42 新たな咲き場所


 〝色なし〟の襲撃から二日後。

 審査結果が出たとソーラがアパートを訪ねてきたので、フィルは連れ立って『リーメン』に向かった。

 店内に入ると、ユオン、シェチルナ、ジョイザの他に島長のダルグレイと役所のコースザ、あとはヒューストがいた。


「座ってくれ」


 ダルグレイに勧められ、フィルはユオンの前に腰を下ろす。

 左手側にダルグレイ、コースザが座っており、シェチルナやソーラ、ヒューストはカウンター席にいた。

 ヒューストは腕を組んで目を閉じているので、あまり、感心がないように思えてならない。


「それでは審査結果だが、単刀直入に言おう――」


 ダルグレイは、ユオンに一瞬視線を向けてから、


「我々は、君の移住を受理することで合意した――」

「………」


 フィルは目を瞬き、ダルグレイ、コースザ、ユオンと視線を向けた。


「どうしたの? オッケーなんだけど」


 そんなフィルの様子にシェチルナが小首を傾げる。


「いや、な……」


 ぽりぽり、と頭をかき、


「嬉しいといえば嬉しいが……ちょっと拍子抜けしただけだ」


 半年も待たせられての結果をあっさりと告げられて、実感がわかないのだ。

 そういうものだ、とダルグレイは笑って、書類を差し出してきた。


「必要事項を書いて役所に提出してほしい。その時、簡単な規律も伝えよう」

「……分かった」


 受け取った書類はそれなりに厚みがあり、フィルは顔をしかめた。


「一つだけ、空賊のことで話があるんだ」

「?」


 ユオンにフィルは片眉を上げる。


「君が移住するにあたって、ロキと決めたことさ」


 その言葉に「ああ、なるほど……」とフィルは頷いた。


「……空賊に関する情報漏えいの予防か」

「んー……ちょっと違うかな」


 ユオンは苦笑し、


「守ってほしいことはただ一つ、〝龍の巣〟の在り処を口外しないことさ。それが破られた場合、君だけでなく〝島〟にも制裁が加えられることになっている」

「〝龍の巣〟か……」


 〝十空〟だけが知る空賊の巣――つまり、会議場のことだ。


「その条件が受け入れられない場合、移住は承認できないけど、どうする?」

「いや、分かっているだろ……口外はしないよ」


 だよね、とユオンは笑って、書類の束を指さした。


「その旨の契約書もあるから、署名しておいて」

「ちゃっかりしているな……」


 フィルはペラペラと書類の束をめくった。


(どうせ、知っているだろうに………領分は侵さないってことか)


 ヒューストなら、安易に手に入る情報だろう。

 恐らく、敢えて条件としたのは他の空賊――特に〝十空〟への対策に違いない。

 さて、とダルグレイは前置きして、


「君を入れて、島民は九十五人になった。運営はカツカツでね、君の主な配属先は警備部だ」


(まぁ、妥当だな……)


 納得してヒューストに視線を向けると、眠たげな瞳と目が合う。


「明日、メンバー全員と手合わせをする。九時に第三詰め所に集合だ」

「! ………分かった」


 さっそく、面白い事になりそうだとフィルは口元を緩めた。


(また………いや、今度こそ〝七ツ族〟が上司になるのか)


 ロキとは、本当の意味で上下関係はなかった。

 これからのことを思い、ニヤニヤと笑うフィルにシェチルナは眉をひそめた。


「……もしかして、ヒューとやりたいの?」

「あ?」


 振り返ると、嫌そうに目を細めたシェチルナと目が合う。


「ものすっごく、嬉しそうだけど?」

「あー……いや、まぁボスには手をださないぜ。手ぇ出して動けなくなるのは困る」


 せっかく面白そうなことになるのに、数週間単位の怪我は勘弁して欲しい。


「ふーん……?」


 疑わしげに片眉を上げたシェチルナの隣で、ふふふっ、とソーラは笑った。


「それが狂っている状態なのかしらね」 

「ウキウキしているのが?」


 呆れたようにシェチルナは呟く。


「おいおい。本人を前に言うなよ。……まぁ、久しぶりの感覚だからな、酔ってるのかもしれないが」


 明日のことを思うと、《血》の騒めきが強くなっていく。

 先日の一件で改めて警備部の面々の戦闘時の気配を感じ、それを思い出すと心が躍った。それは審査中でもなかったことだ。

 ただ、《血》に酔いきれないのは――未だに冷静さを保っていられるのは、目の前にヒューストとジョイザたち神寿型の〝クロトラケス〟がいるからだ。


(いや、嬢ちゃんたちもそうかな……)


