ユー・ノウ・ユア・ネーム ACT:2

EPISODE 040 「You Know Your Name ACT:2」






 ……サイキッカーが一体いつの時代から居たのかはわからない。




 ただ、少なくともイエス・キリストの生まれた時代……2000年前には奇跡を起こせる人間……サイキッカーは確実に存在し、かのイエス自身もそうであった。というのが世界のサイキッカーの間で定説となっている。



 その時代のサイキッカーは今と少し違って、全員が本名を名乗っていたし、サイキックを持たない普通の人間も、サイキックを正しく認識できた時代らしい。サイキックも当時は「奇跡」と呼ばれ、本当にもてはやされていたと聞く。

 超常の力と、世界と、自然と、そして人間とがすべて一緒に歩んでいた時代だったと言われている。それなりに良い時代だったんだろうな……。




 その互いの歩みの歩調が乱れ、今の世の中になった理由には諸説あるが……その内の一つの説の始まりはこうだ。



 最初は皆、超能力を神様から与えられた素晴らしい奇跡の力だと思って感謝していた。だがイエス・キリストがこの世を去ってから、彼を直接知る者も減って行き、やがては数百年の長い時間が流れた……。

 そして人々が気づいた時、超能力は既に、戦争の道具、あるいはその力を持つ権力者が、神の名のもとに人を罰するための手段となり下がっていた……。



 当時の世界に教育ビデオは当然なくて、識字率も今みたいじゃなくて……文字も読めない人たちが多かったんだ。研究も進んでいなかった。だから超能力の学び方はまだきちんと広まっていない時代で、それを信じる人は今よりも多かったが、サイキックの力を持つ人間は今よりもずっと少なかった。



 戦える人はあまりにも少なく、人々はただ、圧倒的な力を前に、自らがその犠牲となる事を恐れた。


 だけど本当にサイキックの力を恐れたのは、他でもない権力者自身だった。何故か? 自分の持つ力がどれだけ強力かを、自分自身が一番わかっていたんだ。


 彼は考えた。もしこの力が敵に渡ったら? 自分の権力を快く思わない者や、自分たちの宗教や神に従わない人間が超能力の力を持ったら? 自分の立場や、自分の信仰は脅かされてしまうのではないか? そのような不安を抱えて生きるようになった。


 ……そして時のローマ教皇は、彼らにとっての異教徒であったイスラームの子たちに奇跡の力が芽生えないようにと、自らの神の使徒たる十字軍をエルサレム向けて派遣した。それが十字軍遠征。1000年近く経った今も終わる事のない、神への信仰と、聖地エルサレムとを巡る神々の代理人たちの血塗られた戦争の始まりだ。



 だけどサイキックを巡る血塗られた歴史は、それだけに留まらなかった。それから100年から300年ほどもすると、もっと恐ろしい事が起こった。――魔女狩りが始まったんだ。その名を聞いたことはあるかい?



――すこしだけ。




 彼らは、自らが持つ奇跡の力を用いて異教徒を脅かすだけでは安心できなくなった。そしてやがては権力者だけで超能力を独占しようと考えた。自分の立場が外からも内からも、未来永劫脅かされる事のないように。自分がずっと安全でいられるように。


 権力者は、超能力者や呪術師の告発を市民に推奨し、サイキッカーは全員「悪魔サタンの手先である魔女、あるいはその仲間」として拷問され、処刑された。例え実際にはサイキッカーでなくとも、疑わしければその人の善悪や老若男女を問わず、全員拷問し、全員有罪にし、やはり処刑した。



――ひどい。


 そうだな。でもそういう歴史だった。そしてここからが大事な、教科書には永遠に乗らない話だ。



 徹底的な魔女狩りによって当時のサイキッカーは多くの仲間を失ったが、生き残りのサイキッカー……当時は男も含めて魔女と呼ばれたが、彼らが立ち上がった。それは良い事であったが、それ以上に恐ろしい事だった。


 彼らは恐るべきサイキックの力を持っていた。そして彼らが怒りに震え戦いを選択した時、もう何者も彼らを止めることはできなかった。


 彼らの怒りはすさまじく、火を操り、雷を操り、時には天候や病気までも操り、たった一人のサイキッカーが町や村を丸ごと一つ消してしまう事も度々あった。魔女とハンターの間で起こった戦争は、この世の全てを焼き尽くしかねない程だった。


 そんな中、皆殺しによる戦争の決着を回避するためだったんだろう。魔女たちは戦いと並行して一つのまじないを編み出す事に力を注いだ。

 それは、その戦争の勝敗を決定づけるほどの強烈なまじないだ。多くの犠牲と時間を要したが、1600年代の後半、ついにそれは完成した。




――その話だけど結局は、どういう代物だったの?



