怒りのステルス・アタック! ACT:1


第五節【反撃】 編 最終エピソード



EPISODE 047 「怒りのステルス・アタック! ACT:1」



 ファイアストームは静かに背中のマチェットを引き抜いた。カメラモードを暗視モードに切り替えると、ガムテープが張られ、その上で叩き割られた民家の窓ガラスが確認できる。熱源センサーからも得た情報とを照らし合わせて得られる状況は――「何者かが民家に不当に侵入し、物色を行っている」。目的は不明ながら十中八九、敵と見て間違いない。


 敵は超越者オーバーマン、あるいはそれに加えて超能力の二つを兼ね備える戦闘サイキッカーだろうか。その可能性を認めるべきだ。



 それが今夜の主目的でなかったにせよ、最低限の戦闘の備えを身に着けてきている。

 ザウエルP226オートマチック・ハンドガン二丁、ハイスタンダード・デリンジャーを一丁、マチェット、コンバットナイフを共に一振り、左腕義手は【レイジング・ゲアフォウル】を装備。同腕内臓の.454カスールマグナム弾発射機構もメンテナンス済み。


 それでも全力武装と呼ぶにはまだまだ軽装の部類で、ショットガンやグレネードランチャー等はなし、ガーランドライフルもチヌークの機内だ。


 だがそれでも、前回襲撃を受けた時よりは遥かに重装備と言える。これだけの武装があれば十分、加えて今晩は専用防具:ノーザンヘイトの基本セットを一式で持ちだしてきている。例え相手が二人とも戦闘サイキッカーだったところで、いささかの問題もない。二人まとめて葬る覚悟だ。



『ファイアストームより本部へ、作戦領域にイレギュラーな熱源2を確認。魔術戦に備え、ステルス・アタックの実行を提案する』



『本部ミラ・エイトより、許可します。ただし民間人の可能性も視野に入れ、初撃は加減を行ってください』

『Roger(ラジャー)』


 ファイアストームがサーモカメラで民家の二階を見た。二人が立ち上がったようだ。一階部分にも熱源反応。一階周辺の温度から察するに暖房の使用中。恐らくだがまだ起きている。あの家の本来の住民と推測できる。二階の侵入者に気づいていないのだろう。

 住民がまだ気づいていないのは幸運だった。もし気づいていたなら侵入者に一階の住民は殺されていたかもしれない。



 不要な巻き込みを避ける為、彼らが家を出た所を狙うのが好ましいか……。



 そこへ新たな通信。ブラックキャットともソフィアとも違う声、ブラックキャットと共に第二地点へ向かったリトルデビルだ。


『こちらリトルデビル。こっちからも報告ー。町中で破壊活動を行っているサイキッカーっぽいのを発見。交戦許可を願います』

『無差別に被害を広げてる。止めるべきだと思います』



 ブラックキャットの声が聴こえた。向こう側にもエイトのドローンが一機随行しているため、リトルデビルら両名が問題としているサイキッカーの姿を彼女も確認する事ができる。