 恐らく、現在、ここには『ビフレスト島』の最高戦力に近い面々が揃っているだろう。

 そんな中で暴れてしまっては、明日の楽しみが減ってしまう。


「――吹っ切れたってことさ」


 笑みを浮かべて、ユオンが言った。


「【狂華ヘアーネル】は〝その場所〟を見つけたら、何度でも狂い咲く―― 一度で終ることはないよ」

「…………………………そうだな」


 〝何処〟でも咲くわけではない。

 だと咲き場所を見つけ、狂い咲くのが【狂華ヘアーネル】の本質――。


(………俺もガキだったってことか)


 再び、咲き場所が見つかるきっかけとなった少年に目を細め、


「だが、今度は長そうだ――」


くくっ、と笑いながら言うと、ユオンはきょとんとした顔で目を瞬いた。

 長寿の〝七ツ族〟――彼らがいなくなるよりも早く、フィルが散ることになるだろう。

 だが、だからこそ、その下で咲く時は長くなる。


「これからよろしく頼むぜ。ユオン様」

「っ! その呼び名は……っ」


 ひくっ、とユオンは頬を引きつらせた。


「他の奴らがそう呼ぶのも納得だな……」


 くくっ、とフィルは笑った。


「えっ? ――じゃ、じゃあ、何で私は嬢ちゃんなのよ!」


 心外よ、と言いたげにシェチルナが声を上げた。


「嬢ちゃんは嬢ちゃんだろ。それが一番しっくりくる」

「説明になってないっ!」


 叫ぶシェチルナにソーラは呆れた視線を向け、


「呼び方ぐらい、別にいいでしょうに」

「嫌よ! 嬢ちゃんって……」


 一瞬、シェチルナは口ごもり、


「ちょっと恥ずかしいの!」

「恥ずかしかったのか?」


 フィルは驚いて片眉を上げた。


「……うん」

「へぇー……まぁ、変えないけどな」

「何で?!」

「慣れた」


 そう言えば、あはっ、とシェチルナは乾いた声を上げ、


「いつか―――ぶっとばす」











         ***











 フィルは書類を手にして、そそくさと店を出て行った。

 ダルグレイとコースザも役所に戻り、店内には『リーメン』の四人とヒューストが残った。

 目を据わらせてブツブツと呟くシェナに苦笑し、ユオンはトランプタワーを建て始める。


「あの様子だと、当分の間はトラブルメーカーかしら」


 やれやれ、とソーラは肩をすくめた。


「自重すると思うけど……シェナ、適度によろしく」


 シェナは「……了解」と、暗い笑みを浮かべた。


「……いや、呼び方ぐらいで、」

「何か言われました? ユオン様」

「……いえ。何も言っていません」


 にっこり、と笑うシェナから放たれる気配に、びくりっ、と手が震えた。

 パタパタパタ、と作ったばかりの一段目が崩れてしまう。


「〝力〟の発現は船内でも起こっていた。………予想している以上に〝力〟はある」


 ヒューはオレンジジュースに手を伸ばし、眠たげな視線を向けてくる。


「それは、チャルビートより?」

「……まだ、〝長老〟クラスには届かない」


 ソーラに答えて、コップに口をつけた。


「それでも、〝黒空〟に選ばれるだけの〝力〟はあるのよねぇ……」

「……推薦のことは、よかったのか?」


 ジョーが懸念しているのは、先日、ロキに〝黒空〟の後継者として紹介した戦友の忘れ形見弟子のことだ。


「ロキが言ってくるぐらいだから、二席が抜けていた影響はオレたちが予想以上に大きいようだったし……〝黄空〟は連れて来ていた人っぽいけど、落ち着くまではまだ時間がかかるからね。これ以上の空の混乱は〝島〟としても避けたいし――」


