13 警備部の面々
『フェルダン市』を出発して二日。
ユオンは、朝からフィルと〝島〟の主要施設を回っていた。
ただ、機関部を含めた地下部分は避けているので、〝中島〟規模では時間をかけても一日半で回りきってしまうが。
「ぜひ、会って欲しい人がいるんだ」
ユオンは笑みを見せながら隣を歩くフィルにそう言うと、
「ん? 〝島〟に知人はいないぜ?」
「会えば分かるよ」
にやり、と笑えば、フィルは眉をひそめた。
二人が向かう方向から籠を持ったイザベラが歩いてきて、ばちり、と目が合うと「おはよう」と声を掛けて来た。
「今日からね」
「ああ。よろしくな」
「そっちはボチボチね。それより、また手伝ってくれる?」
さらり、と聞き流し、己の要望を口にするイザベラに、フィルは片眉を上げた。
「ハイリスクノーリターンだな」
「そうでもないわよ?」
(……あれ?)
予想以上に親しげに話す二人に、ユオンは目を丸くした。
「今日はどこに行くの?」
イザベラの問いに、ユオンは目を瞬いた後、口を開いた。
「この辺りと
「ふぅん…………上の森にねぇ」
何処か納得したようにイザベラは呟き、
「何だよ?」
じっと見つめられて、フィルはイザベラから距離を取った。
「ストレス解消には、いいんじゃないかしら」
「はぁ?」
意味が分からない、とフィルは眉を寄せた。
「ストレス、溜まらないの?」
「……っ!」
その指摘には、ぐっ、とフィルは口を閉ざした。
「―――お。イザベラが子どもを苛めてる」
通りかかった小型のカートから、黒髪の男が声をかけてきた。その荷台には、木箱が幾つか積まれている。
「苛めてないわよ、人聞きの悪いこと言わないで」
「そうか? ――よ、ユオン」
男はさらに小首を傾げ、その視線をユオンに向けた。
「おはよ」
三十代ぐらいの小柄な男――スワントに、ユオンは笑みを返した。
スワントは生業室に所属し、トレードマークのつなぎ姿だ。カートに乗っているところを見るに、倉庫から荷物を取ってきたのだろう。
「おいおい。俺はそんなに若くねぇぞ」
子ども扱いされ、少しむっとした表情でフィルが言った。
「僕は二十八だ」
「……俺は四十二だよ」
「嘘だろ。僕は騙されないぞ」
一刀両断され、「は?」とフィルは目を点にした。
「あ。彼がフィルだよ」
ユオンが紹介すると「そうなのか?」と男は目を軽く見開き、
「俺の名はスワントだ」
「ああ――」
フィルがさらに口を開こうとするも、イザベラが間に入ってきた。
「スワント。早く行かないと、ルナがうるさいわよ?」
イザベラに「――おっと」とスワントは呟いて、
「確か、こっちにも来るんだろ?」
「うん。あとで行くよ」
「分かった。じゃあなー」
ひらひら、と片手を振って、スワントは去っていった。
文句を言うタイミングを逃したフィルは、半ば呆然としてその背を見送った。
「………………なぁ、ああいう奴なのか?」
「うーん……いつも通りかな」
スワントの初対面の人間に対しての態度としては、いたって普通だ。
「人見知りなのよ。初対面だと、話は聞かないから」
不毛な言い合いになるだけよ、とイザベラは厳しい。
「人見知り、か? アレ……」
フィルは理解できないと言いたげに眉を寄せ、腕を組んで悩み出した。
「慣れてきたら、ある程度は会話が出来るようになるから」
じゃあ、とイザベラに手を挙げてユオンが歩き出すと、
「なんか、疲れるなぁ……」
背後でフィルが大きなため息をついていた。
ユオンはフィルと一緒に十軒もない通りの建物を順番に回っていき、
辛うじて分かる道を外縁に向かって進んでいく。
「で? 次はどこに行くんだ?」
「だいたい予想はついてるよね?」
問いに問い返せば、フィルはさっと周囲に視線を向けた。
「………いや。それはそれでマズくないか?」
周囲に満ちていく気配に気づいてか、フィルは眉を寄せる。
「詰め所の一つだよ。会わせたい人はそこにいるからさ」
「だから、誰のことなん――」
突然、フィルは言葉を切って――ふっとその姿が掻き消えた。
一瞬の間があり、今までフィルが立っていた場所に上から黒い影が落ちて来る。
「―――ユオン様に生意気」
ぽつり、と呟いたのは金色の髪を一房だけ長く伸ばし、三つ編みに結った女性だった。
二十代前半ぐらいの女性で、髪と同じ色の瞳を油断なくフィルに向けていた。
「誰だ?」
フィルは数メートルほど後退した位置に立ち、軽く眉をひそめている。
どうやら彼女の気配に気づき、一足跳びで飛び退いたようだ。
「………」
女性はその言葉には答えず、とんっ、と地を蹴ってフィルに向かった。
「―――ヨルダ、第一印象最悪だよ」
ユオンは止めようと女性――ヨルダの肩に手を伸ばすものの届かず、とっさに三つ編みの髪の毛先を掴んだ。
「――っ!」
かくんっ、とヨルダは頭を仰け反らせて止まった。
それを見てぱっと手を離すと、ヨルダは首の後ろに手を当てて振り返った。
「…………ユオン様、痛い」
「ごめん。届かなくて」
「それと、危ない」
