カムフライ・ウィズミー ACT:2


EPISODE 043 「カムフライ・ウィズミー ACT:2」



 今日で八日目、涼子が修行を始めてから二度目の火曜日がやってきた。修行を始めてからは一週間。


 涼子がスマートフォンを見た。待ち受け画面には、自分と、友達との写真。


 ……彼女レイナの死を知らされた日からはもう一か月になる。時間が経つ事は、なんと早く、なんと残酷な事だろう。




 彼女の目の前では、優しいけれどいつもの気難しそうな表情のファイアストームこと坂本と、本当は優しいけれど神経質っぽくて、ちょっと厳しくて怖いブラックキャットとが何かを話している。


 二人とも、涼子が今まで友達として付き合って来た人達とは、ぜんぜんタイプの違う人達だった。時に厳しい、それでも、彼ら二人の根底には厳しさだけではない、強い優しさを感じる。



 ソフィアは、三人の中では年が一番近くて、一番フレンドリーで、家に帰ってからもよくテレパシーを飛ばして来たり、Twitterやラインでも絡んでくる。彼女は本当に、友達という感じがする。



 この間4人で食事をした時、黒崎 ナナ、という人にも会った。直接的にはそんなに話はしなかったけど、その人も友好的だった。ブラックキャットの相棒で、普段は大学に通う大学生なのだという。まだ彼女の事はわからないけど、ひょっとしたら仲良くなれるかもしれない。



 今の彼女にとってこの時間は、大切な生活の一部になり始めていた。



 「今日は友達と勉強で、帰り遅くなる。ご飯はいらないから大丈夫。お母さん、心配してくれてありがとう。お父さんにもよろしく」


 そう、今日は少し、遅くなる。コミュニケーションアプリで母にメッセージを送り、スマートフォンをポケットに戻した。




「ねえファイアストーム、そういえば例の品ってどうしたっけ?」

 座学の時間が終わった後、そう言い出したのはブラックキャットだった。ファイアストームは答える。


「預けっぱなしだ。出来ているはずだから、受け取りにいこうか。茨城さん、今日はフィールドワークをするから、そのために必要な区画を見にいこう」



 ☘



 一行はいつものように演習場には向かわず、エレベーターを使っていつもとは別の場所に向かった。


 武装警備員の前でファイアストームが職員証を掲示。警備員が代わってカードを認証させると、隔壁の扉が開いた。


「同伴者1、こっちの子も支部長の許可が取れているはずだ」

「伺っております。どうぞお進みください」

 分厚い隔壁のシャッターを抜けて、一向は白く明るい通路内を進む。



「あの、ここは……」

「ここは制限区域。武器とか研究室とか、重要なものがあるから一部の人しか入っちゃダメなの」

「そういう事。これから貴女を開発部門の兵器・工学科に案内するわ。写真とか撮らないように」

「はい」



 一行は開発部の兵器・工学科の扉を開ける。工房と呼ぶに相応しい空間が広がっている。入って目の前には受付とカウンターがあり、その後ろには鋼鉄の壁と、施錠された大きな扉。その奥からはアーク溶接のスパーク音やドリル音などがひっきりなしに聞こえて来る。


 壁には銃や弓、刀や西洋剣など様々な武器が展示され、西洋甲冑の兜や戦国甲冑の兜、デパートのスポーツ用品コーナーで売られてそうなスポーツウェアやスポーツシューズまでがマネキンと一緒に飾られている。


 奥から聞こえて来る作業音と、銃口の付いた複数の監視カメラという物騒な存在を除けば、まるでちょっとした展示場のような場所だった。




 ソフィアは受付の前で立つ長身の男を認めると、軽く会釈した。ブラックキャットも軽く会釈したので、涼子もまねるように、ぺこりと頭を下げた。


「あ、支部長。お疲れ様です」

「やあサーティン・シックス」

「”エイエン”、暇なのか?」

 長身のカイゼル髭をたくわえた男を前に、ファイアストームは特に会釈もせず、馴れ馴れしく接する。



(ソフィアさん、あの人は?)

