吹き荒れ地獄の業火の嵐となって、焼き滅ぼす生贄いのちを求めていた。


 銃を突き付けられた二人の男は確かな死の感触を背後に感じ、能力者となって以来久しく忘れていた恐れの概念を思い出し、震え上がった。



『……必要な捕虜は既に得ています。後は前線指揮官の現場判断に委ねます』


 ミラ8号ヤエは答えた。そしてミラ36号ソフィアは、彼の激しい怒りを前にして、言葉を見つけることができなかった。怒れる死神の処刑場と化したこの地で、彼を止められる可能性があった二人が折れてしまった事で、二人の希望は今、完全に潰えた。


「……」

「尋問は手短に済ませる。10数える。それまでに決めなければ両方殺す」


 10、9、8……死神が静かにカウントを始める。ここで二人とも、処刑されるのか。7、6、5……カウントはあっという間に進んでゆく。もうこれまでか……。クランクプラズマは死を覚悟し、その目を強く閉じた。


「待て!」

 ファイアストームがカウント4を告げた時、声をあげたのはブロードソードだった。


「時間稼ぎには応じない」

「家に帰れる……条件というのを、教えろ」

 ブロードソードは唇を震わせながら死神に尋ねた。


「ブロードソード!」

 クランクプラズマが言葉を発した瞬間、銃床の鉄槌が後頭部へと振り下ろされる。


「黙れ。……条件は、メッセージを貴様の雇い主に伝える事。そして二度と我々の前に現れない事だ」


「……わかった。俺からも条件がある」

「承認するとは限らない。だが言ってみろ」


 死神の激しい怒りに当てられ、もはや二人ともこれで終わりかと思われたが、ブロードソードが一か八か、その交渉をもちかけると、意外な事に死神はその交渉のテーブルにその手をついた。



 クランクプラズマは歯を食いしばる。ブロードソードはこんなことで口を割らない男だと思っていた。お互いプロのはずだ。そして今日この日まで、殺して当然、殺されて当然の環境で仕事スリルを愉しんできたはずだ。だというのに、彼はここにきて命が惜しくなったというのか。






 だが……ブロードソードが死神に突き出した条件をクランクプラズマも共に耳にした時、彼はその内容を疑った。






「横のこいつを見逃せ。……代わりに俺が、お前の知りたいことを話す」


「ブロードソード! お前!」

「見逃すのは一人だけだ。代わりにお前の命を貰うぞ」


 ファイアストームは冷たく言い放った。死神を交渉のテーブルにつかせるとは、かくも恐ろしく残酷な代償を強いる事なのか、死神は交渉の代償としてブロードソード自身の命を求めた。



「……それでもいい」

「おい、ふざけんな! ぐあっ!」


 暴れようとするクランクプラズマの後頭部をファイアストームが銃床で殴りつける。ブロードソードが声を荒げて死神に叫ぶ。


「よせ! そいつを壊すな! 俺はもう! 死ぬ覚悟は出来てるんだぞ! 俺が話さなくなっても良いのか!」

「なら抵抗するな。そして速やかに話せ。偽れば二人とも殺す」



「わかった! 我々は株式会社、タスク警備保障の社員だ。会社は栃木県宇都宮うつのみや市……」


 ブロードソードが速やかに情報を話し始める。だがタスク警備保障の会社所在地に言及した時、ファイアストームが油断なく口を挟む。


「それは登記とうき書類上の話だ。その住所に立ってるのは無関係のアパートで、ダミー会社なのはわかっている。偽るならば尋問を終える」


 ファイアストームは指摘の上でブロードソードの後頭部に銃口を押し付け、機械の指でその引き金を引きかける。




 ――株式会社 タスク警備保障。確かに日本の法務局に法人かいしゃ設立登記書類が提出され、その上で申請受理のなされた、つまりは正規の手続きを踏んだ国内の会社だ。前回の戦闘(※)で得た遺留品をもとに、タスク警備保障という会社名、そしてその会社所在地とされる栃木県宇都宮市の指定住所は既に調べあげてある。


