26 動き出す者たち


『ほう? やっと、重い腰を上げたか、〝虹兎〟は――』


 集めた情報を渡す定期連絡を終えると、どこか楽しげな声が返ってきた。


『いやはや……今回は遅かったのぅ』


 確かには動きが遅かったので、そう感想が出るのも無理はない。

 彼の過去の仕事について抱えている問題は、今後、大きくなっていくような火種ではなく、今の段階で対処できるものにも関わらず、だ。


「―――〝御大〟、当事者には諸々の事情がある」


 そうなると、彼自身のことに関わるものなのだろう。大まかには予想がついているので、それだけを言った。


『《血》に従った結果かのぅ……悩みが長いのも《血》によるもの――はてさて、ソレが吉と出るか凶と出るか』


 面白がるような声にそっと息を吐き、


「―――人が悪い」

『ほっほっほっ。――まさか、そう言うようになるとはなぁ』

「…………〝御大〟」


 一言、少し声を低くして呟くと『怒るな怒るな』と宥められた。


『本当に面白くなったの、お主も。――さすがは〝虹兎〟、と言ったところか』

「………」

『ほっほっ――少々、興味深い情報が入っておる』


 一瞬で笑いを含んでいた声が消え、鋭く研ぎ澄まされた。

 その言葉の裏にある感情を敏感に察し、「――それは?」と言葉少なに尋ねる。


『お主らにとっては、ちょうど良い情報だ――』


 《記録》と言う《役割》の性質上、全ては後手に回ってしまう。

 だが、より早く情報が得られて動くことが出来れば、先手を取ることも可能だ。


「――では、それを」


 うむ、と声は頷き、


『はてさて、〝虹兎〟はコレを聞いてどうするかの――?』










         ***










 深い闇が眼下に広がり、頭上には無数の小さな光が瞬いていた。

 ぼんやりと浮かんでいる月明かりの中に、爆音と共に炎の塊が出現する。

 爆ぜる音が悲鳴となって闇夜に響く中で、燃え盛る炎から立ち去る黒い影が一つ――〝空船〟だ。

 通常の〝空船〟よりも速い速度で空を翔るその〝空船〟の甲板には、いくつかの荷物と人影があった。

 強奪した品々を前に談笑する男たちの中に、眼下の森に堕ちる炎の塊を見つめる男がいた。


「――ボス。ひとまず戦利品を収めるために帰島します」

「分かった。急げ」


 操舵室に戻る男に代わって、別の男がボスと呼ばれた男に近づいた。


「今回も〝十空〟の奴らは出てきませんでしたが……」


 副長である男の言葉に、「ああ」とボスは頷き、


「だが、そろそろ動くな……」

「〝黒空〟がいない今、空白地帯とはいえ〝十空〟が来ますか?」


 〝十空〟の中でも〝白空〟以上に厄介だったのが、神出鬼没の〝黒空〟だった。

 いくさに囚われた《血》狂いの血族であり、平然と空賊同業者も襲う〝戦闘狂〟。

 その姿が〝空〟から消えて五年ほどが経った今では、〝空〟を去ったという噂は真実として受け止められていた。


「そろそろ、どこかに勘付かれるさ」


 とんとんとん、とボスは足元を叩く。

 それが何を指しているのか察して副長は眉を寄せ――次の瞬間、苦笑した。


「少々、派手に動き過ぎましたか……」


 ここ最近の活動を振り返ってそう言う副長に、ボスは目を細める。


「そうだな。………〝〟はどうなっている?」

「まだ半年ですから、もう少しは保つかと。ただ、がありません。調達する必要があります」

「……いくつか目星はつけていたな? 使い潰す前に、調達させろ」


 これからのことを考えると、〝動力源〟はどんどん必要になって来る。

 今はまだ使えるうちに確保しておかないと、いざという時、すぐに補充が効かなければ〝上〟に行くこともままないだろう。

 そうなれば、この〝空船〟を手に入れた意味がない。


「分かりました。手配しておきます」


 頷き、去る気配を見せる副長に続いて言葉を投げかけた。


「――ただ、〝黒空〟には警戒しておけ」


 ボスのその言葉に、副長は少し眉を寄せた。

 既に〝空〟に居ないことは確信しているが、わざわざ、口に出す理由は――


「………が〝黄空〟の内紛に関与していた、と言う噂が事実だと?」


 再び、〝黒空〟が〝空〟に舞い戻ってくる可能性が高くなると言う事だった。


「そう同じ物があるとは思えない。〝黄空〟の内紛に関わっていた可能性がないとは言えないだろう――そもそも、相手が無視すると思うか?」


 六年前、〝黄空〟が殺されて空席となり、その元領域を得ようとして侵入した他勢力の空賊の先鋒隊は、元メンバーではなく、突如として現れた〝黒空〟によって、悉く〝空〟に散っていった。