(ウチで一番偉くて、一番悪いオジサン)

 二人が後ろでひそひそと会話する。いかにも、彼らの前に現れた男の名は楠木くすのき、この聖ハンムラビ関東支部の支配者にして、日本支部の実質的な長である。



「馬鹿言え毎日忙しいよ、ソルトレイクの本部に呼ばれてるから今夜には日本を立たなきゃならん」

「そうか、ソウル支部やオークランド支部の人間に会う事があれば宜しく伝えておいてくれ」

「ああ良いとも。……それで、この子か? 資料の子は。ふむ……」



 闇をそのまま映したかのような楠木の黒い瞳が涼子を覗きこむ。涼子は二歩後ずさりしたが、どうしてそうしたのか、自分でもわからなかった。



「あ……初めまして」


「君の探し物の事はこの男から聞いている。私達は人助けをモットーとしている、我々としても君を最大限支援しよう」

「あ、ありがとうございます。本当に……」

 涼子が深々と頭を下げた。


「卒業したら是非ウチに就職しなさい。休みもあるし、給料なんか他の会社とはケタが違うよ」


 楠木が涼子の肩をポンと叩いて言った時、二人の女性は即答してこう言った。

「やめておきなさい」「やめといたほうがいいよ」



 楠木が困った顔で未回答のファイアストームを見る。回答を求められたファイアストームは言った。

「……施設内の託児所か、ピザ屋で働く分には良いんじゃないか」


「清掃も悪くないぞ」

「血に抵抗が無ければ」


 他の者の感性では理解しがたくもファイアストームのその発言が彼の笑いにツボに入り、楠木は笑って彼の肩を何度も叩く。

「フハハハハハハハ……君はいつも面白いね。本当に面白い」



(何がツボだったの?)

(支部長のツボはよくわかんない……)


「財布はこの男に渡しておいたから、頑張りなさい……でも報告はきちんとするように。特にヒーローの件、いいね?」

「はーい」

「財布は本当助かる」


「それでは私は仕事がある。また会おう」

 そう言い残し楠木はスタスタと速足で去って行った。



「……あの人何しに来たの」

「自分の顔を売りに来ただけだ。使えるサイキッカーを手駒に加えるのが趣味なんだ」


 例えばフラットやナイトフォールなんかは彼のお気に入りの駒だ。他にも実は重役も知らない秘密の直属の護衛や切り札を複数持っていたりと、実に抜け目のない老人だ。


 もっとも、それが幸いして今、涼子一人のために多くの予算と人員が出ているので、彼の野心の強さと駒への所有欲に今は感謝すべきだ。



「悪そうな趣味」

 ソフィアが感想を漏らした。


「実際悪いからな、だが良い部分もある。あの人のお陰でローズベリーの為に作る装備オモチャの開発予算が降りたのは事実だ」

(まあ、それを俺に言わせるためにここに来たんだろうが……)



「やあ石黒さん、調子はどうだ」

 ファイアストームはそのままカウンターの屈強な男性に話しかける。彼の名は石黒という。常人モータルの彼はまだ30代半ばほどの年齢の男で、大手自動車工場の期間工から転職して今はここで働いている。今では自動車やバイクはもちろん、軍用機や銃火器、軍用ボディーアーマーや爆発物の面倒までもを看れる年収一千万の男だ。



 石黒は自動車工のような青いツナギの格好を着ており、裏での作業が忙しいのか顔は油と煤で黒く汚れたままだ。


「いらっしゃい。アンタの専用アーマーなら調整が終わってる。時間がかかって悪かった。前の時に調整中だったせいで苦労させちまった」


「いや、他の装備のお陰で助かった」


「アンタのM4も新しいのが届いてるぞ。早速撃ってくかい」

「いいや、今日はこの子の装備を受領しに来た。もう出来ているはずだが」

 ファイアストームが来訪の用件を述べた。


「あー……! はいはい、例のやつね、確かに出来てる。気に入ると思うよ」

 石黒は合点し、施錠扉の奥へと入ると、金属製のスーツケースを持ってきた。戻って来た石黒は机の上でそれを置く。


「話は聞いてる。君がローズベリーだね。これは君の為に用意したヒーロースーツだ。見てほしい」

「ヒーロースーツ?」


 涼子はヒーロースーツと言われ、妙なものを想像した。白手袋に、白目を剥いたようなヘンな緑の仮面、それに緑色の全身タイツを着こんだ、緑のランタンのマークを胸に刻んだヒーローである。彼の名前はグリーン……