(※エピソード:【開戦(オープン・ファイア】を参照)



 ……彼がソフィアと共に調べた結果わかったことは、今彼が口にした通り、正当なのは書類を提出した方法だけで、その記載内容は別問題。

 警備会社の本社が栃木県に所在するなどという記載は真っ赤な嘘。タスク警備保障というのは実質的なダミー会社であり、この男たちは存在しないはずの会社の制服を着ているという事だ。



 死神はこの程度の情報では決して納得しない。ブロードソードはいつ彼が引き金を引くのかという恐怖に抗いながら必死で彼の引き金とクランクプラズマの破滅を防ごうとする。



「撃つな! まだ早まるな! お前の言う通りだ! だが最後まで聞け! この話には続きがある!」


 ブロードソードが声を荒げて必死に申し開く。それは辛うじて死神に通じ、彼はその引き金にかけたカーボンの指の力を緩める。


「……はぁ……はぁ……。そこまで調べたのか……そうだ……その通り……だが聞け……続きが……」


 たった一瞬の緊迫はブロードソードに想像を絶するストレスを与え、冬にも関わらず全身からその汗をぐっしょりと噴き出させた。


「話せ」


 ブロードソードは深呼吸し息を整えると、話を始めた。クランクプラズマもまた、理由はわからずとも今、相棒が自身の命を引き換えにしてまで為そうとしている行為を、自分の結果を為さぬ抵抗によって無駄にしないため、ただ口を閉じ、彼のやる事を見守った。



「……そうだ。我々は……警備会社の社員だが、その実態は一つの会社だけに仕える実質的な私設軍隊だ。その本社は、杉並にある……」


『エージェント。ブラックキャットが得た情報と一致します』

 エイトがファイアストームに告げる。別々に聴取した二人の話に一致が見られる。恐らく情報は正しい。


「続けろ。表向きの社名は」

「ビーストヘッド・プロモーション。代表取締役は畑 和弘 (ハタ カズヒロ) ……」


『エイト、検索しろ』

 エイトのレスポンスは早く、すぐにファイアストームの望む回答が返って来た。


『条件の一致する会社が一件。杉並区に本社を置く映像コンテンツ制作を行う企業です』


(案の定、魔都の二十三区か……西側の端だが……十分マズいか)

 東京二十三区所在の情報を受けてファイアストームが舌打ちする。



 ミラのテレパス通信は二人に開放されていないため会話こそ届かないが、ヘルメット越し、そして後頭部に銃を突きつけられてもわかる死神の不愉快そうな態度を見て、彼が遠隔で情報の照会を行ったことが検討ついた。


「俺が本当の事を話していると理解したか?」

「良いだろう」


「続きを喋るから、こいつを解放してやってくれないか……頼む」

「では、お前たちの会社にサイキッカーはあと何人居る。そしてそいつらの能力は何だ」


 全てを話す、そう決めたはずのブロードソードの決意が、思わずぐにゃりと揺らいだ。死神が求めた情報はブロードソードの最も恐れた質問だったからだ。


「そ、それは……」


 ブロードソードがこの質問に答えるという事は、組織の残存戦力を把握され、更にはその残された戦力の戦闘傾向、そしてその弱点を余すことなく事前に研究・対策されてしまうということだ。


 ただでさえこの死神は尋常な戦闘力の敵ではない。彼に情報を伝えれば、残りのサイキッカーがこの男と対峙した時、その者たちは為す術もなく殺されるだろう……。


 せめてこれが彼の解放後の質問であれば、自身の命と引き換えに秘密を守る事も出来るだろう。だが、ここで秘密を守れば、自身は当然のことながら……クランクプラズマも、殺される。



 命を棄てる覚悟を決めた男に、命を棄てるよりも重い決断が迫られる。



(それもすべて、計算の上か……)



