怒りのステルス・アタック! ACT:4


EPISODE 050 「怒りのステルス・アタック! ACT:4」



 ブラックキャットは着地するとまたもやテコンドー・スタイルのファイティングポーズを取る。格闘戦に特化した自身の能力を最大限に活かす、攻めの高重心テコンドー・スタイルと、守りの低重心カポエイラ・スタイル。文化的にも大きく異なりながらも、共通して足技を中心とする二つの格闘技を使い分ける。それがブラックキャットの格闘スタイルだ。



「シャーッ!」

 ブラックキャットが畳みかけるべく攻める! 膝をつくバックホーを抹殺すべく、蹴りの連撃からティッ・チャギ(テコンドー式後ろ蹴り)による頭部破壊を狙う!


「ガアアアアアアアアッ!」

 だが蹴りを繰り出しかけた寸前、バックホーが反撃に出た!


 バックホーの動体視力では追い切れぬ連撃を見切る事をバックホーは捨て、代わりにその怪力で地面を殴りつけた!


 バックホーの怪力から繰り出された一撃にアスファルトが砕け、四方に飛び散る散弾と化した道路片がブラックキャットに牙を剥いた!



「!」

 ブラックキャットが地から離しかけた足を再度降ろし、蹴り技の実行を中止すると高速バックステップからの連続バック転による緊急回避を行う! バックホーの範囲攻撃はほとんど自爆攻撃といってよいもので、飛び散った破片が自身の肉すらも抉り傷つける。



 ブラックキャットは一瞬の間にバックホーと距離20メートルの地点まで瞬時に離れていた。この瞬時に距離を詰め、瞬時に距離を離す圧倒的機動力こそ、ブラックキャット固有の能力。



 これが能力名:【閃光の貴婦人(フラッシュ・フェアレディ)】によってもたらされる彼女の力である。しかしその機動力を以てしても至近距離からのアスファルト炸裂攻撃を完全に回避しきれず、かすめた道路破片が彼女の肩を浅くではあるが切り裂いた。



「ARRRRRRGH!!!!」

 バックホーが咆哮! 自爆覚悟の攻撃で彼の腹部に刺さった道路片を、その強靭な腹筋で強引に体外へと排出し立ち上がる! ブラックキャットに与えたダメージ以上の損害を負いながらも、彼の強靭なるタフネスが未だその巨体を無軌道な破壊へと突き動かす。


 ブラックキャットはカポエイラ・シンガの構えで迎え撃つ覚悟! バックホーは割れたアスファルトの隙間に肥大化した手を突き刺し、すくい上げるような動きで腕を振り上げる。バックホーの驚異的怪力によって散弾の如く撃ちだされるは殺人道路破片!


 メイア・ルーア・デ・フレンチ(カポエイラ式:内回し蹴り)、エスポロウ(カポエイラ式:高高度の横回し蹴り)、アルマーダ(カポエイラ式:地上360度回転蹴り)によって殺人破片を次々と高速迎撃!

  更に砲弾サイズの道路破片が飛んで来るが、ネガティーバ・レジョーノーによる超低空しゃがみ動作により更に飛来する破片を回避!


 バックホーはさながら人間重機の如く地面を削り、殺人道路散弾を撃ちだしながら接近。目的はいわずもがな、接近から持ち前の怪力によるブラックキャットの圧殺からの卑劣なる婦女暴行クリームパイ・クッキングにある!



 ブラックキャットは側転による破片回避から立ち上がると、カポエイラからテコンドー・スタイルへとスイッチ。迫りくる2メートルの獣に対し何一つ臆することなく、これを打ち砕く構えだ!


「ガアアアアアアアアッ!」

「シャアアアアッ!」


 二者激突、しかし突進してくるバックホーよりも圧倒的にブラックキャットの方が速い! 黒き矢と化した彼女が放つ中高度のティミョヨプ・チャギ(飛び横蹴り)がバックホーの腹に突き刺さり、初撃のステルス・アタックで圧し折った彼の肋骨を更に臓器深くへとねじ込む。彼の強靭なタフネスと分厚いエーテルフィールドを以てしてもこの矢を跳ね返しきれぬ! バックホー、吐血!



