Opening Execution:LAST ACT-A




「お前は知らないようだが、能力者サイキッカーの世界と、常人の見えている世界は違う……どちらが本当の世界かなんて、俺にはわからないが……確実な事はひとつ」


 ガスマスクの奥で、ファイアストームの右の瞳が金色に輝く。





「お前の世界は、今夜終わる」


 黄泉の空の如き死神の瞳の輝きは、静かな怒りに燃えていた。




第二節【Opening Execution】

LAST EPISODE「ヘヴィ・レイン ACT:1」




 死神の全身から殺気が伝わって来る。いや、殺気だけではない。どこまでも相手を追いつめて狩り殺すという強い意志と、彼の全身にみなぎる、経験に裏打ちされた戦いへの絶対的な自信も、同時に伝わって来る。そしてそれは、オレンジチークの身に届くことによって「絶望」という感情にすべて変換されてゆく。





 処刑が始まる。ファイアストームの持つ拳銃は一丁だけではなかった。彼は左のホルスターから二丁目のザウエルピストルを引き抜き、左で素早く銃撃を行った。




 対抗すべく、オレンジチークは先ほどと同じように炎の壁を目の前に作りだす。だが、それを読み切っていたファイアストームが右の銃で続けざまに銃撃。


 右の銃から放たれた輝く銃弾は大きくカーブを描き、炎の壁を迂回し敵の右腕を側面から貫いた。


「ぐうっ……!」




 オレンジチークが怯めども、死神の心とその決意に満ちた処刑行為には、小さな波紋さえ与える事はない。


 死神は再度左の銃で射撃する。敵に向かっては真っすぐ飛ばず、地面に向かって弾丸は飛んでゆく。一見、その弾丸は地面に激突するかと思われたが、そうはならなかった。



 弾丸は地表スレスレの、激突寸前で急激に軌道を変え、大きく跳ね上がり、オレンジチークの腹部に突き刺さった。さながらそれは、プロボクサーが放つボディーへのアッパーブローのような銃撃。普通の人間では決して真似する事のできない拳銃の扱いである。




 弾丸が彼の身体の表面でオレンジの薄い膜とぶつかり合うと、それを突き破り、彼の腹部そのものに食い込み、そこで弾丸は消滅した。


「うげええ……」

 オレンジチークが腹部を抑えよろめく。左に飛んだかと思えばカーブして真横から飛んで来る。地面に落ちたかと思えば急に浮かぶ、どれもこれも、ありえない軌道の弾丸だった。



 弾丸が光り輝き、それでいて自由自在に曲がる。オレンジチークにとって、そんな銃を見るのは当然初めてのことだった。


 特に軍事に関するオタクというわけではないが、自衛隊でも警察でも、そんな武器があるなんて聞いた事を、噂レベルでさえ栗平は聞いた事などない。


 それに、そんなものがあるはずはないということ、現代の科学技術の水準ではそのような事象は余りに非常識なことであると、一般常識レベルで理解できる。





 こんな物理現象、見たことがない――。



 それもまた、当然の事。オレンジチークがその存在に驚きを隠せないのも無理は無く、彼が内心疑う通り、そのような武器など本来存在しないし、現代の科学水準ではそのようなものを作り出すこともできない。




 だが、事実として今目の前に、そのような銃を持つ男が居る。それが問題だ。




 しかし、銃はこの事象を紐解くにあたって、本質的な問題ではなかった。


 なぜならば、男の持つ銃は、多少装飾こそ違うものの、軍などに納入されている拳銃と構造的にはほぼ同じ代物であるからだ。



 もちろん、それはオモチャではないし、前提として人を殺すことが出来る。


 だが、それ以下ではないにしろ、それ以上のものでもない。外国の工場で大量生産され、普通の軍隊や警察などに支給される。そのスイスの会社が売りに出すの二丁の自動拳銃は、拳銃の中ではまあ、高価なモデルという程度。


