デス・ア・ダンシング・オン・ザ・パンドラボックス:ACT2


EPISODE 031 「デス・ア・ダンシング・オン・ザ・パンドラボックス ACT:2」




 この国が、この日本という国が人の生き死にや、個人の尊厳というものに関心をまるで持っていないことに、ファイアストームが気づいたのは何歳の頃だっただろうか。そんな世の中に絶望した彼が、初めて殺人を犯したのは何歳の時だっただろうか。


 もう……遠い……遠い昔の事だ……。




 国内で超能力者がどれだけ人を殺し、婦女をレイプし、家に火を放ち、どれだけ悪逆の限りを尽くしても国は基本的に沈黙を貫く。


 その件数と性質上、司法の力によっては対応しきれない、というのは事実だ。だがその本質は、無関心であることによる。好きの反対は無関心であると、聖人マザーテレサはその生前に語ったものだったが……。



 ゆえに、この日本という国で超能力者の関わる犯罪事とその正義の執行は、ほとんど無法地帯と言っても過言ではない。逆に日本政府の管理下にないファイアストームたち”組織”の人間が、スムーズに仕事をこなせるぐらいには。




 だが、少年から大人になるにつれて、違ったものが見えて来る。人の生き死にや個人の尊厳に無頓着むとんちゃくであるかわりに、彼らが、日本国という生き物が関心を示し、強い執着を示すものがあることに気付いて行く。


 回答は複数あるが、そのうち一つをあげるなら”経済”である。超能力者の匂いがした途端、警察も自衛隊も引っ込んでしまうのに、一定の条件下で”彼ら”はその重い腰をあげる。




 例えば東京証券取引所が攻撃される。日本銀行の本店が攻撃を受ける。成田空港の滑走路が著しい被害を受ける。国が最重要路線として守っている山手線が深刻な被害を受ける。


 あとは――――日本国内、特に都市圏の物流と経済の大動脈となっている高速道路が著しいダメージを受けた時。主にそういう時、政府の要請と共に”彼ら”がやってくる可能性は高まる。



 まさしく現状だ。

 炎上する高速道路。道自体は寸断されるようなダメージではないが、涼子救出作戦による戦闘の過程、そして彼女自身の暴走で事故車両をかなり増やした。



 そろそろ連中が気づいて、こちらに”本物の英雄ヒーロー”を差し向けて来る。



 所謂いわゆる、政府管理下のヒーローチーム。彼らがやってくるまでの猶予はあとどれだけあるだろうか。涼子救出作戦が始まってからまだ10分は経過していない。あと20分か、15分か、彼らが現場に到着するまでに残された猶予はそれぐらいだろうか……。


 消耗し準備も戦力もなく、彼らを討つ大義もない今、日本国の代表者と戦う事は愚策に他ならない。彼ら政府の正義の守り人達との対決は避け、速やかにこの場を離脱するべきだ。


 が――、今はまだ逃げる訳にはいかない。彼女を止めなければ。ファイアストームはカービン銃を構え、涼子へと向けた。



『聞こえますかファイアストーム』

「聞こえている」

 ソフィアことミラ36号の呼びかけ。ファイアストームが上空を見た。コウノトリは光学迷彩を展開しながら彼らの上空で滞空している。


『ここは高速道路上、私達がインフラ・物流・経済の大動脈で騒ぎを起こした事で、政府が管理下にあるヒーローチームを対応班として出動させる可能性があります。最悪のケースとしてこう種ヒーローチームとの遭遇を想定した場合、現戦力で正面から交戦すれば此方こちらに勝ち目はありません。彼らに追いつかれる前にケリをつけてください』



 到着が予想される彼らの使命は、あくまで事態収拾と原状回復であり戦闘は使命とされていない。だが、熟練した超能力者をチーム単位で保有し、高い戦闘能力を有している。そして交戦となればその勝敗に関わらず、組織間の対立をより深め、組織の面倒を増やす事となる。それは極力、避けなければならない。



「猶予は何分見込める」

 ファイアストームが尋ねた。

『残り15分30秒。それ以上は国のヒーローと交戦になる恐れがあります。我々組織も本意ではないため、コウノトリもそれまでには離脱しなければなりません』


「そうなったら俺の事は捨てて離脱しろ。俺は必ず彼女を止める」

『必ず時間内に作戦は成功させて、そうでなくとも時間内には作戦域から離脱して下さい。でなければ、私個人が作戦の続行を承認できません』

「……わかった。必ず」


『約束ですよ……。エージェント:フラット。申し訳ありませんが……』

「いいわ、乗りかかった船ですもの。ただあと15分。そしたら私は撤退するわよ」

 フラットが腕時計を見ると涼しい表情で答えた。残された猶予は残り15分となった。


『構いません。彼の事をよろしくお願いします』


「時間はまだあるわ。やりましょう」

 二人は暴走する涼子と対峙する。無事だった一台のワゴン車が涼子のツルの槍を逃れ、トランク側のドアを脱落させながらも何とか逃げてゆく。今や彼女はその身をツルの繭に隠し、アスファルトに根を張る一つの巨大な植物の怪物モンスターと化している。



