15 『リーメン』_ジョイザ
【
店内は昼を過ぎた頃だと言うのに、ジョイザ以外は誰もいない。
「ただいまー」
「どうも」
「………」
ジョイザは入ってきたフィルたちに視線を投げてきただけで無言だった。
(……ホント、大丈夫なのか? ココ)
つくづく、接客業には向かない男だと思うフィルだった。
ただ、この店以外に喫茶店はないので、必然的に島民たちは訪れることになるだろうが。
「シェナは?」
ジョイザの目の前にユオン、その隣にフィルが腰を下ろす。
「……ソーラと遊んでいる」
「また?」
呆れた口調のユオンに、フィルは内心で小首を傾げた。
(遊んでいるって………どういうことだ?)
島民は多くないので、何かしらの仕事はあるだろうに。
「……ひとまず、ランチ二つ」
ため息をつくユオンを横目に、フィルがジョイザに注文したその時、
―――ばんっ、
と。勢いよくドアが開き、カランカランとドアベルが鳴った。
(――何だ?)
フィルがドアの方へ振り返ると、店内に駆け込んで来た女性と目が合った。
二十代後半ぐらいの女性で、薄汚れたつなぎに身を包んでいる。油の匂いが漂ってきたので、恐らく、機械関係の技術者だろう。
「―――い、いたぁっ!」
ユオンを見て叫ぶと、女性は駆け寄ってきた。
「やっと見つけたよ、ユっくん!」
「……ユっくん?」
思いがけない呼び名に、フィルはユオンに訝しげな視線を向けた。
あっ、とユオンは慌てて、
「いや、それは――」
「シーちゃんとソーラ姐さんがっ……それにザンカまでっ!」
いくつか名前を連ねて、女性はユオンの腕を掴んで立ち上がらせた。ユオンは前のめりになりながら、女性を見上げ、
「また? いつもの事だろ?」
「でも、ケイ姐さんもキレてっ……来て! とりあえず、早く!」
「いや、オレを巻き込むな……っ」
ぐいぐい、と引っ張られ、ユオンは引きずられるようにドアへと向かう。
「……………………あっ、おい!」
ぽかん、と二人を見ていたフィルが止める間もなく、ユオンと女性は店から出ていった。
(俺の案内は……どうなるんだ?)
少しの間、唖然としてドアの方を見ていたが、
「シーちゃんって……あの嬢ちゃんのことか? もしかして、トラブルメーカーなのか?」
ぽつり、と呟いた。
最初、シーちゃんとソーラ姐さんと言っていた女性の言葉と、ユオンを引っ張っていったことから考えるに、恐らく、『リーメン』の店員であるシェチルナとソーラのことだろう。
シェチルナは、見た目ところ大人しそうな印象を受けたが、半年前に彼女の戦闘能力の高さは見ていた。
その時は、〝クロトラケス〟は見た目では判断が出来ないのだな、と改めて実感したものだ。
「―――ああ」
独白に近い呟きに答えが返ってきたので、フィルはジョイザを振り返った。
(しゃ、しゃべった……?)
フィルは、思わず、ジョーをマジマジと見てしまった。
今まで幾度も訪れているが、ジョイザの声を聞いたのは、ユオンやシェチルナ、ソーラの三人がいる時を除くとほとんどなかったのだ。
「………」
だが、そんなフィルの様子は気にせずにジョイザはサイフォンに視線を落としたままだった。
(けど、こいつも………〝七ツ族〟、だよな?)
空賊を辞めてから、日に日に感覚は鈍くなっていくが、〝島〟に足を踏み入れた途端に感じた気配は骨の髄まで染み渡り、忘れようにも忘れられなかった。
それが〝七ツ族〟なのだと確信したのは、半年前――初めて、この男を見た時だ。
そして、似た気配が複数あることに気づいた。
「………」
コトッと小さな音を立てて目の前にコーヒーカップが置かれた。
どーも、と礼を言ってコーヒーを飲む。
香ばしい香りが鼻腔を抜け、ほのかな苦味は好みそのものだ。ほぼ毎日通っていたので、フィルの好みを知ったのだろう。
「………ヒューと会ったか?」
コーヒーが半分ほどになった頃、唐突にジョイザが尋ねてきた。
「!―――ああ。会ったぜ……」
ジョイザから話しかけてくるとは思わず、一瞬、口ごもりつつもフィルは頷いた。
「説教されたな。………あと挑発も」
口の端を上げて、小さく笑った。
―――「【
自覚していた事だったが、改めて〝七ツ族〟に――ヒューストに指摘されると、その言葉は胸に深く突き刺さった。
ただ、それは動揺したわけではなく、「やっぱりな」と半ば諦めのような納得のような――上手く言い表せない感情で受け入れたと言う意味合いが強い。
(けど、今は閉じている状態か………てっきり、燃え尽きて枯れ落ちたと思ったけど、違うのか?)
それはフィルの認識とは少し違っていたが、揶揄の違いではないだろう。
淡々と言うヒューストの言葉の端々から、ただ事実を言っているような気配を感じたからだ。
そして、続いて言われた「今はまだ大丈夫だが――時間はないぞ」と言う言葉が意味するのは――
(……………また、〝力〟を取り戻せるのか?)