「話す気はあるか。それとも死ぬか」

 その質問の重さを死神自身もよく理解した上で、今一度問う。


「……いや、言う。”タスクの保有サイキッカーは”あと四人だ。こいつを解放するならコードネームと能力についても俺が知る限りで話す……」


 いつ処刑が実行されてもおかしくない状況でのギリギリの駆け引きが行われる。この死神が約束を守るかどうかもわからない。何としても彼を解放させなければ……。


「……頼む、約束を守ってくれ」

「交渉成立だ。契約を守ろう」


 死神はついにブロードソードの命で書かれた契約書にサインを交わした。クランクプラズマの後ろ手の拘束ワイヤーを外す。



「ブロードソード! なんでだ! なんで俺を……!?」

 開口一番、クランクプラズマが尋ねた事はそれだった。なぜ、自分を助けるのか。


「クランクプラズマ、俺をよく見ろ」


 ブロードソードは言った。彼が見ろというその姿……血にまみれた彼の後ろ手に縛られた両手の内、右手首の裂傷は骨にまで達しており、応急で縛りこそしたものの、傷が動脈にまで達してしまったせいで血が止まってくれない。


 チョークスラムの一撃によって頭部からは流血。右頬の一部と右耳は死神の黒腕より放たれた砲撃によって消失。おまけに背中から腹部へと抜けた計四つの穴から、今も血が流れ続けている。


 クランクプラズマの負傷も決して軽くはない。だがブロードソードの負傷と失血はそれよりも数段重いものだった……。



 それは単に戦術上の都合だ。ただ事実として、文字通りクランクプラズマの盾となってブロードソードが死神に立ち向かったが故の、この姿だった。



「お前は絶対に喋らない。だが俺が一人生き残っても、この傷ではもう自力では満足に還れない。お前はまだ還れる。だからお前は帰れ。ただ、それだけだ。わかったか」


 ブロードソードの説明は、非常にシンプルで合理的だった。確かに、クランクプラズマの方が負傷はまだ軽く、能力的にもどちらかを生かすのなら、遠距離で高火力を発揮できる彼の方が、ブロードソードのシンプルな近接戦能力よりもずっと有用で、価値がある。


 そう、合理的だ。




「お前……」


 ゆえに、彼が今までの人生で親や学校の教師に言われたどんな言葉よりも、それは重かった。

 ゆえに、クランクプラズマは、何か言い返したくても、言い返せなかった。



「右目もな、かすんでよく視えないんだ……」

「……」


「恐らくバックホーのやつもやられた。これがどういう事かわかるか。お前だけでも帰らないと、報告する者が一人も居なくなる。俺たち三人に、何があったか伝えろ……。生きて、必ず」


「わかった……」



 言葉を交わす二人に割り込んだファイアストームが、機械仕掛けの黒腕でクランクプラズマの顎をミシミシと締め上げる。


「うぐぅ……!」

「クランクプラズマと言ったな。貴様の雇い主に伝言を伝えろ」


 クランクプラズマはその一瞬、あるはずのない幻覚……死神の隣に立つ影のような女性が、口を大きく広げ笑みを浮かべる姿を見た。



「我々はサン・ハンムラビ・ソサエティ。目には目を、歯には歯を、悪には悪を以て滅ぼす闇のつるぎである。……我らは野原 麗菜れいなという少女の死の真相と、その遺物の返還を求めている。お前たちが関わっているはずだ。あるべきものを、あるべき場所へ返せ……。そして、返しきれぬものは自らの命で払え」