「助かる。俺は時間の許す限り暴れる。人を散らせるか」

「簡単ね」

 フラットの瞳が暗い水色に変色すると、彼女は周囲に手をかざした。彼女の精神作用能力の影響を受けた民衆が散ってゆく。そしてまだ稼働可能な車を選別し、負傷者からそこに乗り込ませ、可能な限りの脱出と避難を図らせる。




 対 拳骨射手戦から連戦となっているファイアストームの、今日最後の戦いの火ぶたが今、切って落とされた。


 一般市民と避難誘導に能力と意識を多く割いているフラットをかばう為、ファイアストームが注意を引きに行く。ファイアストームがカービン銃でツタの幹を攻撃する。



 涼子のツタの槍が飛んで来る。ファイアストームはステップ動作で回避。左手を背に回しマチェット抜刀。ツルを切断。


(彼女を助け出す。その為にはまず、弱らせなければ)


 次のツルが槍となってファイアストームを襲う。ファイアストームが片手持ちのままカービンの引き金を引く。逸れた狙いを彼の能力が補正し命中。エーテル複製5.56mmNATO弾がツルの槍の勢いを止める。


 マチェットを戻すと空いた手でグレネード弾生成。M4に取り付けられたM203グレネードランチャーの銃身をスライドし、素早く薬室へと送り込む。そして薬室閉鎖と共に発射。幹の上部へと着弾し、爆発――。



 命中部分が大きくえぐれるが、再生を始める。ファイアストームはグレネード弾の手ごたえと、その再生速度を見守りつつも、次弾グレネードの生成に取り掛かる、


 キュイィィィィ……。涼子を取り込む巨大な植物から、消え入るような金切り声が響いた。その姿はさながら怪物モンスターであったが、どこか物悲しい響きでもあった。


 次のツルが襲い来る。今度は槍ではなく、しなるムチのように振り下ろされる攻撃。回避し、銃弾を足元のツルへ撃ち込む。

 一本一本が成人男性の足のような太さ。三発、六発、九発……撃ち込んでツルがようやく千切れる。横薙ぎの一撃。飛んで回避。そこへ更に次の横薙ぎの一撃。


 避けきれない。ファイアストームは空中でツルのムチに捉えられ、被弾。とっさにカービンを盾にして飛ぶ。受け身を取って起き上がる。そこへ立ち上がりを狙う振り下ろしの一撃。


 【レイジング・ゲアフォウル】の.454カスール発射機構が展開。即発射。左腕が轟音と共に金色のマズルフラッシュを発し、ツルに大きな穴を開ける。


 そのままカービンを構え、グレネード発射。幹となっている部分に直撃する寸前で、太いツルの一本が直撃を阻み、グレネードを受け止める。爆発、吹き飛ぶツル。



 ファイアストームは攻め続ける。中の本体は傷つけないように、外側を狙って涼子を取り込んでいる繭へ連続射撃。六発、九発、十二発、十五発……。


 鋭く貫通力のあるライフル弾が繭をえぐりはするが、破壊できない。硬い。カチッ、引き金を引いても弾が出てこない。弾切れだ。ツルの槍が飛んで来る。ファイアストームが回避する。


 そこへ横からの銃撃。複数の銃弾を横から受けて、狙いの逸れたツルの槍がファイアストームの肩を軽く裂いた。左手でマチェットを抜刀しツルを切断。また素早く刀を戻すと、銃撃のあった方を向く。銃撃の主はフラット。


「市民の誘導完了。もう少し暴れていいわよ」

 引き金を引いた彼女の拳銃がカチリと虚しい音を立てた。彼女もまた弾切れだ。残弾の尽きたミネベアP9を彼女が放り投げる。


「それで、手ごたえはどう」

「見ての通り植物型。触手を操るタイプの能力と性質が似ている」

 横薙ぎのツルのムチ。二人は跳んで回避。外れたムチが中央分離帯の役割を果たすコンクリートを砕く。更に彼らを襲い来るツルのムチとツルの槍。


 跳躍しながらファイアストームが自身の能力でM4カービンの給弾を行う。給弾も不完全なまま、なんとか空中の二人をはたきおとそうとする二本のツルを迎撃。フラットが涼子を取り込んでいるツルの繭向けて精神波を放射。


 着地を狙う横薙ぎのムチ。フラットはエーテルフィールドを展開し、左腕と左膝でツルを受け止めるが、ダメージで骨がミシミシと音を立て、その身を吹き飛ばされる。

 その身を受け止めるファイアストーム。衝撃で後ずさる。そこを狙うように振り下ろしの一撃。



 ファイアストームがカービン銃を盾にし、それをフラットが一緒になって支える。


 ――衝撃。肩、脊椎、腰、膝へと鈍い衝撃が伝わってゆく。


 アメリカ軍を支えるコルト・ファイヤーアームズ社の傑作ライフルとはいえ、このM4カービンが果たしてどこまで敵の猛攻に耐えられるか――。超能力者同士の人智を越え、壮絶極まる血塗られた争い、いつ破損や動作不良を起こしても不思議ではない状態にある。