再び、狂い咲ける――《血》に従える可能性があり、ただし、その猶予は幾ばくもないのだと言うこと。
確かに、このまま、〝力〟が衰えていけばその可能性はぐっと減るだろう。身体の感覚だけでなく、精神的なもの――戦いへの渇望も弱くなってきている。
ただ、例え〝七ツ族〟の言葉だったとしても、再び狂えるとは思えなかった。
もう一度、そこに身を投じたい気持ちはあるが、無理だろうと言う諦めの気持ちが強いからだ。
何故なら、あれほどの衝動が生じたのは、二十年近く〝空〟にいた中でも、初めてのことだったのだから。
―――「…………誰もがその本質――《血》を知っていると言うが、本当に理解している者は少ない」
だが、ヒューのは、フィルの戸惑いなど、取るに足らないものだと言わんばかりに真っ向から否定してきた。
その根拠となるのは、その身に流れる《血》――《記録》の血族としての知識からだろう。
一体、どれだけの《記録》があるのかは分からないが、それを前にしては反論の余地はない。
ただその時、フィルは昔に言われた〝ある言葉〟を思い出してさらなる混乱の中にあったので、どの道、口を開くことは出来なかったが。
―――「お前は《血》に従っているよな……」
それは十数年前に――〝黒空〟になる前に〝
〝白空〟から呼び出しがあった、と言う話から始まって、珍しく真面目な事を話していた中で言われたのだ。
だが、『ビフレスト島』に辿り着き、そこに住む島民たちを――〝虹兎〟を見て、久しぶりに《血》が騒いだ。
(あの感覚……本当にもう一度
衰えていた〝力〟が僅かでも漲ってきて――だからこそ、そうさせる〝何か〟を持つ彼らに興味を抱いたのだ。
だから、再び〝空〟に舞い戻ってくることを――『ビフレスト島』への移住を希望したが、
(………一体、何が違うんだ?)
だが、ヒューストから投げかけられた言葉の数々は、〝それは甘い考えだ〟と否定している気がしてならなかった。
「―――!」
何かが焼かれる音がして、はっとフィルは我に返った。
いつの間にか俯いていた顔を上げてジョイザを見ると、手元を見下ろして手を動かしている。
柄にもなく、考え込んでいたようだ。
気分を変えようとふっと息を吐いて、フィルはコーヒーを一気に飲み干し、
「―――やっぱり、〝七ツ族〟は変わっているな」
考えていたことを頭の隅に追いやった後は、以前会ったことのある〝七ツ族〟のことを思い出した。
空賊時代に会ったのは、二人。
その内の一人は出会った瞬間に襲い掛かったので、今と比べて「あの頃は若かったなぁ」と内心で苦笑した。
「…………………………アイツもか?」
フィルに気を使ったのか、ただ無視したのかは分からなかったが、ジョイザは尋ねてきた。
肉の焼ける、香ばしい匂いが漂ってくる。
「アイツ?」
誰のことを言っているのか分からず問い返しても、ジョイザは答えなかった。
〝放浪島〟に住むジョイザと空賊だったフィルに共通の知人など、いないだろう。
(―――いや、一人だけ………)
唯一、思い当たる人物がいた。
それは〝十空〟の一人であり、ジョイザやヒューと同じ〝七ツ族〟でもある男のことだ。
「……〝
ただ、相手は数多いる空賊のトップに立つ存在なので、例え、〝七ツ族〟同士だとしても知人とは言い難い相手だったが――
「………」
ジョイザは返答の代わりに視線をよこした。
「っ?」
ぞわりっ、と背筋が震えた。
一度だけ、大きく心臓が脈動し、身体が臨戦態勢に――いつでも動けるように身構えたが、口元が緩むのだけは止められない。
「…………………ああ。かなり、変わってたよ」
突然、覇気を纏ったジョイザの心境は分からないかったが、フィルは頷いた。
―――〝白空〟のロキ
その血族は、【
〝クロトラケス〟で、罪を犯した者を裁くと言われる〝断罪者〟。
空賊として悪名を轟かせているにも関わらず、時折、仕事もしているようで、何をもってして〝罪〟だとするのかは分からなかった。
ただ、結果として〝クロトラケス〟から――だけでなく、その仕事振りを見た〝アポロクロス〟からも恐れられていた。
「初対面で挑んで、三日間ほど戦ったけど負けたな」
空賊として初めてその姿を見た時、勝負を挑んで三日間ほど戦ったが、先に気絶したのはフィルだった。
三日にも及んだのはこう着状態が続いた――わけではなく、互いに遊んでいたのが原因だった。高い治癒力があったとはいえ、ケガが完治するまでの期間は、今までの最長だった。
「………おたくも〝七ツ族〟だろ?」
「………」
問いかければ、料理の手を止めてジョイザは視線を投げてきた。
ジョイザの見た目は二十代後半ぐらいだが、不老長寿の〝七ツ族〟は軽く百歳は超えていることが多い。
敬語を使うべきか一瞬だけ考えたが、ジョイザに――『リーメン』の面々には、必要がないように思えた。
同じ〝七ツ族〟であるヒューストとは、また違った彼らの独特の雰囲気が、それを許しているように思えた。
「……不思議な〝島〟だな」
呟いた言葉が柄にもなく感傷的だと気づき、フィルは苦笑して誤魔化すようにコーヒーを飲もうとして、空だと気づく。
「……」
「……あー、悪い」
そこにジョイザがコーヒーを注いできたので、少し視線を逸らしながら礼を言った。
コトッコトッ、とワンプレートに盛られたランチセットとバケットに入ったパンが置かれ、
「……【
フィルは片眉を上げ、にやり、と笑った。
「【
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