40 虹兎と白空


「じゃあ、こんなところかな……?」

「まぁ、そうだな」


 ロキと今後のことについての話を終え、ユオンは内容を紙に記して、ソレをレミティアに渡した。

 他にいるのは、『ビフレスト島』側はシェナとソーラ、ヒュー、アイサの四人、空賊側はロキとレミティアの二人だけだ。

 警備部の面々はヒューが解散を告げたので――〝白空ロキ〟がいることに渋い顔をしながらも――去り、空賊たちもロキたち四人以外は〝空船〟から降りてこなかった。


「あのガキ、結構、お買い得だったんだけどな」


 『リーメン』に向かったフィルたち三人が戻って来るのを待っていると、唐突にロキがそんな事を言った。

 その場にいる全員の視線がロキに集まる。


「確かに。まだまだ伸びそうだね」


 それにユオンは笑みを浮かべたが、反対にシェナはじと目を向けた。


「えぇ?………【狂華ヘアーネル】なら、レミーがいるじゃない」

「いや、そういうわけじゃねぇよ。それにコイツは――」

「私は、ロキ様の秘書ですので」


 ロキが何かを言う前に、レミティア――レミーは目を伏せながら言った。

 「な?」とロキは肩をすくめる。


「フィルは、あなたの傍に魅力を感じてないのよ」

「お前なぁ……」


 ソーラの歯に衣着せぬ物言いには、おいおい、とロキは呆れた声を上げる。


「私がお傍にいます」

「――だって。よかったわね、ロキ」

「…………」


 レミーとソーラに肩をすくめ、ロキはユオンに振り返った。


「なぁ、あのガキをやるんだ。代わりに誰か紹介しろよ」


 青い瞳に、じろり、と睨まれ、ユオンは小首を傾げた。


「やるって………まだ、移住するかどうかは、決まってないけど?」

「何言ってやがる。旅客として迎えたのなら、

「それは……」


 痛いところをつかれ、うっ、とユオンは言葉に詰まった。

 ロキとは既に半世紀以上の付き合い――ほぼ腐れ縁に近いので、互いの気質は十分に知っていた。

 確かにロキの言う通り、移住の審査は行うもその理由は〝建前〟がほとんどで、フィルに話したような〝厳格さ〟はなかった。



 何故なら、害意のある者は旅客として〝島〟を訪れることは出来ないからだ。



 それは、既に『都市』での入島手続きの時点で省かれているからで、〝島〟を訪れる旅客は〝旅島〟か〝旅島〟の代わりにしている者――そして、稀に移住希望者者だけとなった。

 移住希望者は、入島した時点ではクリアしており、あとは顔見せの意味合いが強い――その意味しかない〝審査〟を行い、島民たちに人となりを知ってもらって、特に反対意見が出てこなければ移住を許可していた。


(偶にダメな人もいるけど……)


 それでも、〝島〟の気質に合う合わないはあるようで、時折、却下した者もいる。


「でも、〝黒空〟を探すなんて珍しいわね。先代からフィルまで、だいぶ空席だったのに……」

「何の心変わりなの?」


 ソーラとシェナの言葉に、ロキは顔をしかめた。


「あのガキのせいだよ。……抜ける一年前から暴れやがって、こっちは色々と面倒臭いことになっているんだ」

「彼が起こした波紋が広がりすぎて、収束するにも一苦労で――また、元に戻すには誰かを置いた方が良いかと思いまして」

「迷惑な奴……」


 ロキとレミーから事情を聴いて、シェナはぼそりと呟いた。

 その隣で、くすくす、とソーラは笑い、


「それで、彼を拾うかもしれない私たちに半分押し付ける気ね?」

「なかなか、あれほどの逸材は空賊我々の中にも、いないものですから」


(はっきり言うなぁ……)