『許可します。ただし政府管理ヒーローが出てきた場合、戦闘を放棄して離脱してください』


 リスクと可能性、組織ポリシーとを天秤にかけたエイトは一瞬の思案の後、間を置いてから交戦許可を二名にも与えた。


『了解。ブラックキャット、リトルデビル両名、交戦開始エンゲージ

 二人の交戦開始の報告と共にテレパス通信が途切れる。



『ファイアストーム、交戦開始エンゲージ

 ファイアストームもまた交戦開始を報告すると共に、マチェットを片手に塀を跳んだ。




「撤収だ」

 野原邸で荷物を持ち出し終えたブロードソード、クランクプラズマの両名が二階の麗菜の私室の窓から隣の民家の屋根へと跳んだ。






 だがその時、彼らの真下から飛び出してきた黒い影――。


 表情の窺い知れぬフルフェイスヘルメットの左目のターレットが回転し、右目側のカメラ・アイの白く淡い光が、黄泉の光の如き金色へと変じ、強く輝いた。



 ――急襲! ブロードソードはその一瞬、自らの心臓が凍り付き、その鼓動が止まってしまったかのように感じた。


 黒き死神の瞳はブロードソードを射貫くと、ためらいなくその刃を袈裟に振り下ろした。



 敵だ。と叫ぶ間もなく、ブロードソードは攻撃の対応を迫られた。空中で仕掛けられた突然の不意打ち、回避しきれない。死神のマチェットがブロードソードの肩に触れる。


 死神の人ならざる腕力と無骨な刃がもたらす破滅から、彼の身を守ろうとする青いエーテルフィールドが展開。それでも不意打ちのためエーテルフィールドの展開が間に合わず、結果刃が彼の肩と、胸部の装甲プレートを切り裂いてゆく。


「PSY(サイ)発動!」

 痛みをこらえながら、ブロードソードがとっさに自身の超能力を発動させた。死神が袈裟掛けに刃を振り抜きかけたところ、光と共に一本の剣が現れ、ギリギリの所で攻撃を受け止めた。


 死神はいささかも驚かず、ブロードソードの腹部を蹴って吹き飛ばすと共に方向転換。



 遅れてクランクプラズマが襲撃に反応。彼の左腕が淡く発光し、左腕と融合したクランクレバーが出現する。クランクプラズマがそれに手をかけようとした所、ファイアストームはサスペンダーからコンバットナイフを引き抜き投擲。クランクプラズマの右手が弾かれる。


 更に続けてマチェットを投擲。クランクプラズマはエーテルフィールドでマチェットを防御し弾く。そこへ飛んできたファイアストームが行う腹部への容赦ない右ストレート。


「ごほっ……!」


 そのままファイアストームは空中でクランクプラズマを掴み寄せ、レスリング技「ファイヤーマンズ・キャリー」を空中で敢行すると、地表へとクランクプラズマを投げ落とした。


 道路上に激突するも受け身を取って態勢を整えるブロードソード。その傍の地表に背中から激突するクランクプラズマ。



 死神がマチェットを空中で掴むと民家の屋根へと着地する。


 ゴホゴホと咳き込みながらもネックスプリングで起き上がるクランクプラズマ。



 死神の瞳が相対する者達を見下ろす。敵は二名。身のこなしと初期対応から、彼らが超越者としての力と超能力者としての力、二つを兼ね備える戦闘サイキッカーであることは明白。


 二人は同時に、後方へとリュックサックを乱暴に投げ捨て、それぞれ戦闘姿勢を取る。片方は幅広の剣を構え、一人は左腕のクランクレバーに手をかけ、グルリとそれを一回転させる。


 剣を持った方は警備服の上から足と胸に金属製の防具を装備、クランクレバー持ちの方は厳冬にも関わらず半袖……自身の能力行使の邪魔にならないための格好か。恐らくあの左腕がカギとなる能力であろうと推察する。


 細かい違いはあるが共通して緑の警備服。ファイアストームにとってそれは以前にも高速道路上での戦闘において、一度見た格好だ。

 彼らの胸には「TUSK」と文字の刻まれた牙のエンブレム。



「TUSK(タスク)……ようやく現れたな」

 高速道路上の戦闘から11日ぶりの出現、ファイアストームはマチェットを背に戻すと、一歩前に踏み出る。敵方二名は一歩後ずさる。



 ファイアストームは闇の中で右の瞳を金色に輝かせながら、威圧的、かつ無慈悲な通告を行った。


「聞きたいことは色々あるがその前に……貴様らは我々の領域を侵している。さしあたってはその代償を血によって払わせる……祈れ」




 …… ☘




 第二地点への結界神札の設置は簡単なものだった。ファイアストームらが向かった場所から一キロ半程度の距離、駅近くのビルの二階の空手道場。青年部の稽古の時間が終わり、師範とおぼしき男性だけが一人残される。その男性も道場の神棚に短く祈りを捧げた後、消灯し扉を施錠。家路へと向かう。



