カムフライ・ウィズミー ACT:3
EPISODE 044 「カムフライ・ウィズミー ACT:3」
ハンムラビでの運用に際してPSY(サイ)由来による光学迷彩装置が搭載された特別仕様で、カラーもグレーに塗装されている。
ハンムラビがいくつか所有している軍用機の中ではかなり古いモデルだが、60年間も最前線で活躍し続けるその機体の性能と信頼性は本物だ。新しく建造コストが重く、台数の少ないコウノトリと違って数もあり、いざという時はその代役も果たせる。
「これより離陸する。お嬢さん、シートベルトを締めておくといい」
操縦士が言うとチヌークのプロペラが回転し、機体は地を離れ夜の空へと舞い上がってゆく。涼子はシートベルトを締めると、そわそわと緊張し落ち着かない様子で窓の外を見た。
「空の旅ね」
ソフィアは生身としては同伴しない。代わりに彼女のドローンが二機と、同じくミラナンバーの第八番、愛称ヤエのキューブ形ドローンが乗り込む。レイを専属でサポートするソフィアに対し、彼女はブラックキャットやリトルデビルらの複数のサイキッカーの支援を担当している。
……
…………
それは一時間ほど前の出来事。今回のフィールドワークに関して、ハンムラビ本部の会議室内で会議とブリーフィングが行われた。
「予定していたフィールドワークだが、上の許可が正式に取れた」
「つまりウチの公式の任務になるってこと?」
ブラックキャットが問うと、ファイアストームは肯定する。
「そういう事だ。さっきソルトレイクまでコーヒーを飲みに行った老人のお陰だな」
ファイアストームが
「始めましてサイキッカー:ローズベリー。私はミラ・エイト、愛称はヤエ。仕事中はエイトとお呼びください。サーティン・シックスと共に本作戦をサポートさせて頂きます」
会議室には涼子の初めて顔を合わせる女性。ソフィアに似た顔立ちの蒼眼の女性。特にソフィアと違うのは髪型で、黒髪をポニーテールにしている。
彼女はヤエ、「ミラ・エイト」のコードネームを持つ人物で、ハンムラビ関東支部が抱えるの後方支援要員の一人だ。
「よろしくおねがいします」
「それではブリーフィングを開始します。よろしいでしょうか」
「頼む」
ヤエが代表してブリーフィングを始め、モニターに資料画像が映し出される。
「我々、
社員証から判明した名称から、彼らの団体を【TUSK(タスク)】と仮称します。ハンムラビのデータベースには未登録。何らかの組織の傘下・あるいは下部団体と思われますが、母体組織などの詳細は不明。ファイアストームとサーティン・シックス:ソフィアの両名が追跡調査を続行中です。ここまではよろしいでしょうか」
ヤエが会議室の面々を見渡し、問題ないとみると説明を再開する。
「続けます。【TUSK(タスク)】の具体的な目的などは不明ながら、ローズベリーと、当組織が保有するエージェント:ファイアストームを狙い、襲撃を行っています。これによりハンムラビはTUSKを敵対勢力として認定。
この襲撃を受けて、処置対応としてブラックキャットとファイアストームがローズベリーの警護を行っています。またその期間も三十日間の延長承認済です。
TUSKはファイアストームとフラットによる高速道路上での交戦以降はその姿を現していません。しかし、複数のサイキック戦力を保有している事から、今後も彼らによる襲撃と、それに伴う戦闘が予想されます。今回の作戦はそれら襲撃に対する対策となります」
ヤエは続ける。
「任務の承認により、これらの
そう言うとヤエが会議室の机上に数本の木札を置いた。サンスクリット語の真言が裏には刻まれ、表には「厄除」と筆で力強く書かれている。それは一見神社などで配布されている家内安全用の神札によく似ている。
「これが欲しかった」
ファイアストームが言った。ヤエはローズベリーのために、その木札が何であるかを説明する。
「こちらは神札(しんふだ)型の結界呪具です。祈り手の方々に作って頂いたものになります。簡易のものですが設置することで魔女の呪いを強める効果を持ち、敵対者の接近を遠ざけます。一つはローズベリー様がご自宅へお持ち帰りください」
それは世界を包む魔女の呪いを利用する事で、霊的守護を強める結界呪具の一つである。
簡易であってもこの特殊神札はそれなりに効果があり、組織で生産するものは一本一本が手間暇をかけた手作りで、しかし簡易とはいえど労力がかかっているため入手本数はある程度限られており、ファイアストームは涼子の為にこれを欲しがっていた。
涼子はまだそこまで教わっていないが、祈り手と呼ばれる専用の使い手を複数、更に魔術儀式を必要とする本格的な結界と違って、神札型は結界型と比べると効果は落ちるものの、設置が簡単・かつマンションの一室にも置けるほどの省スペースで、その使いやすさが特徴だ。