 その事件は、改めて、〝黒空〟の異端さを叩きつけることで終わった。

 その情報を聞いた時、予想外の〝黒空〟の行動に驚いたが、元々、〝黒空〟は〝黄空〟に誘われて空賊になったのだ。戦闘狂とはいえ、情はあったと言う事だろう。

 そして、〝黄空〟で起こったが、この手にあることを知れば――


「確かに、コレが再びあることを知れば、〝空〟に戻って来る可能性は高いですが………さすがに姿を見せれば、先鋒隊を潰された空賊たちが黙っていませんよ? そうなれば、六年前の再現です」


 確かに完全に姿を晦ませた〝黒空〟が、再び、〝空〟に舞い戻ったとなれば、各勢力が放って置おくわけがない。

 恐らく、六年前の出来事が再現される――それ以上に、激化することは、容易に想像がついた。


「そもそも、〝黒空〟が去ったことも信じがたいですが……〝白空〟が逃がすとは思えません」

「〝白空〟とはいえ、制裁するにも動けば分かる。その噂がないのなら、何もしなかった――抜けているのは確実だ」


 ため息交じりに言う副長の言葉を、ボスはバッサリと切り捨てた。


「………」


 それでも、納得のいっていない表情の副長に小さく息を吐き、


「大概、気まぐれな奴だぞ? 〝白空〟も。………まぁ、ココから去って、《血》に狂ってどこかで死んだ可能性も考えられるが――」


 ふんっ、とボスは鼻を鳴らす。


「そう易々と死ぬような奴らでもないからな、あの血族は……」


 少しの間、沈黙が落ちた。

 小さく副長は息を吐き、


「では、足取りを――」

「いや。探すことはいい」


 副長の言葉を遮り、ボスは言った。


「先鋒隊を潰された〝十空〟が追って、見つけたという噂を聞かないのなら、今更追っても無駄だ。ヘタに刺激して、コレを知られてもマズイからな。去ったなら去ったままの方がいいが…………嗅ぎ付く可能性が捨てきれないから、念のために警戒するだけだ。来れば、それ相応の対応が必要になるからな」


 何せ、相手は二十年近く、たった一人で幾つもの〝輸送船〟や〝色なし〟を潰して来た化け物だ。その相手をするとなれば、それ相応の損害も考えなければならないだろう。

 先ほど、副長は他勢力が放って置かない――つまり、潰されるのではないか、と暗に言っていたが、ボスはそうは思わなかった。

 副長のその言葉は、六年前に〝黒空〟が全ての先鋒隊を撃墜出来たのは、その予想外の行動に動揺したため――〝不意打ち〟の部分もと考えているからだ。そうでなければ、例え、戦闘に特化した【狂華血族】とはいえ、、と――。

 だが、一度、ある【狂華ヘアーネル】の戦闘を――〝白空〟に付き従う者の戦闘を見たことがあるボスには、決して、不可能ではないと思っていた。

 ただ、それは実際にアレを見たことがなければ分からない感覚のため、口にはしなかったが。


「その場合、も必死になるとは思うがな――殺されたくはないだろうさ」


 足元に視線を向けて呟くボスに、副長の男は小さく頷いた。


「では、そのように通達しておきます。………〝核〟の調達の方も居場所が確定しだい日程を決めますので」

「ああ。頼む」










         ***










 『フェルダン市』を出発して十日。

 ソーラはフィルの監視を行いながら、時折、機関部に顔を出す毎日を送っていたが、今日は定期会議の日のため、いつもの定位置――ユオンとシェナと同じボックス席に座っていた。

 通常は一週間に一度の会議だったが、移住審査中は二日に一回の頻度で行われるのだ。

 ただ、報告されることと言えば、各部署からの定期的なものと審査が順調に進んでいること――イザベラの商店の手伝いから島民たちとの顔合わせも頻繁に行われている――が挙げられるだけで、特に問題となることもなく、お茶をして終わるだけだった。


(………重いわねぇ)

 