 さらり、と告げるレミーに、ユオンは呆れた。

 〝黒空〟に選ぶ基準がロキの判断によるところが大きいので、特にレミーの言葉は容赦がない。ユオンたちに意見を聞くのも、ロキがそう判断したからだろう。


「〝黒空〟に適切な人物の情報だけでも、誰かご存知ないかと」

「いや、見つけてよ。そこは……」


 やれやれ、とユオンはため息をつくも、


「………けど、結局は〝島〟にも影響はあるか」

「ああ――」


 そういうことだ、と言わんばかりにロキは嗤って頷いた。


「………空賊に推薦か」


 数多いる空賊の中でも、〝十空〟は〝白空ロキ〟によってとはいえ、お尋ね者には変わりないのだ。

 さすがに、おいそれと紹介するわけにはいかなかった。


「うーん………」 

「ヒューストはどうだ?」


 ロキは悩むユオンからヒューへと、その視線を移す。


「………………………アカシの弟子はどうだ?」


 数秒ほど、考えてからヒューが口にしたのは〝戦友〟の――アカシは元島民で、数十年前に結婚して降りた者の——弟子だった。

 三年前、突然、〝島〟に現れて、少しの間だけだが〝島〟に滞在していたのだ。


「部長!」


 まさか、推薦するとは思っていなかったのか、アイサはぎょっとしてヒューを見た。


「ん? アカシに弟子なんかいたのか?」


 ロキもアカシとは面識があるので、片眉を上げる。


「――らしいよ。三年ぐらい前、挨拶に来たんだ」


 ユオンたちも、まさかアカシ旧友弟子そんな存在がいた事には驚いたので、口元に苦笑が浮かんだ。

 アカシは、ただ、思うままに己が〝力〟を振るっていた――〝戦闘狂〟に近く、とてもではないが弟子を取るようなタイプではなかったからだ。

 しかも、弟子の実力だけでなく、気質もアカシにかなり似ていたので、親族かと疑ったほどだった。


「ユオン様……」

「………」


 アイサに「よろしいのですか?」と問うように呼ばれ、ユオンは肩を竦めた。

 本来は空賊に推薦などしたくないが、〝黒空〟の役割を考えると、居ないよりは居た方が〝空〟の治安も良い方向へいくため、無視は出来なかった。

 それに、既に言ってしまったものは仕方がない。ロキも〝白空〟や血族として、独自の情報網を持っているのだから、その居場所を調べようと思えば調べられるだろう。


「……アカシアイツ、まだ生きていたのか」


 少し驚いた声を上げ、ロキは目を丸くする。その口元には懐かしむような笑みが浮かんだ。


「いや……亡くなったよ」

「………」


 ユオンの言葉に、ロキは口元に浮かべていた笑みを消した。


「その報告に来たのさ。………を受け継いだ、ってね」

「そうか。アイツまで………」


 ロキは黙祷するように目を伏せ、少ししてから目を開けた。


「その弟子とやらの実力はどうなんだ?」

「…………見たところ、技術はアカシと遜色はなかったから、腕は確かだよ」

「アカシと遜色はないか――」


 ふむふむ、と頷いて、ロキはヒューへ振り返った。


「お前がそう言うってことは、空賊こっちに興味は持ちそうなんだな?」

「…………役割は果たせるだろう」


 何故か声を掛ける気満々のロキに、ユオンやシェナ、ソーラの三人は目を瞬いた。


「えっ? ホントに打診するの?」

「実績もないのに、いきなり〝黒空〟に?」

「あら。またまた異色ね」


 いや、とロキは数秒ほど考えるように黙り込み、


「ちょっと在り方は変わるかもしれないが……まぁ、打診はしてみるか」


 そして、にやり、と笑い、


「――それに、俺が選んだヤツを否とは言わせねぇよ」

「………」


 最後に付け加えた言葉には、ユオンたちは何も言えなかった。


「――で。今、何処にいるんだ?」

「………さぁ? 放浪するって言っていたから分からないよ」

「あのなぁ……」


 肝心のことをあっさりと知らないと言えば、がくり、とロキは肩を落とした。


「あの時計をお持ちなら、『通信社』ですね」

「そうだな。このまま行くか、先にアジトを潰すか……」


 レミーの言葉に、ロキは頷くも顎を指先でつまむ。

 アジトを潰すために〝色なし〟の捕虜も何人かいるので、これから場所を吐かせて行くのだろう。


「あ。――アジトの結果、一応、教えてほしいんだけど」


 ユオンたちも結果が気になるし、フィルのこともある。

 「あ?」とロキは少し眉を寄せ、


「――ああ、分かった。オリビアが捉まれば、伝えるよ」

「うん。よろしく」

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