デス・ア・ダンシング・オン・ザ・パンドラボックス:ACT1




EPISODE 030 


第四節【開戦】最終エピソード

「デス・ア・ダンシング・オン・ザ・パンドラボックス:ACT1」





 未知の敵勢力に拉致された茨城 涼子を奪還すべく高速道路上での戦いを挑むファイアストーム、そしてフラット。



 太陽の沈みゆく夕暮れの高速道路上。敵のバイク部隊を退け、敵サイキッカーのサンゲフェザーを破り、多くの屍を築きながら進む二人。


 本丸の敵車両は近い。フラットがアクセルを強める。


 その時だった、それが、パンドラの箱が開いたのは――。



 異変の根源は、雷光ライコウがライフルを構え迎撃する先頭車両にて起こった。すなわち涼子の囚われた改造マイクロバス車両。

 その車内で涼子が目を見開き、瞳孔を拡大させ痙攣しはじめる。

 彼女の左手首の腕輪の内側にはめこまれた黒い宝石は輝き、腕輪に書かれたサンクスリット言語によって書かれた魔術式の文字が、薄金色に光り浮かび上がる。




 そしてその場にいた超能力者サイキッカー、ファイアストーム、フラット、雷光ライコウ、ダットサイト、そして上空からドローンごしに戦いを見守るソフィアにまで、全員が頭の中に入り込んでくるそのノイズを感じ取った




 Hello World.

 Welcome Roseberry.



 ――――もう怖くない。大丈夫だよ、あなたには私が居る。






 車内の涼子の瞳が紅色に染まり、黒髪は全て白銀のような白へと変色した。彼女の手足や首に、巻き付くようにして植物のつるが生えてくる。

「おい、一体何が――」


 彼女のただならぬ外見変化に驚くダットサイト。

 涼子の背中から、学生服を突き破って、男の腕ほどに太い、一本の植物のつるが飛び出した。植物がマイクロバスの天井を貫いた。


「なっ……」

 そして更に背中を突き破って更に生えた植物のつるが、ダットサイトの腹部を貫いた。

「がっ……はっ……」

 ダットサイトが血を吐き、悶えた。



 雷光ライコウが振り返り、涼子めがけてライフルを撃った。ゴールデンベアから放たれる7.62mm弾を、彼女の身体から生える植物のつるさえぎった。



「なんだと……」


 雷光ライコウも予想だにしない光景に戦慄し、その動揺を隠すことができない。涼子の全身を、植物のつるが覆い隠してゆく。

 つるの一本がマイクロバスのドライバーを背中から、シートごと貫通する。つるが何本も伸びては車内のあちこちを貫く。



 予期せぬアクシデントの連続。閉所での危機的状況。戦況判断した雷光ライコウが観音開きの後部ドアを超人的脚力で何度も蹴って開ける。彼は高速道路を走行中であるにも関わらず、意を決すると……

「……クソッ!!!」

 ライフルと、運転手やダットサイトら部下を置き去りに、車外へと脱出した。



 一番事態への対応が早かったのはファイアストームだった。この現場で彼とミラ36号ソフィアだけが、例外的にこの状況の到来を想定していた。



「ファイアストーム、今の――」

「フラット! 減速しろ!!」


 フラットは頭に入って来たノイズの事を口にしかけたが、それよりも早くファイアストームが叫んだ。フラットは疑問を持つよりも速やかに彼の指示に従いバイクを減速させる。



 直後、最前列のマイクロバス車両の天井を”何か”が突き破った。後部ドアが開き、そこから飛び出す男。車はコントロールを失い横転――。


 フラットらの乗るサイドカー付きウラルカスタムは急減速しドリフト。ファイアストームの乗るサイドカー部分が浮き、傾きながらブレーキ跡を残して滑ってゆく。


 クラッシュした最前列の車両にぶつかって、後続していた敵乗用車の一台が宙を舞う。後続のマイクロバスが惨事を回避するためにハンドルを切り、車両後部を中央分離帯とガードレールに激しくこすりつけ、火花を散らす。