 その光景を道路を挟んで向かいの建物の屋上から監視するブラックキャット。ゴシックフリルつきの黒い飛行服に身を包んだ少女、リトルデビルも同様、双眼鏡でその動向を見守る。


「もう面倒臭いから気絶させて侵入しようかと思ったけど」

「またヤエちゃんに怒られちゃうよ」


『短気は控えてください』

「ほら」

 リトルデビルが肩をすくめてみせた。


 リトルデビルはファイアストーム、ローズベリーの二人よりも小柄で、160センチを割る背丈だ。彼女の飛行服の背部に空けられた隙間を抜けて、黒く大きなコウモリのような翼が開いた。



「わかってるわよ」

 先に跳躍したリトルデビルを追うようにして、ブラックキャットは不機嫌そうに屋上から跳躍。飛行能力を持たないブラックキャットの手をリトルデビルが掴み、向かいのビルの入口まで運ぶ。


 車や人が往来するも、超能力者二名を前にしてそれを認識するものはいなく、まるで彼女らなどこの世界には存在しないかのように振る舞う。


 簡単なものだった。セキュリティらしいセキュリティも道場にはなく、カギも簡素なものでリトルデビルがファイアストーム直伝の開錠テクニックを披露すると、いともたやすく扉を開けてしまった。



 ブラックキャットは暗い道場内を進み、神棚の前でトンと跳躍すると元々あった神札と、組織で作った神札結界とを入れ替える。


 神棚は綺麗に掃除が行き届いており、取り替えられた神札も真新しく、最近交換したばかりのものであるとわかる。それを軽く握ると、組織で用意したものには劣るものの、市販ながら魔女の呪いを引き出す力を持った品であることがブラックキャットには判った。


「なにこれ……結構良い神札使ってるじゃない。アタリ品よ」



 交換を終えた後は、もうこの場所に用事はなく、リトルデビルに再度施錠を行わせると、彼女と共に空へと飛んだ。



 目標達成。ファイアストームのいる地点までは合流に五分もかからない。どうせあちらはファイアストーム一人居れば楽勝すぎる仕事、心配もないからこのままの足で二人揃って作戦離脱し、帰宅しても良いぐらいだが……。


 夜の街を上昇していると、ブラックキャットは真下に広がる街で、救急車、消防車、パトカーがサイレンを鳴らし、慌ただしく走っていくのを見かけた。ブラックキャットはそれが気になり、そちらを指差す。


「ナナちゃん、ちょっとあれ追って」

「? いいけど」


 リトルデビルは腹にブラックキャットを抱えたまま、地上を走る緊急車両を追う。上空から見えるその先には小さな炎が見えた。リトルデビルは加速し火の見えた場所へ接近。三人が街を見下ろす。


 下では異常な光景が広がっていた。迷彩のバンダナを頭に巻いた屈強な男が暴れまわり、街で破壊を伴う犯罪行為を行っている。既に破壊されたとおぼしき奥の店からは小さな火の手が上がっている。


「ブラックキャット、あれ、超越者オーバーマンかサイキッカーだよ」


 リトルデビルが、指差す先の男の異常性を指摘した。男は単独で、銃火器はおろかバールやバットのような凶器さえも持たず、素手で暴れまわっている。片手で通行人を持ち上げては何度も壁に叩きつけて撲殺。それから素手で車のドアを引きはがし、それをパトカーに向かって投げつけている。


「暴れすぎよ。わざと一般人に見つかるような暴れ方してる」

『行為を正しく認識できなくとも、暴力を振るわれている事実そのものには気づきますからね』

 ブラックキャットの肩に結びついたミラ・エイトのドローンが状況の分析を行う。



 通常、サイキックに耐性の一般人は超常現象や異常な状況を正しく認識する事ができない。だがああも直接的に一般人に狙いを定め、公然と破壊活動・暴力活動を行われば……。


 この状態の民間人の認識を簡単に言えば「何をされてるかわからないけど、危険な犯罪被害に遭っている事だけはわかる」という状況だ。



 110番通報を受けて警察が到着するも、状況を正しく認識できないため、警察署への無線報告は一貫性がなく、警察官によってその報告はバラバラ。犯罪者は日本人という者がいれば、隣の者は外国人だと言う。犯罪者は一人だと言う者がいれば、その隣では犯罪者は複数で、十人以上のグループだと報告している者もいる。警察官の中にサイキッカーはおらず全員が混乱・あるいは錯乱し、現場はケイオスと化していた。




