14 警備部部長_ヒュースト


 ユオンたちがアイサに先導されて辿り着いたのは、〝島〟に点在する警備部の詰め所の一つだった。

 詰め所は、森の中に溶け込むように深緑色の壁をした長方形の建物で、周囲は開けていて、そこに十数人ほど――部長を除いた全員が揃っていた。

 メンバーの年齢は十代から六十代までと幅広く、半数以上が男性だったが女性も何人か配属されている。


「―――」


 現れたユオンたち――その中にいるフィルに、全員の視線が集まった。

 思い思いに佇む中にアイサやヨルダたちも合流し、フィルに向き直る。


「ココが私たちの詰め所の一つです。メンバーはこれで全員ですね――あ。部長は、まだ来ていませんが……」

「全員って……それを言ってもいいのか?」


 アイサの説明を受け、呆れた表情で尋ねて来たフィルにユオンは苦笑を返した。


「それぐらいの情報は、知られてるよ」


 十七人は常時の警備人数で、非常事態になれば島民の半数以上が戦力となるので、知られても特に問題はなかった。


「……なら、いいが」


 フィルは面白げに警備部のメンバーを見渡して、


「フィルだ。よろしく」

「――えっと、それじゃあ私たちも自己紹介を」


 アイサが目で合図をすると、彼女の近くにいたメンバーから順々に名乗っていった。


「俺はディクラ。このメンバーでは一番の新人だ」


 そして、総勢十七人のうち、部長を除いた全員の紹介が終ったところで、じろり、と睨みながらヨルダが口を開く。


「………あなたが暴れたら、真っ先に潰しに行く」

「ヨルダさん! ――フィルさん、すみませんっ」

「いや……そんなに謝れても」


 ペコペコと頭を下げるアイサに、フィルは頬をかいた。


「――――君、変わっているね」


 そこに眠たげに目を瞬かせている二十代後半ぐらいの薄茶色の髪の男――チックが声をかけた。


「?」


 その言葉に、フィルは片眉を上げる。


「君は【狂華ヘアーネル】だろ?」

「ああ。それがどうした?」

「これだけ警戒心を出しているのに、動かないんだね」


 どこか夢うつつに尋ねて来るが、フィルは答えずにメンバーを見渡した。

 森でヨルダが現れてから、ユオンでも感じるほどに強い警戒する気配がフィルに向けられていたのだ。

 だが、フィルは平然としていて――何の反応も見せなかった。


「………………たぶん、聞いていると思うが、俺の〝力〟は衰えている」

「!」


 面と向かって肯定するとは思わなかったのか、アイサたちは僅かに表情を変えた。

 それにふっと笑みを見せ、


「ピークは過ぎた。それだけさ」

「………」


 フィルは無言で佇む――その言葉の真意を図っている――メンバーから視線を外し、ユオンに振り返る。


「で? 俺に合わせたい奴っていうのは、この――」




「―――それは違う」




 フィルの言葉を遮って、静かな声が響いた。


「っ!」


 フィルは目を見開き、背後――入ってきた道の方へと勢いよく振り返った。


「―――おはよ、ヒュー」


 珍しく眠気の感じさせない声にユオンは笑みを浮かべ、同じく振り返る。

 木陰から、ぬっ、と姿を現したのは、今朝の会議も出席せずに姿を晦ましていたヒュー ――警備部部長だ。


「………………〝七ツ族〟か」


 その姿を見た瞬間、表情を消して囁いたフィルから闘気が漏れ出した。


「―――!」


 ヨルダたちはその一挙一動を窺い――唯一、アイサだけは、フィルとヒューの顔を不安げに見比べていた。


「―――」


 無表情でヒューを見つめるフィルは、つと、その口の端を僅かに上げた。

 そこに一種の狂気が垣間見え、さらに放たれる闘気が増していく。

 それに対してヨルダたちも警戒を高めていき、アイサもフィルに視線を留めるが――



―――ふっ、



と。フィルが息を吐いたかと思うと、その闘気はかき消えてしまった。


「……!」


 その呆気なさに誰もが目を瞬いた。


「おたくが、俺に会わせたいって言ってたのは……?」


 そして、ユオンに振り返った彼は、楽しげな表情でいつもの不敵な笑みを浮かべていた。


「そうだよ」


 ユオンが頷いたので、フィルは、再び、ヒューへと視線を戻す。


「警備部部長、【夜神ヘイムダル】のヒューストだ」


 淡々とした声でヒューが名乗り、


「……【狂華ヘアーネル】のホフィースティカ。フィルでいい」


それに対してフィルは会釈をして、本名を名乗った。


(――あれ?)


