10 情報屋『通信社』


 『フェルダン市』に着いて十日。

 滞在日数も半分を過ぎ、あと一週間を切っていた。

 朝の会議は機関部の改修と空賊についての情報交換、旅客の受け入れについて話し合った。


「さて。私たちも行きましょ」


 立ち上がったソーラにシェナは頷いて、「あっ!」と、ユオンに振り返った。


「ユオン。そろそろ、確認に来てほしいんだけど」

「あー……じゃあ、明日見に行くよ」


 確かに、一度も見に行っていないので、完了前までには確認しておいた方がいいだろう。

 機関部の報告では工程を半ばまで終えており、システムの導入も問題なく進んでいるようだ。


「えー、明日なの?」


 片眉を上げたシェナに、ユオンは苦笑し、


「今日は『都市』に降りるから、ちょっと」

「え? 降りるの?」

「そうなの?」


 シェナとソーラは、二人揃って目を見開いた。


「何さ、その反応……」


 じと目を向けると、えーと、とシェナは目を泳がせ、


「降りるのなら、一緒に海に行けばよかったのに。気分転換になったけど?」

「いや、海はちょっと……」

「やっぱり……」


 シェナとソーラは顔を見合わせ、ため息をついた。


「別にいいだろっ!」


 引きこもり、と言っている気がするのは、被害妄想だろうか。


「とりあえず、店は閉めるから。よろしく」

「え? ――あぁ、ジョーも行くのね」

「……そうだ」


 ソーラに、こくり、とジョーは頷いた。


「久しぶりね、降りるの」


 ユオンとジョーは、シェナやソーラ以上に『都市』に降りることが少ない。

 その理由は、シェナと同様にそれほど『都市』に興味や用事がなく――何より、ユオンは見た目が目立ち、ジョーはユオンの護衛兼〝島〟の警備として残っているためだった。

 

(そんなに気にしなくてもいいんだけどなぁ……)


 警備には自分たち以上に降りない――降りたのがいつか分からない――ヒューがいるので、何かあっても大丈夫だろう。

 ユオンはそんなことは気にせずに『都市』に降りても、と何度かジョーに言っているが、ジョーは頑として譲らなかった。

 

「――そっか。ゆっくりしてきてね」

「……うん」


 笑うシェナにユオンは頷いた。






         ***






 『フェルダン市』への入国手続きを終え、ユオンとジョーは〝機樹〟の根元から吐き出されるように外に出た。

 〝機樹〟の南側にある正面口の前はロータリーとなっていて、タクシーや出迎えの車、大型バスなどが停まり、人で溢れていた。


「久しぶりだな、ココも」


 ユオンは真っ白な髪を隠すボウシの鍔を上げて、海上にある太陽を見上げた。


「……二年ぶりか」

「去年は降りなかったっけ」

「ああ、そうだった。――行こう」


 ユオンとジョーは、〝機樹〟の南部――市街区に向かった。

 『フェルダン市』は〝機樹〟を境にして、北が行政区、南が市街区にり、海岸線は観光地として賑わっていた。

 市街区はさらに三区に分かれ、一番海岸に近い場所がリゾート地、数メートルほど盛り上がった場所に商業区があり、その左右に分かれて工業区が二つあった。

 ユオンとジョーが向かったのは、西――商業区と工業区の境にある第三住宅街。

 工業区が隣接しているので騒音が大きく、さらに商業区から外れていることもあって比較的安価な賃貸倉庫やマンションが並んでいる場所だ。

 住民たちのほとんどが工業区の工場か商業区に出ているため、通りに人影は少なく、倉庫を行き来する大型車だけが道路を走っていた。

 建ち並ぶ倉庫は全て二階建てだが、一階部分が通常の建物の二階分はあるので、三階分の高さがあった。


「この辺りはあんまり変わっていないなー」

「……そうだな」


 明らかに地元民ではないのでユオンたちは足早と通りを進み、目的の倉庫に辿り着いた。

 唯一、周囲と違うのは、隅にある小さな入り口のドアに『通信社』とプレートがあることだ。

 ユオンは二階のドアを見上げ、


「そういえば、生きているかな?」

「……人の気配はしないな」

「あ。は確認しなかったよ」

「仕方ない」

「――おいっ、勝手に殺すなっ!」


 ユオンとジョーが軽口を言い合っていると、背後から怒声が聞こえた。

 二人が振り返れば、少し離れた場所に紙袋を抱えた男が立っていた。

 四十代後半ぐらいの赤い髪の男で、ずり落ちかけた黒縁メガネを上げ、茶色の瞳が睨んで来る。背は高く細身だが、野暮ったい服の着こなしと無精ひげがあまり近づきたくない雰囲気を醸し出していた。


「黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって。お前ら、俺に気づいていただろ!」

「元気そうだね」

「相変わらず、冗談が通じないな」

「なんだよ、そのセリフ! お前が冗談を言う顔か!」


 ジョーに噛み付く男――フォルマスに、まぁまぁ、とユオンは手を振った。


「冷やかしじゃなくてお客だから、お客」


 フォルマスはユオンたちが訪ねようとしていた『通信社』の社員の一人だ。


「っ! ――その一言で引き下がる俺じゃねぇよ」


 ぐっと詰まりながらもフォルマスはジョーを睨み、


「お前は出入り禁止だ」

「また、そんなこと言って……」


 やれやれ、とユオンがため息をついたその時、


「俺に進言するなら、俺を止められるようになってから言うといい」


珍しく傲慢な口調でそう言うと、ジョーはつと倉庫に目を向けた。




―――ぎしっ、




と。二階の窓の全てが軋んだ音を立てる。

 ひぃぃっ、とかん高い悲鳴が響き渡った。

 ジョーは口の端を上げ、


「――冗談だ」

「だ、だからっ、お前の顔は冗談を言う顔じゃねぇんだよ!」


 島内では寡黙で知られるジョーも、フォルマスを相手にすると雄弁になるが、その理由は分からなかった。

 大人が子どもをからかっているようないつもの二人に、ユオンは苦笑し、


「……とりあえず、中に入っていい?」


倉庫のドアノブを掴んで回す。回しながらドアを何回か押したり引いたりしていると、ガチャン、とカギ外れてドアが手前に開いた。


「お邪魔しまーす」

「――って、勝手に鍵を開けるな!」

「無用心だよ?」


 ツッコミは聞き流して、倉庫の中に入った。

 倉庫の一階は物置となっているので、二階の事務所兼居住スペースに向かう。階段を上がってドアを開ければ、そこが事務所だ。


「うぁ……相変わらず、すごいね」


 雑多としか言い様のない部屋に、ユオンは呆れた声を上げた。

 部屋の半分は機械で埋まり、窓辺の日の当たる場所には四つのデスクと応接用のソファーが一組。ドアからソファーまでの間には、床に積みあがった資料や民芸品などで道が出来上がっていた。

 反対側の壁には二つのドアがあり、給湯室とプレートがあるものともう一つはプレートがなかった。


「少しは片付けたら?」


 資料の山を崩さないように気をつけながら、ソファへと進む。


「うるせぇな……」


 後ろをついてきたフォルマスは顔をしかめ、デスクに紙袋を置いた。


「ミルキたちは?」

「……近くにはいないな」


 ユオンとジョーはソファーをはたき、腰を下ろした。


「今は仕事で『都市』外だ。オリビアもいないぞ」

「それは知ってる。……ミルキとは、またケンカしたの?」

「忙しい奴だな」

「お前ら、決め付けるなよ!」


 噛み付くように叫び、フォルマスは給湯室へ消えた。


「ホントに仕事なんだよ………ちょっと、調整でな」


 『通信社』の社員は、たったの四人。

 どうやら、フォルマス以外は全員出払っているようだ。


「……そっか。仕事中とまでは分からなかったな」

「お前が降りてくるなんて、珍しいな?」


 コトコト、と缶コーヒーを置き、フォルマスは向かいのソファに腰を下ろす。


「そう? ……まぁ、目立つから」


 ユオンはボウシを脱いで、髪をかきあげた。

 その真っ白い髪にフォルマスは片眉を上げ、


「ホントに変わらねぇな……」

「ジョーはともかく、オレには呪いのようなものだよ」


 ユオンは肩をすくめた。


「……シェナとソーラは元気か?」

「相変わらずだね。今回はちょっと忙しくて、来られなかったけど」

「ふぅん……」

「海には行っていたがな」


 ジョーの言葉に「へぇー?」とフォルマスは笑うが、目が笑っていない。


「急ぎの仕事があって………その前のエネルギー補充に、だよ」


 ユオンは顔を逸らした。

 フォルマスは、ふんっ、と鼻を鳴らし、


「…………で? 仕事の依頼だったな」

「うん。――ロキに伝言を頼みたいんだ」


 ユオンがその名を言うと、一瞬、フォルマスはジョーを窺うような素振りを見せた。


「………ロキの兄さんに? また、何かをやらかす気なのか?」


 巻き込むなよ、と言いたげなフォルマスにユオンは片眉を上げる。


「何で、そうなるかな……」

「とんでもないことを軽く言ってやってのけた、と親父が言っていたが?」


 忠告されたぞ、とじと目を向けられ、あはは、と空笑いを浮かべた。


「ポルトガの時は………


 『通信社』との付き合いは、フォルマスの父親――ポルトガからだ。

 元々、『通信社』を設立したのはユオンたちだった。

 半世紀ほど前に起こった世界規模の〝ある出来事〟の折りに〝仲間〟たちの要望もあって、当時はまだ島民だったオリビアやポルトガを中心にして設立した。

 その後、彼女たちが〝島〟を降りることになったので、ついでに『通信社』の拠点も『都市』に移すことになったのだ。


(色々と大変だったし……)