 懸命に警察官としての職務を果たそうと犯罪者と対峙するも、サイキックへの耐性がなく、生物としての本能が超常存在と向き合う事を拒むため、ほとんどの警察官は民間人と同様に恐慌状態に陥っている。



「そこの君、武器を捨てて投降しなさい! これは威嚇射撃だ! 次は命中させる!」


 その混沌の中でも超常存在への恐怖に抗い、勇敢に犯罪者に立ち向かおうとする警察官の一人が、錯乱しながらも犯罪者の足元に警告射撃を行い、ミネベア:ニューナンブを構える。


 だがニューナンブリボルバーを前にしても男はひるむどころか、不敵な笑みを浮かべ、警察官へと歩み寄る。

「早く撃てよ。効かねえから」

「武器を捨てなさい!!」

 警察官は叫び、錯乱しつつもその正義感で必死に心を保とうとし、リボルバー向けるも、超常存在にその精神と認識を侵されており、目の焦点が定まらない。


 犯罪者はそんな彼の懸命さをあざわらいながら進む。


「可哀想に……俺が丸腰なのも認識できてねエんだな。今楽にしてやるって」

「うわああああああ!!!」


 警察官は狂気に陥りながらも敵に向け連続発砲! 五発撃ち尽くした内の三発が迫りくる犯罪者の屈強な体躯を捉える。だがニューナンブの放った.38Spc弾が命中の瞬間、犯罪者の体表に黄土色の膜が発生し、三発全てを受け止めた。



 不可視の壁に阻まれ潰れた.38Spc弾がパラりと虚しく地面を打つ。男の身体には傷一つない。


「効かねエな」

 犯罪者はそのまま接近し、片腕で警察官を持ち上げると、そのまま頭から垂直にコンクリートの地面へと叩きつけた。


 人外なる腕力で叩きつけられた常人の頭部は凄まじい破裂音と共に消失し、後には潰れたトマトのように血と脳味噌の飛び散った凄惨な光景と、下顎から上の消失した死体のみが残された。




「この辺にサイキックの使える自警団ヴィジランテとかいないの?」

 それを上空から見ていたリトルデビルは、凄惨な光景に表情を歪める。


「さあ、どの道これだと間に合わないわ」


 ブラックキャットは言った。この世界には政府管轄のヒーローと、彼女たちハンムラビのサイキッカーの他、いわゆる”野良勢力”も多数存在する。その中には根っからの悪党も居れば、自らの超能力の才能を駆使して、独自にヒーロー活動を行おうとする民間人も各地に存在する。



 だがこの地域にそうしたヒーローがいるかはわからないし、強さも玉石混合。政府の精鋭ヒーローにも引けを取らない強さの者から、一般人に毛が生えたレベルの者までいるため、それらが居たとして眼前の犯罪者ヴィランに勝てる者かは不明であるし、第一この後先を一切考えぬ暴れ方のペースでは、他の戦力の到達を期待する間にどれだけの破壊が引き起こされるかもわからない。


 こんな時ばかりは政府管轄ヒーローの一人二人でも来てくれないものかとも思ったが、あれほど実力に反比例して到来のアテにならない人種も存在したものではない事を、彼女はよく知っている。




 その時、ミラのドローンを中継器としテレパス通信が彼女の頭に届いた。


『――ザリザリ……ファイアストームより本部へ、作戦領域にイレギュラーな熱源2を確認。魔術戦に備え、ステルス・アタックの実行を提案する』


 それは第三地点へと向かったファイアストームの声だ。彼が敵を発見したのだ。



『本部ミラ・エイトより、許可します。ただし民間人の可能性も視野に入れ、初撃は加減を行ってください』

『Roger(ラジャー)』



 そして眼下で暴れまわる尋常ならざる犯罪者ヴィラン


(――これは偶然? 何かが起こっている)



