38 再び、狂い咲く


 珍しく真面目なことを話していたあの時、メフィスが何と言ったのか。

 今なら――彼を失ってから、ようやく分かった。




 【狂華ヘアーネル】にとって、何が必要なのかを――。




 狂い咲くことに必要なのは、ただいくさに身を投じるだけではない。

 そこが相応しい場所だと、認めることだったのだ。

 血が降り注ぎ、死に満ちていなくとも〝そこだ〟と己が決めれば、いつでも狂い咲くことが出来るのだろう。

 ただ、その場所を一度失えば、容易に再び狂うことが出来ず、枯れていくことにもなったが――。



 多くの【狂華ヘアーネル】は、を戦場だと決めていた。

 世界のどこでもいい――ただ、血と死に満ちた場所を狂い咲く場所としているのだ。

 フィルも故郷を出立した当初は戦場に身を置き続け、〝力〟を振るっていた。

 常にいくさに身を置けたことはなかったが、《血》が求めるままに世界中を放浪し、戦場から戦場を渡り続け、周囲から死と血の匂いが消えることはなかった。



 それを変えるきっかけとなった事が――知らずと、本質に至っていたのは――メフィスとの出会いであり、空賊への誘いだ。

 〝黒空〟となったこともその延長線上にあったので、ずっと狂い咲き続けることが出来ていた。



 だが、彼を失って〝何か〟が外れた――咲き場所を失ってしまったのだろう。或は、彼がいる〝空〟を咲き場所と決めていたのかもしれない。

 自分が思っている以上に、その存在が大きな影響を与えていることに気付かなかった――彼を失ってからも、そうだと気づくことはなかった。

 それに気づいたのは、最近のことだ。



 その時はまだ、身体の中でガラガラと何かが崩れていくのを聞きながら、最後の〝力〟だと言わんばかりに狂い咲き、元〝黄空〟メンバーが体勢を整えるまで戦って――そして、〝空〟を去った。



 自覚はなかったが、恐らく、再び咲く場所を求め、世界を放浪していたのだ。

 再び、戦場に戻っても〝力〟を取り戻すことは出来なかったのは、戦場以外の居場所を知った後では、そこで











 そして、再び〝空〟へと戻れば、感情が――《血》が高揚し、〝力〟が漲っていた。

 まるで、メフィスに誘われた時のように――。


「―――っ!」


 第八式への憎悪は、別の感情によって追いやられ、口元には狂気の片鱗――笑みが張り付いている。

 油断すれば、大声を上げて笑い出してしまいそうになる。



 例え、声を上げても背後にいる〝七ツ族〟にしか聞こえないが。



 感情を抑えている反動が、機関部に放った拳だ。

 その一撃は易々と機械を砕き、辺りに破片を飛び散らせた。

 周囲にある機械やパイプは、ギチギチッと軋んでいた。

 まるで、何かに共振しているかのようにブレて、悲鳴を上げている。

 フィルはその軋みが大きい箇所を探し、殴り続けているだけだった。それだけのことで砕くことが出来るのは、ヒューストの〝力〟の影響が大きい。


「―――ははっ!」


 我慢できず、呼気のような笑いが漏れた。

 《血》が沸騰し、白熱する思考のままにフィルは破壊を繰り返した。



 これほど《血》が騒ぐのは、いつ以来か。



 誰かと一対一で向き合っているわけでもないのに《血》が蠢き、全身を駆け巡っていた。止めることはできない――止めようとも思わない。

 共闘しているのが原因なのか、それとも背後に感じる威圧感か、或は彼の存在なのか――




―――白髪の少年。




 その姿を思い出しただけで、口元の笑みは濃くなった。

 そう、あの【Lost Children】の指示だからだった。

 同じ血族であるシェチルナやエイルミとは、また違った匂い。

 けれど、何故か、彼の指示には従ってしまうのだ。

 ヒューストやジョイザ、ウルリカたち〝七ツ族〟にはない、自然で不可逆な〝力〟。

 それは他の者たちも感じているのではないか――或は、誰よりも《血》を体現する【狂華ヘアーネル】であるが故の影響なのか、分からないが、


(……戦役のときもこうだったのか?)


