第3章 蒔かれた種

12 審査の始まり


 物資の搬出と搬入、新たな旅客の受け入れ――そして、機関部の改良を終えた『ビフレスト島』は、『フェルダン市』を後にした。






 出発して数時間後、各部署の部長たちは『リーメン』に集まり、それぞれ報告を行っていた。


「〝灯籠〟の機能向上から、以上三点の環境改善が予想されます」


 青い髪と瞳を持つ十代後半ぐらいの少女――環境部長のウルリカは、朗々と報告を読み上げる。

 彼女の報告で各部署からの報告事項が終わり、全員の視線がユオンに注いだ。


「出だしは好調か……」

「出だし、は余計よ」


 唇を尖らせるシェナに苦笑しつつも、ユオンはメンバーを見渡し、


「予定通りに審査を行うけど、そのことでオレから報告が二つある」

「!」


 審査に関わる報告に、空気が変わった。


「一つは襲撃する可能性がある空賊について――」

「それって、来るの?」

「五分五分よりは高いかな」


 ユオンは肩をすくめ、手元の資料に視線を落とした。


「情報源は『通信社』で、最近、『都市』周辺に出没する空賊は〝色なし〟であることは間違いないけど、少し他と毛色が違うらしい」

「それは一体、どういう……?」

「その出没範囲が広すぎて、全く戦力の全容を捉えきれてないみたいなんだ」


 フォルマスによれば、短期間の間にかなり離れた場所――広範囲での襲撃を行っているため、警戒網を固めても間に合わないらしい。


「範囲が広すぎる……?」

「それは、相手の規模はかなりのものだということですか?」


 いくつか疑問の声が上がるも、ユオンは首を横に振った。


「その点も、中々、判断がつきにくいらしい。……ただ、統率する者はいるだろうから、『通信社』も『都市』の依頼で探っていて――」


 さっと店内を見渡して、


「その第一候補が、〝黒空〟だったんだ」

「!」

「〝黒空〟は『都市』専門だから、そう考えるのは無理もないけど……オレたちが知る〝黒空〟の情報と合わせた結果、関与については〝白〟だと結論が出たから、安心して欲しい」

「………無関係、ですか?」


 ダルグレイの訝しげな声にユオンは強く頷いた。


を大きくしたのは彼だと思うけど、直接のきっかけじゃないよ」

「火種を大きくって………それって〝黄空おうくう〟の席だけじゃなくて、〝黒空〟も空けたからってこと?」


 片眉を上げ、シェナが尋ねて来た。

 〝十空〟の中でも〝黒空〟は少々異色な存在だった。

 何故なら、その牙は『都市』――その輸送船――だけでなく、空賊同業者にまで向けることがあったからだ。

 そのため、〝十空〟のトップとして君臨する〝白空〟とはまた別の抑止力のような存在となっていた。


「うん。それに、まだ二席とも埋まってないし……」

「〝黒空〟は前任者からもだいぶ空いていたのなら分からなくもないけど……何で〝黄空〟まで空きっぱなしなの? いつもは少ししたら選ばれるはずなのに」

「さぁ? でも、〝黄空〟――元〝黄空〟の人たちが今までの領域テリトリーを維持し続けているのなら、もう、その中から選びそうだけど……」


 シェナの問いには、ユオンも小首を傾げた。

 ヒューや『通信社』の情報では、元〝黄空〟のメンバーは健在で、未だに以前の領域テリトリーを――多少は狭まっているところもあるが――維持しているようだった。

 そして、〝十空〟が――何よりもトップである〝白空〟がそれを黙認していると言うことは、そのまま、元部下の誰かに〝黄空〟を引き継がせる腹積もりである可能性は高かった。