 それに、とユオンは目を伏せ、


「あの無鉄砲さまで受け継がれると、心配じゃないか……」

「そうだな……」


 仕方ないか、とジョーは納得して頷いた。


「――そういえば、フィルも〝時計〟を受け取ってなかった?」


 ソーラに「……あっ」とユオンは声を上げた。

 うっかり忘れていたが、彼も〝アレ〟を持っているのだ。


「何か、、アレの意味は教えなくてもいいの?」

「んー……まぁいいよ」


 シェナにユオンは肩をすくめた。


「教えられなかったのならね。そもそも、強制はしていないし……」


 それに知るべき時が来たら、その意味を知ることになる。

 その時、彼が『ビフレスト島ココ』にいるのか、また、別の者に譲渡されているのかは分からないが。


「狂い咲いたのなら、彼の旅はまだまだ続くからね――どうなるかは彼次第だよ」











           ***











 『リーメン』から逃げるように飛び出して、フィルはアパートに向かっていた。

 書類を小脇に抱え、大きく息を吐く。


(おっかねぇ、嬢ちゃんだ……)


 そう思いながらも、ニヤニヤと口元は緩んでいた。


「――ん?」


 ポケットに手を入れると、固いものに手が当たった。

 そこから取り出したのは、金色の懐中時計――オルギスから帰り際に貰った物だ。





―――あの日。帰り際に〝空船〟の縁から身を乗り出したオルギスが〝何か〟を投げてきた。


「フィルっ!」

「あ? ……何だよ」


 ぱしっ、と手に取って見ると、金の懐中時計だった。

 その表面には見たことのない刻印が繊細に彫られていて、いかにも高級品だった。付いているチェーンにまで、紋様が彫られている。


「………懐中時計?」

「餞別だ!」

「おいおい。俺には必要ねぇぞ!」


 フィルは懐中時計を握った手を振りかぶるが、


「持っとけよ! ボスの形見分けで、お前の分だ!」

「形見分け? ………そういや、持ってたな」


 改めて見ると、確かにメフィスが使っていたような気もする。

 オルギスの隣にブライドが姿を現し、


「メフィスも譲り受けたと言っていたモノだ。昔、お前に渡そうかと話していたのを思い出してな」

「…………へぇ?」

「その耐久度は並じゃない。メンテナンスもいらんらしいし、お前にはぴったりだろう?………時が刻まれていることを知れ、馬鹿者」

「いきなり年長面かよ……」


 未練を残して燻っていた事への叱責に、フィルは苦笑した。


「分かった……貰っとくよ」


 軽く手を振ると〝空船〟は高度を下げ、〝島〟の下に潜るように進む。

 その姿が消える直前に、オルギスは縁から身を乗り出し、


「フィル! 百年後に会おう!」


 その言葉にフィルは一瞬呆気にとられ、


「――ああ」


苦笑を返した。





「百年なぁ……それまで生きろ、ってことか」


 無茶を言うぜ、とフィルは笑った。

 あと百年も生きたら【狂華ヘアーネル】の平均年齢を越えてしまうので、〝長老〟に一歩近づくことになるだろう。


(…………………………〝長老〟たちも、そうだったのか)


 誰もが血と戦場に飢える〝戦闘狂〟だと認識している中で、本来の《血》の在り方に気付いたからこそ、長き時を生きている。

 そのことを聞いたことがなかったのは、例え、聞いていたとしても〝咲き場所〟を得られるとは限らない――得られるものではないからだ。


(今度はどこまで……)




―――「彼らのアジトは〝白空ロキ〟が潰したよ」




 昨日、ユオンからまるで見ていたかのように――真実か否かは愚問だ――そう教えられた瞬間、フィルの中で空賊だったことは完全に過去となった。


「………」


 フィルは懐中時計のフタを開けた。

 カチカチ、とその針は時を刻んでいた。







                  

          〜空に狂い咲く華編〜〈了〉

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