31 迫り来る者たち


 フィルたちが第三詰め所に着くと、初めて訪れた時のように警備部の全員――ヒュースト以外――に迎えられた。


「おいおい。警備はいいのか?」

「ボスがいますから」


 にこっ、と笑って答えたのはアイサだ。

 その言葉は、本気なのか冗談なのか分からなかったが――


(出来なくは、ないか……)


 フィルは肩をすくめ、荷台の箱を近くのメンバーに渡した。

 もう一つは、ネルミノが開けて配っている。


「今日もイザベラさんのお店、手伝っているんですね」

「まぁ、成り行きでな。昼飯も付いてくるし」

「お口に合いました? イザベラさんのお料理、美味しいですから」


 アイサの言葉に、ぎょっとフィルは目を剥いた。


「そうなのか?」

「? 誰が作っているか、ご存知なかったんですか?」


 フィルの反応に、少し驚いたようにアイサは目を瞬く。


「ああ。……別の誰かが作って、持って来ているんだと思ってたぜ」


 少し詰まりながら答え、顔をしかめるとアイサは小首をかしげた。


「どうかされましたか?」

「……いや、またメシにつられるとは」


 思わず、ついて出てしまった言葉。

 その続きを素直に待つアイサを見て――周囲のメンバーが聞き耳を立てていることに気づきながら――仕方なく、フィルは口を開いた。


「空賊になったのも成り行きも大きいが、メシに釣られたのがきっかけだったんだ。……それでよく、からかわれていた」


 食い物に弱いのか、と今更自覚して、内心で呟いた。


「そうなんですか?」


 ふふっ、と笑うアイサにフィルは肩をすくめ、


「それで、全員揃ってどうしたんだ? まさか、ジュース飲むために集まったのか?」

「そうですよ」


 冗談で聞けば真顔で肯定され、「は?」と思わず声が漏れる。

 その顔に、警備部の面々から笑いが起こった。ふんっ、とネルミノまで鼻を鳴らす始末だ。


「……………………のんびりしていて、いいのかよ」

「英気を養っているんですよ」

「……空賊のことか」


 アイサの口元には笑みが浮んでいるが、その目は真っ直ぐにフィルを見つめて頷いた。


「この辺りは空白だから〝色なし〟だな」

「はい。そのようですね」


 アイサから横に視線を移動させると、全員が同じような顔をしていた。

 フィルへ警戒や敵意がないことに気づき、ため息をつく。


「〝色なし〟か………〝十空〟以外に興味はなかったから、あんまり知らねぇぜ?」


 知ったとしても、だいたい潰したモノばかりなので意味はないだろう。

 当時の興味は、もっぱら〝白空〟へのものだった。


「そういう意味ではないんですが……」


 アイサは、少し困ったような笑みを浮かべた。


「この前、シェナ様やボスと話をされていましたよね?」

「……『リーメン』の嬢ちゃんとはしなかったけどな」

「それを見学させてもらってて………みんな、フィルさんの話を聞かせていただきたいと思ったんです」


 シェナの部分の訂正は、さらりと流されてしまった。


(あの後、俺のところに来たのならアイサ嬢ちゃんは居ただろうが……まさか、全員いたってことはねぇよな?)