 他の者が彼の持つ拳銃を借りた所で、彼の真似をすることはできない。



 ――ゆえに、銃が特別なのではない、それを扱っている人間が、特別なのだ。





 凍てつく豪雨の闇に突如投げ出され、自分自身がどこに向かって逃げているのかさえ具体的にわかってはいない。


 逃げたい。しかし全身が痛み、先ほど助けを求めて無視された絶望感もあり、もう一度この男に背を向けて逃げられるなどと、オレンジチークは思えなかった。



 そしてファイアストームも標的を、できるだけ炎の燃え移りにくい所へ泳がせて、場所を変えるよう誘導したに過ぎず、そして既にトドメを十分刺せる状況にあり、これ以上無意味に鬼ごっこを続ける気もなかった。


 オレンジチークに残された選択肢は……戦う事だった。体力には自信がある。喧嘩も大学生になってから何度かしたが、一度も負けてない。それに自分には特別な力がある……自分は特別なはずだ。自らにそう言い聞かせた。





 どうして、自分がこんな目に遭わなければならない?




 許容しがたい理不尽と暴力、恐怖によってオレンジチークは、内心に怒りも感じた。その怒りは、この絶望的な状況の中で、彼に唯一勇気と力を与え、奮い立たせてくれる存在だった。


「どうして、どうして俺がこんな……殺してやる……! 殺してやる!」

 オレンジチークの瞳はオレンジに色に輝き、左頬にオレンジのアザがまた浮かび上がる。


 鬼気迫る表情のオレンジチークが走り寄って来た。ファイアストームは動じる事なく、両の拳銃で迎撃を行う。炎の壁が弾丸を防ぐ。別の弾丸がカーブしながらオレンジチークの足の甲を貫く、足首を貫く、一発がこめかみに命中し、そのまま転倒。オレンジチークが水溜まりに沈む。



 だが彼は前のめりになると、前転するように倒れ込み。銃を構えるファイアストームめがけて火炎を放った。ファイアストームは彼の左側に向かって素早くローリング、炎を回避。


 しかしオレンジチークも、すべての力を振り絞ってすばやく立ち上がった。そして拳を握り、炎をまとった右拳でファイアストームへと殴りかかった。





 ――だが、結果は非情だった。殴りかかったと思った次の瞬間、


 オレンジチークの視界は大きく揺れ、空を見ていた。





 殴りかかった時、既にファイアストームは二丁の拳銃をホルスターに戻し、素手による格闘姿勢への切り替えを終えていた。


 死神は素早くオレンジチークの懐に潜りこみ、火炎をまとった渾身の右ストレートを回避すると、右拳で小さくショートアッパーを浴びせたのである。


 衝撃で頭ごとオレンジチークの顎は跳ね上がり、脳を揺らされ、右拳に纏っていた炎が消失した。ファイアストームはそれを見逃してはくれなかった。彼はオレンジチークの右手と左の胸倉を掴み、体にひねりを入れながら腰を落とした。柔道で言う所の「体落とし」と呼ばれる技だ。


 これが競技試合なら「一本」相当の技が決まったとレフェリーが判断し決着だっただろう。試合後の一礼と、もしかしたらシェイクハンズもあったかもしれない。



 しかし、当然ながらファイアストームはスポーツマンシップ溢れる柔道家などではない。



 彼は死をもたらすためにやってきた死神であり、滅びをもたらす黒死こくしの鳥であり、全てを焼き尽くす炎の嵐の名を与えられた、災厄の暗殺者だった。



 ――死神は最初から、どちらかの死による決着以外を認めるつもりがない。





 背に装備したマチェットを引き抜く。右の瞳を金色に輝かせる彼の目は、怒りと決意に溢れたままだった。


 彼は引き抜いた勢いそのままに、マチェットを大きく振り下ろした。狙いは首だった。



 死神の刃が落ち、迫って来る。それが首の切断を明確に狙った攻撃である事を直観的に感じ取り、男は心の奥底から恐怖した。



 アスファルト上で受けた柔道技に受け身が取れず、投げの衝撃で肺を押しつぶされていた。


 この状態のオレンジチークは、死刑執行のギロチンの如く振り落とされるマチェットの刃を、回避することも、ましてや自慢の炎で迎え撃つ事も叶わなかった。

 唯一できたことは、反射的な防御だった。



 ――斬ッ!