 バックホーの吐いたドス黒くけがれた血が、黒き貴婦人の鋭くも整った顔立ちを汚す。しかし黒き血に顔を汚されても尚、その中にネコ科動物の瞳の如く変質した瞳がエメラルド色に強く輝く!


 カポエイラという技を代表する独自の海老蹴り、メイア・ルーア・ジ・コンパッソがバックホーの肋骨を捉える! 更に彼女は回転! メイア・ルーア・ジ・コンパッソ! メイア・ルーア・ジ・コンパッソ! 



 バックホーの黄土色のエーテルフィールドが彼女の猛攻に押されバリンと音を立てて割れた。決着の時!



 バックホーは両拳を握り合わせ、起死回生のハンマーパンチを打ち下ろす。道路をも砕く彼の怪力によって放たれる肉骨のハンマーはいかなる破壊力を生むのか、常人が受ければ圧殺は免れないだろう。


 だがブラックキャットは攻撃を察知すると迎え撃った! 拳と蹴りがぶつかり合う!



「な……」

 バックホーが声を失う。彼の振り下ろした破壊のハンマーはブラックキャットの人体を破壊せしめるには至らなかった。


 ブラックキャットはその柔軟性がもたらす上下170度開脚から放つビクーダ(カポエイラ式:ハイキック)によってバックホーの手首を打ち抜き勢いを削ぎ、その超人的脚力によって彼の腕力を抑えつけていたのである。


「ひとつ言っとくけど……」

 陥没した地面に片足で立つブラックキャットはその姿勢のまま腕組みし、ネコ科猛獣の如きエメラルドの瞳は彼女の滅ぼすべき悪を睨む。彼女の太腿とふくらはぎの筋肉がメキメキと音を立てて盛り上がった。



「パワーがあんたの専売特許と思ったら間違いよ」

 蹴り上げた足を引き、素早く軸足を入れ替えての地上360度回転左チャギ(蹴り)!


 バックホーは胸骨を砕かれ、背中から放棄されたパトカーへと激突した。恐るべき怪力と高いタフネスを見せつけた凶獣バックホーは、ついに力尽きた。





「ゴホッ……」

 パトカーにもたれかかり、バックホーが血を吐いた。もはや彼に立ち上がる力はない。彼の目の前に、静かに怒れる黒き貴婦人が立つ。


「とりあえず殺す前に聞いておきたいんだけど。あんたは何者? ここに来た目的は? 答えなさい」


「ふ、ふ、フフフハハハ……」

 血を吐きながらも笑うバックホーの頬をブラックキャットは蹴り飛ばした。彼女のエメラルドの瞳が冷淡に獲物を見下ろす。


「笑ってないで早く答えろつってんの。知能低すぎて日本語わかんない?」

「まさかこんな簡単にやられるなんてな……。言ったろ、俺はここまで遊びに来ただけだ」


 敗れたバックホーはもはやここで尋問され、ブラックキャットに処刑される運命となった。強さには自信があった。だというのにどうか、この女にここまで徹底的に打ち倒され、まったくその腕力が及ばない。その事を思うと不謹慎な笑いが漏れ出て来るのを、彼は止められなかった。



「それはあんたの意志で? ……それとも、誰かのお使いでしょ」

 ブラックキャットが問いただす。


「何の話だ」

「TUSK(タスク)。仲間なんでしょ。知ってることを話すなら、楽に殺してあげる」


「アア? 知らねえな、何の話だか」


 バックホーはしらばっくれるが、第三ポイント付近でファイアストームが交戦中の二名、そして同刻の近隣地点に現れたこの殺戮者。これが単なる偶然だと彼女は思えなかった。


「私の仲間があんたのお友達っぽいのを二人捕まえた。これから拷問して殺す所よ。彼は私より強くて、私より容赦がない。あんたが黙ってた所で、どの道あんたの友達は吐くわ、彼の手にかかりたくなければ、ここで吐きなさい」


