彼女と数学

@MNF8127

第一項 不思議な少女

彼女と出会ったのは高校になった日、入学式の時だった。



俺は公立の中学校に通っていた。中学校の頃の自分。どちらかといえば、「普通の中学生」だったと思う。何しろ高校に入ってからの自分は「普通の高校生」からはほど遠い存在だったから、相対的に見て中学のときは普通だろう。ーーそもそも、普通ってなんだ。いったい何をもって普通と呼ぶのだろう。いっそのこと評価関数でも作ればいいのに。弾き出した数値によって自分が普通かどうかがわかる。実にシンプルだ。是非とも作っていただきたい。どうがんばっても正確な式など作れないだろうが。今となってはそんな適当な事をも思う。が、昔の自分は特にそんな事考えていなかった。

でもそこにいた「普通の中学生」達は、あまり好きではなかった。

周りを見て馬鹿みたいに騒いで、何が楽しいのだろう。

周りを気にして自分の行動を制限して、なんになるというのだろう。

そう思いながらも、口に出す事はなかった。

そう思いながらも、自分も「普通の中学生」達の一人だった。

その事に気づいても、その「普通の中学生」達から抜け出そうとは思い立たなかった。

うん。やっぱり普通じゃなかったかな。俺の中学生時代。

まぁ、いいか。

話を変えよう。

俺は勉強はできる方だった。というかできた。期末試験の順位はトップとは言わないが、学年順位は一桁をキープしていたはずだ。ーーあまり正確に覚えてはいないが。

一番得意だった科目は、数学だった。

初めは単純によくできた、だけだった。でも、数学を学ベば学ぶほど俺は数学の虜になっていた。新しい発見をしては体が奮い立つような興奮を覚えた。勉強はあまり好きではなかったが、数学だけは楽しいと思えた。

そんな俺は進んだ数学が学べると思い、思い切って少し偏差値の高い私立高校を受験する事にした。教師には

「勧めはしない。が、本当にその学校に行きたいのなら受けて来い」

と言われた。うれしいお言葉だった。

結果は吉だった。

受かったのだ。

うれしかった。

これで難しい、そして楽しい数学をもっと学べる。そう思っただけで、喜びが体中を駆け巡るような、そんな気持ちになった。

そして、偏差値の高いこの高校ならば「普通の高校生」達は、自立精神に欠けた人間は、いないと思った。ーー後にその考えは甘いと判るのだが。

少し遠い事もあってか、俺以外に同じ中学校からこの学校に来たやつはいなかった。人間関係をリセットできる。そう思った。もちろん仲のいい友達はいた。でもそいつも親友と呼べるような仲ではなかった。実際、高校に入ってからはそいつとは疎遠になった。今度会ってみるのもいいかもしれない。

まぁ、そんなこんなで俺は、期待を胸に抱き入学式の日を迎えた。



入学式は至ってよくあるものだった。入場して、校長先生のありがたいお話を聞いて、入学生代表がなんかを言って、呼名して、後、なんかあったかな。

まぁ大半覚えてない。順番だって合っているか自信は無い。

なぜか。

俺の少し前に少女がいた。--当たり前だ。共学なんだから女子はいる。

違う。

何かが違う。

他とは何かが。

無駄な動きが無い。

皆ーー俺を含めてーーたまに体を動かしたり、爪をいじってみたりと、少し落ち着きが無かった。緊張していたのだろう。

でも彼女は違った。

人形のように、動きを止めていた。は、さすがに言い過ぎかもしれない。でも恐怖すら感じるくらい逸脱していた。そして彼女は、冷たい、氷ような雰囲気を持っていた。

怖い。とは思わなかった。俺以外のやつは思ったかもしれない。でも、俺は、少なくとも俺は、怖いとは思わなかった。

美しい。

そう感じた。それは数学的美意識だったのかもしれない。数学に取り付かれた俺は自ずとそういうものを持っていたのかもしれない。

人はこんなにも美しくなれるのか。そこまで感じたほどだ。

只、見惚れていた。

不思議だった。

一目惚れというのだろうか。

お近づきになりたいと思った。

話してみたいと思った。

多分、彼女はすごい何かを持っているんじゃぁないか。

語り合いたい。語り合ってみたい。

でも、それは叶いそうになかった。

到底話しかけていい雰囲気ではなかった。

「誰とも話す気は無い」

そう暗に言っているかのようだった。

俺はシャイなほうだ。前に出たくない。人前に上がりたくない。そんな人間だった。

無理だ。

そう思った。彼女に話しかけるなんて不可能だと思った。

諦めようとした。でも諦めるにはまだ早い。そう自分に言い聞かせた。

何せまだ合って一日経っていないのだ。大体、彼女はこっちを、俺のことを一度も見なかった。合ったとも言えないかもしれない。学校は始まったばかりだ。座った席からして、恐らく、彼女とは同じクラスだ。それならまだ可能性はある。やってやる。そう思った。

何が何でも彼女と話す。

そう決めた。胸に誓った。


家に帰ってからも彼女の事が頭から離れなかった。

明日どうしよう。どうやって彼女と話そう。

そんな事ばかり考えていた。

途中でやっぱり無理だと思う事もあった。

でも、いや、あれなら、だめだ。

結局その日は大して睡眠を取る事ができなかった。



かくして俺は不思議な少女と出会い、そして、惹かれてしまった。














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