 それからずっと〝その役目〟を果たしてくれているが、その頃の〝仲間〟はポルトガを含めて、半数以上が他界している。


「………」


 ユオンはフォルマスの胸ポケットから見える金の留め金に視線を向けた。

 不思議な文様が刻まれた先にある物は、その頃の〝仲間〟に配った懐中時計だ。

 そして、〝仲間の証〟である懐中時計を持つのは、亡きポルトガの遺志を受け継いで、この仕事をしていると言う事だった。


、そこまで大きくはならないさ。ただ、〝島〟にいると最近の空賊の動きは無視できないだけだから」

「そりゃ、空賊内のいざこざが激しくなってきているみたいだが、ロキの兄さんに言ってもなぁ……それぐらいは都市長もわきまえているぜ?」


 いくら戦友とはいえ、互いの事情――特にロキの〝仕事〟のことに口を出すべきではないのは分かっているが、


「いや、空賊内のいざこざそっちのことはついでで、目的は別だよ」


 情報は欲しいが、皆がいるので〝あの頃〟のような不安や心配はない。


「ついで? じゃあ、一体何を――?」

「〝黒空〟から、移住申請があったんだ」

「………はっ?」


 予想外の言葉だったのか、ぽかん、とフォルマスは口を開けた。


「審査の結果次第では、どうなるかはわからないけど………まぁ、念のために、色々と話をしておこうと思ってさ」


 ユオンは肩をすくめ、缶コーヒーに手を伸ばした。


「いいい、今っ、お前たちの〝島〟に〝黒空〟がいるのか?」


 わなわなと唇を震わせて尋ねて来るフォルマスに、ユオンとジョーは顔を見合わせた。


「? 半年以上前から居座ってるよ」


 そう答えれば、「おいおい……」とフォルマスは天を仰いだ。


「こっちは、なかなか足取りがつかめなかったのに……とんだところにいるな」


 呆然とした声にジョーは眉を寄せ、


「……探していたのか?」

「ああ。都市長に頼まれてな。オリビアたちは別件で、中々、手が回らなかったんだが……」


 フォルマスは、がしがしっ、と頭をかきむしった。


「最近、『都市』の周囲で活動する奴らは〝色なし〟なんだが……〝黒空〟の足取りも掴めねぇし、関係性を調べていたんだ」

「〝黒空〟は『都市』専門だからな」


 その言葉に納得したようにジョーは頷く。


「けど、〝島〟にいるってことは……」


 フォルマスは思考を巡らせ、結論に達したのか、ソファの背もたれにもたれかかって天井を仰いだ。


「あー、めんどくせぇ……」


 その様子にユオンとジョーはまた顔を見合わせた。

 缶を開けて、一口飲んでからユオンは口を開く。


「〝黒空〟を探していたってことは、何かあやしい点でもあったってこと?」


 フォルマスは身を起こして座り直し、肩を竦めた。


「いや。いきなり、〝空〟から姿を消したからな。………〝十空〟の、その領域を狙った争いが〝黒空〟によって一旦は収まったけど、姿を消しただろ? 空賊も『都市』も様子見はしていたが、色々と情報が錯綜していて、他の〝十空〟の先鋒隊が潰されたとか、〝色なし〟が徒党を組み始めたとか、〝十空〟の領域侵犯をした〝色なし〟が消えたとか――〝黒空〟が〝色なし〟を裏で操っているとも噂があるんだ」

「あー……まさか、降りているとは思わないか」

「【狂華フェアーネル】だからな、欠片も思わねぇよ」


 ユオンに大きく頷いて、はぁ、とフォルマスはため息をつき、


「そうすると〝色なし〟だけか。結構、暴れて消えたが、五年は経つ………とうとう、痺れを切らして来たってことなのか?」


そのまま顔を伏せて、ぶつぶつ、と呟き始めた。


(トラブルメーカーだなぁ、あの人……)


 元〝黒空〟当の本人は、現在、〝島〟でのんびり読書でもしているだろう。


「………フォルマス?」


 全く話が進まないので名前を呼ぶと、はっと我に返って顔を上げた。


「あぁ、悪い。――ここ最近の情報、持っていくか?」

「うん。代わりにヒューたちから聞いた情報を渡すよ」


 よしっ、とフォルマスは笑って、デスクに駆け寄った。


「少し待て。――おっと、そっちの情報はこれに書いてくれ」


 放り投げられたノートは空中を滑空し、ユオンの手に収まった。ジョーの力だ。


「そうそう。それで、ロキの兄さんには何て伝言するんだ?」


 フォルマスの問いにユオンは、にやり、と笑った。

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