カムフライ・ウィズミー ACT:4


「間もなく第一目標地点だ。降下準備を」


 操縦士が目標地点への到達の近い事を告げる。第一降下地点は 県立横浜 朝貌(アサガオ)高等学校……涼子ことローズベリーの通う全日制の普通科高等学校だ。三地点の中では地理的に最もハンムラビ本部から近く、ここが第一地点として選ばれた。


 ヘリコプターが高校の屋上で停止する。サイキック由来の光学迷彩等の細工があるため、サイキッカーでもなければ外見上はこのヘリコプターに気付く事こそできないが、ヘリコプター特有のローター音は静粛性に改良を加えても殺しきることはできないし、風圧も発生する。


 民間人への露出を抑える為、速やかに降下しなければならない。ファイアストームがハッチを開き、ロープを屋上へと垂らす。



『残留職員とホームセキュリティの作動に気を付けてください。それでは20時17分、これより「茨の鉄条網」作戦を開始します』


「了解、ファイアストーム以下、これより作戦を開始する」





EPISODE 045 「カムフライ・ウィズミー ACT:4」





 まず降下したのはファイアストーム。ロープを用いて素早く屋上へと降下する。彼の戦闘ヘルメットの右目のカメラが白く淡い発光を見せ、左目カメラ部分に備え付けられたターレットファインダーが静かに回転する。

 ヘルメットに内蔵されたセンサーで周囲をスキャンする。暗視カメラを起動、異常なし。次に熱源センサーを起動、こちらも異常なし。ファイアストームはヘリに向けて手招きする。


 ローズベリーの初任務が始まった。チヌークの開いたハッチに手をかけ、地表を見下ろす。

「ひえっ……」

 ローズベリーが萎縮し思わず声をあげる。


「あんた超越者オーバーマンでしょ。落ちても死なないから平気よ」


「が、がんばります」

『チア・アップ♡ チア・アップ♡ ローズベリー♪ ガンバレ♡ ガンバレ♡ リョーコちゃん♪』


 ローズベリーがロープを掴み身を外に乗り出す。屋上からは10メートル近い高さ、大丈夫、この一か月もっと危ない事も経験してきたはず。目を閉じ、息を止め、少しずつ降下してゆく。


『わー、ぱちぱちー。おめでとうローズベリー! 第一関門クリアよ!』

 降下しきったローズベリーをミラ36が拍手し称えた。

「ふうー……。ありがとーソフィアさん。私がんばれたよ……」


 ローズベリーは大きく息を吐く。彼女は開発部で作って貰った上下のコンバットインナーの上に、開発部が用意してくれた紅色のパーカーと、涼子の私物である学校指定ジャージのズボンを履いている。


 彼女がパーカーの上につけているタクティカルサスペンダーの後ろには小型のショルダーバッグが接続されており、中には神札結界が入っている。今回の作戦の重要アイテムだ。



 二人が降下し終え、最後にブラックキャットが降下。彼女は降下用のロープを用いる事なく、夜の闇に飛び出すと空中で三回転し地表へ着地した。


 三人が降下し終えるとチヌークはハッチを開いたまま高度を再上昇させてゆく。一番のベテランゆえに本作戦の指揮官となるファイアストームがハンドジェスチャーを行いながら味方に指示を出す。


「ブラックキャットはこの地点を死守。ローズベリーは俺についてこい、サーティン・シックスとエイトは一機ずつこちらをサポート」


「了解」『了解』『イエス、サー!』「わかりました」


 ファイアストームはまずローズベリーと共に屋上の扉へ向かう。ハンドジェスチャーでローズベリーを静止させると、自身の小型ショルダーバッグからピックとテンションと呼ばれるピッキングツールを取り出し開錠を試みる。


 ファイアストームが鉄扉に向かってから僅か数秒……ガチャリ、開錠音。こうしたピッキング行為に彼が手慣れているのがローズベリーにも理解できる。


「流石ね」

「今の仕事でもよくやってるからな」


 だがファイアストームはすぐには扉を開かない。ドアノブを回した所でその手を止める。そして一言。




「ダメだ」

 と言った。


『何がある?』

 ミラ36が訊くと彼は答える。


「マグネットセンサーだ。このまま扉を開けるとホームセキュリティを起動させる」


 やりづらい世の中になったものだとファイアストームは内心思った。常人の認識を歪め、時には認識さえできなくしてしまうサイキッカーにもちょっとした敵が存在する。セキュリティシステムの存在だ。


