アウェイケニング:ACT7


EPISODE 029 「Awakening(目覚め) ACT:7」



 ファイアストームは戦いの中で、サンゲフェザーの持つ能力の正体を、徐々にではあるが掴みかけていた。それによって彼の能力が「風変り」という印象は更に強まる。



 見た目上は翼が生えるという外見変化が起こるため、飛行能力かと思いきやそうではない。彼から生えているのは片翼のみで、飛べれば回避できるような攻撃でも飛ばないことから、彼は飛ぼうと思っても飛べないタイプの能力なのだろう。




 翼が生えてくるタイプの能力者の傾向は、ファイアストームの経験から言えば大きく二種類、翼を生やして飛ぶタイプか、その翼から殺傷力のある羽根を飛ばしたりして、攻撃に用いるタイプだ。


 だがサンゲフェザーは翼を用いて攻撃してくるそぶりも無い。


 そうして生まれた仮説。翼系統の能力者としては珍しいが、第三のタイプ――。


 ファイアストームが斬りかかる。敵は後ろにスウェーして回避。拳銃に手を伸ばそうとしたところへ飛んで来るサンゲフェザーの蹴り。それをマチェットで受け止める。


 ファイアストームが左手を突きだす。【レイジング・ゲアフォウル】の.454カスール発射機構が展開し、滅びのくちばしを向ける。


「死ね」「マジかっ」


 即死させる。そのつもりで発砲。至近距離で不意打ちが決まった場合、並の超能力者・超越者であればこれ一発で首から上を吹き飛ばされて即死。




 オオウミガラスの腕が火を噴き、44マグナムよりも恐ろしく凶悪なエーテルカスール弾を発射した。


 ――だが被弾の瞬間、サンゲフェザーの背中から翼が展開。命中の瞬間、サンゲフェザーの背中の羽根がブワッっと舞って散った。


 硝煙を抜けて、サンゲフェザーが頭突きを狙ってくる。ファイアストームも負けじと頭突きで返す。頭と頭がぶつかり合う。ファイアストームの憎悪に満ちた金色の瞳、そしてその中で燃える臙脂エンジの三つ葉が敵を睨む。


 ファイアストームはマチェットを首に突き刺そうとする。その凄まじい殺気に気付いたサンゲフェザーが半分恐怖から後ろに引く。相手はまた翼を引っ込める。



 ファイアストームが敵を見た。ノーダメージ。脳漿のうしょうがまだ飛び出しておらず原型を保っているどころか、額に流血さえ見られない。確実に当てたはず。.454カスールのエーテル弾。対能力者戦闘においては特に効果が高く、今日もこれで一人即死させたばかりだ。


(これもノーダメージ、ということはやはり……)

 サンゲフェザーの能力の正体。その時、疑いが確信へと変わる。



 ファイアストームの立てた彼の能力仮説はほとんど正解に近かった。



 ♦魔術名コードネーム:サンゲフェザー。

 能力名は【堕ちた守護天使の翼(ファーレンガーディアン)】。


 能力は一種の防御能力。翼の展開中に限るが、戦闘で受けたダメージを翼が肩代わりしてくれるというものだ。


 初見で彼が片翼を開いただけでは多くのサイキッカーはそのビジュアルに騙され、彼がタフネスに全振りした耐久型の能力のサイキッカーだとは思いもよらない事だろう。



「フラット!」

 ファイアストームがインカムで呼びつけた。彼女が応え、トラック上のサンゲフェザーに手をかざす。


 超能力者相手では彼女の持つ精神作用の能力は一撃必殺の能力足りえず、エーテルフィールドが効果を阻むせいで通りが悪い。戦闘サイキッカー同士の殺し合いにおいて、精神作用能力一本では相手を直接仕留める事はできない。



 せいぜい一瞬相手の集中力を乱したり、攻撃の狙いを外させたり、その程度のものだ。


 だがファイアストームが今彼女に求める働きは、まさしくそれだ。


 不意打ちで受けたフラットの精神攻撃、それによってサンゲフェザーの注意と集中力が大きく乱される。そこへマチェットを収め、素手となったファイアストームが低姿勢で突っ込んだ。彼の後ろをライコウの撃ったライフル弾が飛んでゆく。ファイアストームは左腕のカスール発射機構を展開させたまま、低姿勢からの掌底でサンゲフェザーの腹部を殴りつける。



 とっさにサンゲフェザーは防御用の翼を展開する。翼が肩代わりしダメージはない。両手を組み、ハンマーパンチでファイアストームの後頭部を殴りつける。


 だがファイアストームは攻撃を受けても意に介さず、怯まない。エーテルフィールドでダメージに耐え、ひるむことなく右手でサンゲフェザーの左足を掴む。そして右手は引きがながらも体重を乗せ、左手には力を込めて相手の身体を押しこむ。




 その技は、忌み嫌われた技だった。侮蔑された技だった。

 日本人からは「足首を取って転ばせるだけの子供の技」「邪道」「汚くて姑息な技」と散々のそしりを受けるも、その確かな有効性で外国人は使い続けその結果、日本人の柔道の天下は終わった。



