37 閑話_18年前~二つの願い~


 その話題が上がったのは、〝黒空〟となる数日前のことだ。


「あ? 何だってほんふぁって?」


 フィルは料理を口に詰めながら、眉を寄せた。

 いつも通り、仕事帰りにそのままメフィスの家を訪れ、出される料理に舌鼓を打っていると、突拍子もないことを言われた。

 メフィスは山盛りの料理をテーブルの開いている場所に置いて対面の席に腰を下ろすと、改めて同じ言葉を言った。


「ロキがお前を呼んでいるんだ。明日、に向かうからな」

「……ロキが?」


 空賊の親玉の名に、思いっきり顔をしかめた。


「ああ。話があるんだと」

「話ぃ? ……話より、また一戦したいぜ」

「まだ懲りてないのか……」


 口調は呆れていたが、その口元は楽しげに笑っていた。

 ロキとは、二戦二敗。

 一戦目は死にかけ、その後、満を期して挑んだが、勝つことは出来なかった。

 ただ、以前よりは怪我も少なかったので、腕は上がっていると思う。


「それがお前だからいいが………さすがに、今度は止めとけよ?」


 確かに話があるのは確実なので、あっさりと終わらされそうな気がした。

 それでは、る意味がない。


「〝白空〟様が〝色つき〟の一兵士に何の用なんだ?」


 ただ、呼び出される理由に、全く心当たりがなかった。

 今更、襲い掛かったことに対してグチグチと言われるのかと思ったが、二度の襲撃を受けても制裁がないため、あちらも気にはしていないだろう。


(まぁ、まだまだ軽くあしらわれているけどなぁ……)


 まるで、じゃれて来る子どもを適当に追い払っているような態度に見えなくもないが、それだけ実力には差があり過ぎるので仕方ない。


「さぁな。考えていることは、よく分からん奴だ……」

「――んだよ、長いんだろ?」

。読めるといえば、読めるが………」


 ふむ、とメフィスは口を閉ざすも、すぐに眉を寄せた。


「予想外の行動をとる奴だからな。何とも言えん」

「何だよ、それ……」

「いや。〝七ツ族〟っていうのは、だいたい、そんなものさ」


 肩をすくめて、メフィスはビールを煽った。

 まるで、何人か〝七ツ族〟にあったかのような口ぶりに、眉をひそめる。

 どんっ、とジョッキをテーブルに置いて、


「だが、ではないことは確かだ。その点は覚悟しておけ」

「……だろうな」


 ふぅー、と息を吐くも、フィルは食事の手は止めない。

 流し込むように並べられた料理がフィルの胃の中に消えていった。


(用事……用事なぁー?)


 呼び出しを受けるほどの事をしただろうかと悩み、あっ、と声を上げた。


「――まさか、この前、空賊を潰したのがバレたか?」


 非番の時、ブラブラと出かけた先――『都市』で、数人に絡まれたのだ。軽く捻った後、帰ろうとしたところに仲間を引きつれてやってきて、その時、相手が空賊同業者だと気づいた。

