怒りのステルス・アタック! ACT:5
EPISODE 051 「怒りのステルス・アタック! ACT:5 (LAST ACT)」
……その出来事に驚かった者などいなかった。ミラ36:ソフィアやミラ8:ヤエは勿論の事、クランクプラズマ、ブロードソードの両名も突如出現した新手のサイキッカーに驚愕し、ファイアストームでさえも突如飛び出してきたローズベリーの姿に目を剥いた。
(新手だと!?)
クランクプラズマ、戦慄。
ローズベリーの拳がクランクプラズマの顔面を捉え、振りぬく――!
超越者としての力を兼ね備える彼女の破滅的パワーをもろに受けたクランクプラズマの天と地は入れ替わり、地面をパウンドするとファイアストームを飛び越えて後方車両に激突。
超常現象を正しく認識できない上、車両前方に激突した何らかの物体に混乱した運転手はそのままバックによってクランクプラズマを振り落とし、そのまま後ろ向きに戦場から遠ざかってゆく。
ローズベリーはクランクプラズマが吹き飛んだ後もその拳を握りしめ、瞳を紅の色に輝かせる。
「ハァー……! ハァー……!」
(能力暴走!? ――いや)
ファイアストームはローズベリーを見た。彼女は過度の興奮状態にあることは明らかだが、彼女の頭髪はまだ黒く、高速道路上で見せたような髪色までに及ぶ変色はない。
「許せない……!」
彼女は右手に拳を、左手に割れた写真立てを握りしめ、怒りに肩を震わせている。
一瞬ファイアストームは、これが高速道路上での能力暴走の再現かと恐れたが、彼の瞳が涼子の瞳を見ると、怒りに燃える紅の輝きの中に理性と自意識の光が残っている事に気が付いた。
『ファイアストーム、彼女を止めて下さい!』
ミラ36が呼びかける。ファイアストームは彼女の前に立ちふさがると、彼女にこう語りかけた。
「ローズベリー、ここは死と闇の支配する戦場だ。君がその腰を降ろす場所ではない」
「……」
ファイアストームのヘルメット右カメラから放たれる金色の光と、ローズベリーの紅の瞳が交錯する。ローズベリーは何も答えない。
「返事はしなくていい。だがこの声がきちんと聞こえているのなら、――そしてそれでも
ファイアストームが申し出ると、ローズベリーは割れた写真立てをファイアストームに託す。彼女は言葉を発しなかったが、それを託しうつむく彼女に、ファイアストームは悲痛の表情を見た。
「そうか……」
彼はヘルメットごしにそれを見つめると、彼女の飛び出してきた理由を理解し、目を細め、小さく呟いた。
『ファイアストーム!』
「俺に彼女を止める権利はない……」
『でも!』
「最後は止める。それまではやらせてやれ……」
先ほどまで接近していた車両は既に戦場を離れ去った事により光源が一つ減ったことで、闇を強めた戦場がローズベリーの眼前に広がっている。戦意喪失したブロードソードと、傷は深くも未だ戦意を喪失せず、不意打ちのダメージから立ち上がろうとするクランクプラズマ。
ローズベリーは彼女にとっての聖域を土足で荒らしたこの男たちに激怒しており、戦いの恐怖を怒りが遥かに上回った状態にある。彼女は空手を構えた。
『ローズベリー、不本意だが、これがお前の初めて経験する命のやり取りになる。死にたくなければ、そして勝ちたければ俺のアドバイスを聞きながら戦え。いいな?』
ファイアストームのテレパス通信。彼は更なる不測の事態に備え、彼女の後ろで銃を片手に構える。ローズベリーは返事をしない代わりに、小さく頷いた。
『良し。まず、一瞬だけ自分の右手を見ろ』
空手を始めて三年近く、こんな気持ちで人を殴った事など彼女にはただの一度も無かった。顔は火照り、冬だというのに頭がとても熱く、敵を殴りつけた右の拳がジンジンと熱く傷んでいる。
ファイアストームの指示に従い、ローズベリーが自らの右手を見る。彼女の右拳には植物のツルが、まるで拳を保護するボクシング・バンテージのように巻き付いていた。
『それが君の
クランクプラズマが立ち上がる。敵は一人、立ちはだかるは手負いのサイキッカー。だが彼の目は、未だに死んでいない。
『大事な事は一週間で教えたはずだ。――狩れ』
ファイアストームの号令と共にローズベリーが地を蹴った。クランクプラズマも彼女を迎え撃つべく左腕のクランクレバーを後ろに回した。
『俺の戦いは見ていたな? 奴はお前とは違う
真っすぐに突っ込んでゆくローズベリー。クランクプラズマがその腕を向け、プラズマショットを放った。訓練で目にするブラックキャットの蹴りや、ファイアストームの銃弾ほどに速くはないが、ファイアストームのマチェットを融解せしめるほどに危険な破壊力を持っている。
ローズベリーは身を低くした。プラズマ弾が肩をかすめ、彼女のパーカーのフードを焦がす。プラズマ弾を潜り抜けたローズベリーはクランクプラズマに肉薄!