 それは時代の終焉を代表する技の一つ。――投げ技【朽木倒くちきだおし】。



 邪道、綺麗な柔道じゃない。スポーツでやってる連中が言うなら好きに言っていれば良い。それがどうしたというのか。これは、朽木倒は、柔道が柔道となる以前の、古流武術の時代から編み出された由緒正しい戦場の技であり、そしてここは死と闇の支配する戦場なのだ。


 徒手空拳も、それに連なるあらゆる技も、刀も、銃も、爆発物であろうと、そして神々の力であるサイキックであろうが惜しまず使い、それこそすべての死力を尽くして、己の存在と未来を勝ち取り、意志を貫く場所なのだ。

 全てを使い、全てを出し尽くし、勝たなければならない。――もう二度と、失わないために。




 ファイアストームの目的はダメージを与える事に非ず! 能力の性質がほぼ解明できた以上、サンゲフェザーは殺せない相手ではない。だが能力の性質上タフで硬く、倒すまでに時間がかかる。


 そこで結論はやはり原点に立ち返るのだ。



 ここは高速道路上、直接の殺害以外にも相手を戦闘不能にする手段はある。そして終局的に導き出される「早々に退場願うべきである」という結論。



 その結論をもとに繰り出されたのが、朽木倒からの突き出しだ。サンゲフェザーはダメージそのものは翼が肩代わりしてくれたため無効化できたが、組みつきから繰り出される足取りと押し出しにまでは対応できなかった。



 サンゲフェザーが突き飛ばされ、身体が宙に浮く。4トントラックの屋根から、突き落とされる。高速のアスファルトの奈落に。


 腹部を思い切りに突き飛ばしたファイアストームの左手が火を噴き、憤怒の.454エーテルカスール弾を撃ちだす。

 ダメ押しの腕部内臓マグナムによる攻撃に対し防御翼をサンゲフェザーは展開済み。羽根が大量に散る。翼がダメージを肩代わりしてくれたが、宙に浮いた身体に打ち込まれたマグナムの衝撃で更に身を飛ばされた。


 サンゲフェザーは大きく突き飛ばされ、宙に舞った。圧縮された時間の中で、自分と敵の距離が離れていくのを感じた。置き去りにされる。彼は危機感を抱いた。




 ――だが、捨てる神あれば拾う神あり。とはよくいったものである。サンゲフェザーを置き去りにするファイアストームたちの代わりに、彼を迎え入れてくれるものがあった。


 サンゲフェザーは後ろを見た。





 血の気が、サーっと引いて行った。



 取り残された彼を受け止めてくれる存在を、サンゲフェザーは見た。それは、側面に魚の絵が描かれていた。

 生鮮食品を運搬するための長距離大型10トントラック。さきほど戦いの足場にしていたトラックは4トンの中型。あれよりも、ずっと、ずっと、大きい。そして、危険。






 サンゲフェザーを、マグロを食卓へと運ぶ冷たき死神の抱擁が待ち構えていた。



 通常の人間は、もともと特殊な体質であるか、訓練を受けていないかぎり、戦闘中のサイキッカーの存在にはほとんど気づけない。超能力者や超越者の放出する異界のエネルギー【エーテル】が常人の精神を汚染してしまう。

 人体というものは良くできている。常人は生理機能として、エーテルによる汚染から逃れるべく異物への認識そのものをシャットアウト、あるいは本人にとって健全な形に認識と記憶を作り変えてしまえるようになっている。


 ――もっとシンプルに言うなら、普通の人間が幽霊を見る事ができないという話と、理屈は基本的に同じだ。

 ゆえに、衝突前にサンゲフェザーの存在にドライバーが気づけることは99%、ない。




 ノンブレーキ、高速道路上、突き飛ばされたことで相対速度はザっと100キロを越えている。多くの荷物を積載したまま迫りくる10トントラック。それは一体どんな殺人的破壊力をもたらす? 想像もできない。


 翼は展開している。だが、高速道路上での10トントラックとのノーブレーキ衝突など、受けた経験はおろか、想像したことさえ一度もない。


 どれほどのダメージになる? それは果たして耐えられるのか? ファイアストームとの戦闘で受けたダメージは重い。特にあの義手に仕込んだ銃の攻撃が重かった。羽根がかなり散っている。消耗している。



 この状態で、これから来る衝撃に、自分は耐えきれるだろうか?