 だが、何故か未だに〝黄空〟は空席のままで、五年を経て次第に〝空〟も荒れて来て―― 一体、何を考えているのか、分からなかった。


「ホント、はた迷惑ね……やる気、あるのかしら?」


 はぁ、とシェナはため息をついた。

 はは、とユオンは乾いた笑い声を上げ、


「〝白空〟は統率していると言うか、その実力で従わせている――睨みを聞かせているだけだからね。……結構、仕事にムラっけもあるし」

「偶にはビシッとして欲しいわ。いつも、空の上でふんぞり返っているんだから」

「いや、ふんぞり返ってはないよ」


 〝十空〟への愚痴に移ったユオンとシェナの会話を、パンパンッ、と手を叩く音が遮った。


「はいはい。今は会議中よ、二人とも」


 ソーラの声に、ユオンとシェナは言葉を止めて、


「あ、ごめん」

「ごめん……」


二人揃って頭を下げた。

 ユオンは、何を話していたっけ、と視線を泳がせ、


「えーと……取りあえず、原因は〝十空じゅっくう〟の座を狙う権力争いの可能性が高い――と言うか、今の時期だとそれしか考えられないから、フィルが何かを画策している訳じゃないんだ」

「情報源が『通信社』なら、確かね」


 ユオンの言葉に、うんうん、と頷くシェナ。

 他のメンバーも少し複雑な表情をしているが否はないようで、何も言わなかった。


「それで相手は広範囲を短期間で移動、或は、規模が大きい可能性があるから、は十分気を付けてほしいってことと――あと、に次の『都市』で落ち合う約束をしたってことで、オレの報告は終わり」

「!」


 ロキの名に誰もが驚いて目を見開き、平然としているのは『リーメン』の四人と、あとは数人だけだった。

 何故なら、ロキは空賊――それも〝十空〟の一角を担う者だからだ。

 ユオンたちと彼との関係は複雑で、因縁ある相手から宿敵となり――そして、〝ある出来事〟から戦友になった人物だった。

 ただ、戦友となるまでは幾度となく敵対していたという事情もあって、現在は――それぞれの立場もあり――互いに不干渉を貫いていた。


「えー……アイツに連絡したの?」

「だから『都市』に降りたのね」


 嫌そうなシェナに対して、ソーラは納得したように頷いた。


「彼を呼ばれたのは……」


 恐る恐るダルグレイが尋ねてきたので、うん、と頷きを返す。


「フィルのことと……あとは、『通信社』を通じて『フェルダン市』から依頼があったからだよ」

「………依頼、ですか?」

「〝黒空〟を探していて気付いたらしいんだけど、ここ数年ほどはロキもフィルを探していたらしいんだ。だから、会わせられるなら会わせて欲しいって言われて……確かに、それで問題が解決できそうなら越したことはないし、ついでにね」

