08 閑話_23年前~とある邂逅~


「お前、いい腕だな」


 ぼんやり、と空を見上げていると、感心したような声が聞こえて来た。


「――あ?」


 近づいて来た気配には気づいていたが、まさか声を掛けてくるとは思わず、間の抜けた声が出た。

 ぐるり、と頭を回して振り返れば、ニヤニヤと笑う三十代ほどの男が目に入った。

 短くかった金髪の下にある青い目が、真っ直ぐにこちらに向けられている。左目の下にある一線の刀傷が日に焼けた肌の上でよく映えていた。

 その男の後ろには、警戒の眼差しを向けてくる十数人ほどの男たちが控えていた。その全員の左上腕部には何かのマークがついた黄色いバンダナが巻かれていて、全員がに所属しているのが分かった。


(…………何だ、コイツ)


 腰掛けている〝空船〟の残骸、その周囲に視線を動かせば、どす黒い何かで染まった大地と無数の死体が散らばっていた。

 誰一人として人の形を保っている者がいないのは、いつものことだ。

 襲って来た数十人近い敵は、全員、その息の根を止めている。

 改めて、濃厚な血と風で流しきれない死臭に満ちた場所を確認した後、再び、男に視線を戻す。

 こんな場所で笑う男は、頭のネジが一本どこかに飛んでいったのだろうかと思った。


「無傷とまではいかないが、かすり傷程度か」


 さっと、こちらの身体を上から下に見ると、ふむふむ、と一人で頷いている。


「何だ? 敵討ち、か?」


 口の端を上げ、ゆらり、と身体を揺らして立ち上がった。

 疲れはない。戦闘が終了してからが経っているので、充分すぎるぐらいに休んでいる。

 残骸に腰を下ろしていたのは、血と死臭が神経を高ぶらせ、やけに心臓の音が煩かったので心を落ち着かせていたのだ。


「っ!」


 どろり、とした目を――《血》に酔っている目を向けると、金髪の男の後ろに控える者たちは警戒して身構えた。


(おー?………そこそこ楽しめるか?)


 はは、と小さく声が漏れる。

 だが、金髪の男は片手を挙げて、仲間を制した。その仕草だけで、男たちはあっさりと臨戦態勢を解く。よく、躾けられてる。


「いや、それは俺たちの獲物だったんだよ。横取りされたんだ」

「あ? ……おたくら、同属だろ?」


 そのあっけなさに拍子抜けし、さらに声を掛けられたて出鼻をくじかれたので、つい尋ねてしまった。


「そいつらは〝色なし〟だ。本当にただの賊さ」

「へぇー……」


 別にそんなことは興味がない――あまり関係がないのだが。

 滞在していた〝旅島〟を襲ってきたので相手をした――正確にいえば襲っていたところに突っ込んだだけで、別段、相手の情報は必要なかった。

 《血》が騒いだから暴れた――ただ、それだけだ。


「助けた、ってわけでもないようだな」

「………!」


 男は片眉を上げて、図星をついてくる。


「………次の『都市』に行きたいだけさ」


 簡潔に答えてから、何故、男の問いに答えたのか疑問に思う。


(あー……何だ?)


 未だに沸き立っている《血》に身を委ねるにはいい獲物だが、わずかな戸惑いと男の雰囲気に気が削がれてしまった。

 まぁいいや、と僅かに左手の人差し指を振って、周囲に張っていた網を回収する。

 そして、周囲の死体の先――この〝島〟の住民たちへと視線を投げれば、びくりっ、と彼らは身体を震わせた。

 そいつらは〝島〟の中心に近づいて来た襲撃者を相手にしていた者たち――乱入するまで防衛していた島民だった。

 そこに乱入し、敵を殲滅した後は〝ある条件〟と交換で撃退を引き受け、自分は次の戦闘区域に向かったのだが、彼らは心配があったので退避していたのだ。


「じゃ、宿泊代と食事代はタダで」


 どこか怯えたような気配は気にせず、声を掛ける。


「あ、ああ……」


 リーダーらしき男が戸惑った顔で頷いたのを合図にして、島民たちは血の気の引いた顔で死体を片付け始めた。


(………シャワーを浴びて寝るか)


 血の匂いが染み付いたままでは、《血》が騒いで熟睡できない。

 一足飛びで血の海を飛び越えて、宿に足を向けた。

 既に返り血で汚れているが、やっと落ち着いて来たところなのに、また血に触れてしまったはゆっくりと眠ることも出来ない。

 背中に畏怖や戸惑いの視線が突き刺さるが、敵意や殺意ではないので無視して歩を進めた。

 明日の朝食を考えながら、その場を立ち去ろうとして、


「ちょっと待ってくれ」


あの男の声が聞こえた。

 しつこい奴だ。無視して歩いていると、


「大人の言葉には、耳ぐらいかせよ」


すぐ真後ろに人の気配がした。

 右手の人差し指を動かして、念のため、回収していなかった糸を操る。

 張り巡らされた糸で男を包み込み――


「――おっと」


背後からこちらの横を通り過ぎ――向き合うように飛び退いた――男が、目の前に現れた。

 視認しにくいはずの攻撃が避けられたことに、僅かに目を見開く。


「?」


 そこで、初めて男に意識を向けた。

 《》で相手が〝クロトラケス〟――同類だとわかるが、強者と出会った時のような高揚はない。


「………何だよ」


 訝しげに眉をひそめると、男は口元に笑みを浮かべた。


「いや、何――お前、空賊になる気はねぇか?」






 それが数多の空賊の中でも一目置かれる〝十空〟の一角――〝黄空〟のメフィスとの出会いだった。

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