Way Back Home 2/2


EPISODE 053 「怒りのステルス・アタック!」


EPILOGUE EPISODE 「WAY BACK HOME 2/2」





 茨の鉄条網作戦から一日が経った夜、ハンムラビ地下エリアで営業を行う佐世保バーガーショップ「サムズファミリー」店内のカウンター席の隅に、一人の男が腰かけていた。



 薄暗い店内、男は両の耳にイヤホンをし、音楽を聴きながら空になった酒のグラスを虚ろに覗きこんでいる。夕方以降、このハンバーガーショップは酒場を兼ね、様々なアルコールの提供を受けることが出来る。




「……」

「隣、座ってもいいかしら」

 ブラウンのレザージャケットを羽織った金髪の女性が隣の席の小男に問うた。男はイヤホンを外すと、隣の女性に言った。



「モルモン教徒は酒を飲まないはずだ」

「モルモンの人にだって、お酒やコーヒーを飲む人はいるよ。たとえば私とか。知ってるクセに」



 女性は男の言葉を肯定の意と勝手に受け取り、勝手に隣の席へと腰を降ろす。男もまた、隣の女性が本来、アルコールやカフェインの摂取の制限を説いている末日聖徒イエスキリスト協会……いわゆるモルモン教を信仰する女性であることを知っている。


「未成年者の飲酒は法律で禁止されている」

「それ、殺人犯アサシンの言う事? それに第一私のホントの年齢、レイレイは知ってるわけ?」



「実年齢は多分、16から18ぐらいだ。初めて会った時は、まだ子供だった」

「なにそれ。私だって、私の本当の年齢知らないのに。それにもう月のモノは来てたから、私もう子どもじゃなかった。レイレイが勝手に子ども扱いしただけ」



「……4年前に満20歳という設定で戸籍こせきを作っただろう」

「なんだレイレイ、覚えてるじゃん。じゃあ飲んでもいいよね」


「……忘れるものか、あの年は……戦争のあった年だった。みんな死んで、俺がみんなを殺した……。すみません、ジャックダニエル・コーラをもう一つ……」



 レイがソフィアと出会ったのは今から4年ほど前のこと。あれは他の古参の者にとっても、また彼にとってはより忘れられない年だった。ハンムラビの組織内で大きな内乱が起こり、味方同士で殺し合った、凄惨な年だった……。


 最終的にソルトレイクの国際本部と、アジア本部のフィリピンロッジが動くほどの大事になり、国内支部がいくつか壊滅的な被害を受け、関西支部に至っては消滅。当時は東京にあった日本ロッジの本部も激しい戦闘で破壊され、放棄せざるを得なくなった。



 ソフィアと出会い、ブラックキャットとリトルデビルに出会い、一方多くの味方が死に、あるいは離反し、あるいは彼自身の手によって処刑ないし粛清され、ナイトフォールも両腕を失い機械化することになり、彼の尊敬するサイキッカー:シールドメイデンがその引退前に参加した最後の戦争となり……、現日本ロッジ長 楠木くすのきの権力が国内において絶対的となった年であり……。



 ……とにかく、全てが起こった時期だった。




「……それより、何聞いてたの?」

 暗くなった話題を変えるかのように、カウンターテーブルに投げ出された男の音楽再生プレイヤーの画面を女性が覗きこむ。再生中だった曲の歌い手はエディット・ピアフ。彼女を語れば第二次世界大戦の時期にまでさかのぼるほどの、非常に古いフランスの女性歌手だ。


 男は女性から目を背け、反対の壁へと目線を移す。



「エディット・ピアフの愛の賛歌 (イムヌ・ア・ラムール)? 私、その歌大好き」


 ソフィアもそのフランス人女性歌手と、彼女が世に残した曲を知り、愛する一人だ。とくに彼女は愛の賛歌をカバーした国内の曲「青空の欠片」の歌詞もオリジナルの歌詞と同じほどに愛する。



「……」


「彼の頼んだのと同じのをください」

 女性はカウンター向こうのマスターに向かってオーダーを行った。


「お前が飲むには、少し強いぞ」

「知らない。飲みきれなくなったらレイレイが残り飲んで」



 ソフィアとレイのテーブルに、同一のアルコールドリンクが提供される。提供されたのはジャックダニエル・ウイスキーのコーラ割りにライムを添えたもの。レッドアイと並んで彼が好むカクテルの一つであることを、女性は知っている。