 昼寝をしていた時も視線は感じていたが、それほど気になるものでもなかった――多くは居なかったと思う。


「あの嬢ちゃん、腕は立つと思ったが………」


 アイサがそう言って来た理由――予想以上に『リーメン』の彼女への信頼は高いようだ。

 フィルは、ふっと息を吐いた。


「………話つっても、四十ちょっとのおっさんの話は面白くないぞ?」

「そんなことはないです」


 くすり、と笑うアイサに片眉を上げてカートに寄りかかり、改めて警備部の面々を見渡した。


「とりあえず、〝色なし〟の話でもするか? それとも聞きたいことでもあるのか?」

「聞きたいことがあるんです」

「何だ?」


 気負いなく聞くと、予想外の答えが返ってきた。


「〝島〟への移住理由です」

「………!」


 驚いてアイサだけでなく警備部の面々も見渡すが、彼らは何も言わずにフィルを見ていた。


「お聞きすることではないと分かっています。ですが――」


 口ごもったアイサを見かねてか、五十代後半ほどの灰色の髪の男が口を開いた。


「君の実力の片鱗を見た――」


 彫りの深い顔は日に焼け、赤い眼がフィルに向けられている。

 確か、サブという男だ。


「我々はの実力については、重々承知している。………あの攻防で、君の実力の片鱗を知ることが出来たが、君とボスは衰えているという」

「…………ああ」

「腕が立つのなら、〝島〟よりも下にいた方が存分に〝力〟を振るえるだろう。………それが不思議なのだよ」


 サブの直球の言葉に、フィルは嗤った。


「……そうだな」


 いくさを求める【狂華ヘアーネル】が、天敵が空賊ぐらいしかいない〝島〟に住みたいと言う理由は、災いを招く可能性もある。

 フィルの様子を見て、疑問が深まったのだろう。


「正直、よく分からないんだよな――」

「!」


 驚くアイサたちからフィルは視線を上に――空を見上げた。


「ただ、似ているんだよ」

「似ている?」


 誰かが訝しげな声を上げたので、フィルは顔を下に戻し、改めて警備部の面々を見渡した。


「おたくらにとっては、不本意だろうけどな。………何でそう思ったのか、知りたいだけだ。それに〝力〟の衰えを止めるために暴れる気はねぇよ」


 そう言った後、フィルは背後に振り返った。

 そこには、いつの間にか近づいていた気配――森から現れたヒューストが立っていた。


「俺としては、おたくが〝島〟にいる方が不思議なんだけどな」

「……ボス」

「………」


 ヒューストは警備部の面々を一瞥してから、フィルを見た。


「〝白空〟からは、【夜神ヘイムダル】は何処かの〝空島〟にいる、って聞いたが?」

「ロキか……」


 ヒューストはつと目を細め、


「――同じだ」

「?」


 何のことを示しているのか分からず、フィルは眉を寄せた。


「俺も、この〝島〟で知りたいことがある」

「は?」


 予想外の言葉――まさか、答えるとは思わず、フィルは目を丸くした。

 それに【夜神ヘイムダル】が知らないことがあるのだろうか。


「――ボスっ!」


 その驚きは警備部の面々も同様で、騒めく彼らにヒューストは手を挙げて制した。

 その様子からヒューストが語ったことは事実だと察し、フィルは眉を寄せた。


「話はここまでだ」


 フィルが口を開く前に、ヒューストはきっぱりと言った次の瞬間、ヒューストが纏う雰囲気が変わった。

 眠気のない――鋭い眼光を放つ目に、ぴくり、と指先が動く。

 

「―――っ」


 その覇気に肌があぶられ、知らずと口の端が上がる。

 どくっ、と一瞬だけ、《血》が騒めいた。

 フィルは、ユラユラ、と揺れる〝何か〟を抑えようと拳を握りしめた。

 ヒューストの気配に警備部の面々からも緩んだ空気が消え、真剣な表情で部長を見つめた。


「――敵だ。準備が出来次第、戦闘に入る。各人、所定の位置につけ」

「はい!」


 その指示を受けて、警備部の面々はフィルに背を向けた。


「……俺は戻るぜ」


 このまま、ココに――外に出ていると、誤解を招きかねない。カートに乗り、エンジンをかけようとしたところで、ヒューストはフィルに振り返った。


「――待て。

「!?」


 一瞬で、その場に緊張が走った。

 去り掛けた警備部の面々がざっと音を立てて足を止めると、勢いよく振り返った。


「いや、〝色なし〟に興味ねぇ――」


 彼らの警戒する視線を一身に受けながら、フィルは剣呑な光を持つヒューストに目を瞬かせる。




「第八式高速機動船〝ネプトゥヌス〟――それが敵の乗る船だ」




 久しく聞いていなかった〝空船〟の型番。

 その名を聞いた瞬間、ざわりっ、と全身の毛が逆立って息を詰めた。


「―――なん、だとっ?!」


 フィルは声を荒げ、ヒューストを睨んだ。

 握りしめたカートのハンドルが、ぎしりっ、と軋んだ音を立てる。

 フィルの顔色が変わったことにアイサたちが訝しげに眉をひそめたが、構う余裕がない。


(まさか……アレが……っ!)