 ただ、〝十空〟に属している者ではなく〝色なし〟だったので、遠慮なく叩き潰したが。


「――おい。そんなことしていたのか?」


 メフィスはじと目を向けて来た。


「ん? 報告は上げたぞ――オルギスが」

「自分でしろ……」


 まったく、と呟き、メフィスはため息をつく。

 そして、顔を上げた時には、陽気な気配は消えていた。その気配が変わったことに気づき、フィルは食事の手を止める。


「………なぁ、オルギスの実力はどう思う?」

「はぁ? 藪から棒に何だよ」


 真剣な表情に、思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。


「お前らはウチのツーエースだぞ? その一人から見て、だよ」


 フィルは香辛料を塗って焼いた肉にかぶりつき、もぐもぐと口を動かしながらメフィスを見ていたが、


「…………後継者、とでも考えているのか?」


ごくん、と中身を飲み込んでから尋ねた。

 ぴくっ、とわずかにメフィスの眉が動く。


「図星か。……ってか、オルギスはまだ仕事を始めて間もないぜ? 他のベテランたちはどうするんだよ」


 そもそも、引退を考える年なのか、とフィルは内心で首を傾げた。

 見た目こそ、そろそろ引退を考える年に見えるが、既に百歳は越えていると誰か聞いた覚えがある。

 〝混血〟のため、どれぐらいの寿命があるのかは分からないが、まだまだ現役で通用するだろう。


「似たような年齢ばかりだからな。………若者を鍛えていきたいんだよ」

「要するに将来を見据えて、ってことか」


 それなら、分からなくもない。


「古株の了承はあるのか? 副長とかは?」

「……まぁまぁだな」


 その口ぶりからして、完全に却下はされていないようだ。あとは、オルギスが納得させられるかどうかだろう。


「お前はどうなんだ?」

「あ?」

「率いる気はないか?」


 少し軽い口調の中に珍しく緊張した気配を感じ、ふと、本当に聞きたいことは、この事だと悟った。


「………ねぇよ。俺が【狂華ヘアーネル】だって忘れたのか? あくまでも雑兵で、戦場を指揮できる器じゃねぇ」


 俺も五年ぐらいだぞ、とフィルはヒラヒラと手を左右に振った。


「………………………まぁ、そうだな」


 少しの間、考えるように口を閉ざしていたが、メフィスはあっさりと引き下がって自分で作ったつまみをつつく。

 その潔さはフィルの返答を予想していたに違いないが、その声色はどこか寂しさが滲んでいた。

 フィルはそのことに気づきつつも、黙殺した。

 とてもではないが、上に立つ性ではない。


「オルギス、なぁ…………いいんじゃないか? 特異型だし、まだまだ伸びる」

「………お前は何様だ」


 ぶんっ、と空になった酒瓶を投げてきた。

 それを難なく左手で受け止めて、テーブルに置く。


「おたくが言えって言ったんだろ……」

「ははっ! 冗談だよ。怒るな、怒るな」


 突然、笑ったメフィスに、フィルはじと目を向けた。

 その顔色はまだ赤くないが、目の色は怪しい。もう酔ったのか、或はあっさりと断ったことへの当てつけか分からなかった。


「…………けど、後継を決めても無駄じゃないか? 〝十空〟は〝白空ロキ〟らで決めるだろ」


 〝十空〟の選出は〝白空〟が行い、〝十空〟が承認する。

 その選出方法は分からないが、一つだけ言えることは〝黄空〟の席が空いても、その後も同じ一団から選出されるとは限らないことだ。


「ほとんどはな。だが、受け継ぐ例もある」

「そうなのか?」


 ほとんど初耳な気がするが、その辺りのことはあまり興味はないので聞き流した可能性もあるだろう。


「今なら〝紫空〟がそうだ。気まぐれか、何か法則があるのかわからないが…………」

「ふぅん………けど、絶対受け継がれるわけじゃないだろ?」

「ああ。それはそうだが………それなりに上手くやってきたからな。可能性はあるだろう」


 メフィスは喉の奥で笑い、グラスに視線を落とした。


「…………出来れば、受け継いでもらいたいものだ」


 どこか影のある声を聞いて、


「………ふっ」


くっははっ、と耐えられずに笑い声が漏れた。

 途端に、飲み込みかけた料理が喉に詰まって、むせ返る。軋むように肺が痛くなり、目に涙が浮かんだ。

 顔を上げると、しかめ面でこちらを睨むメフィスと目が合う。


「っく……ぐぅ………わ、悪い」

「そこそこ、真面目な話をしているんだけどな……?」

「くくっ……酒の肴に、することか?」

「……照れくさいんだよ」


 ふんっ、と鼻を鳴らし、メフィスは顔をそむけた。

 本人もらしくないことを言っていると自覚しているのだろう。

 それを見て、口元がニヤニヤと緩むのは止められない。


「何だよ、しんみりしてさ」


 時折、見透かすようなことを言われるが、こう、内心を吐露されると、こちらも照れくさい。

 それを紛らわすように、フィルはからかった。


「……そういう気分なんだ」

「あ?」


 それでも、まだ歯切れが悪いメフィスに眉を寄せた。

 それにメフィスはふっと笑い、


「お前は《血》に従っているよな……」

「………今日は藪から棒過ぎるぜ」


 それほど飲んでいないのに、珍しく、悪酔いしているのだろうか。

 そう思うほど、今日のメフィスの言動は突拍子もなかった。


「〝空〟でも狂い咲いている、ってことだよ」

「……それは褒めてないよな?」

「いや。いくさを好む【狂華ヘアーネル】が〝空〟で力を保ち続けるのは、素直にすごいと思うぞ」


 真正面から言われて、フィルは面食らった。

 ぱちぱち、と目を瞬き、


「……〝白空〟の秘書もいるだろ」


 里長と同じく、特異型でありながら数百年を生きる〝長老〟の一人。

 里長から、詳細はボカして〝長老〟について聞かされていたが、まさか、《七ツ族》にとは思わなかった。


「お前が―――と認めたってことか」

「ん? 何だって?」


 〝白空〟の秘書――副長であり、右腕である女性の実力について考えていたので、メフィスが何を言ったのか聞き逃してしまった。

 メフィスはもう一度口にするつもりはないようで、酒をあおる。


「まぁ、何だ。好きに生きろ、ってことだな」

「勝手に締めくくるなよ……」

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