第五節 - 反撃 -

NHKへようこそ!:ACT1

-あらすじ


 野原 麗菜の自殺事件に関する調査を進める最中、ファイアストームこと坂本 レイと茨城 涼子は謎の敵の襲撃を受ける。ファイアストームはフラットと共に敵を退け、涼子を救出するのであった。


 そして一晩が明け……。



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Fire in the Rain

第五節【反撃】




EPISODE 033 「NHKへようこそ! ACT:1」




 茨城 涼子が目を覚ました場所は見知らぬ空間だった。




 真っ白な空間、やや小さめの空間に一台のベッド、そしてその上に涼子は寝かされていた。


 彼女の胸元からベッド傍の機械に向けて伸びるケーブル。機械は彼女の心電図を映している。彼女の心電図に異常は無く波は穏やかで、落ち着いた状態にある。



 腕には針が通され、その先に吊るされた点滴の袋が彼女に栄養を送り続けている。


 もう少し気力があれば、以前レンタルで見たテレビアニメのセリフを引用して「知らない天井だ」とでも冗談を言えたかもしれなかったが、涼子は起きるなりに深い疲労感と倦怠感を自身の体に感じとった。悪い夢から目覚めたような気分だった。喉の強い渇き、そして猛烈な空腹感も感じた。



 涼子はその以前まで制服だったはずの着衣が着替えられている事に気づいた。彼女の今の服装は清潔な薄水色の病院着。ここは、病院なのだろうか……。



 見知らぬ天井を見つめていると病室のドアが開き、一人の女性が入室してきた。入ってきたのは細身で、金髪にミディアムヘアーの若い女性。女性のその顔立ちと蒼い瞳は、彼女の生い立ちが涼子よりも少し遠い場所にある事を想起させる、




「あ、目が覚めたのね。おはよう涼子ちゃん」

 女性はニコリと笑顔を作ると、ベッドの上の涼子へと気さくに声をかけた。

「あ……おはようござい……ます」

 ベッド上の涼子が身体を起こし会釈して返す。



「具合はどう? どこか痛む?」

 女性が椅子を引き出すと涼子の寝ているベッドの近くに置き、腰を降ろす。ベッド脇に掛けられたリモコンを手に取り、涼子に手渡す。


「大丈夫……です。あの、ここは……」

 涼子はキョトンとしてリモコンを見つめる。金髪女性が代わりにリモコンを操作すると、涼子の居るリクライニングベッドが起き上がる。


 女性は涼子にリモコンを手渡すと、自信ありげに胸を張って朗らかに答えた。

「よくぞ聞いてくれました! 日本秘密結社、略してNHKへようこそ!」

「は、はい……。テレビ局……ですか?」

 涼子は女性の言葉を理解できずに首を傾げた。



「あれ……ウケるかなって思ったのに」

「あ、えっと、なんか、ごめんなさい」

 涼子と女性の会話はどこか噛み合わない。


「ううん! いいのいいの! 元気出して欲しいだけだから! スマイルよ! Keep Smiling!」

 そういうと女性は自分の両手の人差し指でえくぼを作り、元気よく涼子に微笑みかけた。


「秘密結社の日本支部なのは本当のことなんだけど……ぶつぶつ……」

「あ、はい……。ここって、病院ですか……?」

 何やら独り言を始める女性に、涼子がこの場所について再度尋ねた。女性はまだ独り言を呟いていたが、涼子の声でハっと我に帰るとこう答えてくれた。



「やっぱり映画とか作ってフリーメイソンぐらい知名度高めていかないと……あ! えっとね、ウンウン、イエス! そんな感じ! えっとー……そうだなあ……、えっと、私の働いてる会社のね、お抱えの病院って言ったら、なんとなくわかるかな?」

「はあ」


 きょとんとした様子の涼子をよそに、女性は早口で続ける。


「ホラ、企業のお抱えだからお金結構出てる病院で、他のとこよりちょっとキレイでしょ? そのベッドなんてスゴいのよ! 日本製でリミッターをオフにすれば0.2秒で水平から90度までリクライニングするし、最大ゼロ度までリクライニング可能だから、あなたのお気に入りのおばあちゃんで人間サンドイッチだって作れちゃうの! まあ私は両方とも”彼”で試して怒られちゃったけど……」

