33 VS〝色なし〟の空賊
『ビフレスト島』の縁側、森が途切れた所から〝島〟の縁までの地面は石畳となっていた。
そこには高さ二メートル、幅十メートルほどの板を乱雑に突き刺したかのように生えており、さらに〝島〟の縁と森との中間地点には〝島〟をぐるり、と一周している高さ五メートルほどの〝壁〟があった。
その壁によって縁側が最前線、森側が防衛ラインと分かれているのだろう。
フィルはシェチルナから貰ったばかりのグローブ――新しい武器の調子を確かめて少しだけ調整をした後は、〝壁〟の森側――森と石畳の境目にある木の幹に背を預けていた。
近くには、三つの部隊に分かれた警備部の面々とアイサ、シェチルナたちがいた。
そして、左右に等間隔に並ぶ、また別の警備部の面々は防衛を担う者たちだろう。
シェチルナの近くにある機械から運行速度を減速する連絡が漏れ聞こえ、アイサが防衛隊に指示を出していた。
(もうすぐか……)
〝ネプトゥヌス〟――因縁ある〝空船〟。
それを発見したのは〝黄空〟――メフィスたちだった。
どこで発見したのかは聞いていない。ただ、それの処遇を巡ってメフィスと副長だった男の意見が割れた。
メフィスはその残忍性から破壊を命じ、副長は利用を進言した――。
空賊にとって、〝空船〟は何よりも変えられない商売道具だ。高性能を持つなら、それに越したことはない。
だから、副長は己の意見に賛同した者たちを連れて、〝空船〟を奪って逃走したのだ。
追撃を遅らせるため、ボスであるメフィスを手に掛けて――。
欲しい物は奪う――それは空賊の存在意義であり、それに従ったまでのこと。
その点については納得できるが、ただ、犯してはならないことを犯した。
それまでメフィスと副長の関係は良好であり、信頼していたからこそ不意打ちを受けたメフィスは、その命を落とした。
その信頼が間違っていたのか――或は、最後まで副長が抱いていた野心に気づくことが出来なかったのかは分からない。
(……破壊を望んでいたのなら、そうするだけだ)
六年前、あの船を破壊したことでケリはついたと思っていた。
今思うと、最後まで――沈み切るまで見てはいなかったことが悔やまれる。
だから、今度こそ破壊しなければならない。
そうしなければ、進めない――狂い咲けない。
「―――」
周囲の空気が変わり、フィルは目を開けた。
「―――ご苦労さま」
落ち着いたが聞こえ、森の中から四つの気配が現れる。
ヒュースト、ジョイザ、ソーラ――そして、ユオンだ。
ユオンはボウシを目深に被り、その白い髪を隠していた。その少し後ろに――控えるようにジョイザが立ち、ソーラはシェチルナの下に一足早く歩み寄る。
フィルも木から背を離し、シェチルナたちに近づいた。
「ココでいいの?」
「いちいち通信するのも面倒だよ」
ユオンはシェチルナに肩をすくめ、フィルに視線を向けてきた。
「シェナの試作品はどうだった?」
「ああ。悪くない」
以前のものより、使い心地はだいぶいい。
力加減は出来ないだろうが、その必要はないだろう。
ただ、相手を潰すだけなのだから。
「乗り移るのは、それで頼むよ。ジョーが渡せるけど、君は独断で動いた方がいいから」
「ああ。分かっている」
いきなりの集団戦で、しかも仲間でもなく、互いの実力を知っているわけでもないのだ。なら、あえて組み込むよりは、警備部が合わせて動いた方がマシと言う事だろう。
何より、フィルが理性を保ち続けられるわけがないと言っているようなものだったが、事実だったので異論はなかった。
「先行してくれればいい。後を追いかけながら、メンバーに私が指示を出す。ただし、〝核〟に辿り着くまでは、慎重に行くことは肝に命じておけ」
ヒューストに、フィルは頷いた。
「あとどれぐらい?」
「十分少し……そろそろ、視えるはずだ」
ヒューストはシェチルナに答え、ユオンに視線を向けた。
ユオンは軽く頷くと、
「ソーラ」
何故か、ソーラの名を呼んだ。
フィルは、そちらに振り返りかけ――
―――ぞくっ、
と。足元で〝何か〟が蠢いた。
(なっ……?)