 神々の知恵と肉体を持つサイキッカーであっても基本的な部分では人間だ。特殊な体質の者を別として、当然ながら幽霊のように壁を無制限にすり抜ける事はできないから扉を使う必要があるが、その扉にマグネットセンサーのようなトラップが取り付けられていた場合、当然それを起動させる。赤外線や動体センサーの前に出ても特殊な体質でもない限り、やはり感知される。



 仮にセキュリティが集結したところで、彼ら百人が集まってもファイアストームを倒すことは絶対に不可能だろう。だがこのケースにおいて戦闘力は問題ではない。これは破壊や戦闘、殲滅を目的とした作戦ではないからだ。特に今回、民間人に危害を及ぼす事はいつも以上に厳しく制限されている。


 その任務の性質上、出来るだけ警報を発生させず、静かに目的を達成しなければならない。


『どうする?』

「見取り図を」

 ファイアストームが言うと、ソフィアからもたらされる第三の視界情報に高校の見取り図が映し出される。



「よし、下を見に行く。ここで少し待て。サーティン・シックスとエイトはついてこい」

 彼はそう言ってローズベリーを待機させると、屋上のフェンスをあっという間に飛び越え、左腕にアタッチメントしたワイヤーガン射出機構を使ってワイヤーを固定、壁伝いに降下する。


 ファイアストームは三階の所で止まり、教室の窓ガラスを見る。灯りは無く、時刻も20時を過ぎているため生徒の姿はない。


 一階に向かったのはエイトのキューブ形ドローン、彼女から報告が入る。

『職員室を確認。無人です。ただし扉にマグネットセンサー・ガラスセンサー・赤外線センサーも一台確認できます』


 エイトからの報告は想定の範囲内。横浜の学校というだけあって、その辺の学校よりはやはり気持ち職員室のセキュリティは豪華か。


 一方、三階教室側はというと……

「了解。こちら三階教室、マグネットセンサー、ガラスセンサー、赤外線センサー等すべて無し。これより侵入を試みる。侵入ルートを確保するまでの間、エイトはその場で周辺警戒にあたれ」

『了解』


「サーティン・シックス」

『イエス、バディ?』

「空中作業を任せる。俺はローズベリーを連れて来る」

 ファイアストームはそう言うと、レーザーポインター型の携帯型レーザーカッターをソフィアドローンの触手に握らせる。


『オウケイ。ふんふふんふふん~♪』

 サーティン・シックスはそれを受け取ると、レーザーカッターを教室の窓ガラスに向け、鼻歌を歌いながら作業を行う。


 ファイアストームは一旦屋上に戻るとローズベリーを回収。彼女は正面からファイアストームに抱き着くような恰好で、地表を見ないように必死だ。夜の闇のお陰で地表は日中よりも見えづらいのが彼女にとっての幸いか。


 レーザーカッターが教室の窓ガラスを貫通。一センチにも満たない細い穴を開ける。そこへソフィアドローンの触手が入り込み、内側から窓ガラスのロックを解除する。


 ファイアストームは窓ガラスを開け、ローズベリーを抱えたまま教室に侵入。ロックは戻さず扉だけは一応締め、穴を開けた部分に接着用の薬剤を薄く流し込む。ここがCIAの本部や皇居ならともかく、進学校でもない県立高程度のセキュリティならこれで十二分だろう。


 涼子はまだ一年生、彼らの侵入した教室は上級生の教室のため、日中も縁のない場所だ。それでも教室の構造自体は同じであるため、無人の教室を見るとノスタルジーをどこか感じる。


「突破、三階から教室への侵入に成功。このまま職員室を目指す」

『了解。周辺警戒を続けます』

 ヤエから返事が返って来る。ファイアストームは廊下に繋がる扉を一センチほど開け、ソフィアドローンの触手を使って偵察を行わせる。


「どうだサーティン・シックス」

『ぬるっぬる。なんにもないよ』


 サーティン・シックスは廊下を階段側を見渡し、セキュリティ装置の無い事を報告する。


 意外とホームセキュリティに拘っているのはその辺にある民間の工場だったりするが、公共施設を含め大体の建物はそれ以下のセキュリティが多い。


 予算上の都合もあるのだろう、恐らく玄関・屋上・職員室を除けばセキュリティの質はそれほど高くなく、民家レベルだ。ファイアストームは過去様々な建物に侵入した経歴を持つが、経験から言ってもまあ、世の中こんなものである。