 犯罪者は破壊と殺しを愉しんでいる。今や恐慌し動けない警察官を一人ずつ撲殺し終え、車内で怯える女性を力ずくで路上に引っ張り出そうとしている。


「ナナちゃん」

「うん」


 リトルデビルは頷いた。これ自体は組織の任務かというと際どい。どちらかといえば任務外の行為である。だがこれを放っておく気にはなれない。リトルデビルはミラ・エイトを通じて本部にこの敵との交戦許可を求める通信を行った。


「こちらリトルデビル。こっちからも報告ー。町中で破壊活動を行っているサイキッカーっぽいのを発見。交戦許可を願います」

「無差別に被害を広げてる。止めるべきだと思います」

 加えてブラックキャット自身も進言を行う。この交戦許可を認めるか否かは、ハンムラビ本部の代理人たるミラ・エイトの判断に託されている。


『……』


 エイトのドローンが眼下の炎と殺戮現場を見る。リスクと可能性、組織ポリシーとを天秤にかけたエイトは一瞬の思案の後、間を置いてから


『許可します。ただし政府管理ヒーローが出てきた場合、戦闘を放棄して離脱してください』

 と、ブラックキャット、リトルデビルの二名に交戦許可を与えた。


「了解。ブラックキャット」「リトルデビル両名」

「「交戦開始エンゲージ」」


『ファイアストーム、交戦開始エンゲージ





 二人の交戦開始報告の直後、ファイアストーム側も交戦開始の報告と共にその通信が途切れる。この状況下、向こう側で一体何が起ころうとしているのか不安のないわけではない。だが、ファイアストームは通算で言えば戦歴二十年近いベテラン、彼の戦歴の半分にも満たない自分たちが彼の心配をすることなどナンセンス。



(すべき事は、目の前の事)

「ナナちゃん、やるわよ」

 ブラックキャットは雑念を振り払い、相棒へと呼びかけた。


「いいよ! ぶっ殺してやろう!」

 リトルデビルも応える。彼女は攻撃的な表情を浮かべ、ブラックキャットを抱えたまま現場へと急降下。


「相手はまだ気づいていない。ナナちゃん気を引いて、私がやる」

「オッケー」


 遠隔操作で二人を繋ぐハーネスが解除。ブラックキャットはリトルデビルから離れ、空中で三回転してからビルの屋上に着地。リトルデビルはそのまま真っすぐ殺戮現場へと飛ぶ。サイキックと彼女の感情の影響を受けてブラックキャットのカチューシャつきのショートヘアの黒髪が薄いピンクに染まってゆく。


 彼女は専用のキャットラバースーツについたリボンつきの黒い尻尾を振りながら、洗練された陸上競技のフォームと、常人には目で追い切れぬ圧倒的な速度で屋上を駆けた。





 あらかた警察官を殺し終えた迷彩バンダナの犯罪者は、彼にとってデザートとなるものの物色をしていた。即ち、性犯罪のけ口である。

 先ほど彼の怪力で車の側面ドアを引き離した車内には、若い女性のドライバーが乗っていた。彼女は眼前で繰り広げられる異常光景を受け止め切れず、不定の狂気に囚われていた。


「ああああああ……」

 女性は既に夢と現実の区別さえつけることができない。それでも唯一、覚めない悪夢のもたらすが如き恐怖のみを自覚することができた。彼女は恐怖のあまりに既に失禁し、シートを生暖かく濡らしている。


 犯罪者が女性を見て、暴力的な笑みを浮かべた。彼の顔は返り血で赤く染まっている。彼はその怪力でシートベルトを引きちぎると、運転席から女性を無理やり引きずりだし、路上へと転がした。


「殺してセックスして金が貰えるなんて、良い仕事だよな」

「いや、いや、嫌!!!!! 助けて!!!」


 女性が悲痛な悲鳴をあげるも、男はそれを無視して女性の着衣や下着を乱暴に引きちぎった。このまま女性はシャワーさえ浴びていないこの男と、ムードの欠片もないこの殺戮現場で、パトカーのサイレンをBGMに望まぬ融合を果たしてしまうのか!?




