NHKへようこそ!:ACT2
EPISODE 034 「NHKへようこそ! ACT:2」
それからすぐのことだった、病室のドアがスライドし、そこから金髪蒼眼の若い女性が顔を覗かせたのは。
「レーイレイ」
聞き慣れた女性の声にレイが反応する。
「ソフィアか」
「もーにん」
「おはよう」
「ちゃんと寝たの?」
ソフィアは小さな手さげカバンを膝に抱え、椅子に腰かける。
「2時間ほどは」
「もー、もっと寝ないとダメよ。その怪我なんだから」
ソフィアがタブレットPCの画面に目を向けるレイの鼻を指で突いた。昨日の戦闘の負傷の結果、彼の鼻は現在ギプスで覆われている。
「そうしたかったが、
「絞られちゃった?」
「まあ、な。認可ヒーロー、特に政府の直接管理するヒーローを
「私も、始末書って……ハア」
ソフィアがうなだれた。
そのソフィアの姿を見てレイが笑う。寝不足で彼の目元の隈はより濃くなっている。
「ハハハ……、ごめんなソフィア」
「別にいいよ。でも映画の約束は守ってね」
「ああ、わかってるよ」
レイが答えた。
「それで、レイレイ何見てるの?」
「何も」
ソフィアが顔を寄せ、レイが手に持つタブレットPCの画面を一緒になってみようとする。それを避けるレイ。
「あーーー! えっちなサイトでしょ!」
ソフィアがやらしい笑みを浮かべた。
「いいや、ただの本だ」
「えっちな本?」
レイは観念しながらも、詮索するソフィアにタブレットPCを渡しこう述べた。
「いいや、魔書「オイカイワタチ」の電子
「……ナニソレ」
「幻の書物「オイカイワタチ」全五巻。知らないのか」
自分で幻と言っておきながら、レイはその謎のよくわからないタイトルの書物の存在を、知っていて当然といったような態度でソフィアへと突きつける。
「知らない」
ソフィアはジト目で即答する。彼女の目に飛び込んだタブレットの画面「オイカイワタチ 第二巻」……。執筆時期は1976。まだ携帯電話はおろかインターネットさえ普及していなかったような時代の書物だ
無の世界、世の終わり、新しい時代とその到来を妨げる世界の封印に関する記述、神々と悪魔ルシファーの戦い、その代理として選ばれた人類の役割とは何かを読者に訴えかける筆者の地の文……。
軽く流し読みしただけでもその本が名状しがたい書物である事が見て取れた。ソフィアはそれ以上の読書と書物の内容の理解をその場で諦める。一般人なら最初の数ページを見ただけで軽いめまいを覚え、最悪不定の狂気に陥るだろう。
「一種の魔導書・預言書の類だ。宇宙人研究家、チャネラー、
「しらない」
「一見これは荒唐無稽な書物に見えるが、実際のところ書かれた当時としては非常に先進的な思想に基づいていて第四密度の……」
「しらない……」
「そうか……まあいい。ところで今日はどうしたんだ」
名状しがたき伝説の書物についてレイはどうやら語り足りないようだったが、話題を切り上げソフィアに来訪の用件を訊いた。といっても、ソフィアからすれば見舞いに理由も何もないのだが。
「うん、まあ少し様子見と看病に」
「そうか。茨城さんの事、ありがとう」
「……もう」
レイが感謝を述べるも、ソフィアはその頬をふくらませる。彼女の反応に少し困ったレイが小首を傾げる。そして何か自身の物言いがよくなかったのかと謝罪の意を述べた。
「? 悪い、何か俺の言い方が悪かったのか。謝るよ、ごめん」
「あ、いや、そうじゃないけど……もういいです。それより怪我は平気なの」
「ああ、平気だ」
「ウソツキ」
サラリと答えるレイだが、彼の有様といえばひどいものだった。頭や胴体には包帯が巻かれ、鼻と右腕にはギプス。これが常人なら全治三か月といった所だろうか。
「
「最後の二つは持病だ」
これが一か月もしない内に全快するのだから超身体能力を得た戦闘サイキッカーのタフネスは恐ろしい。それでもソフィアにとっては彼の怪我はいつも心配のタネだ。
「十分ひどいよ。採尿でも手伝おうか?」
「冗談も大概にしろ」
「ハイハイ。ところでレイレイ、ご飯は食べた?」
ソフィアが尋ねるとレイは短く答えた
「ウィダーイン」
「「……」」
病室は静寂に包まれた。
「……それ何時間前の話?」
「12時間ほど前になる」
「……それ、食べた内に入るの?」
「グレープフルーツ味だった」
「味は聞いてないけど。……その前は?」
「カフェでコーヒーとサンドイッチを。昼頃だな」
