カムフライ・ウィズミー ACT:5


EPISODE 046 「カムフライ・ウィズミー ACT:5」



 第一地点である朝貌高等学校への結界設置を終えた一行は、チヌークに再度に乗り同市内の旭区へ向かう。つまりは涼子の自宅のある近辺だ。残りの二地点である空手道場と麗菜の家はどちらも彼女の家から自転車や徒歩で行ける距離にある。



『予定通り、ここからは二手に分かれて結界を設置しに行きます。第二ポイントの空手道場へはブラックキャットが、第三ポイントの野原邸にはファイアストームとローズベリーが向かってください』


 横浜上空、ミラ・エイトが今後の作戦予定について話している時、チヌークの機内でブラックキャットのスマートフォンがブルリと振動した。彼女は通知の内容を確認すると、その口を開く。


「あ、エイト」

『何でしょう、ミズ』

「ナナちゃん来たってさ。手伝ってくれるから、あの子に位置情報送ってあげて。あと、少しの間ステルス止めて」

 ブラックキャットが言った。エイトはこの求めを承諾する。


『了解しました』


 それからブラックキャットはしばらくの間、機の外を眺める。すると彼女のスマートフォンに電話の着信、彼女は外を見たままこれを取る。


「あーもしもし? ナナちゃん? え? 聞こえない。 あーうん、そうそう。見える見える。そこね、わかった。じゃそっち行くから受け取りよろしく」


 彼女は短い通話を終えるとファイアストームの方を向き言った。


「ファイアストーム、ナナちゃん来たから私先に行ってくる。お札一個ちょうだい」

「どうぞ」

 神札を持っているローズベリーがその内の一つを彼女に渡した。


「気を付けてな」

 ファイアストームがそう言うと、ブラックキャットは小さく笑い、ローズベリーを一瞥してからこう返した。

「ふ、誰に言ってるの。ニュービーの小娘じゃないんだから」


 ブラックキャットは高度二千メートル近い上空にも関わらずチヌークの側面ハッチを開くと、眼下に広がる夜の街と向かい合う。


 その中で、チカ、チカと赤い光を発する小さな飛行物体をブラックキャットは見つけた。彼女も手持ちのライトを発光させ、合図を送る。ミラ・エイトの二機参加しているドローンの内の一機が触手を伸ばし、彼女の腕に絡みつく。



 そして彼女は両手を広げ、そのまま夜の街へと……飛んだ。




 ファイアストームも立ち上がり、彼女の降下を確認してからハッチを力ずくで閉じる。

 ブラックキャットが消えた後の機内、彼女は先ほどまで彼女が座っていた場所を見る。ローズベリーはそのあたりに、何かが置きっぱなしになっているのを見つけた。このカバンは彼女のものだろうか?


「あれ? ブラックキャットさん、忘れ物……?」

 するとファイアストームは置き去りにされたそれを見て、このように答えた。



「ああ、それはパラシュートだな」


 彼のあまりにも冷静すぎる一言の与えた衝撃は大きく、ローズベリーの笑顔が凍り付いた。


「パラシュー……ト……? じゃあ今のは……?」

「ああ、パラシュート無しで飛んでいったな」


 ファイアストームは淡々と答えた。ヘルメットの奥のその表情は見えないが、それが無表情である事をソフィアはよく知っている。


「……うそっ!?」

 ローズベリーは慌てて窓を覗きこむ。サイキッカーは高度二千メートル近くの高さから落下しても無事なものだろうか? 答えはNOだ。銃弾さえ易々弾き返すような頑丈さを持つ戦闘サイキッカーであっても、これだけの高さから地表に激突すれば通常その命はない。


