41 『ビフレスト島』の選択


 〝色なし〟の襲撃があった翌日。

 役所の一室には、早朝であるにも関わらず、島民の半数以上が集まっていた。

 この場にいないのは警備部や運行室、ホテルの従業員などごく僅かだ。

 講堂は階段状にテーブルが並び、そこに思い思いに島民たちが座っているが、彼らの表情は緊張で満ちていた。

 そして、壇上に立つのは〝相談役〟のユオンと島長のダルグレイの二人。

 二人は台を挟んで立っていて、台の上には箱が置いてあった。 


「――皆、朝早くから集まってくれてありがとう。それと、昨日もご苦労様。皆のおかげで、あの子を助けることが出来た」


 ユオンは笑みを見せ、島民たちを見渡した後に頭を下げた。

 ヒューの情報から急きょ航路変更をし、敢えて〝色なし〟の襲撃を

 そのことで色々と迷惑をかけてしまったが、一人の子どもの命を救う事が出来た。


「……まぁ、いつものことですから」

「気にしないで下さい」

「俺の時もあんな感じだったよなぁ」

「〝十空〟を呼んだ時は、びっくりしたけど」

「アジト潰しにいかないだけマシですね」


 ぽつぽつ、と声が上がり、ユオンは顔を上げると苦笑した。

 ちらり、と一番前の席に座っているシェナたちに視線を向ける。

 ニヤニヤ、と笑うシェナに肩をすくめるソーラ、ジョーは目を伏せていた。


「助けた子、大丈夫なんですよね?」


 一際大きく上がった声に、ユオンは強く頷いだ。


「うん。だいぶ、衰弱はしていたけど、命に別状はないから」


 ほっとした声が何処かしこから上がった。


「アジトとかはロキに任せたから、何かあれば連絡が来るようになっている。その時は、また知らせるよ」


 そこでユオンは区切り、改めて島民たちを見渡した。

 その様子に、再び、緊張が走る。


「今日集まってもらったのは、フィルの――ホフィースティカの移住の件だ。皆、それぞれに彼と接して、決めてくれたと思う。空賊に関しては、ロキと話はついているから、ただ、彼の人となりを見て、決めてほしい」


 ユオンは、ダルグレイとの間にある箱に視線を向け、


「今、居ない人たちの投票は終わってるから、これから皆にもどちらか決めて投票して欲しい」

「各自、配った紙に記入した後、この箱に入れるように」


 ダルグレイの言葉を合図に、それぞれに手元の用紙に記入していく。

 最初に立ち上がったのは、シェナだ。

 ソーラとジョイザが続き、自然と前の席から立ち上がって次々と箱に用紙を入れていく。


「………」


 やがて、室内の全員が投票し終えたところで、ユオンは箱を一瞥し、目を閉じた。

 わざわざ、開けて集計する必要はない。

 ふっと息を吐き、瞼を開くと島民たちの視線が集まっていた。


「投票結果は――」











         ***











―――カチリッ、




と。音がして、夕食を終えてリビングでのんびりと寛いでいたユオンたちは、一斉に虚空に視線を向けた。


『――こんばんわ』


 唐突に聞こえて来た明るい声に驚くことなく、それぞれに挨拶を返す。

 その声の主は、よく知っている人物だったからだ。

 ユオンは口元に笑みを浮かべ、


「久しぶり。元気だった?」

『まぁまぁね。フォル坊に聞いたけど、『通信社うち』に来たんだって?』

「そうよ。せっかく行ったのにいないんだから」


 少し拗ねたようなソーラの声に『ごめんごめん』と何処からか聞こえてくる声――オリビアは謝った。


『こっちもちょっと立て込んでてて………来る日に戻れるかどうかだったんだけど、やっぱり、入れ違いになっちゃったみたい。今は『フェルダン市』に戻っているんだけど―――でも、また、色々と首を突っ込で……』