レイは答えた。彼が最後にまともに食事をしたのはほぼ一日前、戦闘前にカフェにいた時のことだ。後は作戦終了後の夜、申し訳程度に栄養補給用のゼリーを流し込んだだけに過ぎない。
「それ、ほとんど丸一日前だし、作戦開始前の話よね、それ」
「ああ」
「Huh(ハァ)ー……。お腹空かないの? それ」
レイは以下のように回答した。
「まあ空くけど、耐えられるからな」
「じゃあ耐えなくていいです」
ソフィアは言うと、持参してきて膝に抱える小さな手さげカバンを膝上に置くと、カバンのチャックに手をかけた。中から白いランチボックスが顔を覗かせた。
「ご飯、作って来たよ」
「本当か? お腹、空いてたんだ」
レイが軽く笑みを作ると、ソフィアは笑顔になってランチボックスを取り出し、勢いよくベッドテーブルの上に置いた。
「一緒にたべよ!」
それから二人は病室で朝食を取った。一応レイは両利きだが左腕は義手、右腕は負傷中のレイの事を想って、ソフィアはおにぎりやウインナーなど、箸を必要としないものを用意してくれた。具に鮭の入ったおにぎりを口にしてレイは一言
「うん、おいしい」
と感想を伝えた。ソフィアはそう言って貰えるのが嬉しかった。
「ありがと! 頑張って作ったのよ」
「そうか。ありがとう」
「どういたしまして。ねレイレイ、涼子ちゃん起きたよ」
「様子は」
「レイレイが心配した感じじゃありませんよ。はい、あーん」
ソフィアがフォークでウインナーを刺すと、それをレイの口元に運んだ。レイも彼女の餌付け行為を特に拒否をせずに神妙な表情でウインナーを
出会って数年はこうした行為を頑なに拒んでいたが、いつしかレイ自身の強烈な頑固さよりも彼女の機嫌を取る事の方が次第に生活で重要になりつつあり、この半年ほどのレイは徐々に抵抗というものをしなくなってきている……。
「涼子ちゃんね、記憶は残ってるみたいだけど落ち着いてるよ。また暴れたり、逃げ出したりはとりあえず無いと思います」
「そうか」
「ね、どうしよっか、これからの事」
「うむ……」
ソフィア持参の水筒から注がれたほうじ茶を口に含みながら、レイは眉間にしわを寄せる。
「悪い人たち、やっぱり涼子ちゃんの事狙ってるよ」
「もう少し組織のパックアップが欲しいな。魔術戦に耐えられる人物が欲しい。ナイトフォールかフラットを借りられるのが理想だが」
「むずしそう」
レイが今名前を挙げた二人は能力が高く、超能力の面でも融通が利くエージェントだ。が支部長のお気に入りでもあるので、その二人は彼が今頃裏で動かしていそうな気がソフィアはした。
だが敵の行動が大胆で組織的、かつレイが負傷中。ソフィアは基本的に戦闘要員ではないため戦力外。涼子を守れる更なる人材の必要性を二人は感じていた。
「ブラックキャット、リトルデビル、いっそダストシューターの二人でも良い。前の戦争から人材は増やしてきたはずだ。ブラックキャットあたりなら最悪個人的に頼める」
レイは更なる候補者をリストアップする。ファイアストームは見た目こそ若くも見えるが、戦闘経験と裏の世界での活動経験は相当長く、彼と同レベルのベテランとなると、彼が今列挙した名前の中ではナイトフォールというサイキッカーしかいない。
だが若手やルーキーの中にも優れたセンスの持ち主は居る。特にブラックキャット、リトルデビルの二名はファイアストーム個人と多少の親交があり、最悪組織のバックアップが得られなくとも個人的に多少の手助けをしてくれる程度の公算もある。
「うーん、そうだけどコウノトリとかもまた使いたいでしょ? あれ台数少ないし、優先権取らないと」
ソフィアが言った。コウノトリは非常に便利な機体だが、そのサイズと性能から来るコスト故に台数も少なく人気も高い。昨日の涼子救出作戦で使えたのも事前の書類申請があったからだ。
「ナイトフォール、いや下手すると東北支部にまた持っていかれる」
「行くぜ東北、復興支援」
ソフィアが東北の観光スローガンを交えて言った。
コウノトリの導入初期にファイアストームが機体を使おうとしたら組織の東北支部や九州支部に災害復興支援名目で持っていかれたのは懐かしい思い出。
――しかも復興支援の名目で借りられた機内が血まみれの状態で返却されてきたという逸話付きだ。
「震災の”復興支援”名目で九州に持って行ったはずの機体が、なぜか血まみれで帰って来たっけな……」
あれは数年前に九州で大きな地震が起きた時の事……。レイがどこか遠い目で述懐する。