また、余談にはなるが神社で購入できるものの中にも一部ではあるが同種の効果を引き出せるものが存在する。実際、この特殊神札の使用許可と支給がなされるまでは代用品を涼子の自室に飾っていた。
「今回の作戦はこちら神札の設置となります。設置予定箇所は茨城家を除き三か所。設置場所に関してはローズベリーの意見も参考としています」
モニターの画像が切り替わり、赤丸のピンが刺さった地図と、現地写真とが写しだされる。
「学校、空手道場……なるほどね、もう一か所は?」
「ローズベリーのご学友だった方のご自宅となります」
「なるほど」
「この三地点に結界を設置し、霊的な守りを固める事で敵の行動の抑制を狙うのが今回の作戦の目的となります。質問は」
「他二つは知らないけど少なくとも一か所、学校はホームセキュリティを破る必要があるわよ。見取り図は」
「取ってきました」
とソフィア。
「使えるわね」
「基本的にセキュリティは俺が破るから心配はない」
ファイアストームは言った。彼は長年の経験上、そして探偵という表の仕事柄、物理セキュリティの隠密突破には
「最後に注意事項ですが、今回のミッションでは理由を問わず民間人の殺傷は避けてください。血の代償の対象となります」
さらにエイトは付け加える。
「また、TUSKの全貌が不明のため、会敵の恐れがあります。こちらは殺傷を許可しますが、情報の獲得が優先となりますので、可能であれば生け捕りにする事を心掛けてください。更生は目的としないため、言語と記憶能力を別として四肢の欠損や後遺症などは問いません」
「了解」「了解」
ファイアストームとブラックキャットの両名が了承する。ローズベリーはヤエの口にしたそれが一瞬聞き間違いかとさえ思った。だがファイアストームを見ると、彼の瞳は涼子が見た事のないほど鋭く、冷たく、そして燃えている。彼の放つ暗黒のオーラにローズベリーは戦慄し、ぷるりと小さく背中を震わせた。
『大丈夫? 私と一緒にここにいてもいいんだよ? レイレイも、それでも良いって言ってた』
彼女の表情に気付いたソフィアがテレパシーをこっそりと飛ばし、気遣った。
『いえ……やります。これは、私がやるべきことだと思うから……』
だが涼子は背を向ける事を拒んだ。自分は、友達のために出来る事の全てをすると決めたのだ。
お札を置きにいくだけの簡単な任務。戦うと決まったわけではないし、強い先生が二人もついて、いざという時は守ってくれると言っている。もっと嫌な事、もっと恐ろしい事は既にあったではないか、自分は大丈夫。怖くない。怖くなんかない。ローズベリーは自分に言い聞かせた。
…………
…… ☘
ヘリコプターの窓から夜景が見える。ヘリコプターに乗るなんて事は涼子にとって人生初めての体験だ。乗り心地は想像していたほどには良くないが、眼下に広がる夜景は美しく、彼女の心を感動させた。
(レナちゃんも天国からこうやって私の事、見ててくれてるのかな……)
出来ればこの感動を
暗いヘリコプターの機内で、フルフェイスのヘルメットを被ったファイアストームは腕組みし、静かに瞑想を続けている。ブラックキャットはスマートフォンを取り出し何やら操作している。
涼子の手を、ソフィアのドローンから伸びる触手が握ってくれた。初の任務に臨む涼子が少しでもリラックスできるようにと、テレパシーを利用して涼子に音楽を聞かせ続けてくれている。涼子はソフィアのドローンの触手を握り返すと、にこりと笑みを作った。
「間もなく第一目標地点だ。降下準備を」
操縦士が目標地点への到達の近い事を告げる。第一降下地点は 県立横浜 朝貌(アサガオ)高等学校……涼子ことローズベリーの通う全日制の普通科高等学校だ。三地点の中では地理的に最もハンムラビ本部から近く、ここが第一地点として選ばれた。
ヘリコプターが高校の屋上で停止する。サイキック由来の光学迷彩等の細工があるため、サイキッカーでもなければ外見上はこのヘリコプターに気付く事こそできないが、ヘリコプター特有のローター音は静粛性に改良を加えても殺しきることはできないし、風圧も発生する。
民間人への露出を抑える為、速やかに降下しなければならない。ファイアストームがハッチを開き、ロープを屋上へと垂らす。
『残留職員とホームセキュリティの作動に気を付けてください。それでは20時17分、これより「茨の鉄条網」作戦を開始します』
EPISODE「カムフライ・ウィズミー ACT:4」へ続く。
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