第5章 咲き場所

30 嵐の前の静けさ


 フィルはイザベラの店先にカートを停め、


「戻ったぞー」


運んできた荷物を店先に置いていると「ありがとねー」とイザベラの声に押されて島民が出てきた。


「お疲れ様です」

「まいどー」


 軽い挨拶を交わし、お客の背中を見送った。

 手早く全ての荷物を下ろし、一息つく。


「お疲れ」


 フィルは投げられたビンを受け取って、喉を潤した。

 イザベラは荷物の上においてあるクリップボードを手にして、運んだ品物を確認し始める。


「遅かったわね?」

「男手が足りないとかで、下の連中に捕まっていたんだ」


 イザベラにフィルは肩を竦めた。


「そう。ちょうど良かったのね」

「ちょうどというか………作為的なものを感じるが?」


 昨日、やや強引に手伝いを頼まれたのは、それを見越していたのだろう。


ヒョウゴアイツ、知ってて黙ってたな……)


 何となく、嫌な予感がしながらも荷物を受け取りに倉庫に行き――満面の笑みで迎えたヒョウゴたちに整理の手伝いを頼まれたのだ。


「気のせいよ」


 あっけらかんと言い切るイザベラにじと目を向けるが、無視された。


(まぁ、身体を動かすのは好きな方だからいいが……)


 ただ、釈然としない気持ちもあり、ふんっ、と鼻を鳴らした。

 その様子は無視して、クリップボードの書類を確認し終えたイザベラは尋ねて来た。


「次の所までちょっと延びたけど、もうすぐね。……どんな感じ?」

「さぁな……」


 フィルは肩をすくめて、カートに寄りかかった。

 昨日、イザベラに言われたことで手ごたえも何も分からなくなったので、もう考えるだけ無駄だと開き直っていた。

 なる様にしか、ならないだろう。


「そう言えば、最近、『リーメン』の嬢ちゃんを見かけないな……?」


 ぼんやり、と今まで会った島民たちのことを思い出していたフィルは、ふと、疑問を口にした。

 昨日今日は空賊の事で忙しいだろうが、それ以前に昼飯を食べに『リーメン』に顔を出しても、ユオンとジョイザがいるだけでシェチルナには会わなかった。ソーラは、時々、姿を見かけるのだが、シェチルナは全くと言っていいほど――ウルリカに発破をかけられ、なし崩しのように手合わせをしてから会っていないのだ。

 気になる言葉を残して以来、会っていないので少しだけ引っかかった。


「シェナ? ……シェナなら、ずっと篭っているわよ」

「篭ってる?」


 何処に、と問うと、苦笑が返ってきた。


「工房よ。大人しい時はいつもそうなのよね」

「工房って森の中のか?……そう言えば、試作品がどうこう言ってたような……?」

「たぶん、そのうち出てくるわよ」


 いつものことなのか、イザベラは特に気にした様子はない。

 へぇー、とビンを口に傾け、


「ん?」


視線を感じて振り返ると、藍色の瞳と目があった。

 フィルの視線を追ったイザベラもに気づく。


「あら、ネルミノ。あなたも遊びに来たの?」

「違いますよ、イザベラ姐さん」


 しぶしぶ、と言った風に路地から姿を現したのは、一人の青年だった。

 年齢は二十歳ぐらいで、ひょろりとした細身の身体は鍛えられ、鋼のような印象を受ける。両腰に一本ずつ、長剣よりも少し短めの剣を挿していた。

 警備部の青年――ネルミノは、フィルに容赦のない視線を向けてくるが、よぉ、と気楽に手を上げた。


「………」


 少し寄っていた眉が、さらに寄せられた。

 フィルとネルミノの同い年ぐらいだったが、実年齢は親子ほどに離れている。特異型特有の実年齢と精神年齢のズレはあるものの、精神的な余裕はフィルに分があった。


「何か用か?」

「あんたに用事はないよ」


 コイツもイザベラ同様、初対面の時からズバズバと物を言う――愛想の欠片もないのでイザベラよりも手厳しい――奴だった。


「………イザベラ姐さん、ジュース二箱」

「はいはい。いつものね」

「なんだ。使い走りか……」

「………」


 じろり、と睨まれたが、フィルは無視した。


「ちょっと、店先でケンカなんてしないでよ?」


 一触即発――と言ってもネルミノだけで、フィルは飄々としていたが、イザベラは呆れた声を掛けて来た。

 そして、少し離れた場所にある棚の下から引っ張り出した箱を二つ、カートの荷台に置いてくる。


「――おい」

「イザベラ姐さん……?」


 フィルはじと目を、ネルミノは訝しげな目を向けた。


「配達よろしく」


 営業スマイルを浮かべるイザベラに、やっぱり、とフィルはため息をついた。

 反対に、ぎょっとしたネルミノはイザベラに詰め寄った。


「姐さん! 俺は、別に――っ」

「はいはい、配達も仕事だから。――よろしくね、フィル」


 ネルミノの言葉を軽く流すイザベラの顔には、「昼ごはんは帰ってきてからよ」と書いてあるのを察し、フィルは、はぁ、とため息をつく。


「………仕方ねぇな。行くぞ」


 カートに乗ってエンジンをかけると、口をへの字に曲げたネルミノは嫌々荷台の開いたスペースに足を引っ掛けた。


「どこまでだ?」

「第三詰め所……」

「了解。――メシ、奮発しろよ」


 フィルが振り返って念押しすると、イザベラはヒラヒラと手を振ってくる。


(全く……何でこんな時に)