 脳裏に浮かぶのは爆炎と破壊された機械の山、そして、己の血に沈む男の姿だ。

 その名を聞くだけで憎悪しか生まれない――二度と聞くことはないと思っていた名だった。


「〝ネプトゥヌス〟、が?」


 ドクドクッ、と心臓が早鐘を打ち、内から生まれたが全身を駆け巡り始めた。

 だが、憎悪が冷たい芯となって《血》に酔い狂うことを拒否していた。

 フィルの地を這う様な怒気を孕んだ声に警備部の面々は散開し、囲うように位置を変えたが、フィルは気にせずにヒューストを睨んでいた。

 ヒューストは平然とフィルを見返し、そうだ、と頷いた。


「六年前、君が破壊した〝空船〟だ」

「っ!」


 第八式高速機動船〝ネプトゥヌス〟。

 〝空船〟の中でも最高峰の速度を持つ、第九式の一つ前の型番だ。

 ある〝特殊な機関〟を持つことから〝世界会議〟がその全てを廃船させ、技術の破棄を命じた船でもある。

 現在では、その〝空船〟を使う空賊はいない。

 偶然、発見された最後の一隻はフィルが破壊し、〝島の始まりタルタロス〟へと沈めていた――沈めたはずだった。


「《記録》では、そうなっているが……」

「ああ。確かに俺が破壊した」


 フィルはカートから降り、ヒューストたちと向き直った。


「外装は三割方――その心臓部は完全に破壊した。アレを易々と直すことは出来ないはずだ」

「ああ。……だが、確かにその〝空船〟が接近している」

「!」


 噛みしめた奥歯が、軋んだ音を立てた。

 ヒューストが同船と言うのなら、間違いはないだろう。


「………直した、のか」


 メフィスの死の原因が、再び目の前に現れた。

 久しぶりに湧き起った《血》の衝動に目まいを覚え、フィルは右手で顔を覆った。渦巻く憎悪を、戸惑いながらも受け入れる。


「……フィルさん?」


 フィルから溢れ出た濃密な殺気に、そっとアイサが声を掛けて来た。

 他の面々も、フィルの変貌ぶりに息を呑みながらも、その一挙一動を注視している。


「何故、あそこにあることを………」


 あの時、メフィスを裏切った男共々、中心部は破壊したはず。

 船の修復自体は造船技師によって安易に行えるが、あの機関だけは特異で残酷な代物だ。その製造過程は破棄され、今では失われた技術のため、直せる者はいないはずだが――


「―――誰が直した?」


 あの男の死は確認している。欲望とともに散り、生きているはずはなかった。それは、その裏切りに加担していた者も全員だ。


「墓荒らしだろう。少なくとも、君の取りこぼしではない」

「………」


 フィルは手を退けて、暗い光を宿す目を晒した。その顔から表情がごっそりと抜け落ち、ぎょろり、と目がヒューストを射抜く。


、〝色つき〟から溢れた者たちの集まりだ。………ただ、そこが問題ではない。問題は〝空船〟だ」


 第八式の発見が原因で二席が空いたため、その存在は〝十空〟では周知のことで、〝空船〟を跡形もなく破壊する方法は限られてくる。

 恐らく、派手に追撃したが故に破壊した場所――〝島の始まりタルタロス〟に沈めたことが知られたのだろう。


(だが、どうやって〝島の始まりタルタロス〟から……)


 疑問は次々と出て来るが、今一度、目の前に現れたと言う事は、何らかの方法で掘り出したとしか考えられない。


「…………どう直したかは、分からないのか?」


 フィルは、最も気になることを尋ねた。


「方法は限られるだろう」


 詳細を語らないヒューストに眉をひそめ、


「〝白空〟は、また動いてないんだな?」

「率いているわけではなく、力ずく従わせているだけだからな――基本的には不干渉だ」


 〝白空〟は唯一つの不文律を掲げ、さらに〝十空〟を決めることで、〝空〟にある程度の秩序――〝色なし〟が一線を越えないための抑止力――を齎しているが、彼らは基本的に互いに監視し合い、〝十空〟同士が敵対することも少なくない。


(あの船は《役割》に触れていないってことか? ……或は、尻尾を掴んでいないのか)


 目を細めたフィルに、ヒューストは変わらない声音で続けた。


「今から会議がある。一緒に来い」

「! 俺に参加しろと?」


 思わぬ申し出に、フィルは目を細めた。


「単独行動は困る。――それに完全に破壊したいだろう?」


 ヒューストの挑発に、ぴくり、と眉が動いたが、フィルは答えなかった。


「ボス。フィルさんを参加させるのは……」

「承知している」


 ヒューストがそう答えると、アイサは口を閉ざした。

 誰の承認かという疑問は、愚問だろう。


「どうする? ホフィースティカ」

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