ガナフライ・ミー? ACT:3
EPISODE 042 「ガナフライ・ミー? ACT:3」
金曜日、四日間続いた期末テストの最終日が終わった。一日目はそれこそひどいものだったが、二日目以降は多少はマシだった……と信じたい。期末テストの悩みからは一応解放された涼子だったが、彼女の新たな課題と日課の日々はまだ始まったばかり。
涼子はローズベリーという第二の名前を得て、四日目の訓練に臨む。座学ビデオの後、涼子は両手にボクシングミットを持たされ、頭にもボクシング用のヘッドギアを被り、ファイアストームを師範として格闘戦におけるディフェンスの訓練を受ける。
これにはファイアストームの怪我のリハビリも兼ねている。彼は彼女の対応できる限界の速度で加減して攻める。本人曰く「自分は単純な殴り合いならブラックキャットよりずっと弱い」との談。確かにブラックキャットの足技よりはずっと見えやすいが、それでも彼女の対応範囲をほとんど超えている。
「伝統系は極真と比べてローキックへの慣れが少し弱い。見た目は地味だが一番重いぞ。要警戒」
「はい!」
ファイアストームが打撃にローキックを混ぜて指導する。昨日もブラックキャットに同じことを言われた。
ファイアストームのフックパンチ。ローズベリーは身を低くして躱す。姿勢を戻した所へ更に飛んで来るワン・ツーパンチ。涼子がミットでブロックする。
「額、こめかみのディフェンスは良い。だが……顎を引く事を意識」
そしてガードの隙間を縫ってアッパーカット。防げず直撃、よろめく。
「はう!」
「反射神経はかなり良い。だがその分視界外の攻撃に弱い。アッパーへの対応に慣れていこう」
ファイアストームの指導の言葉は優しい、がその内容はブラックキャットと同じぐらい手厳しい。しかも指導の間も間髪入れず、よろめく涼子に追撃のワンツーパンチにボディーブロー。涼子のエーテルフィールドが白く光りダメージを吸収する。この力があるし、加減してくれているから痛みはない。
だが攻め手の容赦はない。足の止まったローズベリーにファイアストームが小外刈り。涼子がステンと転ばされ、尻もちをつく。その眼前へファイアストームの拳が寸前まで迫り、そこで止まる。
「攻撃を食らったら当然止まりたくなる。敵はそれを知っている。だからこそ足を止めるな。競技と違う、一本を取られても戦いは終わらない。戦場で弱った敵はその瞬間から獲物になり、追い打ちされ、無残に狩られる。
ファイアストームが突き出した拳を開き、尻もちをついた涼子を引き揚げた。
「はい先生」
「そんなに偉いもんじゃない……。まあいいや、実戦形式は厳しい事ばかりで辛いだろうに、よくがんばっているな」
「い、いえ! とても勉強になります。二人とも凄く強くて、自分はまだまだなんだなって」
「良い先生や先輩を持ったんだろう。君は筋が良いし、自分がまだまだというその気持ちは武器だ。必ず俺たちより強くなれる」
ファイアストームはローズベリーを激励した。単なる護身術の延長という触れ込みだった事も忘れ、彼女はその気になっていた。
「はい!」
その様子を見て後ろでヒソヒソと会話する女性二人。
(彼、年下に甘いわよね……ナナちゃんにもそうだった)
(レイレイはね、ホントは凄い優しいから……)
☘
演習の後はまた30分ほどの瞑想。瞑想を行うのにお寺のような正座は必要なく、楽な姿勢で良し。椅子に座ったり、集中できる静かな曲なら音楽を聞きながらでも可、とファイアストームの談。
仕事の多いブラックキャットは外でコーヒーを飲んで休憩中。ソフィアは強制的に瞑想に参加させられている。
超能力を鍛えるには、瞑想によって自分の意識の奥深くに潜る事が大切であるとファイアストームは語る。そうすれば、内なる自己が自然と力の使い方を導いてくれる……のだという。睡眠も良いと言っていた。