 だがファイアストームも、ソフィアさえも、ブラックキャットの心配はしていなかった。

「心配いらない。彼女には”自家用機”がある」



 ファイアストームがそう言った直後! 漆黒の翼を生やした少女が突如窓の外に現れた。

「わっ!」

 ローズベリーが驚いて声をあげる。

『ご心配なく。黒崎 ナナ。コードネーム:【リトルデビル】。飛行能力者です』


 彼女の名前は黒崎 ナナ。コードネームはリトルデビル。ブラックキャットの相棒(サイドキック)にして、飛行能力を持つ若き戦闘サイキッカーだ。彼女のプライベートな用事を終えた後、こちらに応援に来てくれた次第だ。


 彼女の腹の下にはブラックキャットがハーネスとトグルで繋がっている。窓の外の少女はローズベリーと目を合わせると、にこっと笑ってこちらに手を振った。


 それから彼女はブラックキャットを抱えたままチヌークと距離を取り、奈落に広がる夜の街へと降下していった。



 ☘



 ブラックキャットと別れた二人は、ローズベリーの親友だった少女にして事件の被害者、野原 麗菜れいなの自宅を目指す。近くまでヘリで接近し、そこからは速やかに地上へと降下。


 だが、地表に降り立った時、ファイアストームは速やかな行動を開始しなかった。彼は眉間にジリジリと焦げ付く感覚を覚えると判断を下し、エイトに指示を行う。


「……エイト。ヘリを遠ざけろ、大至急」

『了解』

『ファイアストーム? どうしたの?』

 ファイアストームの様子に疑問を覚えたミラ36:ソフィアが尋ねた。


「……嫌な気配がする」

 目標地点までおよそ150メートル。ファイアストームは野原邸の方角を見た。




……



 暗闇の中で二人の男がごそごそと物色をする。照明の点けられていないその部屋は荒らされており、机の中は引っ繰り返され、割れたガラス欠片が床に散らばり、ガムテープのくっついたままの割れた窓ガラスの穴から冷たい冬の風が吹き付ける。


 荒れ散らかった部屋だが、ベッドの模様や可愛らしい鳥のぬいぐるみ、鳥のフィギュアの乗った目覚まし、こうした小物のインテリアの存在が、ここが若い少女の私室である事を注げている。

 そして同時に、ずっと使われた形跡のないベッドが、この部屋が今はもう使われていない事も、告げている……。



 では、ここにいる二人はこの部屋にとって、何の関係のあるものだろうか。緑色の警備服をベースとした格好の二人からは男の汗の匂いがつきまとい、その格好も、雰囲気も、行動も、すべてがおよそこの空間に似つかわしくない。


 二人とも大きなリュックサックを横に置き、荒れた部屋を物色しすると、その中からめぼしそうなものを見つけ、バッグに詰めてゆく。


「どうして俺たちがゴミ拾いなんかしなくちゃいけない?」


 二人組の男の一人、【クランクプラズマ】が作業を中断し、小声で悪態をついた。二人組のもう一人、【ブロードソード】は不機嫌そうな表情で、同じく小声で言い返す。


「それが仕事だ。つべこべ言うな」

「まあ、金になるからいいけどよ……」

 クランクプラズマは部屋の持ち主だった少女の写った写真立てを手に取ると、下卑た笑みを浮かべる。

「しかしこの子も可哀想になあ~。この前のパーティのオモチャだろ? さぞかし……フフフフ」


 その時、風の音とクランクプラズマの抑え気味の笑い声の中に、ブロードソードが異音を聞いた。


「シッ……おい、聞こえたか」

「ん? 何がだ?」

 クランクプラズマもその音自体は聞いたが、彼は遠巻きに聞こえたその音を問題とは思わなかった。この辺りは民家ばかりの地域だが、この時間帯なら車やバイクの通りはそれなりにあるし、何より地理的な都合で米軍や自衛隊の航空機の数も多い。


「いや……何でもない」

 ついこの間、上司や同僚が戦闘で何人も死んだせいで、神経質になりすぎているのかもしれない、とブロードソードは自らを戒めた。



「ん……なんだこれは」

「何か見つけたのか」


 ブロードソードが問う。クランクプラズマは写真立ての中にもう一枚隠された写真を見て、悪態をついた。中には少女が男性と共に腕組みし仲良さそうに写っている写真が隠されていた。


