17 虹兎の呼び声


 特定の空域に留まり続ける〝空島〟とは違い、〝島の始まりタルタロス〟を中心として、各々に決まった軌道に沿って周り続けている〝島〟――〝天島あまじま〟。

 その一つに大陸と〝島の始まりタルタロス〟のほぼ中間地点の海域を周り続ける〝島〟があった。






 その〝島〟の中心部にある建物の一室は、数十メートル四方の広さがあり、部屋の中央はすり鉢を逆さにしたように盛り上がっていた。その側面は一線を引いたように掘られ、機器を前にした者が十数人ほど座っていた。さらに底辺――床も機器に埋め尽くされており、同じように機器を前にした者たちがいる。

 頂上には円卓が置かれ、十人ほどの男女が囲んで座っていた。

 彼らの視線は、部屋の一角――壁一面のモニターに集まっている。そこに映し出されているのは、に色分けされた世界地図だ。


「また、ココか……」


 モニターの正面に座る男が、ため息交じりに呟いた。

 二十代後半ぐらいの男で、銀色の髪は一房だけ真っ白に染まり、青い瞳を細めて頬杖をついている。

 彼らが注目しているのは世界地図の一角、色分けされた地図の空白地帯――色のない箇所の一つ。

 色付けされた地域は、その〝色〟の名を持つ者の領域であり、空白地帯は誰のものでもない無法地帯だった。

 その無法空白地帯は、少し前までは〝ある者〟が管理をしていたが、その者が消えてからというもの、〝色なし〟たちが己の縄張りにしようと活発に動いているのだ。


「全く……今になって動き出しやがって」


 銀髪の男は眉をひそめ、新たに赤い線で囲われた二箇所を睨む。

 それが示すのは〝色なし〟同士の衝突が確認された空域で、先日までは十一個の赤丸――衝突が確認されていただけだった。

 銀髪の男のすぐ左隣に座る黒髪の女性――部下の一人が紙束を手にして、


「今年に入って十三件目。ここ一年ほどで倍増し、同様に〝色つき〟同士の争いも絶えません」


 その黒髪の女性に続いて、円卓を囲んでいる別の部下から報告が上がった。


「〝橙〟と〝藍〟の戦闘は落ち着いていますが、いつ再開するか……」

「あの二人は、特に仲が悪いからなぁ」

「『都市』の警備隊も色々と手を回しているようですが、芳しくはありませんね」

「………」


 それらの報告に銀髪の男は顔をしかめたが、無言だった。


「〝赤〟と〝緑〟の動きも怪しくなってきていますが……」


 言いにくそうな言い方に、ちらり、と報告する部下に視線を動かし、


「………〝黄〟に侵蝕か?」


はい、と頷かれ、への字に口を歪めた。

 〝黄空〟が空席となって六年。

 今は代理をたてて、辛うじて以前の領域を維持しているものの、それもじわじわと狭まってきていた。

 〝十空〟の席が空くと、いつもなら数ヶ月とたたずに次の代を決めて治めさせているが、から未だに〝黄空〟の席は空いている状態だった。


「………………これもが蒔いた種か」


 そのきっかけは、ある〝クロトラケス〟がたった一人で前〝黄空〟の領域を狙う他勢力の先鋒――その全てを叩き潰したからだ。

 たった一人に先鋒を壊滅させられ、二次被害を――報復を恐れて手を引いたために領域の争奪戦は一時沈静化した。

 その間に次代の〝黄空〟を選ぼうと元〝黄空〟メンバーに接触した。それはこれまでの功績や評判から、彼らの中から選んだ方が今後もやりやすいと判断したからだ。

 ただ、ガキの一件それを聞いた彼らは、継承の引き延ばしを要求し、そのガキを探し回り始めたのだ。

 それなら別の者を選ぶことも考えたものの、またガキが出てて来て〝空〟を引っ掻き回す可能性がないとは限らないため、最後の手段となった。

 それにガキに出鼻をくじかれた他勢力は、互いに牽制をするばかりで猶予はあり、元〝黄空〟メンバーの好きにさせていた。

 だが、その状況も徐々に変わってきている。

 ガキが消息を絶ってから――〝空〟から消えて数年ほどは、その行動を警戒して大人しくしていたが、一向に姿を見せないことで去ったことを確信してからと言うもの、日々、空賊たちの行動が活発化してきていた。


「早く次を決めないからですよ」


 部下の言葉に銀髪の男は片眉を上げ、


「出来そうな奴はいるにはいるが………前〝黄空〟の評判も悪くはないからな、引き継いだ方が面倒が減る」

「ですが、そろそろ限界ですよ?」

「そうだな………いい加減、はっきりとさせるか」


 特に問題もなかったので好きにさせていたが、そろそろ、はっきりとさせた方がいいだろう。

 、と考えていると、


「変なところで気が長いんですから……」

「………」


 小言は聞き流した。それは《血》による弊害のようなものなので、仕方がないだろう。


「あともう一つの席ですが、探すのを手伝い出して……もしかして、また就けるんですか?」


 部下の言葉に銀髪の男は頬杖をついたまま、ふんっ、と鼻を鳴らした。

 

