アウェイケニング:ACT6
EPISODE 028 「Awakening(目覚め):ACT6」
ファイアストームのマチェットによる袈裟斬りを受けて、トラックの屋根から落下してゆく敵の女性。
戦場でまた一つ、命の灯火が消えた。
ファイアストームとフラットの手によって敵のバイク部隊は壊滅。敵の数の減少に比例して攻撃も次第に緩やかなものとなり、目標の車両群にも追いつきつつある。
――あともう少し。あとはフラットと協力して前方の三台すべてを制圧し、拉致された涼子を奪還するだけ。
だがファイアストームたちにはまだ障害が残されていた。ファイアストームの攻撃によって一時戦線から遠ざかっていた敵性
近くにあった一台の車が加速しウラルバイクの横で並走を始める。運転手を暗いアイスブルーのオーラがうっすらと包む。フラットの瞳もまたアイスブルーに変色し、暗い光を放っている。
フラットは一種の
精神作用系はサイキックの中でも原始的かつ、かなりポピュラーな部類であることから、その能力保有者は多い……が使いこなす事が難しく、使い方を誤った結果、発狂、廃人化、不可逆なアルツハイマー症状や半身マヒのような深刻な後遺症、あるいは脳死――――その身を滅ぼす者が後を絶たない危険な能力でもある。
しかし、彼女はその中でも精神作用の能力の弱点と強み、その両方をよく理解し正しく操る技巧派といえるだろう。現に、今まで自身の能力の因果によって滅ぶことはなかった。
彼女は他者操作の能力を巧みに扱う。ファイアストームが今足場にしているトラックや、並走する車両も、彼女がドライバーに向けてその能力で働きかけた結果だ。
彼女はトラックの影を離れ、サンゲフェザーから逃れるように、乗用車を盾にして前進する。
眼前の敵を排除し終えたファイアストームがマチェットを背に戻し、後方のサンゲフェザーが乗る車両に注意を向ける。カービンに武器を持ち替えるとサンゲフェザーの車両めがけ銃撃。三発ずつ放たれるバースト射撃が車体を傷つけ、フロントガラスを叩き割る。
サンゲフェザーは片腕で目を守り、エーテルフィールドを展開して身構える、カーブして飛んできた銃弾が腕や肩へと刺さる。骨を叩き割られるかと思うほどの衝撃。
ファイアストームはグレネードによる車両爆破、あるいは車輪破壊によるクラッシュからのビリヤード・キルを検討したが、風の音に混ざって聞こえる一般人の悲鳴を耳にすると、別の方法を考え始めた。ファイアストームの無意識の躊躇だった。
サンゲフェザーはというとまだバリアは破られていない。しかし高低差を取られており一方的な状況、果たして打破できるか。
そこへ、
マイクロバス最後部へ移った
涼子は悲鳴をあげようとするが、口をふさがれたままで叫ぶことを許されない。せめて目を
――
ここまで激しい戦闘、ましては高速道路上での対サイキッカー戦闘など流石に想定されておらず、隊員の武装はマカロフ自動拳銃が基本で、保険として増援部隊を中心に持ち出してきた武器も、それほど悪い武器ではないとはいえ、85式なるウージーの中華コピーと、サブマシンガンのMP5SDがエリート用に少数。
それでも、それだけあれば十分のはずだった。今となってはM16などの上等な軍用アサルトライフルでもあればよかったと嘆く身だが――。
しかし、嘆いてもライフルのような武装は車内にこれぐらいしか備えがない。――いや、これだけでもあっただけマシだ。これでやるしかない。
引いたボルトを倒し、弾倉内の弾丸を薬室へと装填。スコープを覗くが、車両の揺れ、相手もまた車上にいる事もあって、狙いがなかなか定まらない。敵がこちらに背を向ける今こそが好機。
相手はトラック上で膝立ちとなって銃を構え、後方に向けて発砲。
――今しかない。決意した
7.62ミリライフル弾が風の影響を受けながらも夕暮れの高速道路を逆走して、敵を貫くべく懸命に飛んでいった。
サンゲフェザーを仕留めようとするファイアストームだったが、銃撃の最中、自らの後方から飛んで来る一発の銃弾に気が付いた。狙撃に気づけたのは彼の超人的な危険察知能力の賜物ではあったが、それでもサンゲフェザーの方に気を取られたせいで、それに気づくのは若干遅れた。
ファイアストームは瞬時に状況判断を行う。
迎撃、間に合わない。回避、間に合うか――。
ファイアストームは被弾の瞬間、身を捻る。背中に突き刺さろうとした弾丸が、浅い角度でファイアストームの背中を切って抜けてゆく。車上のファイアストームは回避のために崩したバランスを回復させようと、そのまま僅かな足場上で横へとローリング。
隙が生まれた。サンゲフェザーにとっては二度と逃せないチャンス。