 コーラで割っているとはいえ、元のジャックダニエル・ウイスキーのアルコール度数は40%。一般的なワインの四倍にも及ぶそれは、ビールなどよりはずっと強く、酔いやすい。特にレイと違い、超越者としての身体能力に恵まれなかったソフィアにとっては。


 それでも彼女は構わずに、それを口にする。


 そして彼女は、酒の勢いに任せて隣の男に話しかける。


「ねえ、レイ。あの夜、どうして避けなかったの?」

「何の話だ」

 ソフィアの言う”あの夜”が何日前の夜の事か知っていながら、レイはわざとしらばっくれるが、殺人を伴う仕事上の事ではともかく、プライベートで嘘をつく事に彼は慣れていない。彼女の目から見て男の嘘は明白だった。



 ソフィアは男のテーブル上のポテトを奪い、勝手にそれを口に入れる。


「昨日の戦闘。車を守ったでしょ。あれ、守らなくても不可抗力で免責の対象だったのに、無茶して守った」


 裏方のため組織内の過失や免責事項についてのラインを知る彼女だからこそ出る意見だが、その見識は組織勤めの長いレイ自身も共有するハンムラビの内情のはずだ。彼女の問いに対し、レイはこう答えた。


「巻き添えで殺さざるを得ない事や、救うほどの余裕がない事の方が多い。何人殺したかも忘れた。あの夜はたまたま……救う余裕があっただけだ」


 そして大きく溜息をついて自嘲気味に言った。

「只の自己満足だ。次は助けた相手を敵ごと爆発物で殺すかもしれない。そういう事が今まで何度かあった」


 この小男、アルコールには強い方の男だが、それでも既に相当飲酒が進んでおり、酔いが回り始めているようだった。



「でも、それで助かった人はいるよ。だけど……あんまり無茶しないでね」

「善処はする。……心配をかけるな」


 ソフィアはテーブルに置かれたウイスキーを半分ほどまでゴクゴクと飲むと、大きく息を吐き、その真っ白な頬を薄桃色に染めながら、囁くようにしてレイに言葉を向ける。


「ふぅー……いいの。あなたさえ生きて帰ってきてくれるなら……」


 酔いの進んだ彼女の表情は、どこかつやめいていた。



「俺は……」


「レイレイ、これやっぱり、ちょっと強いかも。マスター、マンゴーオレンジありますか」

「残りを飲む。よこせ」

 ソフィアから横に流されたジャックダニエル・コーラの残りを受け取ると、彼はそれをいっきに飲み干す。


「ねえ……。これから、どうなるのかな」


 ソフィアの来る以前から飲み続けていたレイは酔いが回っていたが、彼女の問いに対しては非常に明瞭にして、そして冷酷に答える。


「どうなるというよりは、昨日のあれを見ただろう。これ以上好き勝手にさせるわけにはいかない。アジトを突き止め、連中を皆殺しにする」


 彼の受け答えはあまりにもはっきりとしており、その固い決意と殺意がアルコールによってもにじむ事はなかった。



「レイ、私もとことん、あなたに付いていくからね」

「無理はするな。ナンバーエイトのヤエや、トゥウェンティ・トゥのナデシコもいる。ミラはお前一人じゃない」


 彼の言う事にも一理はある。ソフィアのコードネーム、ミラ36号が示すように、彼女に似た能力のミラというコードネームを持つ後方支援役が組織内外に何人も存在する。例えばこの間のミラ・エイト。愛称ヤエなどもその一人だ。



 だが、ソフィアは首を小さく横に振り、こう言い返す。

「ううん。私はあなたについていくって、あの日決めた。それにね、それだけじゃない」


 ソフィアは続けて言う。

「涼子ちゃんはもう、私の大切な友達よ。見たでしょ、あいつらがあの子の友達の家に泥棒に入ったり、あの子の家の近くでわざと暴れたりする所」


 そして、ソフィアが叩きつけるようにしてスマートフォンをカウンターテーブルの上に置く。そこには横浜市旭区で起こった事件のニュースのインターネット記事が写し出されている。