 茨城さんがいるから難しい事は避けるが、現実や人の認識そのものを大きく捻じ曲げることで、悪い人の目から逃れやすくなる、そういうおまじないだった。月のかさとか、魔女の衣とか、まあ色々な呼ばれ方をしている。


 現実や起こした出来事の結果を強制的に捻じ曲げてしまう力で……わかるだろう、これが余りにも強力だった。歴史上最強の現実改変能力者が中心となって、大人数で作ったのではないかと今では言われている。



 しかもそのまじないは強力なクセに、使い方が簡単だった。魔女が自分の本名とは別に、ウィッチネーム……つまり現代サイキッカーのコードネームだな。二つ目の名前を持ち、それを名乗る事で自分の存在を疑似的に二つに分ける。それと家や隠れ家には魔法陣で結界を作り、お守りを飾る。


 たったこれだけの事で魔女の正体はわかりづらくなり、普段彼らが家族と住んでいる家や、潜伏しているアジトを特定する事が難しくなったんだ。



 ウィッチハンターと彼らに協力する異端審問会は、このまじないを打ち破る方法をいくつも考案して、沢山の遠隔透視・占いや予知の力を持つ能力者を駆使してその後も魔女を狩ったが、まじないそのものを打ち破る事は最後まで出来ず、魔女の集団に敗れた。中世に起きた世界規模の魔女狩りブームはそれで終わった、というわけだ。



 そしてまじないだが、それは余りにも強力すぎるサイキックだったせいで、それを作った人々がこの世を去り、300年以上の経った後の現代でも、そのまじないは日本を含む世界全てを覆い、今尚生き続けている。まじないとは言ったが……もう完全に呪いの類だな。

 まあそれでも、我々後世のサイキッカーの多くがそのお陰で成り立っている。善悪に依らず……俺もその一人だ。




……



「さて、長い歴史の話はこれで終わりだ。これがざっと、イエス・キリストの生誕から17世紀末までの超能力の歴史、ダイジェスト版といった所だ」


「勉強になりました」


 涼子は閉じていた目を開く。薄暗い地下演習場で儀式の準備は進められ、机の上にはコピー用紙の上にサインペンで書いた簡素な六芒星の魔法陣の紙。

 代用品として選ばれた電池式のLEDキャンドル。先までブラックキャットが紅茶を飲んでいた280ミリのペットボトルのラベルを剥がし、空の中身の代わりに半分まで水道水を入れ、容器をよく拭いたもの。

 あとは香炉の代わりに、ソフィアがパセリ、タイム、セージやローズマリーを調合したハーブスプレーを周囲にシュッシュと吹きかけている……。


「ほうきはどうする?」

 ソフィアが儀式に使う魔術用アイテムについて尋ねた。


「この辺にはルンバと業務作業用の掃除機しかないぞ」

「ルンバかあ……じゃあいっか」



 読者の方の中に魔術ガイドブックの実物をご覧になった事のある方はいらっしゃるだろうか? アジアンショップに行けば手に入る水晶、キャンドル、小型の香炉ぐらいまではともかく、儀式用の金属ベルに金属カップに木製のほうき、大釜と来るともはやどうしようもない。通販サイトのArizonaで購入するという手も無くはないが……第一置き場に困るし、儀式以外の使い道が本当にない。



 現代日本のマンション住まいの人々の何パーセントが果たして天然のヤシの木を素材にした木製ほうきを利用し家庭に置いている? 何パーセントの家庭がガスコンロの代わりに大釜を利用している?



 こうした状況の解決策としては、何もかもDIY (ドゥー・イット・ユアセルフ)。現代人なら現代人らしく、身の回りや手元あるものを何とか魔術道具に仕立て上げてやっていくしかない。


 だってそうだろう? 少なくともヤシの木のほうきよりは、ルンバの方がマンションの掃除には向いている。ルンバにヤナギの木板を張り付けて、マジックペンで一筆書き六芒星を書いて魔術道具とするぐらいの解決策を現代の魔術師は考案しても良いはずだ。





「――さっきの話の中で古い歴史の話をしたが、コードネームを持つということが、魔女狩り時代のまじないの力を借りる事になり、多くの危険から身を守る事に繋がる。というわけだ」


「坂本さんはそれでファイアストーム、なんですか?」


 ファイアストームは頷く。

「そういう事だ。そこのソフィアもコードネームは「ミラ」だし、ブラックキャットというのもコードネームだ。茨城さんも今後の為にコードネームを使った方が良い」


「……どんな名前にすればいいですか?」



「それなんだが、魔女狩り以降のサイキッカーは大体の場合、発現した時にデフォルトの名前が割り振られている。普通は最初から自分の名前を知っているか、その内与えられた名前が思い浮かんできたりする」


 ファイアストームは続ける。

「その名前が気に入らなかったサイキッカーは、自分で考えたコードネームを名乗ったりするから、正直名前なんて何でも良いぐらいなんだが……余りにも勢いでつけてホーリーエンジェルにゃーことか、アット浮上率低めとか、夏コミ参加予定のフレーズがつくのは、流石になあ……」



