怒りのステルス・アタック! ACT:3


EPISODE 049 「怒りのステルス・アタック! ACT:3」



 やや離れた民家の影に隠れるローズベリーは静かに隠れ、ソフィアの視界感応能力を通じてファイアストーム 対 ブロードソード、クランクプラズマの戦いを見守っていた。



 苛烈にして無慈悲なる命の奪い合いはクランクプラズマとファイアストームの射撃戦へと移行する。緑色の輝きが男の腕から放たれる。ファイアストームもザウエルピストルから金色に淡く光る弾丸を二発ずつ撃ちだし、プラズマショットに対抗する。


 光の弾丸とプラズマがぶつかり合い、暗黒の街を互いの命の光が照らしだす。ローズベリーは息を飲む。


 互いの放つ光と、ファイアストームの後方で、前方の認識できない異変を前に停車した車のライトが、それまで不鮮明だった戦場の輪郭を照らす。クランクプラズマの後方には、二人が戦闘のために投げ捨てたリュックサックが乱暴に放置されている。

 ファイアストームの急襲によってチャックは開き、その中身が飛び出していた。


 閃光、閃光、閃光。二人の戦闘が生み出す命の光が、リュックサックから飛び出した「それ」を照らし出した――。



『ファイアストーム、十分です。もう避けてください……!』

 ミラ36号ソフィアは、ドローンのオレンジの瞳に映る彼女のヒーローの懸命な戦いに、胸の潰れるような思いをしながらも、本部地下からそれを見守る。そちらに気を取られていたために、彼女はローズベリーの行動を認識するのに遅れを取った。




 この場にあるはずのない”それ”を路上に見たローズベリーの鼓動が、トクンと鳴った。彼女は熱にうかされた夢遊病者のようにふわりと民家の塀から飛び出すと、路上に落ちたそれに近づいた。


『あ、涼子ちゃん、ダメ! 危ない!』

 気づいたミラ36が飛び出した彼女を引き留めようとするも、物理的に引き止める力はミラ36のドローンにはない。


 ローズベリーはミラ36号の声も無視して、それを拾い上げた。


 彼女が手に取ったのは、衝撃で割れた写真立てだった。そして彼女は、この写真立てによく見覚えがある。





 ――これは、ここにあるはずのものではない。これの本来あるべき場所を、ローズベリーは誰よりよく知っている。


 ドク、ドク、ドク、ドクドクドクドクドク…………。

 急速に彼女の心臓の音が早まり、全身に熱い血が巡り、頭へと登ってゆく。



 ――――なに、これ……。



 二人の少女が微笑むツーショットの写真が写し出されているが、破損の衝撃で割れたガラス板が写真を傷つけていた。涼子ローズベリーの頭の中が、真っ白になった――。






 クランクプラズマによる三十発フルチャージ状態からの連続射撃モード。ブロードソードとクランクプラズマはこれに自らの生存と勝利を賭けていた。


 だが、眼前の死神は彼らの予測を遥かに越えており、彼らの刃は死神に砕かれてしまった。


クランクプラズマが左腕のクランクレバーを前側に回転させるも、カチリと虚しいクリック音を響かせるのみ。



「打ち止めか」

 ファイアストーム、未だに無傷。左腕マグナムの給弾も完了させ、ほぼ万全の状態にまで回復してしまっている。圧倒的な絶望感が二人にのしかかる。


 ブロードソードは後頭部と、吹き飛ばされた右耳と、切り裂かれた左肩、背後から撃ち抜かれた腹部、斬られた手首から出血。


 特に手首の傷は辛うじて切断こそ免れたものの裂傷は骨と動脈にまで達しており、出血があまりに多い。既に戦意を喪失し、もはや逃れ得ぬ敗北を前にして、ただ絶望的に月を見上げる。