「ホント、ごめん――二人とも、ちゃんと止めてよ」
ヨルダにじと目を向けられたユオンは謝り、そして、頭上を振り仰いだ。
覆い茂った木々の中に、二つの人影があった。
「いや……悪い」
「面白そうだったんで、つい」
降り立ったのは、二人の男だ。
一人は三十代後半ぐらいの茶髪の男で、気まずそうに視線を逸らして、被っている中折れ帽の広めの鍔を下ろした。
そして、もう一人は十代後半ぐらいの紫色の髪の少年で、茶髪の男とは反対に、あはは、と笑っている。
茶髪の男――ベルセラは鍔で顔を隠したまま、
「気づいたら、ヨルダがいなかったんだ」
「俺たちじゃ、止められないよー」
ベルセラに、うんうん、と紫色の髪の少年――コルニタは頷いて、フィルを見た。
「それにしてもお兄さん、いい反応だったなぁ。さっすがー」
「………」
さすがに初対面でおだてて来るコルニタには、フィルはじと目を向けた。
「………こいつらが警備部の奴らか?」
「うん。そうだよ」
ユオンが頷くと、三人はそれぞれに自己紹介をした。
「俺はコルニタ。よろしく!」
「ベルセラだ」
「……ヨルダ」
にこにこと笑うコルニタ、顔を隠したままのベルセラ、敵意を見せるヨルダと視線を向けていき、フィルはため息をついた。
「………俺はフィル。知っての通り、移住希望をしている」
「フィル兄さんか。ココからは俺たちが案内するよ」
くるっ、と身を翻すコルニタに従い、ユオンたちも歩き出したその時、
「何、やっているんですかっ!」
今度は、女の子の叫び声が聞こえてきた。
「うおっ――!」
何かを察して、ベルセラは慌てて身を屈めた。
中折れ帽が〝何か〟に弾かれ、空中を舞った。虚空を切り裂いたモノは、木の幹を削って森の中に消えていく。
「ア、アイサ――落ち着けっ」
ユオンは視線をベルセラに戻すと、突然、姿を現した少女に胸倉を掴まれ、前後に大きく揺すぶられていた。
長いくすんだ金色の髪を振り回す少女は、警備部副部長のアイサだ。
今にも泣き出しそうに歪んだ顔でベルセラを睨み、
「どーして、止めてくれなかったんですかっ。失礼なことをしたら、どうするんです!?」
「すま、ない。私が悪……っ」
ベルセラはアイサを止めようと、彼女の細い腕に両手をかけるが解くことが出来なかった。
アイサの腕力は、その細腕からは想像がつかない程――警備部の中でもトップクラスだからだ。
「何で、待っていられないんですかっ? 私はっ、ボスがいないからがんばって――っ!」
「っ……!」
「アイサ、落ち着いて!」
さすがに顔色が悪くなってきたベルセラを見て、あちゃー、と見ていたコルニタは慌てて二人に駆け寄った。
「ベルセラさん、顔色がおかしくなってるよ!」
ただ、コルニタも二人の間に割って入ることは無理だったので、アイサの肩を叩くだけだ。
「えっ? ――あっ、ごめんなさい!」
はっとアイサは我に返り、両手でベルセラの首を絞めていることに気づいて慌てて手を離した。
「げぼっ、ごぉっ――おぇっ」
その場に崩れ落ち、咽返るベルセラの背を二人で撫でる。
「大丈夫か? ベルセラさん」
「す、すみませんっ」
「っ……ぐぅ……!」
ベルセラは言葉を発することが出来ないようで、よろよろと手を挙げて心配ないと意思表示をしていた。
(あー……また、やっちゃったか)
ユオンは漫才のようなやり取りに苦笑し、フィルに目を向けた。
「―――」
彼は呆れた表情で口を閉ざし、三人を見つめていた。
ベルセラが落ち着いたところで、ユオンはアイサに声をかけた。
「………アイサ。彼がフィルだよ」
はっと状況を思い出したアイサは慌てて立ち上がると、フィルに頭を下げた。
「警備部副部長のアイサです! すみませんっ、私が未熟なばっかりに部下が失礼をっ!」
「……いや。別に、俺は気にしてないぜ」
フィルは片眉を上げたものの、そう言った。
「そう、ですか? …………ありがとうございますっ」
顔を上げたアイサは、ほっ、と胸を撫で下ろして、
「ヨルダさん! ダメじゃないですか!」
元凶であるヨルダに鋭い視線を向けた。
「………でも、ユオン様に、」
「ダメです! 審査中とはいえ、旅客の人でもあるんですから無暗に攻撃はしないで下さい!」
「………ごめん」
しゅんとしたヨルダと懇々と説くアイサから視線を外し、ユオンはフィルに振り返った。
フィルは片眉を上げ、アゴでアイサたちを指す。
止めろ、と言っているようだ。
「――アイサ、みんな揃ってる?」
「あっ、はい! みんな、詰め所で待っています」
ヨルダへの説教を止めてアイサは元気よく頷いたが、さっと顔を曇らせた。
「ただ――ボスはちょっと……」
言いづらそうに言うアイサに「――大丈夫」とユオンは頷き、
「ヒューならすぐに来るよ」
「えっ………そ、そうなんですか?」
アイサは少し不安げだったが、フィルに視線を移すと、
「それでは、詰め所まで案内しますね!」
笑みを見せて、森の奥を手で示した。
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