「……は、はあ」


 その女性はやたらニコニコと早口で喋る女性だった。現状をよく把握していない上、女性のテンションとペースについていけない涼子が困惑の様子を浮かべる。


「……あ! ごめんなさい! 私”こう見えても”ボケ役だから、いろいろ♡突っ込んでくれる……じゃなかった、ツッコミ役してくれる”彼”がいないと……」



 そこまでペラペラと冗談めかして喋っていたところ、ようやく女性はテンションの落差、温度差に気が付いたのか、今度は急に静かになると、ささやくようにベッド上の涼子に話しかけた。


「……涼子ちゃん、疲れちゃったよね?」

「すこし……」

「ごめんなさいね、私達のせいで……。レ……探偵の坂本くんもね、あなたに、ごめんなさいって」

 涼子の少し憔悴した表情を見て、蒼眼の女性は悲し気な表情を浮かべると、そのように言った。女性が口にした人物の名前を、涼子は知っていた。その事について涼子は尋ねる。


「坂本さん……?」

「うん。坂本くんがね、あなたの事を助けてくれたの。覚えてる? ここに来る直前のこと……」

「少しだけ……」

 その体験は”夢”だと言われたら納得してしまいそうなほどの、おぼろげな記憶だった。ただぼんやりと、その恐ろしい出来事の記憶は彼女の底に残滓ざんしとなって沈み、しかし彼女が少し手を伸ばせば届く程度の浅い場所にはあった。



「そう……本当にごめんなさいね」


 少し重い空気が流れるも、それを破ったのは涼子自身だった。

「……あの」

「うん?」

「あのわたし、知らない人に連れて行かれそうになって……こわくて……よくわかんなくなっちゃって……それでそのあと……夢を、見ていたような気がします……」

 


「こわい夢だった?」

 蒼眼の女性が聞くと、涼子は小さく頷いた。ただその後に一言、付け加えた。

「でも友達が、私を助けに来てくれる夢でした……。だから、今は大丈夫です」


「……そっか」

 女性は、涼子の事を憐れむように、それでいて優しい眼差しで見つめていた。


「あとで坂本くんが会いに来て、あなたも貴女に何か謝ろうとすると思うけど……彼のこと、あまり責めないであげて欲しいの。彼、責任感がとても強いから……」

 そう語る女性の表情は、さきほどまでの笑顔が信じられないほどの悲壮に満ちていた。



「そんな事を涼子ちゃんにお願いする私、ズルいかな」

「あ、あの、大丈夫です。よくわからないですけど私、坂本さんには何も……とても感謝してます」


「そっか、彼にもそう言ってあげて。それが彼の救いになるから」

「あの、坂本さんは今は……」


 涼子が女性に尋ねると、彼女は困ったような苦笑いで質問にこう答える。


「ああうん、彼、少し前まで居たんだけどね。あなたを助ける時に少しケガしちゃって、ろくに治療もしないでずっと夜通し起きてたから、私が治療室に放り込んできたの! ……今は少し眠ってる」



「あの、大丈夫なんですか……?」



 怪我、そう聞いた涼子は心配そうな表情を作った。蒼眼の女性は色々な感情の混じった複雑な表情の中に笑みをうっすらと浮かべ、こう答えた。


「うん、正直心配だけど、彼とてもタフだから、あれぐらいはすぐ治っちゃう。それじゃ私、彼の様子もちょっと見て来るね。ご家族の事は心配いらないから、もう少し安静にしててね。」


「はい。ありがとうございます」

「私今日はずっとこの施設の近くにいるから、わからないことあったらいつでも呼んでね。これ私の連絡先」

 蒼眼の女性はボールペンを取ると、メモ用紙に電話番号とコミュニケーションアプリのアカウントIDを書いて机の上に置いた。


「それじゃあ涼子ちゃん、私また来るね」

「あの」

「イエス?」

 席を立ち立ち去ろうとする女性を涼子が呼び止める。女性は立ち止まり、笑顔で振り向いた。


「お名前を聞いても、いいですか」



「わたし? The name is Sophia. Sophia Yanagi.