 ビチャリ……





 鮮血が飛び散りファイアストームのガスマスクのバイザーを汚した。彼は表情を変えなかった。


 一方オレンジチークの身を、鋭い痛みが走った。彼は目を開けると、耐えがたい光景を目にし、急激に血の気が引いた。


「あ、ああ、あぁぁぁ……!」



 彼はとっさの防御によって首の切断という最悪の結果を免れた。だがそれは、本当に免れたと言えるのだろうか。苦しみが長引き、絶望が深まる分、こちらのほうがより悪い結果だったのではないだろうか。


 薄い皮を数ミリだけ残して、彼の左腕は肉ごと、骨ごと、神経ごと切断されていた。切断口から血がピュッ、ピュッと吹き出した。



「ああああああ……!」


 あまりにショッキングな光景に、栗平の心は狂気と絶望の谷へ突き落とされた。



 自分には特別な力があるから大丈夫だと思った。


 相手が銃を持ってるなら、懐に飛び込めばチャンスはあると、自分は助かるはず。だから必ず逆転できると、心のどこかで楽観視していた。無自覚の希望的観測を常に持っていた。



 彼の見通しはあまりにも甘く、そして彼とファイアストームとの間に存在する力の差は、あまりにも絶望的で、残酷な力量差だった。



 このショッキングなスプラッタ光景に表情一つ変える事なく、死神はオレンジチークを見下ろしていた。

「「どうして俺がこんな。」そう言ったな」

 ファイアストームは言った。

「お前がなぜ殺されるのか。今から1年前、居酒屋で火災事件があった。あの事だ」



「あっ、あれは」

 その指摘を受けた時、オレンジチークの目が泳いだ。そして、反射的に抗弁した。

「俺は悪くない」


 ファイアストームは、その抗弁を聞かなかった。

「なぜ燃やした?」



「俺は悪くない……」

 彼は、その一点張りだった。


「それは良かった」


 ――直後、ファイアストームが左拳を相手の顔面に叩き込んだ。カーボンフレームで出来た漆黒の拳が、オレンジチークの顔にめりこむ。



 豪雨の中、粛々と死神は言葉を続ける。

「……その後に居酒屋の店主が焼身自殺したのも、お前がやったな。言い残すことはあるか? あれば一応聞いておく」


「グフッ……どうして俺がそんな事……」

『当日の夜、店主さんがあなたのマンションを訪れて口論になっていると、警察側の資料にもバッチリ記載されてますよ?』


 遠目から様子を見ていた2つの白い球体が突如出現し、女性の声で喋った。

「証拠なんてないだろ! 警察からだって何もなかった!」

 オレンジチークが叫んだ。だがミラはそれを意にも介さず、ひょうひょうとこう語る。


『超能力で人を殺しちゃうと、警察も大変なんですよね~。だから事故とか自殺とか病気とかで上手く処理して……去年の日本の自殺者年間何人でしたっけ?』


「なんで、なんで今更……とっくに終わった事だ」

「そうだろうな。”お前の中では”、終わってしまったのだろう」



 そう答えるファイアストームの表情は、ガスマスクと帽子に覆い隠され、オレンジチークにはうかがい知る事ができなかった。


 ――もう一度、左拳が打ち下ろされた。

 航空機にも使われるような、炭素繊維強化プラスチックで固められた黒く硬い拳が、オレンジチークの鼻骨を容易くへし折った。

 鼻血が噴き出る。度重なる失血と、痛みと、頭部への衝撃で、景色がホワイトアウトする。




 ……


 …………


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