「ヘイ! そこのお前!」


 だがそこに空から現れる者あり! 男の非道を制止する声と共にこちらへ飛び来る飛行物体の存在が! あれは一体何か!?


 鳥だ!

 飛行機だ!

 いや……超能力者だ!


 そこに現れたのは黒い翼を生やしたサイキッカーにして闇のヒーロー:リトルデビルだ!


 ブラウンの髪の彼女は瞳を青く変色させ、犯罪者の前に降り立つ。



「あア? サイキッカーか?」

 犯罪者は翼を生やす少女の存在にさして驚きもしなかった。婦女暴行の手を止めるとリトルデビルがサイキッカーである事を看破する。


「そうだ! 僕はリトルデビル! 一体何してんだ、お前!」

「何って……見てわかんないのか? それより、サイキッカーの女は締まりが良いから気持ちいいって話、本当かどうか試してみたかったんだ。ありがたいじゃねエか」


 目の前の犯罪者は超常現象をその身に宿す少女を前にしてもいささか臆する事もない。それ所か一層、精神的に高揚しているようにさえ見えた。


「クソ野郎」

 リトルデビルは吐き捨てた。


「その翼を引きちぎった後、一生忘れられないモノをたっぷりと流し込んでやる」


 眼前の自制を知らぬ獣は凶暴な笑みをうかると、その瞳の色を黄土色に変じさせる。単に肉体が強いだけの超越者ではこうした外見変化は発生しない。相手が高い戦闘能力を有する超能力者サイキッカーである事に確信を持つ。



 リトルデビルの確信は実際正しく、この後先省みぬ殺戮と破壊を行う迷彩バンダナの男、彼のコードネームは【バックホー】、超能力者であり、同時に超身体能力スーパーフィジカルとエーテルフィールド持ちの超越者でもある。つまり、この世で最も危険な組み合わせの人種だ。



 リトルデビルは背部に装備した散弾銃を構える。だが引き金を引く手前、彼女の頭にミラ経由のテレパス通信。


 それを聞いた彼女はバックホーを前にして不敵に笑うと、左のまぶたを人差し指で下げ、舌を突き出し、こう言った。

「注意散漫のバーカ!」


「あ?」

 彼女の挑発にバックホーが眉間にしわを寄せ、何かを言おうとしたのと、それが起きたのは同時の事だった。その男の立つ場所の左上方にある建物の屋上から超高速で飛び出した黒い影が、バックホーの横っ腹に鋭く突き刺さった。



 バックホーの胴体に突き刺さった超高速の黒い影の正体は、ブラックキャット。彼女の超高速飛び蹴りによるステルス・アタックを受け、バックホーの肋骨が砕け散る。


 蹴りの命中の瞬間、ブラックキャットのエメラルド色に変色した獣の瞳が敵の姿を見ると、一言。



「さしあたって言う事は特にないわ」



 跳び蹴りの威力は凄まじく、さながらトラックとの正面衝突。バックホーはそのままビリヤードボールのように吹き飛ばされ、営業時間が既に終了した本屋のシャッターを突き破り、さらにその店内奥深くへと身を飛ばされていった。




 見事なステルス・アタックを見舞った後、ブラックキャットはムーンサルトしてからその場に着地。バックホーの突っ込んだ書店のシャッターの向こうを見て一言、ブラックキャットは吐き捨てる。


「でもそうね、やっぱり一言。死になさい、クズ」




 ファイアストームが戦闘中の同刻、超能力者同士の慈悲なき殺し合いがもう一つ始まった。




EPISODE「怒りのステルス・アタック! ACT:2」へ続く!

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