「何故、彼を……まさかっ」


 その意図を考えて、さっ、とダルグレイは顔色を変えた。

 彼と同様に――同じ結論に達したのか――他のメンバーの表情にも緊張が走った。


「いや、〝粛清〟とかじゃないよ!」


 マズイ、とユオンは慌てて、その考えを否定した。

 空賊が足を洗った者を探す理由となると、最も考えられるのはそれだろう。


「もし、粛清のためそうなら大きく動いてそうだけど、水面下でコソコソと動いているだけだって言ってたから! たぶん、別の理由だと思う」

「………別の理由って何よ?」


 シェナにじと目で問われ、「それは……分からないけど」とユオンは詰まりながら答えた。


「もし粛清のためそうなら五年も放っておかないよ。……そもそも、抜ける時に手を打つだろうし」

「それは――まぁ、そうね」


 シェナは数秒ほど考えて、同感だったのか頷いた。

 ロキとは――その部下たちもだが――幾度も拳を合わせていた事から実力は十分に分かっている。

 例え、同じく〝十空〟の一角である〝黒空〟だったとはいえ、フィルが五体満足で居られるとは思えなかった。


「………」


 他の面々も少しは納得した様子で視線を交わし合っていたので、ほっとユオンは息を吐き、


「独断で動いたのは悪かったけど、どの道、フィルの件で会う必要はあったから」

「………そうですね」


 ダルグレイはメンバーを見渡し、代表して頷いた。


「ただ、だからと言って、フィルの移住を承認したわけじゃないよ? あくまでも公平に――ただ不利になる要素を取り除いただけだ。審査では、彼自身を見て欲しかったから」

「………分かりました。各部署、その旨を伝えてください」


 ユオンの意図を汲み、ダルグレイはそうメンバーに指示を出した。








          ***









「それじゃ、オレはフィルに今後の予定を再確認してくるから」


 ユオンがそそくさと店を出て行くと、会議が終了したことで生まれていた騒めきが消えた。

 そして、ダルグレイたちの視線が、残った『リーメン』の三人に集まる。ただ一人、ヒューだけは目を閉じて、カウンターの片隅の席で身動き一つしない。


「えっ……何?」


 シェナは、ぎょっとしてダルグレイたちを見返した。

 それに答えたのは、ダルグレイだ。


「ユオン様は、彼のことを気にかけているようですが……?」

「気にかけている? ――そう?」


 集まった視線の圧力に目を瞬き、シェナは小首を傾げた。

 

を呼ばれた理由は分かりますが…………あそこまで無視し続けていたのに、何故、今になって――」

「そうねぇ、確かに半年は長いわね。初めてじゃないかしら?」


 ふふっ、とソーラは笑った。


「でも、一旦、悩み出したら、結構、長いと思うけど?」

「それは、そうですが……」


 納得しきれない部分があるのか、ダルグレイは口ごもる。


(んー………まぁ、他の仕事を手伝うこともなくなって暇だし………さすがに悩み過ぎ、なのかな?)


 相談や手伝いを頼まれた時以外に、シェナたちがそれぞれの仕事について口出しすることは少なくなっていた。

 それは、皆に仕事を任せたことへの信頼からだった。

 その分、店にいることも多くなっているので、もし、その間もずっとユオンが悶々と考えていたのなら、確かに悩み過ぎだとも言えなくもない。


(でもまぁ、痺れを切らして暴れ出しても大丈夫だし………)


 相手は、戦闘狂として有名な【狂華ヘアーネル】で、半年もの間、放置され続けたらどんな行動を起こすか分からなかったが、ほとんど『リーメン』にいるユオンの傍には、常にジョーがいた。

 例え、何かが起こったとしても問題ないだろう――


(………………ん?)


ふと、そこまで考えたことで、シェナはが引っかかった。

 

「――あ。そっか」


 先日、ヒューがユオンがフィルの何を気にしているのか聞いていたが、それが〝何〟だったのか少しだけ分かった気がして、シェナは声を上げた。

 それは特に気にすることでもなかったので、考えが及ばなかったのだ。


「気になるといえば、気になるかも……」


 ぽん、と手を打ったシェナに、ソーラは小首を傾げる。


「何を?」

「別に。………たいしたことじゃないから」


 軽く言って、シェナはヒューへと視線を向けた。


(そうだとしたら、どうなるのかしら?)


 彼がヒューと会う時が見物だろう。

 ニヤニヤと笑っていると、ソーラが怪訝そうに眉をひそめた。


「………あなたも興味がでてきたみたいね」

「うーん…………ちょっと出てくる」


 よいしょっ、とシェナは立ち上がった。


「どこ行くの?」

「ちょっとそこまで」

「――待ちなさい」


 カウンターに座っていたソーラの前を通り過ぎようとして、がしり、と腕を掴まれた。


「嫌な予感がしたわ」

「え? 何で?」


 内心で、ぎくりとしながら問い返すが、ソーラはじっとシェナを見つめているだけだ。


「ちょっと落ち着きなさい。ひとまず、皆に何が気になったのか言ってみて」

「いたって普通のことよ。言うほどのものでもないけど……」


 はいはい、と軽く流されて今までソーラが座っていたカウンターの席に無理やり座らされ、シェナは唇を尖らせた。


(たぶん、気付いてるのに……)