 彼女は自分の中で勝手に想像したものに対して、あれになるのはちょっと……と思いかけたが、スーツケースが開かれると、中には涼子が想像したようなものは入っていなかった。


「試着室あるし、ちょっと着替えてみよっか」

「私手伝うわ」



……


 試着を手伝って貰った涼子がブラックキャットと共に試着室から出ていた。彼女のその格好は、日曜の朝に子供が見るようなヒーローや、アメリカのコミックに出てくるヒーローのような恰好とはかけ離れていた。


 ヒーロースーツとは言われ着用するも、それは外見上、半袖のレディース用スポーツウェアに酷似していた。純白のウェアに、紅の色のラインがサイドに引かれている、胸元にはハンムラビ協会の紋章たる剣に巻き付いた蛇の絵。


 背中にはリョコウバトという鳥が野茨の咲かせる赤い実を咥えて飛び立とうとする絵が彼女固有の紋章として描かれている。



 いくつかアイテムや道具類の収納スペースも考慮されており、脇腹にはスマートフォンぐらいなら入りそうな小型のポーチが一つずつ、ももにも同様にポケットが取り付けられている。ウェアの上半身の上にはくれないの色のベルトのタクティカルサスペンダーを装備し、背中部分に武器や道具が収納できる専用の小型のショルダーバッグをマウント可能な作りになっている。


 また、コンバットインナーの付属物としてはサスペンダー、ショルダーバッグの他、格闘戦を想定したオープンフィンガーのガントレット、レギンスも用意されている。


「どうだい、着心地は」

「ちょっと……ぴっちりしてます」


 特にそれはどこぞのハイレグアーマーのような痴女めいた格好ではないが、ピッチリとした生地に、膝と肩までが露出したデザインで、日々の運動で健康的に育った彼女の背中や脚の筋肉のラインが露わにはなるため、地味な緑の長袖ジャージや空手道着をいつも着こんでいた涼子にとっては、少々セクシーすぎるようにも感じた。



「そうだね。でもその代わりに、私服の下に着こめるようになってる。町中でも使いやすいようにと、ブラックキャットさんのアイデアだよ」


「収納性や防御性能の意見をくれたのはファイアストームだ。そんな見た目だけど繊維と加工にこだわっていて、防刃、防弾はもちろん、耐炎、耐雷、耐酸による防腐食性能を積んでる。普通の人が着ても頑丈なぐらいだが、オーバーマンの君が着れば、その命を確実に守ってくれる」


「えへへ、デザインは私がやりました」

 ソフィアが誇らしげに名乗り出て言った。


「とにかく動きやすさを重視しているんだけど、どうだい」

「確かに……動きやすいです」

 石黒の言う通り、そのコンバットインナーは空手道着よりも軽く、ジャージよりも動きやすい。


「まあ少し使ってみてくれ。直して欲しい所があったら要望は何でも聞くから」

「ありがとうございます。使ってみます」


「似合うな」

 奥から出てきたファイアストームが涼子の姿を見て、一言彼女を褒めた。



 涼子の装備試着中、彼もまた着替えに行っており、彼がよく着るグレーのコンバット・インナースーツーの上には黒いライオットアーマーとプロテクター付きのズボンに脛までを覆うコンバットブーツ。ライオットアーマーの上には改造レザージャケットを羽織っている。



 ここ一月はパーツごとにしか使っていなかったが、これがサイキッカー:ファイアストームの正式なヒーローコスチューム、闇を恐怖で震え上がらせる死の鳥の姿である。


 また、その脇には彼のコスチュームに対応する専用のフルフェイスタイプのコンバットヘルメットが抱えられている。ペンギンの頭部の模様を模したかのような鋭いデザインの右カメラと、左カメラに取り付けられたターレットファインダー。そして口元の防毒機構が印象的で、非常に特徴的なコンバット・ヘルメットだ。



「あら、居ないと思ったら、着替えてたの」

 未だ彼女の専用キャットスーツに着替えていないスーツ姿のブラックキャットを見て、ファイアストームは言った。

「ブラックキャットも着替えてくれ。祈祷を終えたら今夜は外に出るぞ」




EPISODE「カムフライ・ウィズミー ACT:3」へ続く。

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