「車返すぞ!」
トラックのすぐ真後ろまで迫っていたサンゲフェザーが割れ残った残りのフロントガラスを素手で外し、そのまま這い出るようにして車のフロント部に転がり出る。
ドライバーを失って減速する車。だが失速して距離が離れるよりも早くサンゲフェザーは跳んだ。
減速し急速に離れてゆく強奪車両。跳躍しトラックの後部に捕まるサンゲフェザー。その上から顔を覗かせたファイアストームがカービン銃を向ける。
サンゲフェザーは右のホルスターから拳銃を抜き、ファイアストームめがけて発砲。走行中の車両に捕まったまま、ろくに狙いも定めず片手で撃ったがゆえに命中などしなかった。それでもファイアストームを牽制し下がらせる事ができた。
トラックの屋根の上に出るサンゲフェザー。彼を援護するように
バックフリップしながら膝立ちの射撃姿勢へと移行するファイアストームの周囲に細かい金色の粒子が舞う。彼の意志ひとつで、マガジンに手を触れることさえもなく、カシャカシャと音を立てながら彼の装備している二丁のザウエルP226ピストル、そしてM4カービンの半透明のマガジン内部へと銃弾が自動給弾されてゆく。
ファイアストームは前方のサンゲフェザーへカービンを向けると引き金を二度引いた。三発ずつ放たれるバースト射撃の波がサンゲフェザーを襲う。真っすぐ向かってくる弾、カーブして向かってくる弾、軌道のすべてを読み切れず、この狭く不安定な足場では到底避けきれない。
「厄介な能力だ……だが!」
威力・スピード・射程・精度・持続力……すべてが揃っている。脅威だ。だがサンゲフェザーも負ける気はない。彼は迷いなく真っすぐトラックの屋根上を走る。このままでは全弾直撃、エーテルフィールドを貫通されること必死。
彼を焼き尽くさんとする炎の渦と正面衝突、その時、サンゲフェザーの緑の警備服の右肩に開けられたスリットから翼が生えた。
それは白く大きな翼だった。彼の背から両翼が生えることはなく、生えてきたのは片翼だけだった。
数多くの戦闘経験を持つ歴戦の戦士にして、様々な超能力者の知識に精通するファイアストームの目から見ても、サンゲフェザーの能力は少々風変りな能力だった。
――翼をモチーフにした超能力者、それそのものは別段珍しい事ではない。ファイアストームの属する”組織”にもそういう能力を持つ仲間は居る。
鳥や天使、飛行機などをモチーフにした能力を得た超能力者が、自由に大空を飛ぶ。よく耳にする話だ。だが彼の能力では翼は片方しか生えてこなかった。――鳥は片翼では飛べない。
そして実際、サンゲフェザーは空を飛ばなかった。いや、彼は外見上は翼を持ちながらも、その実として飛行能力を有さないタイプの能力者だった。せいぜい、申し訳程度に頭を下げるのみで、ロクに防御姿勢もとらず、彼は真っすぐに突っ込んできた。
ファイアストームのエーテル弾が命中する。頭に、腹に、足に被弾するサンゲフェザー。彼の背中の羽根が散った。だが、彼の勢いには何一つもの影響を及ぼさなかった。彼の全身を覆う不可視のエーテルフィールドにぶつかった弾丸が、完全に打ち負けて、僅かなダメージさえ与えることなく消滅した。
「うおおおおお!」
翼にとって空を飛べない片翼の堕天使が、そのたった二本の足で飛んだ。膝立ちのファイアストームの膝へと自らの左足をかけ、それを踏み台にして、頭部めがけて繰り出す延髄蹴り。必殺の空中技、その名もシャイニングウィザード。
「――!」
ファイアストームはとっさに左腕で防御しようとするが、全く減速せぬ予想以上の勢いで繰り出されたその一撃を側頭部に受けた。
側頭部への激しい衝撃に視界が揺さぶられ、そのままバランスを崩して車外へ倒れ込む。時速100キロ近い高速道路上での死闘、転落すればサイキッカーといえども無事では済まない。
そしてここで負けるわけには絶対に行かない。ここで負ければ例え自身がその後無事でも、涼子は終わりだ。どんな目に遭うのか、拷問を受けるのか?
”あの子”のように……?
そして最後は、五体をバラバラに刻まれて、公園に捨てられる……?
あの女の子の友達、野原 麗菜の最期と同じように……?
……
✡✡
✡✡✡✡
✡✡✡✡✡✡
……それはノイズ混じり、モノクロームで映し出される不完全な記憶の、ほんの一瞬の光景を繋ぎ合わせた、呪いのパッチワークだった。
「全部あなたのせいよ!!! あなたにさえ出会わなければ!!!!」
「これが偉大なる✡✡✡と、我らが✡✡✡✡に歯向かった代償だ」
「イヤ!! 痛い!! 痛い!!! やめて!!! 助けて!!!! 」
――こんなの、嫌!!!!