さっと地面に視線を落とし、身構えて手が動く。
「大丈夫よ」
ただ、糸を放つ前に笑いを含んだシェチルナの声が聞こえ、ぴくり、と指先を動かして、寸前で手を止めた。
「………」
訝しげな視線をシェチルナに向けると、目線で〝壁〟の方を指される。
振り返れば、〝壁〟の一部が震えており――次の瞬間、すとん、と落とし穴に落ちるように地面の中に消えた。
「!」
まるで、元々、そこだけが四角く区切られていたように出来た穴に、フィルは目を見開く。
(これが、ソーラの〝力〟か……?)
一見、【
【
(あの感覚……〝何か〟が息づいているような感じは、一体……?)
今までにない〝力〟にフィルが考え込んでいるうちに、スタスタ、とユオンはそこを通り抜け、〝壁〟の向こうへ姿を消した。
ジョイザやソーラ、ヒューストたち警備部の面々もユオンに続く。
「フィル、行くわよ」
「………ああ」
シェチルナに促され、フィルも〝穴〟を潜った。
〝壁〟を越えて周囲を見渡していると、再び、何かを感じて振り返った時には、先ほどまであった〝穴〟は消えていた。
(何だ? この血族は……)
フィルはソーラに視線を向けるが、彼女は前――〝島〟の縁側を見つめていて、話すつもりはないようだ。
フィルは一息つき、同じように身体を向けた。
「―――」
すると、地平線を見つめているユオンの姿が目に入った。
〝島〟の高度はやや下がっていて、眼下の森が良く見える。
恐らく、地上百メートルほどだろう。
少しの間、沈黙が辺りを支配するが、
「………視えた」
ぴくり、とユオンの肩が動いた。
彼が視るのは、〝空船〟の状態――その情報だろう。
【Lost Children】――〝
「!」
周囲一体に緊張が走り、アイサとソーラが耳元――そこにしている通信機に手を当てた。
「………二十六か」
ヒューストが呟いたのは、敵の数か。
「ヒュー、メンバー交代だ――」
背を向けたままのユオンに、その場にいる全員の視線が集まった。
「コルニタとザラは外して、ネルミノとディクラを加える」
「……他には?」
「〝空船〟への攻撃は〝核〟を抜いたあと――それまでは、絶対防御。攻撃はしない」
言い切ったユオンに、シェチルナは目を丸くした。
「何? どうしたの?」
「〝色なし〟は問題じゃない。――問題は、敵と認識されることだ」
固くなった声で言ったユオンは振り返ると、赤い瞳を細め、この場にいる面々を見渡した。
普段の穏やかさは消え、他者を威圧する気配に知らずと口元に笑みを浮かべていることにフィルは気づかなかった。
「ソーラ、〝島〟に攻撃が通らないようにドームを。アイサはノギを呼んでおいて」
「分かったわ」
「はい!」
「ジョー、予定よりも距離を取ってくれ」
ジョイザは頷いて、シェチルナはフィルと少し色が違うグローブをはめた。
「フィル。〝核〟の保護までは〝船〟を絶対に傷つけないでほしい」
「!」
それだけで、フィルは何が起こっているのか察した。
「……悪いのか?」
「…………かなり」
ユオンは、一瞬、顔をしかめた。
「ヒュー、来てる?」
「………………まだ少し距離がある」
そう、とユオンは小さく息を吐き、
「ジョー、急がしてくれないかな? ――仕事だって」
「分かった……」
ジョイザは、ヒューストに目を向けた。
ヒューストは腕を上げてある一点を指すが、ジョイザはそちらを一瞥もせずに目を閉じた。
(――何だ?)
フィルはヒューストが指した方向に目を向けたが、何も見えなかった。
――― ごぉっ、
と。突風がジョイザを中心に渦を巻き、その姿を隠した。
竜巻に身体が吹き飛ばされそうになり、身を屈めて腕で顔を覆うも、数秒で竜巻は掻き消えた。
いや、空へと放たれていた。
「……何をしたんだ?」
腕を下ろしてユオンを見ると、苦笑いが返ってきた。
「すぐに分かるよ」
***
黒い影――〝ネプトゥヌス〟との距離は数キロ、恐らく、二キロもないだろう。
〝島〟は〝空船〟と距離を取るように――その進行方向からやや左に逸れるように――蛇行しているが、見る見る内に大きくなってくる船影から、確実に近づいてきていることは分かった。
その速度はフィルが知る〝空船〟の中でも見たことがなかった。
(……何だ?)