 そして、夕暮れの高速道路が白い光に包まれた。




…… ☘




『――ム、ファイアストーム、応答を!』

 短い気絶からファイアストームの意識を戻したのは、彼のコードネームを懸命に呼ぶソフィアの声だった。




「ファイアストーム……健在だ。心配するな」

 ソフィアの呼びかけにファイアストームが応答した。彼の身はサイドカーから投げ出され高速道路の路上にあった。頭を少し打ったせいか、額から流れる汗に朱の色がやや混じっていた。


 ファイアストームは立ち上がり、落ちたカービンのスリングを拾いあげ、向き直る。ウラルバイクはサイドカーもろとも、見事なまでにひっくり返っていた。



「フラット、無事か」

『……こちらフラット、負傷は軽微』

 ファイアストームが呼びかけると、インカムに聞こえたのはフラットの声。ひっくり返ったウラルバイクの車体とサイドカーの隙間から、フラットが這い出してきた。


『ファイアストーム、状況を報告して。一体何が起こったの』

 インカムの向こうからミラ36号ソフィアが尋ねた。ファイアストームは答えた。

「……パンドラの箱が、開いた。恐らく涼子エンジェルが――」

『嗚呼……』

 彼の言葉を聞いたミラが悲嘆の声を漏らす。


 バイクから這い出たフラットが立ち上がり、道路の先にあるものを見た。

「あれは……」

 フラットの視界に入るのは、横倒しになって炎上する車。そしてその横転したマイクロバスの天井を突き破って出てきた少女。あれは……茨城 涼子。



 涼子の瞳はくれないの色に、髪は白く染まり表情はうつろ。口にはテープが張り付けられたまま。手足の拘束は外れ、彼女の四肢には植物のつるが巻き付いている。

 車から出てきた涼子は背や腰から伸びたつるの力で宙に浮き、つるを足のように器用使ってゆっくりと歩んでくる。


「やはり……、目覚めたか……」

「ファイアストーム。あなた、こうなる事を知っていたのね」

 この状況に対して、それを予測している様子のファイアストームに、フラットは言葉を投げかける。


「すまない、確証のないことだったとはいえ、説明すべきだった」

 ファイアストームのその謝罪は、予め彼が予見していた可能性についての事前説明が不十分であった事への、プロの暗殺者としての恥の気持ちも含まれていた。がフラットがこの場で求めるのは、謝罪や誠意の類ではない。



「この仕事で謝罪は不要よ。今から説明を」

 彼女は単純に状況の把握を望んでいた。


 ファイアストームは彼女の求めに答えるべく、その口を開いた。

「――俺たちは、彼女エンジェルにサイキックへの適性の可能性があることを疑っていた。そして彼女が危険に晒された時の保険に、星屑の腕輪を改造して渡していた」

「子供の教育用の魔術道具でしょ。何をしたの」



「……リミッター解除カット機構を改造した。彼女の生命の危機に反応して、反応するように……」

 彼は保険をかけていた。それが涼子に渡した星屑の腕輪である。


 【星屑の腕輪】は、もともと超能力者の能力の暴走を抑え、出力を抑えるための道具。それが本来の役割ではあるが、同時にそのサイキックの出力を限界以上に引き出す事もできる。



 初対面の時に彼女のサイキックへの才能を見抜いたファイアストームが、自身の救援が間に合わなかったり遅れる時のため、彼女の自衛用として用意していた。


 能力の目覚め切っていない少女のリミッターをいきなり解除などしたら何が起こるか彼にとっても予測不能の危険な手であり、同時に戦力が限られた状況での彼の奥の手だった。



 ――もっとも、彼女が本当にサイキックの才能があるかどうか、そして実際に才能が開花したところで、どのような能力が発現するかなど、すべてが100%の確証のないことで、かなり博打の要素が強かったのだが、幸か不幸か茨城 涼子の超能力の適性に関しては今、目の前で証明されている。

 