 返り血に汚れた貴婦人の顔から覗かせるエメラルドの鋭い獣の眼差しが、敗北者に冷たい道を示す。


「参ったな……男に殺られんのはな……」

「今言うなら、特別に一撃で始末してあげる」


 バックホーが大きなため息と共にゴホリと血を吹いた。損傷した胸骨が彼の肺を傷つけているのか、その呼吸も遥かに弱々しくなっている。そして観念したように首を横に振ると、残念そうに彼女の問いに答えた。


「……俺はただここで「遊んで来い」と言われたから、遊びに来た。それだけだ。あんたをれりゃあ、もっと楽しかったんだが……」



「TUSK(タスク)とは何?」

「ハ、俺たちの雇い主のオモチャさ。そして俺たちもまた、自分のオモチャで遊ぶ。遊んでいれば金が貰える。……簡単だろ?」



「あんたの雇い主は?」

はたってヤツだ。金払いは良いし、好きにやらせてくれるから良いんだが……あの趣味は俺でも流石に引くな、へ、ヘヘ……」


「そいつらはどこにいる?」

「会社は杉並だ。後は自分で探したらどうだ?」


 バックホーは素直に彼女の尋問に答える。この回答を以てブラックキャットによる現場尋問は済んだ。


「あっそ、お疲れ様。死になさい」

 ブラックキャットが天高く足を振り上げる。ネリ・チャギ(かかと落とし)からの頭部破壊による処刑の構えだ。もはやバックホーにこれを防ぐ力はない。唯一出来る事は、大人しく敗北と、その死を受け入れる事のみだ。


 が、その足を振り下ろそうとした時、ミラ・エイト「ヤエ」からのテレパスが介入。


『ブラックキャット。お取込み中のところすみませんが……』

「何?」

 ブラックキャットは非常に不機嫌そうに応答する。ミラ・エイトはやや申し訳なさげにブラックキャットにこう伝える。



『あのー……できれば生け捕りにして頂けると……』

 エイトにそう言われ、思わず失念していたブリーフィングの内容をブラックキャットが思い出すと、ばつが悪そうに頭を掻いた。こんな下衆極まる男を生かしておく事などナンセンスだが……確かに、可能ならば生け捕りが望ましいとの事前打ち合わせではあった。


「あーー……! そうだった。忘れてた。超殺したいけどナシ。あんた、生け捕りね』

 ブラックキャットはそう通告して処刑の前言を撤回……だがその足を振り下ろした!


「ギアアアアアアアアアアアッ……!!!!!!!!」

 バックホーがこの世のものとは思えぬ絶叫をあげ、口から血と泡を吹いて失神した。彼女が足を振り下ろしたのは頭部ではなかったが、それよりももっと悪い場所……股間だった……。



 禁じられた技:ボール・ブレイカー……またの名を、金的。



 肉体が四散するかと思うほどの痛みと、死よりも恐ろしい喪失を伴う禁じ手を受けたバックホーの肉体からは、ブチリという死の破裂音が二つ響いた。無軌道な破壊と理不尽を振りまいた男は、その低俗な行いに相応しい結末を迎えた。



「戦闘終了。ナナちゃん、エイト。こいつの後始末よろしく」

 戦闘を終えたブラックキャットがミラ・エイトを中継してのテレパス通信を送る。


『オッケー!』

 上空のリトルデビルが赤いライトをカチカチと光らせ、応答した。ブラックキャットは倒した獲物に背を向ける。

 そして歩き出すが、また何かを思い出したようにピタリと止まり、一瞬だけ後ろを一瞥してから、もはや言葉の聞こえぬ相手に対し、その口を開いた。




「そうそう、最後に一つ言っとくけど」


 そう切り出してから、吐き捨てるようにこう言い残した。




「アンタなんかじゃ私は濡れない」


 貴婦人はもはや立ち止まらず、ファイアストームとローズベリーに合流すべく、その地を蹴って闇へと走り出した。




EPISODE「怒りのステルス・アタック! ACT:5 (LAST ACT)」へ続く!

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