ローズベリーが瞳を紅に燃やしながら右拳上段突きを放つ。クランクプラズマはチャージの手を止め両腕でガード。ローズベリーが左拳を突き出そうとする。クランクプラズマは反応するがローズベリーの拳が途中で止まる。フェイント! クランクプラズマのガードを縫ってローズベリーが回し蹴りを胴体に叩きこむ。
「ガアアッ!」
クランクプラズマがエーテルフィールドを展開させ痛みに耐えながら唸る。クランクプラズマはローズベリーの蹴り足を掴むと、そのまま足の止まったローズベリーを力任せに殴りつけた。
ローズベリーの頭部に衝撃――。彼女の命を守る白いエーテルフィールドと、クランクプラズマの拳にまとった緑のエーテルフィールドとがぶつかり合う。
エーテルフィールドのお陰でまだダメージはないが、何度も殴られ続ければ危険だ。クランクプラズマは同じ拳で再度ふりかぶって、彼女の頭部を破壊すべく――殴りつける!
ローズベリーが右手でこれを払うと、その勢いを用いて裏拳で顎を打ち抜くカウンター。命中するが、足腰が乗っていないが為、ダメージが浅い。クランクプラズマに掴まれたこの足をふりほどかなければならない。
だが先にクランクプラズマの方が自らその手を離した。掴んだその手を離さなければ、彼はその性質上、自身の能力行使ができないからだ。手を離す代わりに、ローズベリーの腹部に強烈な横蹴りを見舞う。
「うっ!」
ローズベリーは吹き飛ばされ背中から地面にぶつかる。
クランクプラズマはファイアストーム戦で肩と背中を打ち、腹部、左脚は打ち抜かれ手負いの状態。それでも戦闘サイキッカーとして彼の持つ力は未だ強大だ。
「ゴホッ、ゴホッ……」
彼女を蹴り飛ばしたクランクプラズマが大きく咳き込む。ダメージの蓄積で咳の中には血しぶきが混じっている。それでも彼は負傷に屈する事なく、己の生命線たるエネルギーチャージを行う。
ローズベリーは立ち上がる。クランクプラズマ、射撃、射撃、射撃。ローズベリーは避ける、避ける。避ける。狙いを外れたプラズマショットの当たった先のブロック塀や地面が緑色に融解する。
危険な遠距離攻撃だが、ブラックキャットの神速の蹴りを受けてきたローズベリーにとってそれは見えない速度の攻撃ではなかった。短くも既にこの一週間で対遠距離攻撃の訓練を受けてきた、その成果が動きに表れていた。
クランクプラズマの放った最後の一発が肉薄しかけたローズベリーに命中。ガードこそ間に合ったがプラズマショットは彼女のパーカーの両袖を焼き、ローズベリーの両腕が焦がされる。
「――ッ!」
ローズベリーは歯を食いしばって痛みに耐える。衝撃で体が浮いた彼女が尻もちを付いた。
『気を付けろ、何度も受けるとエーテルフィールドを溶かされて命を落とすぞ』
ファイアストームが警告しながら銃口をクランクプラズマに向ける。これ以上彼女が追い詰められた時、戦いに介入して彼女を救出するためだ。
クランクプラズマがエネルギーチャージし、左手をローズベリーに向けた。やられる――。
『使え、その
ピンチに追い込まれた際の生存本能でローズベリーの時間感覚が徐々に圧縮され鈍化してゆく。この感覚を知っている。あの時の訓練で経験した感覚だ。
ファイアストームから言われた言葉を、鈍化してゆく時の中で一生懸命噛み砕く。
能力? 使い方? わかるだろうか? 本当に自分は、使えるだろうか?