 いや、無理だ――――死ぬ。




 圧縮された時間のなかで色々と考えている内に、サンゲフェザーはこの瞬間そのものが、死の間際に起こる一種の走馬燈であることに、気が付いた――。




 この世のものとは思えないひどい激突音がしたが、ファイアストームは振り返らなかった。



 ☘



 涼子は、マイクロバス車内のシートで震えていた。この世のものとは思えない恐ろしい状況に彼女はさらされていた。

 割れる車内ガラス、遠くから聞こえる銃撃音、藤本ことライコウがゴールデンベアのボルトを引き排莢。せりあがって来た次弾と共にボルトを押し込み、またも引き金を引く。三半規管を揺らし、耳をつんざくようなボルトアクションライフルの射撃音が車内に響く。



 涼子は自身の脳が、目が、耳が、全身が、この状況の全てを拒絶しているのを感じ取れた。


 ――繰り返しになるが、訓練を受けていない限り通常の人間は、超能力者サイキッカーの関わる争いや、その爪痕を正常に認識することができない。



 いや、そもそも本来認識してはならないのだ。知識なく、訓練なく超常の力を認識し、不幸なことに記憶矯正も上手くいかなかった結果、エーテルに精神を汚染され、不可逆な影響を受けてしまった常人モータルの不幸な末路……それをあなたたちは知っているはずなのだ。


 精神に異常をきたし、神と悪魔の争いであるとか、自分たちは宇宙人に監視されているとか、得体の知れぬ悪魔の地震兵器によって日本は狙われているだとか、常人には理解のつかぬ事を口にする人達。それらの多くはそうだ。



 超常の光景など社会で健全に生きていく上では見ない方が良いし、見たとしても家に帰って野球中継を見ながらビールを飲み、布団に入って朝までには忘れてしまった方が良いのだ。

 ――だが今の涼子は、この状況からの逃避や認識逃れをしたくても、することができない。銃弾飛び交う道路、割れたガラス、窓の外をかすめてゆく金色に光る銃弾。遠くで繰り広げられる人智を越えた者同士の格闘戦。



 そしてその中心に、手足を縛られ、口をふさがれ、どこかに連れて行かれようとしている涼子自身がいる。



 逃れたいのに、逃れられない。



 ダットサイトは彼女の身を抑える。涼子の眼前で、腕を出して銃を撃つ男。その男がフラットの精神作用能力にやられて、自らのこめかみに銃口を当てると、引き金を引いて自殺を遂げた。


 男が血を流し、涼子の前のシートに倒れ掛かる。目を見開いたままの男の亡骸と目が合った気がした。そんなはずはないのに。



 涼子はもはや正常な状態ではなくなっていた。



 涼子は恐怖に震え、テープで塞がれた口の中で、ガチガチと歯を鳴らす。極度の緊張状態、息が苦しい。

 涼子が目を見開き、瞳孔を拡大させ痙攣しはじめる。息苦しさで、彼女の視界と思考がどんどん真っ白になって、何もわからなくなっていく。


「おい、どうした。大丈夫か? オイ――」

 ダットサイトが異常に気付き呼びかけるが、もう涼子の耳には届かなかった。





 こわい



 だれか、たすけて。




 ――れなちゃん



 涼子が念じたその時、彼女の左手首の腕輪の内側にはめこまれた黒い宝石は輝き、腕輪に書かれたサンクスリット言語による魔術式の文字が、薄金色に光り浮かび上がった。



 ☘ ☘




 サンゲフェザーは倒した。フラットは交戦中、彼女のサイキックで敵性の運転手にヘタな干渉を起こすと大事故を起こしかねないため、彼女は加減して防戦に回ってくれている。堅実で有能なエージェントだ。



 彼女の負担を軽くし、支援するため、足場にしていた4トントラックから離れ、フラットが駆るウラルカスタムのサイドカーへと飛び乗る。激闘を繰り広げたトラックが速度を落とし、徐々に離れてゆく。


「さっきは助かった」

「あのライフル持ちが厄介」

 フラットがライコウの乗るマイクロバスめがけて発砲し、その場所を示す。


人間モータルにしては腕が良い。とりあえず超越者オーバーマンではあると仮定すべきだろうな」


 ファイアストームは敵の三台連なった車列の最前列を見る。ライフルを撃って来る男ともう一人、牽制程度にときたま拳銃を撃ってくる男がいる。ライフル持ちの方は腕がそこそこ良く、それなりに出来る相手だ。


 ファイアストームがカービンを構えセミオート射撃モードに切り替えると、飛来するライフル弾を精確に撃ち落とす。



 バースト射撃に戻し、直接は狙わず牽制程度に撃つ。敵が頭を下げる。もしあの車両に涼子が乗っていた場合、、流れ弾が当たる危険を考えたら、むやみに撃つ事はできない。少なくとも、もう少し距離を詰める必要がある。




 太陽の沈みゆく夕暮れの高速道路。空は夕焼けに染まり、白い月が浮かび上がり、夜の闇が落ちて来る。


 日の温もりは失われ、厳冬の寒さは更に勢いを増し、高速道路上を駆け抜けるファイアストームとフラットの身に、冷たい風は更に容赦なく突き刺さってゆく。


 幸いバイク部隊も消え、敵サイキッカーも退けた。残る障害は限られている。フラットもバイクの速度を更に上げる。





 その時だった。パンドラの箱が開いたのは。




 ――夕暮れの空が、白く染まった。






EPISODE「Awakening(目覚め)」END.



第四節【開戦】編 最終エピソード。

「デス・ア・ダンシング・オン・ザ・パンドラボックス」へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る