11 商店店主_イザベラ
フィルの最近の日課は、部屋の中で軽く体を動かしてから朝食を取り、昼まで読書となっていた。
(あーと………返しに行くか)
借りた本を全て読み終えたため、返却と別の本を借りるために図書館に向かう。
借りた本の入った手提げカバン――図書館のものだ――を手に通りを歩いていれば、チクチクと視線を感じたが、まだ無視できる程度のものだ。
(まぁ、無視できると言うより………)
ふわっ、とあくびをして、
「っ――!」
背中を突き刺す視線に、ぴくり、と眉を動かし、ゆっくりと後ろを振り返った。
「なかなかの反応ね」
「……イザベラか」
通りの脇――路地から姿を現したのは、台車を引いた金に近い茶色の髪の女性――イザベラだった。
台車には、いくつかの木箱が積まれている。
(何で殺気を……?)
何のつもりだ、とフィルは眉を寄せた。
「何? ぼけっとして」
初めて顔合わせの時から、掛けられる言葉に遠慮がないような気がするのは気のせいだろうか。
「……出会い頭にきついな」
「そう? そんなことより、身体、
はい、とイザベラは台車を差し出してきた。
「は?」
ぽかん、と台車に訝しげな視線を落とすと、
「ほら、押した押した」
本の入ったカバンをひったくられ、代わりに台車を押し付けられた。
(そっちか……)
フィルは顔をしかめたが、イザベラは気にした様子もなくスタスタと歩いて行くので、仕方なく台車を引いてその後を追った。
隣に並ぶと、イザベラはカバンの中を覗き込んでいた。
「………顔に似合わず、小難しい本を読んでいるのね」
「いいだろ、別に……昔、本ばっかり読んでいる知り合いに勧められたんだよ」
「面白かった?」
「…………まぁまぁ、だったな」
偶々、題名を覚えていたので、手に取っただけだ。
昔は読書することはなかったが、ここ最近は暇つぶしに読んでいることが多くなっていた。
「他にはどんな本を読んだの?」
「………だいたい、手当たりしだいだな。オススメで置いてあるものを主に読んでる。シリーズ物は『都市』によっては高いから、単発ものばかりだ」
「ふぅん……」
他愛もない話をしながら歩いていれば、すぐにイザベラの店に着いた。
「ご苦労さま。はい、お礼」
カバンと一緒に近くにあった棚から飲み物のビンを差し出された。
フィルはありがたく受け取り、さっそく喉を潤す。
「何か買ってく?」
「もうすぐ昼か……いや、『リーメン』に行くよ」
最近は『リーメン』で昼食を食べるのが日課となっていた。
ユオンたちと話をするわけでもなく、ジョーの淹れたコーヒーを飲みながら本を読みふけっている。
「あら。今日は『リーメン』は休みよ」
「ん? そうなのか?」
〝島〟に滞在してから一度も店が閉まっていたことはなかったので、フィルは驚いた。
(『都市』にでも降りてるのか……?)
今まで『都市』に立ち寄った時も閉まっているのを見たことがなかったが、珍しいこともあるものだ。
「………じゃあ、何か買ってくか」
自炊は出来るが『リーメン』で食べる予定だったので、今から作るのは面倒臭い。
「ちょっと手伝ってくれたら、値引きするわよ?」
「手伝い?」
グイグイ来るなぁ、と押しの強いイザベラに少し気後れしながら、フィルは問い返した。
「品物の倉庫整理とか棚入れとか。身体、鈍っているでしょ?」
「あー……まぁ、それほど動かしてはねぇな」
審査を受けるので目立った行動は控えようと、室内で出来る運動だけしかしていない。
「けど、いいのか? オレに信用がないのは自覚しているぜ?」
「いいわよ。コレ、フェイクだから」
イザベラは目で周囲を指した。
コレというのは、フィルがさっきから感じている視線のことだろう。
「フェイク? ――って、それは俺に聞かせてもいいのか?」
「別に隠すことないから」
あっけらかんとイザベラは言うが、その意図は全く分からない。
(何言ってんだ、この人……)
感じる視線はフェイクで、それを教えても問題ないと言うのはどういういことだろう。
困惑気味に眉を寄せれば、くすくす、とイザベラは笑う。
「それに、正確に言えば序の口よ」
「……それぐらいは分かる」
まだ審査は始まってはいない。
島民は少ないとは言え、始まれば、どれだけの視線を感じることになるのか――
「そういうことじゃないのよねぇ……」
「そういうことじゃない……?」
「………すぐに分かるわ」
イザベラは意味深な言葉を呟き、真っ直ぐにフィルを見据えて来る。
(………どういうことだ?)
それを困惑気味に眉を寄せて見返していたら、ふっとイザベラは笑い、
「それで手伝ってく?」
と。話題を変えて――元に戻して来た。
(混乱させるのが目的なのか……?)
これ以上、聞いても答えは返ってこないだろうと思い、
「……いいぜ。暇つぶしにはなるからな」
やれやれ、と肩をすくめて頷いた。
イザベラに続いて店のカウンター内に入り、そこにあるドアをくぐると事務室になっていた。
給湯室も備え付けられたそこには、四つドアがある。
そのドアのうちの一つ――〝倉庫〟とプレートの付いたドアを開け、フィルは中に招き入れられた。
「じゃあ、ひとまずココに書いてある物を店の隅に出してくれる?」
倉庫は天井まである四段の棚がずらりと並び、そこに商品が置かれていた。大まかに分類されており、イザベラは事務室から持ってきたクリプボードを差し出して来る。
「これを後で店頭に並べるのか?」
「ええ。そうよ」
「………まさか、それも」
「そうね。場所はちゃんと空けとくわ」
「………」
「あ。その後、別のところの整理も――」
「おいおい」
―――その後、前言通りにあれもこれもとイザベラにこき使われたフィルは、何故か明日も来ることを約束させられるのだった。
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