 ファイアストームとローズベリーはそのままスムーズに一階まで侵入。職員室の前までたどり着く。



 ……ガチャリ、またもやファイアストームによるピッキング。屋上の扉を開けた時よりも更に早い。よし、マグネットセンサーは窓側だけで、通路側にはついていない。


「中に赤外線センサーがある。気を付けろ」

 ローズベリーを一歩下がらせ、隙間からソフィアのドローンをぬるりと侵入させる。


『不法侵入って懲役どれぐらいでしたっけ』

「確か三年以下の懲役。器物破損のオプションも追加でつくぞ」


『あー……。ありました。赤外線センサーが一つ。あとはないかな』

 ドローンが天井設置型の空間センサー、いわゆる赤外線センサーを一基発見する。


 第五元素エーテルの力によって生み出されたドローンは物質と非物質との境目にある存在であり、およそ地球上に存在するあらゆる物質と異なる。ゆえに赤外線センサーや動体センサー、熱源センサーに感知される事がない。いわばドローン全体がアルミ箔でコーティング済みのようなものだ。



「よし、塞げるな。行け、ピカチュウ」

『ぴっかー!』


 ソフィアが彼のユーモアに応えるとドローンを変形させ、モチのようにぺたりと天井のセンサーに張り付きその目を塞いだ。ファイアストームが職員室に侵入、ローズベリーもそれに続く。


 真っ先に向かったのは職員室にあるホームセキュリティのコントロールパネルだった。既に生徒はもちろん、職員もセキュリティを起動させた後、最後の一人が帰宅した後だ。タイマーが設定されており、翌朝の午前七時を迎えるまではセキュリティは解除されないし、ここの施設員でさえ解除する事は不可能。

 つまり、正規の手段で解除することはできない。これが21世紀のホームセキュリティのスタンダードである。


 しかし勿論、鍵を締める者がいればそれを開けようとする者もあり。ファイアストームは小型ショルダーバッグから小型電卓サイズの機械を取り出し、ホームセキュリティのコントロールパネルに取り付ける。


 タイマーを三十分に設定し、装置の電源を入れる。機械に取り付けられた液晶パネルが所要時間を表示しカウントを開始する。


 ……ピコッ。電子音と共に「Success」と成功を告げるダイアログ表示。この機械、ホームセキュリティハッカーを使うことで建物全体のセキュリティの認識情報を一定時間誤魔化すことが出来る。泥棒にとっては垂涎モノのツールだ。


「もう良いぞ」

 ファイアストームが合図するとソフィアのドローンが空間センサーから離れ、また元の形状へと戻る。


『さて、肝心の神札ですけど、どこに置きましょうか』

「アイデアはある。こっちだ」


 そう言い向かったのは職員室から繋がる校長室の扉。カギはかかっていない。


「大体こういうちょっとお堅い学校の校長室には……ほらあった」

 扉を開くとソファーや額縁に収められた賞状、歴代の校長の写真などの飾られた校長室がそこにはあった。ローズベリーはこれまで一度もここに入った事がなく、来るのは初めてだ。


『あ、神棚』

 ソフィアのドローンが校長室内に飾られた神棚を見つけた。


「では選手交代だ」

 ファイアストームが親指を立てて合図すると、ローズベリーは背中のカバンから神札を取り出し、ソフィアのドローンに手渡す。


『埃かぶってるー。まだ二月ですよ。ちょっと信心足りないんじゃないんですかね』

 ソフィアのドローンはそれを持ち交換すると、先ほどまで神棚に乗っていた古い神札をファイアストームに手渡す。


「バチが当たらなくて良かったな」

『まだわかりませんよ』


 ファイアストームは右手で埃を払うと、ローズベリーに古い神札を手渡す。恐らく2,3年は交換していないと思われる古い神札。これは後程、適当な神社に持って行って処分を依頼する予定だ。



「これで交換完了だ。校長先生がサイキッカーでなければ、すり替わりにも気づかんだろう」

『こちらミラ・サーティンシックス。第一地点での目標を達成。離脱します』

 第一目標を達成し、ミラ36が報告を行った。


『こちらブラックキャット。異常無し』

『了解。合流ポイントまで撤退してください。チヌークを降ろさせます』



 後は簡単なものだった。荷物をしまい、扉を再度施錠し、後は屋上まで上がってブラックキャットと合流するだけ。

 屋上の扉も既に開錠済、ホームセキュリティもあと二十五分以上の間、反応することはないだろう。セキュリティシステムが誤認状態から回復する頃にはローズベリーたちは空の上だ。


 屋上の扉を再度施錠すると、ローター音が大きくなり光学迷彩を使用中のチヌークからロープが垂らされてきた。涼子はサイキッカーのためヘリの姿も半透明ぐらいには見ることが出来た。


 難しい事は周りの人が解決してくれる。自分は事実上ついていくだけ。トラブルもアクシデントもなく、静かな夜。思っていたよりもずっと簡単に感じた。――まだ、この時点では。




EPISODE「カムフライ・ウィズミー ACT:5」へ続く。

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