 事件記事の見出しは「飲酒運転によるトラックの暴走で9人が死亡。10人が重軽傷」



 ただし、サイキッカー:バックホーの破壊行為に関する記述は一文もないし、自動車の暴走事故という扱いになっている。殉職警察官に関する記述もない。発表された死傷者数さえ正しいかどうか定かではない。何人かは別件で自殺扱いだったり、行方不明という処理になっているかもしれない。


 合っているのは事件の日付だけ、これと比べればまだ「ロシアの声」の方が記事としての信憑性があるというものだ。




 この報道発表は魔女の呪いや、一般市民のサイキックへの耐性の無さもあるが、それ以上に政府による情報統制の賜物だ。


 記者クラブ制度を敷く事によって、政府の許可するメディア以外は満足に報道機関としての活動ができない社会システムになっているこの日本国にとっては、この程度の情報統制は実に容易いものである。


「異界と現界とをつなぐポータルかと思えば、近頃のトラックは性犯罪も試みるのか、運転手には貞操帯が必要だな」


 現場に居合わせた二人のサイキッカーから見聞した情報と、インチキそのものたる記事とを照らし合わせてレイが皮肉った。



「ブラックキャットの作成資料を見た。俺も捕虜の尋問に付き添ったが、偵察と威嚇、そして我々を呼び出すための挑発行為として今回の行動を選んだと見て、ほぼ間違いないだろう」



「あんな事をする人達、私も許さない。あなたがそう思っているのと、私も同じ。だから私もあなたと同じように一緒に戦う。異論は?」



「無い……。だが、俺は奴らが死に絶える所までやるぞ。あの子が望むと望まざるとに関わらず」

「レイレイについてくって、さっき言ったばかり」

 ソフィアは言った。彼女の瞳にもまた、静かな怒りが灯っていた。彼には、その火を否定することなどできなかった。


「そうか……」



「ところで、あの子の友達の家には……」


「結局札は置けなかったからな、代わりにフラット達のマインドハック班が明日現地に行ってくれる事になっている。それと……」



 ☘ ……



 翌日。ソフィアとレイの会話から半日の経った日中、野原家の前に一台の小型トラックが停車した。

ライトグリーンと白のカラーリングの施された車体に、白ヘビのかわいらしい絵が描かれている。いかにも、あれは日本全国を走る白ヘビ宅配便の車両だ。


 トラックから男女が降りる。その内女性の方は大きな丸メガネが特徴的な若い女性だ。



「話は聞いてましたが、結構やられてますね」


 宅配員に変装したエージェントが周囲の戦闘痕を見て言った。魔女の呪いの影響もあり、こうした公共の場所のサイキック被害は、それを認識できない一般人の手によって徐々にではあるが”現実改変”という形で自然に回復してゆく。もっとも、この規模の戦闘であれば一日二日では元通りにはならないだろうし、破損個所によっては自然治癒しない部分もあるだろうが……。


 例えばあれだ。男性エージェントは目の前の家の二階を見る。割られた窓ガラスを覆うようにして、ビニールシートが張り付けられている。


「サイキッカー同士が殺しあえばこうなるわ。ま、これでも彼は加減したみたいだけど」


 同じく宅配員に変装する、丸メガネが特徴的な女性エージェント、フラットは道路上に未だ消えず残ったその血の跡を見ていた。この辺りで戦闘となり、敵を一人処刑したとファイアストームからの報告では聞いている。



 彼らの任務は、ファイアストームらの行った【茨の鉄条網作戦】における簡易結界の設置が不完全な状態に終わったため、その任務の後処理である。日中であっても彼女の持つ精神操作によって問題を強引に解決可能なフラットが現地に来ているというわけだ。



 宅配員を装って住民にドアを開けて貰った後、フラットの能力を使って住民の精神に働きかけ、神札の設置に協力して貰えば、この後処理は完了。記憶操作もセットで、彼女らが来た事さえ証拠隠滅が可能だ。



 男性エージェントがインターホンのボタンを押す……住民の返事は無い。もう一度インターホンを押した。インターホンを鳴らす音は家の中から聞こえる。……しかし、やはり返事は無い。