「問題は手数?」

 フラットが訊いた。

「いいや、タフネスが問題だ。硬すぎるということはないが、再生能力を持っている」


 確かに手数は多い。だがまだそれは彼の対応範囲にある。問題はタフネスだ。

 この植物の化け物は巨大と呼んで差し支えない程度の大きさもある。道路の一車線をまるごと占領するほどの太さのツルの幹が周囲に根を張り、それはまるで高速道路上に突如出現した災いのご神木といった所だ。


 二人は離れて跳びムチの圧力から脱する。ファイアストームが射撃し、カービンから放たれた弾丸がカーブしツルの繭をえぐる。だがダメージが浅い。


 反動と命中率に優れ、今やNATO加盟国の多くが採用するM4の5.56x45mm弾だが、あくまで対人用であって、このような植物の化け物と戦うために用意された規格ではない。


 ファイアストームはM4カービンのオプション装備であるグレネードランチャーの威力でそれを補って戦っている。グレネード発射――着弾。ツルの化け物の根元が大きくえぐれる。破壊力は申し分ない。だが連発に難アリ。



 そのサイズも厄介だが、更に厄介なのは彼女の能力がどうやら再生能力を有しているということだ。ツルに穿うがたれた銃創は自身でその修復を行い、斬り落とされたツルも再生を行っている。


 三人に残された残された時間はあと12分。再生能力持ち相手に二人のエージェントは間に合うか――。




 ファイアストームは中央分離帯を遮蔽物にし、再生を始めようとする幹へとありったけの弾丸を横薙ぎに撃ち込んでゆく。

 フラットが自身の装備である特殊警棒を取り出し、ツルの槍を受け流す。そして手のひらを繭に向け、精神波を放射。化け物の再生と攻撃の手が緩まる。




 ――対超能力者サイキッカー戦において、再生能力持ちと戦う際のセオリーは大きく二つ挙げられる。



 その内の一つが、相手の再生能力を上回る高火力で攻め続ける事である。

 要するに力押しだが、それも有効な戦術だ。相手の再生ペースにこちらが合わせる道理など一つもない。相手の回復量を越えるダメージを与え続けて、相手のヒットポイントをゼロにしてしまえば、大概の再生能力者はHPゼロと共に戦闘不能。それで戦いは終わりだ。



 フラットが金属製の特殊警棒を、ファイアストームがマチェットを同時に投擲。ツルの幹の下部に空いた穴へと突き刺さる。ファイアストームが給弾姿勢に入る。


 彼の隙を補うように、フラットが瞳に暗い水色を浮かべたまま突撃。降り注ぐツルのムチ、ツルの槍を回避しながら至近距離まで接近。

 フラットは腕をクロスさせ、左手を逆手にして警棒を、そして右手でマチェット、突き刺さった二つの武器を握る。そのまま逆手に握った警棒を支えにして、マチェットを全力で振りぬく――。


 その華奢な外見からは一見予想できない、細身ながらも徹底的に鍛えられた彼女の全身の筋肉が、サイキッカーでもある彼女の持ち前の身体能力のブーストと合わさり、驚異的なパワーを生み出した。


 ツルの幹を大きく切り裂いたフラットは、警棒を持つ左手に自身のサイキックを注ぎ込む。彼女の左手が水色に発光し、そこから彼女の精神エネルギーを特殊警棒を通して涼子の幹に、そしてその中にある涼子へと浴びせる。



 超能力者同士の戦闘では精神操作・精神作用のサイキックは、戦いに出向く能力者の多くが他者のPSYを拒む力を持っているために、一撃必殺の能力足り得ない。

 しかし、その使い手であるフラットはその事を重々承知しており、その上で最大の活用を試みる。


 彼女の精神波が暴走中の涼子に作用し、その動きを一時的に止めた。



「フラット、後ろから行くぞ!」

 ファイアストームがM203の薬室を閉鎖し、グレネードの装填を完了させた。フラットは特殊警棒を引き抜き、両手に武器を持ったまま二回連続のバックフリップからの後方宙返りを行う。


 ファイアストームの左手の、漆黒の人差し指がその引き金を引いた。後方宙返りで舞い上がったフラットの真下を、金色に淡く輝くグレネード弾が駆け抜けて行った――。




 国家に背き、闇に生きる仮初のヒーロー二人は、未だ暴走状態にある涼子を救出し、迫りくる国家の威光ヒーローから逃げる事ができるのか。





 三人に残された時間はあと11分。





EPISODE「デス・ア・ダンシング・オン・ザ・パンドラボックス ACT:3」へ。


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