 ファイアストームが溜息交じりに言うと、涼子は目を開き首をブンブンと横に振って否定する。

「しません。絶対しません」


「まあそういう訳で、魔女狩り時代には使われたけど、今では殆ど価値と有用性の無くなった古い魔術儀式があるんだが、それを流用して茨城さんに割り振られたコードネームを確認してみようと思う。まあ、なんとなく予想はつくが……。とにかくソフィア、サポートを頼む」



「ハイハイ、言う通りにします。涼子ちゃん少し目隠しするね」


 後ろに回ったソフィアが布の代用品の黒いアイマスクをかけ、涼子の視界を隠す。そのあと、涼子の耳に、扉の開閉する音と、二つの足音が聞こえた。



「来て貰ったわよ」

「急にお呼び立てしてしまってすみません」

「いいえ、いいえ。私はいくらでも働きます」

 それは涼子にとっては検討のつかぬ、聞き覚えない老女の声だった。


「はじめまして、儀式をお手伝いさせて頂きます。稲毛 セツと申します。今日は、よろしくお願いします」

 老女はゆったりしとした口調で、そう名乗った。


「あ、茨城 涼子です。こちらこそお願いします」

 涼子は声のする方に会釈する。杖をついた老女はブラックキャットの手伝いを受け、椅子へと座ると、数珠を取り出し、祈りと共にブツブツと何かを唱えだした。


「オン サンザンサンザク ソワカ オン サンザンサンザク ソワカ オン サンザンサンザク ソワカ オン サンザン……」

 唱え終えると稲毛は数珠を両手でこすりあわせ、静かに祈り、彼女の準備が済んだ事をファイアストームに伝えた。

「始めてください」



「わかりました。それじゃ、始めるぞ。古い儀式だから妙な内容だが、当時のものだからあまり気にしないように」


『涼子ちゃん、私が台本読むから、涼子ちゃんは私の言葉を復唱して』

 ソフィアがドローンの一機を呼び出し、涼子の横につけた。

「わかりました」




「……我は神の知恵の守り手にして審神者サニワなり。これよりマシュー・ホプキンスの知に基づき悔恨の儀を執り行う」


 ごく僅かな照明とLEDキャンドルだけが地下を照らす薄明りの中、儀式が始まった。


「我が名はファイアストーム。神の知恵の守り手にしてその簒奪者さんだつしゃを暴く者である。汝、サタンと契約せし魔女である事を認めるか」

 ファイアストームはボールペンの先を涼子の人差し指に突き立てて問う。


「え、と……」

『私は、自らが』

「私は、自らが魔女である事を認め懺悔すると共に、神の許しを求めます」

 ソフィアのドローンを経由して送られるテレパシーに従い、涼子が答える。


「我が名はファイアストーム。かつて私は天使が空より堕ちるのを見た。されど汝、神の息のかかった者に非ず」


「かつて私の魂は……サタンと共にありました。しかし、今はサタンを離れ、以後は光と共にある事を望むでしょう」

「では汝、サタンが簒奪した神の言葉をここに返すことを誓うか」


「誓います」


「それでは汝、神の名の下にその名を唱え清めよ。汝はその名を知っている」

「私は懺悔します」


「汝はその名を知っている」

「神の許しを求めます」


「汝はその名を知っている」

「神の許しを求めます」


「汝はその名を知っている」


 儀式とファイアストームの繰り返しの暗示を受ける度に、涼子の意識は深く闇へと沈む。そしてその意識の底に彼女が辿り着いた時、彼女はその名を見つけた。


『「許しを求めます。簒奪された名は……」』

「……ローズベリー」


「簒奪された言葉は今天へと帰った。汝の悪は全てサタンのさせた事である。そして汝は今、光と共にある。汝に罪無し……終わりだ」


 ファイアストームは儀式の終了を宣言する。ソフィアが溜め込んだ息を大きく吐いた。


「……ふう。結局あの時の名前? サプライズはなかったね」


「確認は大事だろう。茨城さん、それが君のコードネームだ。気に入らなければ変える事も出来るが」


「……いえ、これで良いです。これで……」


 ……その名はかつて彼女が、亡き親友のブログのコメント上で使っていたハンドルネームと同一のものだった。



「うん、いいんじゃないかな。そのコードネーム、カワイイよ」


「俺も悪くないと思う。今日から君はサイキッカー:ローズベリーだ」



 涼子はその名前を受け入れた。それは彼女の新しい名であると共に、彼女がこれから一生をかけて背負っていくであろう十字架の名前だ。


 そして、自身には大切な友人がかつて傍にいた。その事を一生忘れないという、麗奈れいなと交わした彼女の誓いの証でもあった。







EPISODE「You Know Your Name」END.


NEXT EPSIODE「Come fly with me」.

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