……
「どうだ? まだ使え無さそうか?」
「はい……」
ファイアストームがローズベリーの腕に触れる。一度は搭載したリミッター解除機構を封印し、再度新たな星屑の腕輪を彼女の左腕に再びはめている。無論、この腕輪の当初の設計思想通り、能力の暴走の危険を少しでも減らす為だ。
ローズベリーの瞳が紅色に弱く明滅する。サイキック発動や戦闘興奮などの感情変化に伴う外見の変化現象だ。サイキッカーにしか認識できない変化だが、変化は瞳や頭髪に現れやすい。
例えばファイアストームなら右目が金に光り、ブラックキャットなら両目が緑、髪はピンク色に変色する。他にもサイキッカーの中には肌に模様が浮き上がったり、髪型や体型が変わったりするなどの変化を持つ者もいる。
瞑想を重ねているお陰か、昨日と違って今日は微弱ながら腕輪も、彼女の身体もサイキックに反応を示している。しかし、肝心の能力が出てこない。
高速道路上で戦った時に見せた、植物のツルやそのトゲを繰り出すあの能力、あれがローズベリー固有の能力であり、それが彼女の身体の中に眠っている事は間違いがないのだが……。
(あの人なら何とかできるかもしれないが、俺ではな……)
ファイアストームは口元に手を当て、思い悩む。徳島にある超能力学校の校長なら、この問題を解決できるかもしれないが……。ファイアストームの豊富な知識もその地の彼には劣る。しかし、コンタクトを取るには気乗りしない。
「やっぱり、まだちょっと怖いんじゃないかな」
ソフィアが意見する。
「ううむ……そうかもしれない……」
負い目を感じるファイアストームは絞り出すような苦々しい声で、ソフィアの意見を肯定した。初のサイキックの発現があの時のあれでは、無理もない話と納得できる。
「もう少し長い目で瞑想を続けよ? 昨日より良くなってるもん。ね? 涼子ちゃん」
「す、すみません」
「いや、ソフィアの言う通りだ。こっちはゆっくりやろう」
☘ ☘
――日曜日を休日とし、迎える月曜日、迎える七日目。今日の日中はブラックキャットは休みを取っている。代わって彼女の訓練を行うのは……。
スコーン……スコーン……小気味の良いリズムが演習場に響く。
「ひい、ひい……」
いつもの地味な緑ジャージにテニスラケットを手に持つローズベリーが、ヒイヒイと怯えながら演習場を走る。涼子の横を超高速で飛んでゆく黄緑色の光が白壁の衝撃吸収材に突き刺さり、煙を放つ。
一体何が飛んできたのか? 突き刺さったのは……テニスボールだ。淡く光るテニスボールは壁に突き刺さった後、光の粒子となって分解してゆく。
「涼子ちゃんファイトー!」
逃げ惑うローズベリーへとソフィアが声援を送る。その近くでファイアストームは肩に武器を担ぎ構えている。否、あれはピッチングマシン……いや、やはり武器だ。彼の背負ったそれは間違いなく武器である。ただし、ピッチングマシーン型の。
それはファイアストームが、エアー式のピッチングマシンをもとにハンムラビの兵器・工学科に作らせた兵器で、肩に担ぐ形で携行可能な殺人用ピッチングカノンである。その名もトップオーバー。
……実際それは彼がある夜、
……400キロ? 人類の投球限界速度は今の所160キロ程のはず。それはつまりダルビッシュ投手が二人居ても全然足りないパワー? 冗談だろう……果たして、一体どのような代物か?
高圧の圧縮空気で撃ちだす時速400キロの野球ボール質量がもたらす破壊力たるや、なんとそれは外国の警察がよく用いる9mm拳銃弾がもたらす破壊エネルギーを越えてしまうのである。
つまり、もし拳銃が無くとも、この武器さえあれば警察官は犯罪者を野球ボールで射殺可能。ご理解いただけるだろうか、ピッチングマシーンという機械が潜在的に秘める、その恐ろしさが。
それをベースに兵器転用したらどうなるか?