 呆れたオリビアに、あー、とユオンは声を上げ、


「……まぁ、成り行きで」

『どうして、そうなるのかしら……?』

「もっと言ってよ、オリビア」

「そうそう。〝黒空〟、半年もほったらかしにしていたのよ?」


 ここぞとばかりにシェナとソーラが言ってくる。


『え?………ああ。そう言えば、フォル坊がそう言っていたわね。もう、カンカンだったわよ?』

「いや……そればっかりは、どうにも」


 通常、移住希望の申し出から審査開始まで、それほど間が開くことはないが、フィルの場合、明確な意思は示されてなかったものの、匂わす言動があってからずっと――半年ほど放っておいたのだ。

 チクチク、と小言を言われても仕方がなかった。


「何というか……決心がつかなくて」


 ユオンはフィルに会った時、彼はその《血》の〝本質〟を気付いていない――〝〟がないことには、すぐに気付いた。

 それは《血》の本質を誤解しやすい【狂華ヘアーネル】なので仕方がないことだったが、〝島〟への移住希望は、ただの興味本位だと思っていた。


(『ビフレスト島ココ』は、からいいと思ったけど……)


 この〝島〟の在り方は、辿り着いた者たちが〝新しい場所〟へ向かうための一時的な拠り所だ。

 フィルがその本質に従わないままに移住しても良いのでは、と思ったのの、一度、彼は〝咲き場所〟を見つけているのだ。

 例え、自覚がないことだったとしても、このまま、本当に移住させていいのか分からなかった。


『また、ずっと悩んでいたの? 一度、悩みだすと長いんだから』

「ホントよね」

「ある意味、《血》の弊害ねぇ」


 揃って呆れた声を上げる女性陣に、ユオンは苦い顔で黙り込んだ。

 長寿の血族であるが故か、昔から一度悩みだすと長くなるのだ。


「でも、ずっといたから受ける気になったんだろうけど」


 ふふっ、とシェナに笑われ、それが図星だったのでユオンはぐうの音も出なかった。

 

「本質に気付けたみたいだし、結果オーライだよ。…………それより、伝言だよね?」


 無理矢理、ユオンは話を変えた。

 もう、とオリビアは呟き、


『ロキから伝言よ。〝ちゃんと始末はした〟って――』


何が、とは愚問だろう。


「………そっか。相変わらず、早いね」

「さっさと動けばいいのに」

「捕虜も〝七ツ族〟と【狂華ヘアーネル】を前にしては、口も軽くなるでしょ」

「………全くだ」


 感嘆の声を上げるユオンに対し、他の三人は手厳しい。

 やれやれ、とユオンはため息をつき、


「………あの〝船〟について、何か言ってた?」

『アジトの資料をぱっと見た限り、直ったのはここ一年ぐらいみたい。詳しくは、まだ調べている途中だけど』

「………そっか」


 昨日の今日で、アジトの居場所を壊滅させただけでもかなり早いので、未だ、詳細は分からないのも無理はない。

 

『―――気になるの?』

「ん? ………あー……まぁ、ちょっとね」


 フィルは〝黄空〟が〝ネプトゥヌスあの〝空船〟〟を発見した場所は知らない、と言っていた。

 ヒューによれば、〝島の始まりタルタロス〟近辺にある緩衝地帯――〝凪の地〟に近い場所に埋められていたらしい。

 〝凪の地〟とは、ある〝七ツ族〟の領域として有名な場所であり、その周辺一帯との境目に巧妙に隠されていたという。

 恐らく、〝世界会議〟によって廃船令が下った時に隠されたのだろう。


「フィルは破壊して〝島の始まりタルタロス〟に沈めたって言ってたけど………」


 空賊時代狂い咲いていた時のフィルが破壊したと言うのなら、〝空船〟の損傷は大きかったはず。

 六年は経っているとはいえ、完全に修理出来るものなのか――。


「でも、〝島の始まりタルタロス――」


 〝世界の理〟から外れた場所――その先は〝理〟から外れているが故に、一体、何が起こるか分からない。


『………分かったわ。調査結果が出たら、また伝えるから』

「――ん。ありがとう」

『いいわ。たぶん、《役割》に関わってきそうなことは、教えてくれそうだから』


 ふふっ、とオリビアは笑い、


『それじゃあ、またね――』

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