 ちらり、と右手側――そこに座るヒューを見た。

 恐らく、ヒューは先日の時点で気づいているだろう。

 何せ、以前、部下に【狂華ヘアーネル】がいたのだから。


「………」


 我関せず、と言いたげに目を閉じたままのヒューから視線を外し、店内を見渡すと全員が――ジョーまでもが――シェナに注目していた。

 仕方ないなぁ、と思いつつも口を開く。ソーラから逃げるのは、色んな意味で困難だった。


「皆も気になっていたと思うけど……アイツ、〝島〟に入ってから一度も戦闘をしていないのよ?」

「………」


 ぴくり、とソーラは片眉を動かした。


「あくまで旅客なら分からなくもないけど――でも、?」

「………!」


 はっと何かに気付いて、誰もが目を丸くした。ジョーでさえ、少し眉をひそめている。

 百年近い航海の中では、【狂華ヘアーネル】が旅客として〝島〟を訪れることも幾度かはあった。その時は、相手にも分別はあって、手当たり次第に襲ってはこなかったものの、正面から堂々と手合わせを頼まれていた。

 だが、フィルは手合わせを頼んで来ることもなく、ただ、居るだけなのだ――半年もの間。


空賊の襲撃あの日のことを覚えているのなら、少なくともソーラとジョーの戦闘能力は分かったはずよ。それなのに我慢しているなんて、ちょっと気になるじゃない」


 シェナたちが彼の異常そのことに気がつかなかったのは、旅客として訪れる回数が少ない以上に、ある【狂華ヘアーネル】を知っているのが理由だった。

 以前、この〝島〟で共に旅をした【狂華その人物】は、警備部に所属していたこともあってか、特に騒動を起こすこともなく、〝島〟に住みながらも〝力〟を――その若さを保ち続けていた。

 三十年ほど前に去った彼を〝島〟で知るのは年長者――それも今では四分の一にも満たなかったが、今、ここにいるメンバーの半数は知っている。


「ユオンが気になったことと、ちょっと違うかもしれないけど」

「………」


 シェナの説明に一理あると思ったのか、誰も何も言わない。


「空賊のことばかり気にしていましたが………確かにそうですね。昔なじみあの方は特別でした」


 かつての仲間を知るダルグレイは、ぽつり、と呟いた。


「あの人を基準にしたらダメね」

「〝島〟にいると、会う機会は少ないからな……」

「確かに……俺は初めて会ったから分からなかったけど、そういうものか」


 それぞれに納得したように言うメンバーを見て、「さて……」とシェナは立ち上がった。


「出かけてくるわ」

「ちょっと待って。それで、どこに行くの?」

「だから、ちょっとそこまで」


 ソーラに肩を捕まれ、シェナは再びイスに腰を下ろした。


「そこって――ユオンのところかしら?」


 にっこりと、どこか固い笑みを浮かべるソーラ。


「―――」


 店内が、しんっ、と静まり返った。


「ちょっと思ったんだけど………ストレスも発散すればいいと思うの」

「それはフィルじゃなくて、あなたのことでしょ! 止めなさい!」

「えぇー……」

「二週間、機関部に篭ったからって暴れないで」

「っ……そんなこと、ないわよ」


 あっさりとソーラに図星を突かれ、ぎくり、と知らずと肩が震えた。

 結局、ユオンは仕上げしか来なかったので、機関部の改修はシェナとソーラで全て行ったのだ。そのため、そこそこストレスが溜まっていた。


「私の目は節穴じゃないわよ?」


 ニコニコと笑うソーラに、シェナは引きつった笑みを返した。


「だってー……」

「ピリピリしているんだから、ヘタに動かないで」

「………面白そうなのに」


 ぼそり、と呟いてから「しまったっ!」と思って恐る恐るソーラを見ると、据わった目と目が合った。


「機関部に動作確認に行くわよ」


 ずぶりっ、とイスごと身体が地面に沈む。


「あ――ちょっ、」


 抵抗する暇もなく、視界が黒く染まった。

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