 内心でぼやきつつ、フィルはカートを発進させた。

 重い荷物を運んでいるように、ずしり、と後ろに身体が引っ張られる。

 周りから視線を感じても、後頭部に突きつけられる刃物のような視線に比べればそよ風にも等しいものだ。

 口の端が上がるのを自覚しながら、フィルは口を開いた。


「睨んでもどうにもならないぞ……」


 背後で、ぴくり、とネルミノの気配が揺れる。

 まだまだ甘い奴だ。


「言いたいことがあるなら、言えばいいだろ」

「………」


 そこまで言っても、ネルミノは無言だった。


(………やれやれ)


 ネルミノに目をつけられたのは、シェチルナと最後に会った頃だ。

 それからというもの、常に突き刺さるような視線を感じていたが、殺気は含まれていなかった。

 ただ、後ろ髪をちょくちょく引っ張られるような――《血》が沸き立つ前のむず痒さは感じているので、敵意は向けられているだろう。

 その姿は領域縄張りを侵された獣――異物を排除しようとする防衛本能のようなものに近く、フィルは気にしてはいない。


(こいつは………あっちの嬢ちゃんの方か?)


 警戒される原因として考えられるのは――その頃は限られた島民としか話をしていなかったので――警備部副部長のアイサぐらいだった。

 彼女の頼みは、次の『都市』でフィルの故郷にいる〝長老〟に連絡を取ると言う事で話がついていた。

 里は『都市』から離れた場所にあるので、連絡をしても数カ月はかかるが、アイサに伝手があるらしく、返事はソレを使って〝島〟に届くようにするようだ。

 アイサには、一応、里にいる〝長老〟が父親の居場所を――生死を知らない可能性があることも念押ししておいたが、


(所在不明って言ってたが…………胡散臭いんだよな)


 里では、一定の年齢になると里長から〝長老〟についての話を聞く〝習わし〟があった。

 ただ、それは血気盛んな子どもから幾度も聞かれるのが面倒臭くなって、出来た〝習わし〟らしいが。

 その時、一人は「〝空〟に居る」、もう一人は「アイツは知らん、不明だ」と、その所在についてはボヤかして話していた。

 何故、そんな曖昧な言葉で済ましたのかと言えば、探し出しさないようにするためだ。探し出した後にどうするかなど、同族ならば分かり切っている。


(それにしても………アイツらが知らないわけがないんだが……?)


 ただ、気になるのは、ユオンとヒューストの二人についてだった。

 ユオンが〝虹兎〟であることから考えるに、恐らく、この〝島〟の顔役のような立場であるはず。わざわざ、この〝島〟にアイサを預けに来たのなら、ユオンがその居場所を――または生死を知らないことはないだろう。

 そして、何よりもヒュースト――《記録》の〝七ツ族〟が把握していないことがおかしかった。

 アイサの様子から、ユオンたちが話すことはない――つまり、父親の方がユオンたちとの付き合いが長い可能性が高く、二人は口止めされているのだと想像はついた。

 そこまで考えたところで、何故、アイサが調べることをユオンたちが止めないのかと言う疑問が沸き上がり、フィルの混乱を大きくさせていた。


「……おい」

「――おっと」


 不機嫌な声に思考から戻り、第三詰め所に入る道を通りすぎたことに気づいた。

 大きく回って、改めて舗装されていない道を進む。

 点々と森の中に人の気配を感じ、それらが詰め所に集まっていくのが分かった。

 まるで、獲物を狙う獣のようだ。


「姉御のことだ……」

「ん?」


 唐突に聞こえた、ぶっきらぼうな声。

 上手く聞き取れず、フィルは顔だけを振り返った。

 ネルミノは森の方へ顔を背けたまま、


「アイサさんだよ」

「ああ。嬢ちゃんか」

「嬢……?」


 振り返ったネルミノは、僅かに眉をひそめていた。


「それはいいだろ。――で。嬢ちゃんがどうした?」

「………」


 納得していない気配がして、しばらくの間、ガタガタとカートが揺れる音だけが響いた。

 やれやれ、と内心でため息をつき、もう一度ネルミノを振り返る。


「何だ? 嬢ちゃんのことが心配なんだろ?」

「っ!」


 図星だったのか、ネルミノの気配が揺れた。

 その初々しい様子に、フィルは正面に顔を戻してから苦笑する。


(監視している気配はなかったから……ヒューストか)


 フィルはまだ審査中の身なので、あの時の会話の内容をアイサが吹聴していないことは容易に予想がついた。

 また、監視しているはずの警備部の視線もなかったことから、警備部長ヒューストがそう手配をしたのだとも思う。

 そのため、一体どんな話していたのか知る者は少なく――ネルミノは一抹の不安を抱いたのだろう。

 

「安心しろよ。同族のよしみで、ちょっと頼ま事をされただけだ」

「………」


 そう言えば、ふっとネルミノから感じていた敵意が消えた。


「……あの人は必要なんだ」


 ぽつり、と呟いた後は、口を開くことはなかった。


(………へぇ? なかなか)


 それだけで、警備部でのアイサの立ち位置が見えた気がした。

 二十八という若さで【夜神ヘイムダル】という絶対的強者を支え、クセの強い警備部メンバーを仕切る副部長に就くことは、彼女の人徳と実力なのだろう。

 それは、所謂いわゆるムードメーカー――調整役として。

 上司の意思を汲み、その指示が行き渡るように時に牽制し、調和させる――昔、似た立場にいたのでよく分かる。


「そうか……」


 口元が楽しげに笑ったことに、フィルは気づかなかった。

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