「剥がれた爪とか抜かれた歯、血のついたペンチが機内に散らばってたって話、本当?」
「……」
彼女の質問にレイは沈黙した。ソフィアは察するしかなかった。
「ホントなんだ……」
「……それはそうと、実際問題、物資や予算、人員、情報……サポート面で差がつくからな……。まあ急の護衛は最悪ブラックキャットに頼むとして、組織のバックアップも欲しいな」
「支部長がハードルよ。説得できるかなあ」
ソフィアは言う。組織のバックアップを受けるには、結局の所その長である楠木の首を縦に振らせなければならない。
だがレイには何やら腹案があるようだった。
「まあ……それは簡単だ」
「レアリー?」
「彼女の暴走時の資料と映像の記録は用意できそうか?」
「うん、あるけど」
ソフィアが肯定した。勿論、今回の出来事の報告書はレイもソフィアも書くが、情報処理などの裏方は彼女こそが専門のため、そういう資料や記録類は前線担当のレイよりかは、ソフィアに言った方が出てくる可能性は多少高い。
「それに報告書を付けて俺が提出すれば良い。支部長は野心家だからな、彼女を絶対に懐柔したがる」
レイは組織に入ってからも10年を越えており、組織の内部事情には詳しく、現支部長が色々企みの多い人物である事を知っている。それを利用しようとするレイにソフィアも感心していた。
「なるほどー、レイレイも悪いねー……」
「俺もカルマが深まりそうだが……これで一週間は護衛を付けてくれるだろう。それだけあれば反撃できる」
「一週間で回復する? その怪我」
ソフィアはレイの負傷を見る。レイはこう答えた。
「3日あれば動ける」
「ワオ」
…… ☘
その後涼子は見知らぬ病室で一日を過ごし、新しい次の朝を迎えていた。看護師の女性と会話し、朝食を取り、それからは呆然とこれまでの出来事を振り返っていた。
そこにまた、昨日と同じように一人の女性が顔を見せた。ソフィアだ。今日の彼女はピンク色の金属スーツケースを引っ張って来ていた。
「モーニン涼子ちゃん」
「あ、えっと……ソフィアさん、でしたっけ?」
涼子の表情にはまだ疲れの色が見えたが、それでも昨日よりはずっと元気そうに見えた。彼女に名を呼ばれたソフィアが元気にサムズアップする。
「イエス! 覚えててくれてウレシイ!」
「おはようございます」
涼子がぺこりと会釈した。
「具合はどう? お医者さんは何か言ってた?」
「あ……午後には家に帰っても良いって言われました」
「なるほど、体は平気そうね」
「はい、おかげ様で」
彼女を救出するために大怪我をしたレイとは全く対照的で、検査などを行ったが涼子に外傷はまったくといって良いほど無く、胃炎などを除けば体の状態は極めて良好だった。
涼子の身体からは既に点滴や心電図の類も外されており、退院しようと思えば手続き一つですぐにでも退院が可能だ。
「ご家族の事もそうだけど、医療費も心配しないでね。特にお金とかはかからないから、私達の責任もあるしね」
「あの、何から何まで……」
頭を下げる涼子をソフィアが制すると、このような問いを彼女へと投げかけた。
「いいの! それより涼子ちゃん、一日中ベッドにいて、そろそろ退屈してきたんじゃない?」
「あの、いえ……」
涼子は遠慮がちに答えるが、内心は彼女の言う通り退屈だった。精神的なものはさておき、肉体的には健康であったし、なまじ眠気がそれほどあるわけでもなく、スマホも手元になかったため、暇つぶしになるようなものも病室内に取り付けられたテレビを見るぐらいしかない。
ソフィアはそんな彼女の退屈を看破していた。
「いいのよ、だってここ暇よ。よかったら私とお散歩、しませんか?」
EPISODE「NHKへようこそ! ACT:3」へ続く。
===
☘超能力
使用者/コードネーム【三浦 良夫/
能力名【
能力:エネルギー弾の発射
能力説明:
・両の拳から拳型のエネルギー弾を射出することができる。使用者本人は基本的に正拳突きのモーションからエネルギー弾を撃ちだす。
・チャージショットが可能で、最大チャージ時の威力はビルのコンクリート壁を破砕するほどの威力。
・拳を握っていないと撃ちだせないらしい。
「三浦さんの能力って、チョキとかパーじゃダメなんですか?」
――彼の能力について。アイアンハンド
「パーやチョキでも試したんだが、やっぱダメなんだよなあ……」
――拳骨射手
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