 クランクプラズマの心は、まだ折れていなかった。消耗し片膝をつきながらも、死神の無慈悲なる眼差しに抗おうとする。



「よせ、逃げろ」

 ブロードソードが手首の傷を抑え、諦めるように促した。


「ふざけんな、俺はまだやれる……」


「逃がさん」

 ファイアストームは左のホルスターからもハンドガンを引き抜き、二丁で構える。クランクプラズマに勝ち目のない事は明白。しかし降参するつもりなど彼にはなかった。


 クランクプラズマが再チャージすべく左腕クランクレバーに手を伸ばそうとする。ファイアストームはその手を撃ちぬくべく、引き金に力を込めようとした。




 だがその時



『涼子ちゃん、行っちゃダメ!!』

 ミラ36号の悲鳴にも似た声によってファイアストームの手が止まる。彼女のエーテルフィールドがソフィアの存在を拒絶し、視界感応状態が強制解除される。


『ローズベリー、危険です。下がってくだ――』

 ミラ8が言い終わるよりも早く、赤い光が後方から戦場に向かって飛び出していた。





 ファイアストームに気を取られていたクランクプラズマが、直前になってようやく振りむく。


 拳に茨のツルを巻き付けた少女が、瞳をくれないの色に光らせ、彼の眼前にまで迫っていた。


「殴る。グーで」



 怒りに我を忘れた憤怒のサイキッカーが、そこにいた。



 クランクプラズマ、戦慄。

 ステルス・アタック。ローズベリーの憤怒の拳が、クランクプラズマの顔面を捉えた――――。





 …… ☘



 ファイアストームの戦闘エリアから少し離れた殺戮広場。


 ブラックキャットは蹴りの反動でムーンサルト跳躍すると身を低くしてカポエイラの戦闘姿勢を取る。


 彼女の目線は本屋のシャッターに空いた大穴に向けられている。交通事故でも早々起こらないレベルの衝撃によって吹き飛ばされたバックホーは、普通であれば当然命のないものと判断するだろう。


 だが敵は戦闘サイキッカー、この攻撃を以てしても生きている可能性はまだある。ブラックキャット自身ステルス・アタックによる手ごたえは感じたものの、バックホーを殺害できたかというと、そこまでの感触を得なかった。ゆえに警戒を解かず、構える。


 その間、リトルデビルはまだ息のある民間人の救出を行う事で、ブラックキャットが戦いやすい環境を整備する。彼女は暴行を加えられかけた女性を担ぐと空へと舞った。



(来る――)

 ブラックキャットが気配を感じ取った。乗り手のもはやいなくなったパトカーのサイレンが虚しく響き、殺戮の現場と化した大通りの広場。シャッターの穴を素手で広げ、凶獣はその健在をブラックキャットに知らしめる。


「クソが、やってくれたな」

 その異様な怪力でシャッターを押し広げ出てきた男、バックホーがバンダナを捨て、口元の血をぬぐう。頑強な戦闘サイキッカーと言えども彼女の放った不意打ちによる初撃は決して軽くはなかったはず。しかし彼はその眼光をギラギラと輝かせている。



「ん、なんだ、また女か。今日はツイてる」

 バックホーは自らを負傷せしめた新たな敵のシルエットの正体が女性である事を確認すると、黒いキャットラバースーツで覆われた彼女の肢体を上から下までなめまわすように見ては、醜い笑みを浮かべた。


 ブラックキャットは一層、生理的な不快感を強める。

「今日はあんたが死ぬ日よ。確かにツイてるわね」

 


「誰が死ぬって? そういう強気の女を殴りつけて犯すのが俺の趣味なんだが。精々今の内に濡らしておけよ」

 距離にして約10メートル。道路を挟んで二者がにらみ合う。


「下半身直結脳のゴミ」

 吐き捨てるブラックキャットの瞳がエメラルド色に輝いた。次の瞬間、彼女の立っていた大地に亀裂だけを残し、ブラックキャットの姿が消えた。




 ――いや、既にブラックキャットはバックホーと距離1メートルの場所に肉薄していた。




(疾……ッ!)


 ブラックキャットが仕掛けた!


 バックホーは瞬きなどしなかった。だが彼女は既にそこにある。何というスピードか! 彼がブラックキャットの接近を認知した時には既に「ティミョティトラ・チャギ(飛び後ろ回し蹴り)」、彼女の磨き抜かれた蹴り技がバックホーのアゴを打ち抜いていた。

 更にパンダル・チャギ(半月蹴り)、ヨップリギ(横回し蹴り)とテコンドー由来の蹴り技を超高速で叩き込み、締めに強烈なミリョ・チャギ(押し蹴り)――!


「グヌウウウ!」

 前蹴りだけは辛うじてガードするも、反撃の機会すら見いだせずに超高速の連撃を叩きこまれたバックホーは壁へと吹き飛ばされる。


 バックホーはその場にあった金属製の本棚をその怪力で強引に手繰り寄せ、ブラックキャットめがけて蹴り飛ばす。本棚に入っていたライトノベルの山がバラバラと棚から崩れてゆく。


 ブラックキャットは素早く三回のバック転を決め、店の外まで退避すると、その脚力で高く跳躍! 彼女の真下を本棚がすり抜けて、その向かいにある破損自動車へと激突する。


 ブラックキャットが着地した所へ、もう一つ蹴り飛ばされて飛んで来る金属本棚。ブラックキャットは側転し回避。バックホーはさらに店のカウンターのレジを高速投擲。


「ハァッ!」

 まるで砲弾の如く高速飛来するそれを、ティットラ・チャギ(後ろ回し蹴り)によって迎撃。レジスターのボディが砕け、金属片と釣り銭硬貨が宙に舞う。


 ブラックキャットは斜め後方に向かっての三連続バック転で本屋から距離を取る。そしてテコンドー特有の重心の高い構えから、カポエイラ特有の重心の低い姿勢へと移行。シンガと呼ばれるカポエイラを見た事のあるものなら知るであろうリズミカルかつトリッキーな、動きの多い防御姿勢を取り、リズミカルな動きで次の攻撃に備える。


