09 機関部のバカ騒ぎ


 『ビフレスト島』地下。

 〝島〟の制御管理室は役所の地下にあり、そこからアリの巣のようにいくつもの通路が伸びて地下四階と五階、六階が機関室となっている。

 その中枢――〝島〟の心臓となる〝ゼピュロス機関〟――が生むエネルギーは、〝島〟の推進力や〝ホライラル灯籠環境維持システム〟などに供給される。

 その動力源は空気中に含まれる〝ウラノス粒子〟を使用しているので、半永久機関だ。






 シェナは機関室にある会議室の一つに機関部のメンバーを集め、新システムの導入についての説明を行った。


「――で、これが設置できれば〝粒子〟の吸収率が二十パーセント向上するから、〝灯籠〟への供給ラインも整備する必要があるの。……あ。計算で行くと、もう少し余裕が出来るから浄水の方にも回せるけど、それは後々でも大丈夫だから、とりあえずはここまでね」


 部屋の中央にあるテーブルに広げた図面から顔を上げ、整備室の面々を見渡す。


「これを二週間で……?」


 無表情に図面を見下ろす三十代半ばぐらいの緑色の髪の女性が、ぽつり、と呟いた。

 髪と同じ色の目が、上目遣いにシェナを見据える。


「――うん!」

「ちょっと、厳しくない?」


 シェナが他のメンバーを見ると、緑色の髪の女性――ケイと同じような表情をしていた。


「システムの導入は運行室でして、私とソーラ、あと――フルロルとザンカで〝灯籠〟のラインは整備するから、ケイたちには〝ゼピュロス〟を頼もうと思って」

「俺たちっすか?」

「ソ、ソーラの姐さんもっ?」


 横で上がった声は無視して、ケイは形のいい眉を寄せた。


「フルロルとザンカ、ね……」

「ユオンのバカは来れたら来る、って言っていたけど……」

「ユオン様も?」

「んー……そっちは微妙だから、来ることに期待しない方がいいわ」


 ケイに機関部部長イッティカと打ち合わせをした工程表を渡し、


「イッティカと打ち合わせしたのはコレだけど、どこか変更点ある?」

「有無を言わせないのね……」


 ケイは頬を引きつらせながら、さっと書類に目を走らせる。


「未だに空域の治安が不安定で、部長が了承したのならやるしかないけど……」


 何箇所かのメンバーを入れ替え、ケイは工程表を返した。


「それじゃ、準備をお願い。機材の搬入が終り次第、始めるから」


 了解、と頷くケイたちに笑みを返し、シェナはフルロルとザンカに振り返った。


「………!」


 何故か、びくり、と肩を振るわせて直立不動になる二人。

 フルロルとザンカは共に三十代ぐらいで、茶色の髪と瞳を持ち、似た顔立ちをしているが血の繋がりはなかった。

 ただ、二人とも【銀の導者ルーフ】という〝ウラノス粒子〟を使用した錬金術に長けた血族出身のため、遠縁にはなるのかもしれないが。


「〝灯籠〟を見に行くけど、ルーフ兄弟はどうする?」


 島民たちの間では、兄貴分として認識されているフルロルは大きく顔を歪めた。


「それって、一緒に来いってことっすよね?」

「ソーラの姐さんも……?」


 キョロキョロと辺りを見渡す弟分のザンカ。


「居たら悪い?」


 ザンカの背後に、湧いて出たようにソーラが立っていた。


「いぃっ――え、何でもないです!」


 悲鳴のような声を上げて、ザンカはその場から飛び退いた。周囲の機材やデスクに当たりながら、大きく距離を取る。


「何、その反応。いい加減に慣れなさい」

「ココには普通に来てくださいっ」

「私にとっては、いたって普通に来ているわ」


 くっ、とザンカは言葉に詰まった。

 いつものやり取りに呆れたフルロルたちは無視している。


「はいはい。じゃれあいはそこまで」


 シェナは面白そうに笑うソーラに手を振りながら二人の間を横切り、ドアに向かった。

 ザンカとソーラの仲は悪い――というよりも、ザンカが一方的にソーラに対して苦手意識を持っているため、ソーラはそれをからかっているのだ。

 ソーラを苦手とする理由は分かっているが、同じ血族のフルロルは平然としているのでがあるのだろう。


「さっさと行って確認したら帰るから」

「あ、はい」


 フルロルと一緒に部屋を出ると、追いかけてきたザンカがソーラから逃げるようにして先頭に立った。

 先導する形になるが、機関部についてはシェナやソーラの方が詳しい。

 まだ、島民の数が今以上に少なかった頃は、シェナとソーラが中心となって運行と整備を行っていたからだ。目を閉じていても目的の場所に辿り着く自信はあった。


「このあと、何か用事でもあるんっすか?」


 隣を歩くフルロルに尋ねられ、


「え? 特にないけど、気になっていることが一つね」

「あー……移住希望者のことっすね」


 物言いたげな視線は、無視した。

 相談を受けるのはユオンとソーラの役目だった。ほぼ、店にいるジョーは、話を聞いても無言だ。