 ファイアストームは更にクランクプラズマを締めあげながら続けて告げる。


「当方には全面戦争の用意がある。次に愚かな行為をする時、貴様らは一人残らず根絶やしにされるものと思え」


 ファイアストームはそう告げると、片腕で乱暴にクランクプラズマを地面に投げ捨てた。



「行け。二度と姿を見せるな。見せれば必ず殺す」


「くそっ……くそっ……!」

 クランクプラズマは立ち上がり、精一杯の悪態をつきつつも死神に背を向ける。そんな彼を、呼び止める声があった。


「おい! クランクプラズマ!」

 ブロードソードの呼びかけに、クランクプラズマは振り向く。家路につけるのは一人だけ、もはや還れぬ同僚は、最後に短く言った


「……じゃあな」

「済まない……」


 クランクプラズマは、自らの力が及ばぬ所為で同僚を置いて行かざるを得ない自責の念にその後ろ髪引かれつつも、彼が託した使命を抱え、左脚を引きずりながら去って行く。



 ブロードソードは、遠ざかり闇の中に消えてゆく同僚を、横目でずっと見送った。


「……約束を守ってくれる事、感謝する」

「契約は守る。お前も守れ」



 ブロードソードは限りある時間の中で背一杯に考えた。死神が求める情報はあまりにクリティカルな情報すぎる。かといって偽り、それを見抜かれることがあれば、今からでもクランクプラズマを追いかけて殺しに行きかねない。


 彼がきちんと逃げ切れるように、時間を稼がねば……。そして……。




 ブロードソードは大きく息を飲み、瞬きすると意を決し、彼にとっての人生最期となる賭けに出た。


「……良いだろう。”TUSKが抱える”残りのサイキッカーは……。隊長の【雷光ライコウ】と、【テンタクルランス】と、【ヒートウェイブ】と……”リザードマン”だ」


「そいつらの能力は」


「【雷光】は電撃能力者、【テンタクルランス】は触手みたいに変形する槍を持ってる。【ヒートウェイブ】は発火能力パイロキネシスだ。リザードマンは……変身だ。トカゲみたいなのに変身する。それと、口から火炎弾を吐く」



(やり過ごせるか……? やり過ごせなければ、終わりだ……)



 ――沈黙が与える緊張の瞬間。今彼が話したことはほとんど事実だ。大きな嘘を付けばこの男には見破られる。だが、真実の中に嘘を混ぜればどうか? 全てを嘘で塗り固めるよりも、それを見抜く事はより難しくなる。

 少々の沈思黙考の後、死神は口を開き、あらたな質問を投げかける。


「……なるほど。電撃能力は厄介だ。そいつの武器は素手か」


 死神が餌に食らいついた!


「に、日本刀だ。刀に帯電させて、そこから拡散させる……。ウチの隊長だから、俺より強い。お前に倒せるものか……」


(やり過ごせた……! 一人は守れた……だが……藤本さん、落合さん、新田さん、許してくれ……)


 嘘がバレればクランクプラズマは追跡されて殺される。こんな大博打をした経験、ブロードソードには初めての事だった。もっとも、これが最後でもあるが……。




 ――彼の話した情報の内、雷光と、テンタクルランスと、ヒートウェイブに関する情報は正しい。ゆえに、ブロードソードは心の中で残された仲間たちに詫びた。この情報を死神に伝えることで、遅かれ早かれこの三人は死神と、その仲間の手によって殺されるだろう……今から自分がそうなるように。



 だが、彼が最後に話した人物、「リザードマン」なるサイキッカーの情報は唯一完全なデタラメ。TUSKが過去に遭遇したサイキッカーの情報をもとに、仲間を一人でっちあげたのである。



 ブロードソードが、彼らの総隊長たる雷光たち三人の情報を生贄に差し出してでも守らなければならないと判断したそれは、条件次第では雷光を越えるかもしれないポテンシャルを持つ、タスク警備保障内、最強のサイキッカー。



 その守り通したコードネームは【メテオファイター】



 死神の強さは圧倒的そのもの。拳骨射手が殺されたのも、今となっては納得できる。ヒートウェイブは無論、テンタクルランスや雷光さえも、この悪魔を仕留める事はできないかもしれない。