その時、彼女は後ろにファイアストームではない、誰かの気配を感じた。
ファイアストームのような時に冷たく、時に全てを焼き尽くすかのような激しい気配とは全然違う。それはとても温かく、心地の良い感覚だった。
「……レナちゃん?」
合理的理由はなかった。ただ涼子はそれがふと、死んだはずの親友の気配なのではないかと思って、ついその名を呼んだ。
――涼子ちゃん大丈夫。私がついてるよ。
涼子の後ろから、白く光る二本の腕が、彼女を優しく抱きしめた。
ローズベリーの左手首から植物のツルが生え、近くの電柱に向かって飛んでゆくとその場所に巻き付いては、伸びたツルを巻き取るようにして植物が彼女の身体を引っ張り上げた。
鈍化した時間感覚が回復! クランクプラズマがクランクレバーに手を触れた時、その掌の狙う先からローズベリーの姿が外れる。
ツルに引きずられるような形で移動するローズベリーを、クランクプラズマの掌が追う。
『それでいい』
引き金に込めかけた指の力を緩め、銃口をブロードソードに向けて牽制すると、ファイアストームは戦闘指南を続ける。
『左腕が武器であり、同時に弱点だ。潰せ』
銃口を向けるクランクプラズマ、ローズベリーもまた、自身の右手を突き出し、クランクプラズマへと向けた。ローズベリーの掌や手首から植物のツルがロープのように伸び、クランクプラズマの攻撃の要となるクランクレバーに巻き付いた。
「なんだと!」
クランクプラズマが狼狽した。クランクを回そうとするも、そこへ巻き付いた植物が邪魔となって、射撃を行う事ができない。
立ち上がったローズベリーが腕を引き、ツルをグイと引っ張る。クランクプラズマはバランスを崩し、ローズベリーの側へと引き寄せられる。
ローズベリーの左手に植物のツルが巻き付き、彼女の拳を守るツタのバンテージを形成する。そして、クランクプラズマの顔面を殴りつける。クランクプラズマがよろめくも、踏みとどまる。
「クソがあ!」
クランクプラズマがローズベリーの顔面を殴りつける。ローズベリーの左鼻から一筋の鼻血が垂れる。だが彼女が
「イヤアーッ!」
ローズベリーはもう一度、渾身の力でクランクプラズマへと拳を打ち放った。その一撃によってクランクプラズマの鼻骨と意識は砕け、背中から崩れ落ちた。
……
数秒の気絶からクランクプラズマが意識を回復した時。彼は地に背を付け、そんな彼を雲一つない星空と、月の光、そして一人の少女、ローズベリーが見下ろしていた。
「あれは……私の友達の部屋にある物です。レナちゃんの部屋から、
月明りが逆行となって、彼女の表情を窺い知ることはできない。ただ、紅に輝く瞳だけが、クランクプラズマの行いを強く咎める。
「どうして……」
倒れ込んだクランクプラズマの頬に一粒の、透き通っていてそれでいて、温い雨が降った。
「どうして? レナちゃんはもう帰って来ないのに、どうしてまだ、こんなひどいことをするの……」
親友の
それでも彼女の住んでいた家と、その部屋は、彼女にとっての聖域であり、その部屋がそのままであってくれる事で、まだ心のどこかで、二階にある彼女の部屋の扉を開けたら麗菜がいるのではないか。そんな事はありえないのに、でもそんな風に思ってしまう事がこの一月の間、涼子には何度もあった。
この場に居る彼らの持ち物から、彼らがその聖域を荒らした事は明白だった。
もはや帰らぬ大切な人と、残された側の気持ちと、そして、素晴らしかった彼女との思い出、その全てを侵された気分になって、ローズベリーはそれが最早我慢ならなかった。彼女のクランクプラズマに対して遂に振り上げた拳は、怒りでもあったが、それ以上に、彼女の悲痛な叫びでもあった。
しかし、その声が届くような相手ではない。クランクプラズマは苦痛に顔を歪ませ、うめき声をあげるも、彼女の言葉に心を動かされる事はなかった。
「はぁ……はぁ……! はあ……!」
ローズベリーはその瞳を潤ませながら、拳を強く握った。だが、この後どうすればいいかわからなかった。この戦いはどうやったら終わる?
これが試合なら、もう終わっている。審判がいて、旗をあげてくれて、それでお互い一礼して、後は後腐れも無く終わりだ。
だがローズベリーは、本当の戦いなどロクに経験したことがない。相手は倒した。でもこの後は、どうなる?
どうすればいい? そうすればこの争いは終わる? どうすればこの悲しみは消える?
この男を警察に突き出す? それは有効な方法だろうか?