「見ろよこの写真、彼氏持ちだ……クソが」

「どの道そいつは死んでる」

 ブロードソードは大して関心も示さずに、カバンに部屋のものを詰め込む。


「まあ、そうだな。クソ、一発ヤリたくなってきた」

「もし、帰り道に女が居たら連れて帰ろう」


 ブロードソードはバッグにあらかた荷物を詰め終えると、ファスナーを締め、肩に担いだ。


「……これぐらいで十分だろう、とっとと帰るぞ」


 クランクプラズマとブロードソード、二人が上司から言い渡された任務は、この自宅でこの部屋の物色と、部屋にある私物の持ち帰り。それと、適当に散歩して帰って来いという変な内容だった。


 クランクプラズマは勿論、ブロードソードにとってもそれはよくわからない仕事だが、今に始まった事ではない。雇用主の畑は気まぐれや余興に奇妙な仕事を言い渡したりする。誰かを盗撮してこいとか、車を盗んで来いとか、誰かを殺して来いとか、度胸試しも兼ねて年に何度かはそういう”遊び”を部下にやらせる。



 直属の上司の藤本ことコードネーム:雷光は、すぐに帰って来いとは言っているが、そのまた上の雇用主、畑はゆっくり帰って来いと、矛盾した事を言っている。


 ――要するに、どっちでも良いという事だ。直接の上司は雷光だが、権力の力関係で言えば畑の方が上、こんな横浜の住宅街までわざわざ行かされて、楽だが大して面白くも無い仕事。畑もああ言っていた事だし、帰り道に常人モータルの女の一人ぐらい捕まえて、車にでも閉じ込めて、気分転換セックスでもして帰るぐらいが丁度良いだろう。


 クランクプラズマもリュックサックのファスナーを締めそれを背負うと、ブロードソードに続いて少女の部屋を後にした。



……


「ローズベリー、身を低くしろ」

 野原邸まであと50メートルの地点で、ファイアストームがローズベリーに頭を下げさせ、民家の陰に隠れさせた。


『どうしたんですか』

 ミラ36にファイアストームは答える。

「敵だ。二名、サイキッカーかどうかは不明」

 ファイアストームはコンクリート塀の上に飛び、身を低くすると彼の専用装備ギア、通称【ノーザンヘイト】の左目部分に取り付けられたターレットファインダーを回転させる。



 彼のヘルメット内モニターの映像モードが熱源感知モードに切り替わり、視界が蒼く染まる。その中にオレンジと緑の人影を彼は認めた。……動く熱源を感知、二名、向かいの住宅の一室で屈んで何かをしている。


 彼はミラナンバーのドローンを中継器としたテレパス通信に切り替えると、三機随行中のドローンにそれぞれ指示を下す。


『サーティン・シックス、ドローン36でローズベリーと視界感応サイトテレパスしろ』

『アイ、アイ』


「ドローン81とエイトのドローン0804 (ゼロハチマルヨン)号は遠くからサポートと記録を行え」

『アイサー』『了解』


 エイトとサーティン・シックスが返事した。それからファイアストームは最後に、左下後方で身を低くする茨城 涼子……サイキッカー:ローズベリーを見て、こう伝えた。



『ローズベリー、よく聞いてくれ。これから戦闘になる。敵は俺が倒すから戦闘参加はしなくて良い。ただ自分の身を護ることを考え、あとは……俺の戦いをよく見ておけ』

『はい……』

 ローズベリーが小さく頷いた。





「大丈夫だ。君は俺が守る」

 ファイアストームは呟くと、背中からマチェットを引き抜いた。闇の中、右カメラの白く淡い光が敵の方角を見据えていた。





EPISODE「カムフライ・ウィズミー」END.



NEXT EPISODE!! 「怒りのステルス・アタック!」

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