こういう恐ろしい事が起きるのである。
「よーし良いぞ、後200球だ」
「うそ!」
「199、198、197……」
スコーン、スコーン、スコーン……。その日のファイアストームは久々にその武器を使えてのことか、どこか上機嫌にさえ見えた。
試作品ではあるが兵器として完成させ、弾丸を発射する。というメカニズムを為した事によって、ファイアストームはこの兵器の使用中、これに自身の能力を適用させる事ができるようになった。つまり、孤高の戦争能力者(ワンマンアーミー)による野球ボール、テニスボールの生成である。
そのサイズや電源切れ、慣れないボール類の生成労力、そして好みの都合もあってこれを任務に持っていく事こそないが、ローズベリー相手で加減しているだけで、兵器としての質は本物。
彼が本気を出せば、時速600kmを越える速度でエーテル複製による強化野球ボール弾を撃ちだし、その殺人的デッドボールによって敵対サイキッカーを地獄の一塁ベースへと出塁させてやる事さえ出来るだろう。
「拳銃の使い手やビームの使い手、遠隔攻撃を使ってくる敵は多いぞ。速度に慣れるように」
スコーン、スコーン……。本部の倉庫からこの兵器を引っ張り出してきたのには合理的理由が複数ある。
「む、無理です!」
一つはファイアストーム本人も含め、遠距離攻撃手段を持つサイキッカーはかなり多い。その対策。そうでなくとも非サイキッカーの常人もよく拳銃を用いる。
一つは精神的な配慮。訓練する相手が自衛隊や警察官上がりの成人男性などであれば彼の愛銃P226を使っての回避訓練でも良いだろう。だがこの子はそうではない。拳銃弾を飛ばすよりは、テニスボールを飛ばした方が恐怖心が違うものである。例え同じ速度で、後者の方が実は質量差で破壊エネルギーが大きかったとしてもだ……。
「大丈夫だ! 君には才能がある!」
スコーン、スコーン、スコーン。テニスボールを次々生成し、速度を加減しながら撃ち込むファイアストームが自ら彼女にエールを送る。
まあ実際、悲鳴をあげながらも喋る余裕はあるし、頑張って逃げている。大丈夫だ。ファイアストームは判断する。
「ないです! ないです! ソフィアさん、たすけてー!」
「ダイジョーブ。まだレイレイ、1割ぐらいのパワーだから」
「いいや衰えたよ。今2割だ」
ファイアストームは答え、またテニスボールを撃ちだす。
そしてさらに一つ。テニスボールは拳銃やライフル弾よりもずっとサイズが大きく、色も黄緑色と視認性が高い。このため少し速度を落としてさえやれば、飛んで来るテニスボール弾の軌道をローズベリーは予測しやすい。
問題ない、自衛用のテニスラケットも装備させた。撃ち落としても当然良いし、出来るものなら撃ち返してこちらを攻撃しても良いと言ってある。
「よし、これではどうか」
そう言うと、ファイアストームは右の瞳を金色に輝かせ、十球のテニスボール弾を連続、かつ超低速で撃ちだした。十球目を撃ちだし終わると、全ての弾丸が再加速。しかも全ての弾丸が別々の軌道を描き、カーブして涼子を狙ってくる。
「ええっ、うそ!」
「避けきれんぞ、どうする」
壁へと逃げた涼子を十球のテニスボール弾が追って来る。速度そのものは加減がされており、彼女の強化された反射神経でそれを目で追う事は出来る。だが……包囲するようにして様々な方向から飛んで来る。どこへ逃げても避けきれない。背中には壁。詰んだかに思えた。
だが不可避を認識した瞬間、涼子の時間感覚が鈍化し、向かってくる低速テニスボール弾の速度が、さらにゆっくりに見えた。景色は色あせ、彼女の瞳に映る全てがモノクロに見えた。
その時、ローズベリーの正面に、光の道が見えた。そんな気がした――。
次に気が付いた時、考えるよりも早く彼女の身体が動いていた。ラケットを眼前に構え、低姿勢でローズベリーが正面へと突っ込む。
構えたテニスラケットと、向かい来るテニスボール弾がぶつかり合う。彼女は瞳を
彼女はそのままラケットを放り捨てて、ヘッドスライディングで前方へと跳んだ。彼女の身体が床へとランディングし、滑り、そして瞬きした時、もう彼女の瞳の色も、彼女の瞳に映る景色の色も、時間感覚も、全てがもとに戻っていた。
彼女がそのまま後ろを振り返ると、彼女が先ほどまで居た場所の壁にテニスボール弾が命中し、床に落ちては光の粒子として消えてゆくのが見えた。内、涼子が弾き飛ばした一球は、天井に突き刺さっていた。
「ワオ」
ソフィアが小さく声をあげる。だが、涼子当人が一番これに驚いた様子だった。ファイアストームは武器を降ろし、納得したように頷く。
「フィジカルは大分仕上がって来たな」
そしてファイアストームは言った。
「そろそろ一週間になる。ブラックキャットにも連絡して、次のステップに進もう」
「次は……?」
うつ伏せになったまま涼子が尋ねると、答えが返って来た。
「次はこの施設の外に出る。いよいよフィールドワークだ」
EPISODE「gonna fly me?」END.
NEXT EPISODE「Come fly with me ACT:2」.
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