「それが、これってわけ」

 フラットは涼子の背から伸びるつるの一本を見た。彼女の攻撃によって既に事切れたダットサイトが、腹部を貫かれたままつるに突き刺さっていた。


 ファイアストームの頭を耳鳴りが襲い、視界が歪む。突き刺さったダットサイトの死体に、こちらを見てあざ笑う女性と、その下で膝を抱えて泣きじゃくる子供の幻を見た。




 ――辛いよ。助けて、レイ。



 ファイアストームが頭を抑え、膝をついた。

「ファイアストーム」

 フラットが彼に声をかけた。彼女には彼の見る狂気の光景は見えない。


 ファイアストームの顔は青ざめて、もともと白めの肌が更に血の気を引かせていた。呼吸も荒く、冬だというのにその額には血と混ざった脂汗がにじんでいる。



「……大丈夫だ」

 辛うじて返事したファイアストームが、Yシャツの上につけたタクティカルサスペンダーから吸引機を取り出し、何らかの薬物吸引を行った。吸引を行い、それから一呼吸つくと、彼の顔色が少しだけ戻り、呼吸も落ち着いた。

 膝をついたままであったが、正面の涼子を見据えるとインカムごしに報告を行った。



「ファイアストームより報告。エンジェルが超能力サイキックに目覚めた。現在……彼女は暴走状態にある、自我と意識の状態は、不明」

『ミラ36よりファイアストームへ。上空からエンジェルを補足。……止められますか、彼女を』



 涼子から伸びるつるがダットサイトの死体を振りほどき、力づくに投げ捨てた。死体が中央分離帯を越えて対向車線の、超能力者が引き起こす異常にまだ気づかない車両のサイドガラスを突き破った。

 車両がスピンし、後ろからやってきた車が接触。玉突き事故の形となる。壁に突っ込んだ事故車が黒煙を吹いた。



 高速道路上はさながら現界と冥界とが繋がってしまったかのような有様で、彼らに向けられた沈みゆく夕日は、黄泉の国から差す異界の光のようにも感じられた。




 涼子の身体はつるの力によって宙に浮いたまま空中で植物に全身を覆われると、その姿は球状にからまって結びついたつるの繭の中に隠れてしまった。



「こうなったのは俺の責任カルマだ。俺が彼女を止める」

 ファイアストームは中央分離帯に手をかけ立ち上がると、吸引機を路上に放り捨てる。彼は右の瞳に金色の輝きを取り戻すとM4カービンを構えた。


 この状況は不本意な結果。彼女を守るためだったとはいえ、それでも涼子をこの状態へと追い込んだ責任を彼は重く認識していた。


 自分の行った戦闘と、そして自分が引き起こさせたといっても過言ではない彼女の暴走によって高速道路上は地獄絵図と化している。これを自身の招いた因果と言わずして何とする?


「ミラ、”連中”は来そうか?」

『――危険性は高いです』

 インカムの向こうのミラ36号は”その可能性”を否定しなかった。



 今戦っていた相手もそうであるし、超能力者を擁する機関はファイアストームたちの”組織”だけではない。普段は超能力サイキックとそれが引き起こす混乱に無関心に近い国家だが、経済には実に神経質だ。


 日本の社会・経済・物流インフラの大動脈たる高速道路でこれだけの大きな騒ぎを起こせば、事態収拾の為に国家の傘の下にある能力者部隊もさすがに重い腰を上げ、事態収拾に向かうだろう。


 到着が予想される彼らの使命は戦闘ではないが、それでも現場に危険分子が存在すれば、それらを”現行犯”として”鎮圧”できる手はずになっている。



 そして腐っても彼らは国家の代表者、それを実行できるだけの戦力を有している。仮に彼らと正面からの交戦となれば、ダメージを負って消耗したファイアストームとフラットの二人だけでは、恐らく勝ち目はない。



 だが、だからといって逃げるわけにはいかない。ここで暴走する涼子を高速道路上に取り残せば被害は拡大するばかりであるし、真っ先に”鎮圧”される標的はファイアストームたちではなく、間違いなく暴走中で我を失っている涼子だろう。


 それは避けなければならない。絶対に。




 この場に居る三人全員が生き延びる道は一つ。


 ファイアストーム自身を苛む幻覚と呪いに抗って、暴走する彼女を止め、国家の抱える超能力者特殊部隊が鎮圧に到着するよりも早く、この場を脱出しなければならない。




 幸い国の腰は重い、だが時間はそれほど長くはない。




 国家の傘にある鎮圧部隊が事態を把握し、この場に到着するまで、およそあと15分――。




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