 ふっと息を吐いて、ソーラは手元のカップに視線を落とした。

 その日の店内は、会議前のいつもの和やかさはなく、重苦しい空気が流れていた。


「―――」


 その原因はカウンターの奥の席に座り、オレンジジュースを飲むブラウン色の髪の男――ヒューだ。

 会議のために店内に入ってきた全員がその姿を見つけた瞬間、〝何かがあった〟ことを察し、緊張した面持ちで席に着いていた。

 そして、目を閉じたまま身動き一つしないユオンの姿も、そのことに拍車をかけているのだ。


(こういう時は早いのよね……)


 今朝早く、開店と同時に『リーメン』を訪ねてきたヒューは、朝食を食べ終えると知り得た情報を話した。

 それはソーラたちが欲していた情報であり――そして、その内容を聞いてからユオンは目を閉じ、ずっと何かを考え込んでいた。 

 

「………」


 ふと、シェナから視線を感じた。

 ソーラがそちらに目を向けると、ユオンを目で指す姿が目に入る。


(これは無理よ……)


 小さく頭を横に振るえば、そっとため息をついて目を伏せる。

 恐らく、シェナが懸念していることとソーラが思うことは同じだろう。


(予想とは違ったけど………たぶん――)


 ヒューが伝えた情報の内容は、ソーラたちの予想のやや斜め上を行くもので、それ故にややこしい事態に――なりそうだった。

 動くのは、仕方がない。

 それが、この〝島〟が出来たことに大きく関わっているのだから。


(また一つ、噂が増えるわね……)


 〝島〟に関わることでなければ積極的に動くことはなく、もし、関わらないことだとしても、そのことを知らなかったら、そのまま世界を巡っていたはず。

 けれど、一度、知ってしまえば、その信念から――何よりもこのままでは〝島〟も関わることになるのなら――動くことになる。

 『都市』や空賊にその名を轟かせている、〝虹兎〟として――。









「それでは、会議を始めよう」


 いつも浮かべている笑みを消し、ダルグレイは会議の開始を告げた。

 緊張に満ちた店内をさっと見渡して、


「通常なら各部署からの連絡事項になるが……今日は、警備部長が空賊に関した情報を得たので、その報告と対処について話し合うことになる――」

「………」


 予想していたことだったとはいえ、得た情報の内容が気になって、全員の――既に聞いているソーラたち『リーメン』以外の――視線がヒューに集まった。

 ヒューはコップを置き、イスを回してゆっくりと振り返った。

 その瞳がいつもの眠たげなものではなく、鋭い眼光を放っていることに何処からか息を呑む音がした。


「敵の空賊に関しては、厄介な相手ではないが――ただ、問題はある」

「!」


 問題、と聞いて店内に緊張が走った。

 その様子に構わず、ヒューはユオンに視線を向けた。


「………」


 それにつられるようにして、ヒューに集まっていた視線がユオンに集まる。


「―――そうだね」


 ユオンは頷いて瞼を開いた。

 強い光を宿した赤い目が、さっと店内を見渡し、


「相手は〝色なし〟の空賊だけど……このまま、

「!」


 ユオンの言葉に何をするのか察して、誰もが目を見開いた。


「この航路で進んでいくと、彼らに捕捉される確率は五分五分だと思うから、いくつか手を回す必要があるけど――」

「………必要があるのですね?」


 ダルグレイの問いがただの確認であるのは〝島〟の危機以外でユオンが動くと時は、その〝島〟の在り方に触れることだということに気付いているからだ。

 そして、それは全ての島民たちの共通認識でもあるため、他に口を開く者はいない。


「うん。


 ユオンとヒューが〝その理由〟を話していくうちに、ダルグレイたちの顔色も変わっていく。

 嫌悪と憤怒へ――。


「だから、皆の手を貸して欲しいんだ」


 ユオンに、直接、戦う〝力〟はなかった。戦闘に特化しているシェナが特別なのだ。

 『リーメン』として動くのなら、〝島〟に害が及ぶことなく対処できるが、何があるか分からない。

 万全を期して動くには、〝島〟の協力が必要となる。


「………」


 ユオンの願いに、誰もが頷きを返した。

 それを断ることは――この場にいない島民たちも――ないだろう。

 何故なら、ユオンのその願いは〝島〟の在り方が起因していると理解していて、同じように助けられた者もいるからだ。

 ありがとう、とユオンは笑みを見せ、


「じゃあ、これからの予定だけど――」


 全員がユオンの話に耳を傾けた。

 

(………これも縁かしら)


 それを聞きながら、ふと、ソーラは思った。

 ホフィースティカが、今、この〝島〟にいることは――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る