 今までとは違うフィルの様子に、ユオンは目を見開いた。

 恐らく、彼なりに敬意を表しているのだろう。


「フィルか。……よろしく」

「………」


 フィルはヒューに頷いて、ユオンに苦笑を向けて来た。


「それで、これからどうしろって言うんだ? さすがに〝七ツ族〟が暴れねぇよ」


 神の名を持つ〝七ツ族〟は、他の〝クロトラケス〟と同様に人里離れた場所にひっそりと住んでいるが、フィルの言葉通り、この〝島〟には〝七つ族〟に連なる者が数人、住んでいた。


「うじゃうじゃはいないよ」


 だが、正直に認めるわけにもいかないので、ユオンは適当に誤魔化した。

 その〝力〟が衰えているとは言っても、まだ会っていないのにも関わらず、この〝島〟にいることを感じていたのは【狂華ヘアーネル】の《血》故か。


「ストレスが溜まっているのなら、相手になろう。誰か適当に指名するといい」

「ボス!」


 ヒューの提案にアイサは驚き、甲高い声を上げた。


「おいおい。思い切ったことを言うな………」


 さすがにその提案は意外だったのか、フィルは面食って口ごもった。


「………………………ヘタに溜めて暴れられても困る、ってことか?」

「………」


 無言のヒューは返事を待っているようにも見えて、フィルは困惑気味にユオンを見て来た。


「――ってみたら?」


 にこり、と笑ってユオンは言った。


「ユオン様……」

「おたくまで……」


 がっくりとアイサが肩を落とし、フィルは少し呆れた声で呟いた。


「半年以上も溜め込んでいるのは、【狂華ヘアーネル】としては異常だよ?」

「いや、どこまで戦闘狂と思われているんだ? ………まぁ仕方ないが」


 呆れつつもフィルがメンバーに目を向けると、再び、緊張が走る。

 その視線はメンバーを通り過ぎ――ヒューにさえ止まらず――、ぴたり、とアイサで止まった。


「――えっ?」


 目を見開くアイサをじっと睨んでいたが、フィルは肩をすくめた。


「…………やらねぇよ。心情を悪くすることもない。【狂華ヘアーネル】にも色んな奴がいるってことで、勘弁してくれ」


 その言葉にアイサたち警備部の面々は、虚を突かれたような顔をしていたが、


「―――あくまで、君はスランプだ」


唐突に、ヒューが言った。


「スランプな……」


 今一つピンッと来ていないようで、フィルは小首を傾げた。


「【狂華ヘアーネル】は咲き乱れるのではなく、狂い咲くものだ。……だが、今は閉じている」

「閉じている?」

「…………誰もがその本質――《血》を知っていると言うが、本当に理解している者は少ない」

「……………!」


 何か思う事でもあったのか、一瞬、フィルの気配が揺らめいたが、何も言わなかった。

 

「咲けなければ、いずれ枯れる。今はまだ大丈夫だが――時間はないぞ」


(……ヒュー?)


 珍しく、諭すような言葉にユオンは目を見開く。

 不老長寿の〝七つ族〟は、ある血族を除いてその平均寿命は数百年あり――そして、血族ごとに《役割》を持っていた。




 ヒューの血族である【夜神ヘイムダル】の役割は――《記録》。




 この世界で起こった出来事を把握し、記録し続けることだ。

 血族の歴史やその行動、〝アポロトス〟たち『都市』の動きなど、世界で起こったことを――。

 よって、フィルへの言葉は、誰よりも血族の歴史を知る【夜神ヘイムダル】としての、その知識から出たものだろう。


「いつでも来い――ホフィースティカ」


 ヒューは眠気を帯び始めた瞳を半ばまで下ろすと、背を向けた。

 言いたい事は、もうないようだ。


「…………」


 森の中へ消えるその背を、誰もが口を閉ざして見送った。


「――誰も、《血》の本質を理解はしているようでしていないさ」


 ぽつり、と呟くと、その場にいる全員の問う様な視線を感じたが、ユオンはフィルに振り返った。


「ただ、【狂華ヘアーネル】の生き方は最も本質を体現しているよ」

「………」


 それに、フィルは何も言わなかった。

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