それとも――。
「よくやったローズベリー。もう十分だ」
その時、ローズベリーの肩を男がポンと優しく叩いた。ハっとなり振り返ると、そこにはファイアストームの姿があった。戦闘から解放された彼女の足に、ようやく震えが回って来た。
「後は、俺たちの仕事だ」
それからやや遅れ、ブラックキャットが路上に降り立った。バックホーとの戦いを終え、その後処理をリトルデビルに委任してここまで駆けつけてきたのである。
「また派手にやったようね」
「終わったか」
「ええ、TUSK(タスク)とかいう連中の一味だったわ。生け捕りにして後はナナちゃんに任せてる。それは?」
ブラックキャットが路上に倒れ込む二人の人物を見た。どちらも彼女の知る人物ではなく、恐らくファイアストームの報告した交戦相手だろう。多少手心が加えられているのかまだ息はあるようだが、相変わらずひどくやられたものだと思った。
「こちらもTUSKだ。この通り倒した。これから”必要な対応”を行う」
ファイアストームは簡潔に答えた。
「それより、彼女を送り届けてくれるか。少しショックを受けてる」
「いいけど、あなたは」
「俺はエイトと共にこいつらの後始末をする。36号、お前も一機、ついてやってくれるか」
ブラックキャットが頷く。戦闘に伴いローズベリーから分離していたソフィアのドローンの一機も、肯定の返事と共に彼女の側に付いた。
『ウン。わかった』
「ローズベリー」
彼女から預かった写真立てを、彼はローズベリーに掲げてみせる。
「これは可能な限り復元させる。今日は……何も考えずに休んでくれ」
「はい……」
ローズベリーは徐々に落ち着きを取り戻していたが、彼女の表情は高速道路上で見たあの時よりも、憔悴して疲れ切ったような表情だった。
「さ、後は彼に任せて行きましょう」
ブラックキャットが彼女の両肩に優しく触れ、
……
「鼻血、出てるわよ」
帰り道、ブラックキャットが涼子の鼻血に気付くと、腰の裏側のポーチからハンカチを取り出し、彼女の血を優しく拭ってくれた。
「あなた、戦ったの」
ブラックキャットが言うと、涼子はただ小さく頷いた。外傷は極めて軽いと見るが、彼女の足取りはふらついていて、瞳には涙がうっすらと滲んでいた。
「そう、がんばったわね」
ブラックキャットが、ストレスと過呼吸から来るめまいでふらつく涼子の身体を支えると、彼女の前で屈み、その背中を貸した。
「乗りなさい」
「あ、あの……すみません」
ようやく涼子が、消え入るような声を発した。
「いいわこれくらい。私足腰丈夫だし、途中、何かジュースでも買って帰りましょう」
涼子はその体重をブラックキャットの背中に預ける。ブラックキャットは立ち上がると、彼女をおぶって歩き出す。
その日のブラックキャットは、普段の訓練の厳しさが嘘のように優しかった。
月明りと街灯が二人と一体のドローンの姿を照らす。途中、会社帰りのサラリーマンとすれ違ったが、彼らはその二人を、泥酔した若い女性と、それを介抱するスーツ姿のOLの女性としか認識することはなく、彼の家路へとそのまま向かっていった。
背負われた涼子がブラックキャットの両肩に手をかける。
「あ、そこはあんまり触らないで」
「ごめんなさい。……これ、ブラックキャットさん、血が……」
涼子が慌てて手を離すが、その左手に血がついている事にようやく気づいた。涼子の血ではない。ブラックキャットの左肩の負傷だ。
「すぐ治るわ。それに日常茶飯事よこれぐらい」
涼子の心配をよそに、ブラックキャットは自身の負傷を一蹴する。
「あ、あの、ブラックキャットさん」
「何?」
「あの二人は、これからどうなるんですか……?」
「貴女が気にする事じゃないわ」
「……」
涼子は返事をしない。思えば自分が到着した時、彼女も、ファイアストームも、様子が少々おかしかったのだ。そして一番口数の多くおしゃべりな女、ソフィアに至ってはずっと黙ったままだ。
「何があったの」
ブラックキャットは、並んで歩くソフィアのドローンに目を合わせた。
『……後程お話します』
ソフィアは一言だけ、そう答えた。
ブラックキャットはそれ以上ソフィアに追及しなかったが、代わりに沈黙を破って、涼子の疑問に対して自身の見解を述べた。
「……連中がどうなるのか、よね。……実際私にはわからないわ。二人とも捕虜にするのか、それとも二人とも殺すのか、彼の判断次第。……でも私が思うに、彼が私達を遠ざけたのは、彼らを殺す所を、あなたに見せたくなかったからじゃないかしら?」
「ころ……」
帰って来た返事に、涼子がその言葉を詰まらせる。
「そうよ。私達はヒーローじゃない。悪党と殺し合いをやってるだけの、ただの戦士だから」
ブラックキャットはただ、無感情に言った。
その時だった。雨雲一つない夜空、されど涙の降る暗黒の街に、彼女が立ち去った方角から一発の銃声が響いたのを、涼子は聞き逃さなかった――。
EPISODE「怒りのステルス・アタック!」エピローグへ。
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