「すみません、宅配ですー!」

 男性エージェントが声で直接呼びかける。それでも反応はなかった。



「留守ですかね?」

「専業主婦だって資料では見たけど」


「開けちゃいますか?」

「そうね。もし誰か居たら私が対処するわ」



 フラットが許可すると、男性エージェントが玄関扉の不法開錠を行う。その間、フラットは周辺の警戒を行う。




 ――二日前の夜、野原邸には空き巣が侵入。部屋を荒らして去ろうとするも、巡回中の警察官と遭遇。犯人は武装しており激しい抵抗を見せたため、警察官が射殺。お手柄だ。もっとも事実は異なるが。



 ……あの混沌の夜、匿名の通報を受けて警察官が駆け付けた所、道路近くに死体が一つあったため、警察官はそれを回収し、世間的にはそういうシナリオになった。警察側としては手柄が一つ増える上に、今回の混沌への面目も多少は立つし、警察官がやった事にした方が都合は良いものだから、偶然にもWIN―WINの関係が出来たといえる。



 ガチャリ。しばらくして開錠音と共に男性エージェントが扉を開ける。幸いにしてパトロール中の警察官が通りかかる事はなかった。二人は野原邸に入り込む。明かりはなく、日中だというのにどこか気味の悪い薄暗さ。しかし、その玄関には靴が一足残されたまま。



「……」

 フラットは微かに水の流れ出る音を耳にし、男性エージェントにハンドサインで一階の探索を指示する。男性は無言で頷き、音のする方へと進む。


 音は洗面台の方からだった。洗面台への扉は半開きで、ドアをスライドさせると、そこだけは明かりがまだついたままだった。近づくほど、水の流れ出る音は男の耳にも確かに届いてくる。


 洗面台から浴室へと続く扉も、きちんと戸締りのされていないままだった。彼が慎重に、ゆっくりとその扉を開ける。


 その扉を開け切った時、男性エージェントは戦慄し、不法侵入中であるにも関わらず大声で女性エージェントの名を呼んだ。



「――!!! フラットさん! 大変だ! すぐに救急車を――!!」


 浴室には一人の女性が、服も脱がずに浴槽に向かってもたれかかっていた。エージェントが倒れた女性に触れる。


 ――冷たい。体温が下がっている。


「大丈夫ですか、返事をしてください」


 呼びかけてはみたが意識もない。彼女の足元には血のついた包丁、左手には、深い切り傷。その傷から流れ出た大量の血が、浴槽を薄赤く染めていた――。



 フラットが洗面台へと踏み込む。彼女は沈着冷静そのもので、浴室で血に染まり倒れる女性を前にしても表情を変える事はなかったが、応急処置を行う男性エージェントにこう告げた、



「まずいわね。それとエージェント:黒田、連絡が入ったから処置を続けながら聞いて。ローズベリーの学校が、臨時下校になった」


「……理由はっ!?」


「簡潔に言う。学校に人間の頭蓋骨が届けられた。直接的な害はないけど、第一報では私達への宣戦布告状つき。護衛任務中だったブラックキャットが回収して、本部に持ち帰っている最中」



 彼女が片手に持つスマートフォンには、現地撮影され添付送信された写真ファイルが展開されている。


 その写真には、人間の頭蓋骨の額部分に「Spoils are YOU (獲物はお前たちの方だ)」と文字が彫られ、口には手紙の挟み込まれた画像が写し出されていた。








 一人娘の野原 麗菜れいなに先立たれ、残された母が自宅内にて自殺を図った。


 そして、学校に届けられた宣戦布告状つきの頭蓋骨。






 茨の鉄条網作戦の行われた夜から続く、タスク警備保障の一連の威圧行為は涼子と、ハンムラビの関係者のみならず、麗菜の遺族や、直接的には無関係の者にまで大きな余波をもたらした。



 そしてこの繰り返される威圧的な挑発行動と、届けられた宣戦布告状にハンムラビ・ソサエティは応じる事となり、この80時間後、日本ロッジ長の楠木くすのき 丈一郎は関東支部の全職員に対し、ビーストヘッド・プロモーション率いるタスク警備保障の殲滅と、全面戦争への突入を宣言することとなる。







 野原 麗菜の葬儀の日から、一か月と一日の過ぎた日の出来事だった。




A Tear shines in the Darkness city.

 ‐ Fire in the Rain ‐



第五節 【反撃】 END.


第六節 【太陽は闇に輝く】 へ続く。

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