 ただ、話さないのは『リーメン』――〝島〟の〝相談役〟として、発言の影響力は大きいと分かっているので、審査中は控えているのも理由の一つでもある。

 態度に出てしまっては、あまり意味はないのかもしれないが。


「ねぇ、仕事に入る前に降りない?」


 話題を変えるように、背後を歩くソーラが口を開いた。


「えぇー、オリビアはいないよ?」

「別にそういうわけじゃなくって、根気を詰める前のエネルギー補充よ」

「ふぅん……?」


 怪しすぎる。顔だけ振り返ってじと目を向けてもソーラはどこ吹く風で、


「どう? この前は降りなかったから、ね?」

「うーん……でも、やれって言われているし」


 前に向き直ると、スタスタとザンカが先を歩いていた。


「だから、エネルギー補充よ。海に行こう、海!」


 乗り気のない返事に、ソーラは力強く言った。

 正直、『都市』に興味はない。

 昔は『都市』は〝アポロトス〟が多く住み、半世紀ほど前から〝クロトラケス〟も住む『都市』が多くなってきたが、一部ではまだまだ〝アポロトス〟が多かった。

 『フェルダン市』は馴染みのある者たちがいるので、会いたい気持ちもなくはないが、それよりも〝島〟の機関部の改修だ。

 さすがにこの前の影響が残っていることには、責任を感じている。


「海って、海獣出るっすよ? ソーラさん、海では……」

「そのためのシェナよ」

「えぇー……」

「ソーラさん……」


 非難の声に「冗談よ……」とソーラは笑うが、半ば本気だったと思う。


「でも、久しぶりにいいでしょ? この辺りの海は綺麗で、海獣もそれほど出没しないし」


 後ろからもたれかかるようにして耳元で頼み込んでくるソーラに負けて、シェナはため息をついた。


「……分かった、分かったから。明日、半日だけね」

「やった! ありがと。――ユオンとジョーに言ってくるわ!」

「えっ――ちょ、」


 慌てて振り返ると、止める暇もなく、床に吸い込まれたようにソーラは姿を消した。


「もぉ! 下調べに来たのに!」

「シェ、シェナ様、落ち着いて」


 地団駄を踏むシェナに、まぁまぁ、と手を振りながらフルロルは宥めた。


「ソーラの姐さん、どこかに行かれたんですか?」


 そこにシェナの声を聞いて、誰も後ろをついてきていないことに気付いたザンカが戻って来ると、ソーラの姿がないことに小首を傾げた。


「帰ったわよっ」


 唇を尖らせてザンカを睨む。

 うっ、と頬を引きつらせながら、ザンカは身を引いた。


「まったくっ、勝手なんだから! …………〝灯籠〟のことは熟知しているけど、時間がないのに」


 ふんっ、と鼻を鳴らして、シェナは再び〝灯籠〟に向けて歩き出した。


「どうします?」

「放っとくわ。そのうち来るでしょ」


 そう言えば、ザンカは床を見下ろして顔をしかめた。


「もう! どーして、そんなに嫌なの?」

「えっ――あ、それは……」


 気まずそうにザンカは視線を逸らした。


「ソーラの《徇地サトゥルヌス》が共鳴しすぎるのは分かるけど、苦手過ぎ」


 ソーラの〝力〟――《徇地サトゥルヌス》は、ザンカたち【銀の導者ルーフ】の〝力〟とよく似ていた。

 【銀の導者ルーフ】を極めた先にあるものがソーラの〝力〟と似ているため、特に〝力〟の感覚が鋭いザンカには、ソーラの〝力〟が強大過ぎて、反応が過剰になるのだろ。


「ソーラの姐さんの〝力〟もですけど……どうも、あの感じが」

「その反応が面白いから、からかわれているのよ?」

「それは分かっているんですけど……なんとも」

「もう、そこそこ経っているけど?」

「えっ? ……いやぁ」


 あはは、と愛想笑いを浮かべるザンカは、移住して五年ほどになるが、苦手にも程がある。


「そんなに言われなくても……シェナ様とユオン様のようなものっすよ?」


 ザンカを見かねてか、フルロルがそう言って来た。


「私とユオン?」


 別に苦手じゃないけど、と眉をひそめると、


「ユオン様に言い負けた時っすよ」

「うっ………ビミョーなトコつくわね」


 ユオンとは幼馴染で百年以上の付き合いになるが、口で勝ったことはなかった。

 腕っ節なら勝てる自信はあるが、る前に口で負けてしまうのだ。


「コイツはちょっと敏感な方なんで、ソーラ様の力は強すぎるっすよ。コイツも感知を制御しているんすけど……」

「………ソーラもね」


 「え?」と目を瞬く二人に、シェナはため息をついた。


「ソーラも、なるべく〝力〟の影響が周りに出ないように訓練はしているわよ」

「……そうなんっすか?」

「ザンカの反応も面白いから、それほど熱心ってわけでもないけど」

「そ、そこは熱心にして欲しいです……」


 肩を落とすザンカに「本人に言って」と、シェナは笑った。

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