✡✡……
ファイアストームは半畳と高さ一メートルほどの、立つ事さえままならぬ檻の中で、下着の一枚さえ身に着ける事も許されず閉じ込められていた。左腕の義手も完全に破壊されたまま、首には奴隷制御用の爆弾首輪が巻き付けられている。
そこに人の尊厳はなかった。
ファイアストームは何かを叫んだ。血を吐きながら
檻を隔て、ファイアストームの前に誰かが立ち、言った。
「――三流モデル女風情が、お国の役に立ってよかったじゃないか。なあ? ✡✡✡? 先生方も、大変満足なされていたぞ」
その声は、彼の檻を囲むようにして配置された巨大スピーカーからも発せられていた。
痩せ衰えたファイアストームは全身の傷口から膿と血とを噴き出し、両の瞳からは血の涙を流し、口からは血を吐きながら呪詛の言葉を叫んだ。彼の叫びを、スピーカーから発せられる爆音の音楽が掻き消した。
彼が神から与えられた
「アハッ! アハッ! アハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
✡✡……
『全部……あなたのせい……』
ミサキ……今も君の最期の瞬間のことを、何度も、何度も想うよ……。
きみは、俺のたった一人の人で、俺の全てで、希望だった。
なのに、きみをどうして俺は助けられなかったのだろう。
君を必ず幸せにすると、その誓いをなぜ守れなかったのだろう。
どうしてきみの未来を、俺は守れなかったのだろう。
あれから何年も
✡✡✡✡✡✡
✡✡✡✡
✡✡
……
――――これ以上奪わせてなるものか。意識の回復と共に、ファイアストームの右瞳に復讐の紋章が再度浮かび上がる。
プロレス技はショービジネスの技でありながらも格闘戦で有効な技が多い、が基本的には大技が多い。威力が高く、どれもこれも派手だがリスクも高い。ファイアストームが受けたシャイニングウィザードもそうだ。高い威力を持つ蹴り技であるが一方、柔道などの概念で言う所の「捨身技」としての性質も持つ。
自分の身を投げ出して放つ大技であるがために、それを放った後、自分もバランスを崩して無防備になるなどのリスクも抱えている、そういう技なのだ。
ゆえに技を放ち切ったサンゲフェザーは転倒状態。超身体能力持ちのサイキッカーは基本的にそれでもすぐ態勢を立て直す。彼はネックスプリングで即復帰。
だが、隙は一瞬あれば十分、ファイアストームは転落寸前、トラックのふちに左手をかけると、振り子状に勢いをつけ蹴りを放った!
「うおおあっ!!」
報復とでも言わんばかりに、トドメを刺しに向かったサンゲフェザーの顔へとファイアストームの蹴りが浴びせられた。入りが浅くエーテルフィールドで防がれたため、吹き飛ばし転落させるほどの効果は与えなかったが、サンゲフェザーをよろめかせ後退させることができた。
ファイアストームは蹴りの勢いでそのままトラックのルーフ上に復帰! カービンを背中にマウントさせ、左ホルスターのザウエルピストルを引き抜くと発砲。二発撃ち、真っすぐ撃った一発は回避され、もう一発カーブで撃った弾は敵へと命中する。
だが命中の瞬間、サンゲフェザーの右背中に再び翼が生える。向かって来たサンゲフェザーが被弾した銃弾をノーダメージで受け止めると蹴りを放つ。ファイアストームがローリングして潜り抜けるように回避。転がりながらホルスターに銃を押し込むと、転がり終えて膝立ちになった姿勢で、ファイアストームは背中のマチェットを抜く。
そして軸足を刃で狩る――!
が、足首に当たったと思ったところで、刃が弾かれる。サンゲフェザーの背中の羽根が舞う。
(手ごたえなし、硬い)
サンゲフェザーは蹴った足を地に降ろすと、刃を当てられた方の足で後ろに向かって蹴り上げる。ファイアストームがマチェットで蹴りを受け止める。
下ではフラットが銃撃戦を繰り広げている。彼女の能力と車を遮蔽物として使う巧みな戦法で優勢のようだが、先ほどファイアストームを狙った狙撃手相手には、彼女のミネベア9mmピストルでは火力と射程不足。せめあぐねいているようだった。
フラットは強いがファイアストームの【孤高の戦闘遂行者(ワンマンアーミー)】のような制圧能力と破壊力を持った能力の持ち主ではない。ファイアストームとしても支援に向かいたいところだが、そのためにはまず、目の前の相手を始末しなければならなかった。
EPISODE「Awakening(目覚め):AC7」へ続く。
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