ふと、違和感を覚えて、フィルは眉を寄せた。
「分かるか?」
フィルの気配が揺らいだことに気付いたヒューストが、尋ねて来た。
「ああ。嫌な感じだ」
獲物を見つけた暗い喜び、快楽者の感情でもない気配――。
「ユオンの言ったとおりか……」
「ほぼ中央だ」
「たいした奴はいないな。……だが、アレは問題だ」
フィルはグローブをはめ直し、大きく深呼吸をして精神を落ち着かせようとしたが、どくどくと《血》は脈動していた。
フィルの闘気に当てられてか、周囲の気配も高まっていく。
(アレが……)
五百メートルを切ったところで〝ネプトゥヌス〟の全体がよく見え、フィルは目を細めた。
その全長は百数メートルほどで、〝島〟と同じ鉱石――〝アダマス石〟を基に造られているが、〝島〟のように岩を削ったような荒々しさはなく流線的に合金が張られ、その両側には砲門が並んでおり、甲板上にも設置されていた。
海を渡る船とは違ってマストはないが、代わりにその後部にはスラスターがあった。
「………」
記憶にある姿といくつか違う点を見つけ、フィルは目を細めた。
破壊した砲門は、新たなものを取り付けたのだろう。スラスターも前のと比べて一回りほど小さい。
ただ、以前は隠れ家を強襲したため、こうして実際に飛んでいる姿は初めて見た。
「――行くぞ」
ヒューストの合図に、闘気が爆発した。
フィルは左手を振り、糸を放った。距離は約二百メートルほどで、接着しようと距離を縮めてきているが、
――― ぐにゃり、
と。視界が――空間が歪んだ。
そして、何かに阻まれたように〝空船〟との距離は固定される。
ジョイザの〝力〟だろう。
それにフィルは構わず、放った糸に飛び乗った。弛みはない。踏み出した足に体重が偏る前にもう一方を踏み出し、糸の上を駆けていく。
その先にあるのは〝空船〟で、駆ける間も、次々と糸を放って〝場〟を展開していった。
(………〝空縫い〟か)
何のひねりもない名前。いつも以上に繊細な操作を要求される代物で、糸が空に縫い止められる原理を聞いたが、半ばで理解は諦めた。
理論よりも感覚で覚える方が性に合っている。
新しいおもちゃを与えられた楽しさにフィルは口の端を上げた。
〝空船〟までの距離が三分の一ほどに縮まった所で、轟音が響いた。
「っ!」
フィルは糸を蹴って横に飛ぶと、その足元を砲弾が通り過ぎた。
背後は気にする必要はないだろう。
甲板には、十数人ほどの姿を確認しつつ、展開した糸をジグザグに、跳ねるように渡って〝空船〟の上空に躍り出る。
砲撃の音がうるさい。
ちらり、と背後が見え、砲撃をすり抜けるように空を駆けるヒューストたちを視界の端に捕らえる。何もない虚空を走っていた。
フィルは彼らに敵の意識が向いたことを肌で感じ、右手を払った。
眼下――ヒューストたちとは反対側の甲板にいる男たち数人に糸を絡みつかせた。鈍い手ごたえがある。
「っ!」
悲鳴が上がった。
船外――上空百メートルの空に投げ出された仲間を、呆然と見送る男たちの中に着地。
甲板上にいる敵の視線がフィルに集まり、その隙にヒューストたちが辿り着く。
「このっ――調子に乗るなぁっ!」
一人の怒声を皮切りに、我に返った男たちは臨戦態勢を取り、襲い掛かって来た。
「制圧しろ」
ヒューストの静かな命令に、警備部の面々も迎撃する。
フィルはヒューストに目で合図を送り、内部に通じるドアへ向かった。
目的は〝核〟の保護と船の破壊で、甲板に用はない。
勢いのままフィルはドアを蹴破り、中に足を踏み入れた。
――― どくんっ
と。床に触れた足先から、〝何か〟の脈動を感じた。
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