 だが、そこにメテオファイターさえ加われば、あるいは……。




 ただし、致命的な弱点を一つ抱えているため、情報漏えいだけは絶対に避けなければならない。ゆえに、ブロードソードは彼を守った。




 ヤマは越えた。あとはもう、自分はどの道死ぬものと考えたら気が楽になるものだった。


 ファイアストームが2,3質問を行うが、ブロードソードは知る事も、知らぬ事も、そのまま正直に答えた。



 彼は心の中で笑う。所詮、自らは末端中の末端。この男に聞かれた結界の事やらもそうだが、全ての情報を知っているわけではない。



 実際に、それが何なのかは知らない。だが雇用主の畑は、末端には伝えていない切り札を1つ、もしくは2つ程は持っている。

 拳骨射手……三浦隊長たちが死んだ日のあと、会社に役人共が来るのを何度も見た。ブロードソード自身にして、我ながらヤバいと自覚する会社。そこに役人連中が出入りするなんて事は、到底普通の用件じゃない。




 きっと一発やってくれるはずだ。そして――。




「――……これが俺の知っている全てだ。せいぜい隊長の雷光さんに殺されるが良い」



 背後の死神に吐きかけられない代わりに、ブロードソードは血の混じったつばを、道路脇一面に続く側溝(そくこう ※)を覆うコンクリートの板の上に吐き捨てた。


(※ 道路脇にある排水用の溝)



「すぐに全員送る事になる。祈る時間は要るか」

「神は信じてない。クソ喰らえだ」


「そうか――」

 ファイアストームはブロードソードの頭を地面に打ちつける。頭部を撃ち抜く処刑において、標的の頭が動かないようにする為と、即死の妨げとなるエーテルフィールドの再破壊のためだ。



「いや、待ってくれ。神は信じていないが、最期に祈りたいものがある」


 地面に打ちつけられたブロードソード。無神論者の彼には祈るような神などいなかったが、死を目前にして突如思い返し、申し出た。



「……そうか。では祈れ、お前の信ずるものに」


 慈悲と無慈悲の狭間にある死神の男は、その申し出を認めると、彼が最後の祈りを行えるよう、短い時間を与えた。


 死神が奪った血がブロードソードの体温を奪うだけでなく、掻いた汗が冬の闇夜に凍えつき、彼の命の熱を冷たくしてゆく……。





 寒さのせいなのか、恐怖のせいなのかはわからない。


 死ぬ、という事は、こんな気持ちなのだとは知らなかった。自分が過去奪って来た命の姿と、今の自分の姿とを、ブロードソードは一瞬だけ重ね合わせる。







 背中に死神のブーツの重みがのしかかる。唇を震わせながら、彼は最期に祈った。





 ――クランクプラズマ。お前の怪我ならばまだ、もう一度戦える。それほど長い付き合いだったわけでもないが、お前の性格はわかっている。


 お前は必ず、もう一度戦ってくれるはずだ。必ず生きて戻れ、全てを伝えろ、そして少しでも傷を癒し、もう一度この死神に歯向かえ。


 頼む、俺の仇を――。






「さらばだ」

 死神は銃口を男の後頭部に押し当てた。





 どうか一矢、この冷たき血の流れる死神へと報いてくれ――。












 一発の銃声が、闇の街へと響いた。






 ほとんどの一般人はその音を認識することさえできなかった。その中でごく一部、人より少しだけ感受性の高い者は、それを爆竹の音と誤認した。




 その場に居合わせたヤエ、ソフィア。そして戦場を離れそれぞれ家路につくブラックキャット、ローズベリー、クランクプラズマの五人だけが、その音を正しく耳に聞き、銃声であると認識した。




 夜の闇はまだ深まるばかりの時刻。日の出はまだ、遥か遠かった。







 A Tear shines in the Darkness city.  ― Fire in the Rain. ―



EPISODE 「Raging Stealth Attack!!」


EPILOGUE EPISODE 「WAY BACK HOME 1/2」



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