ふと、そう思った。

 キリニに借りた本。

 その何処までが真実で何処までが物語なのか分からなかったが、伝え聞くだけでなく、それを読んで知ったこと。



 旅団〝黄昏の虹〟の双頭の片割れ――〝世界会議〟初代議長との出会い、旅団の結成までの流れ、集まるメンバー、終戦までに起こった幾つもの事件。

 そして、いくつもの血族、〝アポロトス〟と〝クロトラケス〟をまとめた―― 一つに繋ぎ合わせた存在。



 ユオンは最前線で、その先頭に立って戦うわけではない。ある意味では、先頭に立っているのかもしれないが。

 異なる《血》に従う者たちが同じ場所に集まれば、小さくともひずみは生まれるはずが、彼はそのバラバラの足並みを正してしまう者なのだろう。

 そうでなければ、あれほど島民から厚い信頼を受けず、〝七ツ族〟が一目置く理由が思いつかなかった。

 一目、その姿を見た時――ほとんど、弱まっていた《血》で感じたモノに、間違いはなかった。


「―――っ!」


 従来の〝力〟を取り戻しつつあることに気づかないまま、フィルは機関部に破壊をもたらし続けていた。











「――フィル。そろそろ離脱するぞ」


 爆音が轟く中で、ヒューストの声はかき消されることなく耳に届いた。

 機械を蹴りつけた反動で通路に戻り、大きく息を吐き出して荒くなった呼吸を整える。

 黒煙に遮られた視界の中でも、ヒューストの気配はわかる。


「……わかった」


 全身に漲った〝力〟は収まらない。さっと左手を振るう。

 了解の声は届いたとは思えないが、返答は声以外のもので来た。


「――っ」


 横殴りの衝撃が黒煙を吹き飛ばした。

 フィルは体勢が崩れるが、破壊された機械に叩きつけられることはなかった。

 張り巡らした糸で身体を支えたからだ。すぐさま体勢を立て直し、崩壊する機関部を戻っていく。

 その間も、押しつぶそうと周囲から破壊した機械類が迫ってきた。


「おいおい――」


 外部から圧縮しようとする容赦のない攻撃に、思わず、声が漏れる。

 背後から迫る圧力を無視して、足は機関部の中央――シェチルナがぶち抜いた穴へと向かっていた。

 ヒューストの気配は、そこから動いていないのだ。

 光が差し込む場所にヒューストの姿を見とめ、目が合うとヒューストは跳躍して穴の向こうへ姿を消した。

 フィルもその後に続いて〝空船〟から脱出する。




――― ぞわっ、




と。周囲に満ちた〝力〟に背筋が震えた。

 周囲を魔獣に囲まれたような、濃密な気配にごくりと喉が鳴る。


(――何だ?)


 フィルは〝空船〟の上空十数メートルほどまで糸を走らせ、ある程度離れたところに足場を形成した。

 すとっ、とヒューストが隣に着地する。

 改めて眼下を見れば、そこに〝空船〟の姿はなかった。


(――はぁー、すげぇな)


 浮かんでいるのは、くず鉄の塊――直径数十メートルほどある塊は、圧縮された〝空船〟だ。

 そして、圧縮したのは〝島〟に近い虚空に立つジョイザ――【鳴神ジークフリード】としての〝力〟だ。

 彼の周囲には、脱出した突入隊やシェチルナの姿がある。シェチルナの手に、助けた子どもの姿はないので、すでに〝島〟に連れて行ったのだろう。


「―――で。これからどうするんだ?」


 聞いていた作戦——正確には、覚えている作戦内容はココまでだ。

 圧縮された〝空船〟を破壊するのは容易なことではないが、〝七ツ族〟が二人もいれば可能かもしれない。


「さっきと同じだ」


 ヒューストの返事は簡潔だった。


「――共振か」


 ヒューストが〝振動〟させることで強度を下げ、ジョイザが圧縮する。

 そして、そこに一撃を叩き込めばいい。


「フィル!」


 すぐ近くでシェチルナの声が聞こえ、ぎょっとして振り返ると眼前に棒が迫っていた。

 フィルは慌てて上半身を反らし、棒を掴み取る。


「嬢ちゃんっ! 危ないだろ!」


 何かが来るのは分かってはいたが、一応、叫んでおく。

 数百メートル近い距離を投げたのは、豪腕ではなく棒の性能だろう。


(ってか、この距離で声が聞こえたのは……ジョイザか?)


 まるで、すぐ隣にいるような音量で聞こえたのだ。

 疑問に思っていると、再び、シェチルナの声がした。


「ソレ、使って。素手だときついわよ!」

「………」


 フィルは叫ばず、棒を掲げて答えた。


(……ま。全力でぶつけても問題ないか)


 右手の中で棒を回し、その感覚を確かめながらヒューストを見た。


「いつでもいいぜ」

「………そうだな。やっと来た」


 ため息交じりに言うヒューストに、フィルは片眉を上げる。


「……やっと来た?」

「落とし前はつけさせる」


 ヒューストが呟いた瞬間、




「――お先」




すぐ脇を銀色の閃光が通りすぎた。


「!」


 その気配に目を見開き、フィルは眼下を見下ろした。

 閃光は一直線に塊へ向かい、轟音が大気を震わせて大きな亀裂が生まれた。

 塊からさらに地上へ落ちていく男の姿を見とめ――フィルは笑う。

 糸を蹴って、身を落とす。

 風が顔を叩き、細めた視界に塊を見据えた。


「――ああああぁぁっ!」


 落下速度と身体のバネを使って、棒を塊に叩きつけた。

 再び、轟音が響いて〝塊〟は破砕し、破片は空へと散った。

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