 恐らく、戻って来る可能性は――五年も経過している現在は、さらに低いだろう。

 ちらり、と黒髪の女性を見て、


「………さぁな。アイツしだいだ」


ただ腐らせておくには、惜しいガキだった。

 一通り、世界を見て回れば〝何か〟が変わっている可能性も捨てきれず、に探しているだけだ。

 だが、五年前に消息を絶ってから、その行方は全く掴めていない。かなり目立つ血族であるにも関わらず、消えたように見つからないのだ。

 ただ、殺しても死なない奴だったので、死んだとは思っていなかったが。


「ですが、その影響力も大きいですよ。かなり、〝色なし〟たちの牽制になっていましたから」

「ああ。………結構見境のない――いや、空賊同業者には厳しい奴だったな」

「……ボス」


 見つけられたら見つけられたで良しとし、見つからなかったら、それもまたそれで良い――その心情を銀髪の男の雰囲気から察し、はぁ、と部下たちはため息をついた。


「………」


 はっきりしてください、と言いたげな様子に銀髪の男は眉を寄せた。




―――カチリッ、




と。その時、〝何か〟が動く音がした。


「!」

「これは――っ!」


 それは一瞬の音でありながら室内に響き渡り、誰かが驚いた声を上げた。

 ただ、円卓を囲む面々は平然として、銀髪の男に視線を向けていた。

 銀髪の男は、それに対して片眉を上げる。

 



『――また、悪巧み?』




 そして、〝何かの音〟に続いて、凛とした少女の声が室内に響いた。

 しんっ、と室内が静まり返る。

 銀髪の男は視線を虚空に向け、


「――オリビアか。久しぶりだな」

『そうね。連絡するのは五、六年ぶりかしら。―――ロキ』


 まだ若い声に対して、銀髪の男――ロキはふっと笑った。


「直接、会ったのは〝あの事件〟が最後か……」


 声の主――オリビアは〝とある仲間〟たちに依頼され、世界中の至るところに情報の網を持つ情報屋『通信社』の社長だった。

 それを可能にしているのは、何処にいても特定の人物に〝声〟を伝えることが出来るという彼女の〝力〟によるもので、常に最新の情報を取り扱っている。


『別に会う必要はないでしょ』

「つれないな……」


 くくっ、とロキは喉の奥で笑い、


「それで一体、何の用だ? 連絡した覚えはないぞ?」


 ごく稀に――空賊関係ではなく、《役割》のために情報を求めることはあるが、ここ最近は連絡を取っていない。


『――ええ、伝言よ』


 だろうな、と口の中だけで呟き、


「誰からだ? ………まさか、フォル坊からか?」


 先ほど、話題に上がっていた地域――その近辺にある『都市』に住む旧友の息子だろうか。

 彼らも『都市』からの依頼であのガキを探しているのは知っていたが、その理由は、空賊であるロキたちにとっては的外れなものだった。

 敢えて、ソレを教える義理も義務もないので放っておいたが、その動きだけは監視しており、今のところ、見つかっていないことは分かっている。


『いいえ。――〝虹兎〟からよ』


 思いもよらぬ名に、ぴくり、とロキは眉を動かした。

 それは、戦友で旧友のあだ名――オリビア同様、随分と会っていない相手のことだった。

 何故なら、通常は宿敵として相まみれる相手でもあるのだから。


『〝×月×日から二週間ほど、『リュカル都市』で待っている。用件は二つ、周辺の露払いと〝黒〟への対応について〟――』


 〝黒〟の名に、ロキ以外の全員が目を丸くした。


「あいつら『リュカル都市』の近くに行くのか」


 どうやら、今から特に赤い丸がある空域に突っ込んでいくようだ。

 トラブルに巻き込まれやすいのは、相変わらずらしい。


「――で、あのガキも一緒と」


 そして、探していたガキが辿り着いたのは、複数の〝七ツ族〟が住む、世界に唯一の〝島〟だったらしい。

 から容易に探し出せる〝島〟ではなくなったのだが、まったく、あのガキらしい鼻の利きようだ。


『それから、〝来なかったら――〟』

「まだ、あるのか?」


 続けられた言葉に、思わず、ぼやく。


『〝『リーメン』で押しかけるから、よろしく〟――だそうよ』

「………………おいおい。頼む側のセリフじゃないな」


 変わらない旧友に、ロキは笑った。

 トラブルメーカーと言うべきかお人よしと言うべきか、いつのまにか厄介事に首を突っ込んでいる『リーメン』の四人――この場合は〝虹兎〟だろう。

 ロキが宿敵から戦友、旧友となったのもそれ・・が原因でもあったが、オリビアと同様、直接、会ったのはが最後だ。

 ただ、お互いに色々と有名なので、風の便りで健在だということは知っている。


「仕方ない。分かったよ……」


 呼び出しに応じるのは、少々、癪だったが、数十年ぶりの呼び出しと〝ガキ〟に関することとなると行かないわけにもいかないだろう。


『愚痴は向こうに言って。じゃ――』


 オリビアの声が途切れ、ロキは視線を下に降ろした。

 さっと、部下達を見渡して、


「今日の議題の半分は解決だな。出港準備が整いしだい、出発するぞ」

「はい!」

「あと、にも連絡してやれ」


 ロキが指示を出すと、室内が慌ただしく動き始めた。

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