(意:私はソフィア。ヤナギ・ソフィアですけど)」

 やなぎ ソフィア。コードネーム:ミラ36号の女性その人は笑顔で名乗った。



 ☘ 



「~♪」

 涼子の病室を出てしばらく時間を置き、その後にソフィアが向かったのは、坂本 レイにあてがわれた病室だった。ソフィアは病室のドアを開けて入ろうとしたが、スライドドアの開閉ボタンに手を伸ばしかけた所でその手が止まった。


「うっ……」

 何やら良くないものの気配を感じ取ったソフィアは病室への入室を一時とりやめ、近くにある物陰を探すと、壁の後ろに隠れた。

 ソフィアが隠れた直後、病室内から一人の男性が退室してきた。男性はその場を立ち去ろうとしたが、途中でピタリと立ち止まると、物陰に向かって挨拶した。


「おはよう、36番 (サーティン・シックス)」


 呼ばれたソフィアが物陰でビクリと背筋をのけ反らせる。

「ひっ。わ、私はナンバー8の「ヤエ」です。ひとちがいです」


「いいや、ここに来るのは君だけだよ、サーティン・シックス」


「アウチ……」

 人違いで誤魔化そうとしたソフィアであったが、正体を看破され逃れられぬと悟ると観念し、物陰からその姿を現し、溜息がちに挨拶を返した。

「……おはようございます支部長」

「うむ」


 支部長と呼ばれた男、楠木くすのき 丈一郎という人物で、組織ではエリアマスター・メイガスの階級を持ち、組織の日本活動を束ねる長である。日本支部のトップである事から便宜上、支部長と呼称される事が多い。



 その実年齢ほどではないが外見は十分に老いており、見た目は50後半から60代半ばほどの、カイゼル髭をたくわえた男。

 ソフィアも女性としてはやや背の高い方で167cmほどはあるが、楠木はそれよりもずっと背が高く、180cm弱ほどある。



 楠木は緊張し縮こまったソフィアを見ると一言

「派手にやったね」

 と、笑みの中にやや困ったような表情を浮かべて言った。



「す、スミマセン……」

 ソフィアの表情がこわばる。


「まあ、ファイアストームのやることだ。ある程度想定はしてたから私もフラットくんを行かせたんだけど……予想以上だったよ、ハハハ」

 楠木は笑ってそう語ったが目までは笑っておらず、その目つきがソフィアの胃を刺激した。



裁定者ジャッジメントとか、鎮守の森とかね。彼らは強大だし、ヒーローと戦うには準備も大義も必要。わかるよね? るなとは言った覚えはないけど、仕掛ける状況は考えろって、君たちに何度も言ってるよね?」

「ご、ゴメンナサイ……」

 ソフィアが委縮し、その姿と声が縮こまってゆく。



「まあいいよ、上手く逃げてきたようだしね」

(ホッ)

 ソフィアが安堵の息を漏らす。



「でも後で始末書、よろしくね」

 去り際、楠木がソフィアの肩をポンと叩いた。


「ハイ……」

 ソフィアは去りゆく楠木に会釈すると、その細い肩を小さく落とした。





EPISODE「NHKへようこそ! ACT:2」へ続く。


===



TIPS:世界観


☘超能力


使用者/コードネーム【碇 健一/アイアンハンド】

能力名【アイアンハンド】

能力:肉体の変質能力


能力説明:

・右腕を鉄のように変質させることができる。硬化した腕は比較的頑丈で、銃弾を防ぎ、鉄の壁を砕くことができる。

作中では起死回生の一撃を狙うも、ダメージが蓄積した状態で無理に全力以上の一撃を打ってしまったため、戦闘中にヒビが入ってしまった。


・硬化範囲は右腕のみ。彼の能力が更に成長すれば他の身体部位も硬化できるようになったかもしれないが、その可能性は永遠に失われてしまった。

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