 ブラックキャットはその能力特性上、どちらかといえば開けた場所での戦闘を得意とする。そして何より、彼女の懸念――。


「フゥー……!」

 シャッターの中から再度現れるバックホー。彼の吐いた大量の息が蒸気のように白くなる。バックホーはあれだけの連撃を受けたにも関わらず、未だ平然とその二本足で直立していた。彼は血痰を床に吐いて捨てる。


「思ったより痛ェな……」

(しかも、速え……)

 ブラックキャットの動きは驚くほど速く、そして彼女の足から繰り出される蹴り技は驚くほどに重い。これが下級サイキッカーなら既に戦闘不能だろう。半端な相手でない事は間違いない。とバックホーは見る。


 一方ブラックキャットも、未だ倒れぬバックホーの異常タフネスを警戒していた。エーテルフィールドを持つ戦闘サイキッカーとしては硬い部類だ。


「そろそろ本気で行くぜ」

 バックホーは相手が遊びで倒せない強敵であることを認めると、その瞳を黄土色に輝かせる。すると彼の手足が何倍にも肥大化し、彼のとび職用のゆったりとした作業ズボンがパンパンに腫れ上がる。バックホーのただでさえ180センチはあろうかという体躯は、今や2メートルはあろうかという巨躯へと変化していた。



「オオオオオオ!」

 バックホーがその場にあった街灯を倒し引きちぎると、まるで鉄パイプのように構えた。なんという怪力か。

 いくら超能力者である事と超越者である事を兼ね備える戦闘サイキッカーの超身体能力でも、通常はここまでの怪力を発揮する事はない。



「チ、やっぱパワー系か」

 懸念が当たると、ブラックキャットが舌打ちした。



 彼の秘密は、超越者として持つ彼の超身体能力以外に、超能力者としての彼が持つその固有能力にある。



 コードネーム:【バックホー】。彼の能力は言わずもがな、ご明察の通りいわゆる純パワー系にカテゴライズされる能力。


 能力名は【マンパワー】、彼の持つ超越者としての身体能力を更にサイキックによって引き上げるという能力で、単に超越者というだけではたどり着けないレベルの怪力を彼の身にもたらしている。



 バックホーは街灯を力任せに振り下ろす! ブラックキャットはシンガによるカポエイラ姿勢からの側転回避。彼女が先ほどまで居た路上に鉄の街灯が振り下ろされ、その地面に亀裂を生じさせる。


 その状態からバックホーは力づくでの薙ぎ払い。


「フシャーッ!」

 ネガティーバ・レジョーノー! ブラックキャットは素早い動作で身を低くし、片足を折りたたみ、もう片足を前方に突き出すような超低空のカポエイラ回避動作を取る。ベッドの隙間にさえ潜りこめるほどの超低空姿勢となった彼女の真上を、街灯がすり抜けてゆく。


 街灯を振りぬいたバックホーに大きな隙が発生! ブラックキャットは超低空姿勢のまま全身のバネで身体を浮き上がらせ、低重心カポエイラ・スタイルから高重心のテコンドー・スタイルへとその近接格闘スタイルを変化させる!


 闇夜を駆ける一陣の黒い風と化した彼女は一瞬でバックホーに接近! バックホーの片膝を踏み台にしてのヨプッ・チャギ(前蹴り上げ)! バックホーのアゴを打ち上げる。そして蹴り上げで開いた足を閉じる! 元は空手を祖としながらも、戦後数十年の歴史の中で独自の変化としなやかさを得るに至った戦闘技術:テコンドーがもたらした変化の蹴り技。



 磨き抜かれた格闘術を決して侮るなかれ! そして殺人の為の技術を恐れよ!

 空中ネリ・チャギ(かかと落とし)!



 圧倒的タフネスのバックホーの黄土色のエーテルフィールドにも構わず、薙刀の刃を叩き下ろすが如き鋭く強い蹴りがバックホーに甚大なダメージを与えた! 頭部から血を噴き出し、ついに片膝をつくバックホー。


「グルルルルルル……」

 片膝をついた凶獣がブラックキャットを忌々しく睨みつける。


「シィィィィィ……!」

 そのままムーンサルト着地したブラックキャットもまた唸り、エメラルド色に変色したネコ科動物のような獣の眼でバックホーを睨みつけていた。




EPISODE「怒りのステルス・アタック! ACT:4」へ続く!

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