ユー・ノウ・ユア・ネーム ACT:1


EPISODE 039 「You Know Your Name」



 そのまた翌日も同じだった。試験が終わるとハンムラビへと向かい、そこで座学を受ける。前日見たビデオの内容を復習する簡単なミニテストを行わされ、それからサイキッカー用教育ビデオの続きを鑑賞する。



 座学が終わった後は地下演習場の一つをまた借り、そこでブラックキャットと組手を行い、体術の手ほどきを受ける。




 始めは超能力の才能を鍛えるというからどんな事をするのかとも思ったが、涼子はこの新しい生活スタイルの中に日常を感じていた。


 勉強をする、ミニテストをする。そして勉強が終わったら稽古。稽古が終わったら新しい友達と少しお喋り。やっている事を分解していけば、結局普段の生活と大きな違いは無いようにさえ思えたし、何より涼子にとってわかりやすかった。


 座学で勉強する内容は荒唐無稽で実感が湧かない事が多いが、要は暗記だ。学校の勉強と変わらない。一体それが今度どのように役に立つのか、自分にはまだよくわからないという所も。




「今日から超能力サイキックの訓練に入る。俺の事はファイアストームと呼ぶように」


 三日目からは組手の後に瞑想を中心とするサイキック訓練の時間が入るようになった。こちらの方はレイことファイアストームが主導して行う事となった。演習場は借りたまま、その場で訓練を継続する。


「はい、えっと……ファイアストーム先生」

「先生というほど大それたものではない。さて、超越者オーバーマンとしての演習は既にブラックキャットにやらせているが、茨城さんには丈夫な体の他にもう一つ才能がある事がわかっている」

「はい」


「まずいくつか質問する。知らない事は「知らない」。思い出す事に苦痛を感じた事や、言いたくない事は「わからない」で良い。答えてくれるか」

「はい」

 二人は向かい合うようにしてパイプ椅子に座っており、ファイアストームによる質問が始まる。


「自分にサイキックの才能があると気づいたのはいつ頃だ?」

「えっと、つい数日前、ここに連れてこられた時です。ずっと、知りませんでした」

 涼子が答える。ソフィアは床の上に座り、タブレットPCを使ってメモを取っている。


「この以前からサイキックの事を知っていたか」

「いいえ」

「過去、命に関わるような大怪我や、大きな病気をした経験は」

「ありません」


「幽霊や神を見たことはあるか?」

「ありません」


「うむ。ここ数か月、変わった夢を見た記憶は?」

「えっと、一か月前ぐらいに」

「どんな夢だったか、思い出せるか」

「死んじゃった友達に会いました。マンションの屋上から二人で……大きな樹を見ました」


「ツリーオブナレッジ、あるいはライフの方か……」

 ファイアストームが呟く。植物をモチーフにした能力に目覚めた超能力者による体験談から、同様の記述がなされたケースが過去複数ある。一部のサイキッカーが幻視するこれらの樹は旧約聖書に記述される生命の樹、知恵の樹と同一のものではないかとする意見がある。


「その友達と、何か話をしたかい」

「えっと……、出会った頃の話とか、遊びに行った思い出の話とか……あとは……わかりません」

「判った」

 ファイアストームはそれ以上の追及を行わず、淡々と次の質問を投げかける。



「君が能力に目覚めた日、俺は君と戦っている。その時の事を覚えているか」

「あまり……。でも、知らない人に連れ去られそうになって、それで怖かった時、友達が私を助けに来てくれたような……そんな記憶があります」


「そうか……。あれから力は使ったか?」

「いいえ」

「その力の使い方はわかるか?」

「いいえ……知りません」


「君の名前は」

「茨城 涼子です」


「では最後に、知っているか、知らないかで答えて欲しい。君のもう一つの名はわかるか」

「……? 知りません」

 涼子は最後の質問の意味がわからなかったので、そう答えた。

「以上だ」


 ファイアストームはそう言いつつも、神妙な面持ちで腕組みし、眉間にしわを寄せる。

「ふむ……コードネームがわからんか。儀式でもするか」

 しかしソフィアは珍しく彼の提案が気に召さなかった。


「えー、私あれ嫌い。ナンセンス。古いなんてもんじゃないし、今時点でわからなくても瞑想してたらその内勝手に浮かんで来るでしょ?」


「早めにコードネームを持たせてやりたいし、自分で変な名前をつけるよりはこっちでデフォルトネームを見つけてあげた方がいいんじゃないか」


「ううーん……」

「知らんぞ、この子が奇妙なコードネームを名乗りだしても」


 ソフィアはレイのこの冷めきったピザのような目つきを知っている。これは彼が他人の能力を信用していない時の目だ。


「大丈夫よ、見なさいよこの黒く綺麗な髪! シャンプーも良いの使ってる! そんな子がそこまでアホの子に見える?」


 しかしソフィアも抗弁すべくファイアストームに立ち向かう。ソフィアは涼子の後ろに回ると、両手で彼女の黒髪を掴みあげ、キツネサインのハンドジェスチャーを向けると共に、わざと不細工にその歯茎を剥いて唸った。


 二人の下らない痴話喧嘩を、ブラックキャットは温かい紅茶のペットボトルを口にしながら、静かに傍観する。涼子もまた、専門的な会話に割って入れず、呆然と口論を見守る。


「「濡れた犬の匂い」、「ミルミー味のママ」、「ローリング野郎2号」」

「……」

「「たんぽぽ茶」、「みなみ浮上率低め」、「聖天使猫姫」」

 対するファイアストームは淡々と彼が見聞するサイキッカーの奇妙奇天烈なネーミングを列挙していく。



 戦前は決してそうではなかったが、現代ではコードネームを自らの意志で選択した結果、ラジオネームや芸名、Twitter等ネット上の捨てハンドルネーム感覚の代物を名乗る者が、若い世代や自警団、フリーランスを中心に増加している。一見、不真面目で馬鹿げているが、今日の常人たちの実社会やネット社会の在り方を見ればむしろ自然の結果と言える。



「いないない! そんな変な名前で命賭けてるサイキッカーなんか、いない!」


 ソフィアは必死で今日のサイキッカー事情を否定しにかかるが、ファイアストームは攻める事を止めない。自身の供述が事実に基づく情報であるという強い意志と主張を以て、無表情かつ淡々と自らの情報でソフィアを殴りつけようとする。


「それと聖天使猫姫だが、「ねこひめ」とは読まず、正しくは「ホーリーエンジェルにゃーこ」と読む。あれ、ハンムラビのデータベースの方が登録情報間違っているから修正しておくように」


「……ねえ、そんなふざけた名前のサイキッカー、実在なんかしないでしょ……?」


 淡々と語られる情報に恐れをなしたソフィアが半信半疑で尋ねるが、その少し横で口に含んだ紅茶を噴き出した女性が居た。……ブラックキャットである。

「……ごめん、ホーリーにゃーこは私知ってる。関東を中心に自警団員ヴィジランテやってる……」


「ウソでしょ……」

「結構な古参らしいわよ……」


「ただでさえ近頃のティーンエイジャーはコードネームの概念や歴史を知らないせいで、ニュービーの内に堕落ヒーローやウィッチハンターに補足されて、為すすべも無く狩り殺されるケースが後を絶たん……全く……」


(新人教育時代とか戦力補充時期の苦労かしら……)

 ため息を挟んで更に別の心配を始めるファイアストームを見て、ブラックキャットは彼のこれまで歩んできた心労に想いを馳せた。



「どうするんだ。この間付けた暫定コードーネーム:エンジェルと、今回の判断のせいでこの子が明日から【ホーリーエンジェルりょーこ】になるかもしれないんだぞ。もちろんソフィアの責任だ」

「ぷっ」

 終始真顔で話す癖に真面目とジョークをシャトルランするような彼の話を聞いている内に、ソフィアが笑いを堪え切れず噴き出した。


「笑ったな」


 ソフィアは大きく両手を上げて降参の意志を見せた。


「……Huh(ハー)、ギブアップ! あー、もう! 私笑っちゃった。 もうレイレイの好きにすれば……」

(要は心配なのね……)



 ☘



 結局ファイアストームに意見を押し通される形で、古の魔術儀式を用いて涼子のコードネームを解析することになった。


 ファイアストームと涼子の間には机が置かれ、訓練場の証明は薄暗くされ、儀式の準備が進められてゆく。


「じゃあ始める前に、簡単な歴史の授業をしようか。どうせ今度の座学ビデオの内容に含まれてるから、メモとかは取らなくて良い。静かに目を閉じて、絵本の話を聞くように、俺の話を聞いてくれれば」


「はい……」


 涼子は言われるままに目を瞑り、ファイアストームの声に耳を傾ける。


 彼は薄暗い闇の中で、少女にサイキッカーと人の歩んできた歴史を語り始めた……。




……




EPSIODE「ユー・ノウ・ユア・ネーム ACT:2」へ続く。


===


☘TIPS:世界観


 サイキックの獲得とその修行には様々な方法があります。もっともポピュラーな瞑想、先祖霊や神への祈り、体外離脱の訓練、松果体しょうかたいを鍛える訓練に、魔術方法による視覚化の訓練を行う事などは有効な行為と見なされています。



 しかし中には危険な薬物やマインドコントロールによる洗脳、視力と引き換えに太陽を直視し続けるなどの危険かつ好ましくない手法を採用する危険な集団もあります。


 筆者からのお願いです。もし読者の方でご自身が神秘の力に触れる事をお望みであるならば、どうか修行方法には健康上の注意を払ってください。

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