07 審査へ向けて


 ユオンはフィルを伴い、ひとまず、図書館に寄るために〝島〟の中心部に向かった。

 のんびりとユオンの隣を歩くフィルに、すれ違う島民たちが視線を投げかけているが、全く気にした様子はなかった。


(気付いているとは思うけど……)


 不意にフィルはこちらを振り返り、


「そういえば、あんまり人は見かけないな?」

「人数的には〝小島〟クラスだから、運営もギリギリなんだ」

「へぇー……少ないのは、審査が厳しいってことか?」

「………、敷居が高く感じるのかな?」


 なるほど、と考え込むようにフィルは腕を組んだ。


(最近は……ディクラだったっけ)


 実際は、移住希望者は頻繁にはいない。

 ここ最近は、数年ごとに二回ほど行っているが、それ以前となれば十年近く前になる。

 その理由は全島民による審査に加え、百人ほどの規模のまま百年近く放浪していることが、排他的な印象を与えてしまうからだろう。

 ただ、人手はギリギリでも運営は行えているので、積極的に仲間を増やそうとも思っていないことも理由の一つだった。


(あと……〝訳あり〟が多いし)


 ちらり、とフィルを見やって、ユオンはため息をついた。


「………なぁ、俺ってトラブルメーカーになっているのか?」


 ふと、思いたったようにフィルは言うが、


「それは半年も前からだよ」

「第一印象が大事だったな……」


 ユオンが肩を竦めると、うむむ、とフィルは唸った。











「珍しいわね。外に出ているなんて」


 ある商店の前を通りかかった時、ちょうど、店から出てきた女性が声をかけてきた。

 四十代ぐらいの女性で、金に近い茶色の髪を首元で一つにくくり、茶色の瞳が細められてユオンを見つめる。

 女性――店主のイザベラは持っていた箱を棚の隙間に置いて、改めてこちらに向き直った。


「別に引きこもってないから」


 確かに『リーメン』にいることが多いが、それはちょくちょく皆が相談に訪ねて来るからだ。あとは、要請を受けて様々な部署に顔も出すことも多かった。


「そう? それで、そちらの人は……」


 そこでフィルに視線を向けて、イザベラは小首を傾げた。


「移住希望者の人、よね?」

「おう。フィルだ。よろしく」

「私はイザベラ。ココの店主よ」


 イザベラが経営する――町が委託している――商店は、輸入した雑貨や日用品、食料などを販売していた。

 島民以外にも旅客が訪れることが多いため、他の店よりは大きい。


「……これから一ヶ月、世話になりそうだな」


 ざっと店内を見渡して、フィルがそう言うと、


大歓迎よ」


にっこりと営業スマイルを浮かべた。


「…………」


 フィルはユオンに振り返り、


「俺の希望は潰えたか?」

「ノーコメントで」

「おい……」


 ユオンたちのやり取りに、コロコロ、とイザベラは笑う。


「冗談よ、冗談。ウェルカムジョーク」

「……ジョーク?」


 フィルは疑いの目を向けた。


(いや、あれは……)


 ユオンも十中八九本気だと思ったが、口には出さなかった。

 さっと、イザベラはフィルを品定めするように見ると、


「……まぁ、今のところは及第点ね」

「微妙な気分だ」


 フィルは顔をしかめ、今のところはって、とぼやく。


「次の『都市』までだいたい一ヶ月はあるんだから、気長に行けば?」


 ふふっ、とイザベラは楽しそうに笑い、


「それで、二人してどこに行くの? アパートは逆でしょ? 審査は出発してからって話だった気がするけど」

「うん。そうだけど、ひとまず図書館にね。出航するまでの暇つぶし用に読みたいらしいから」


 イザベラは小首を傾げ、


「本、読むのね」

「………どういう意味だよ」

「そのままよ」

「………直球だな、おたく」


 ひくっ、とフィルは頬を引きつらせた。






          ***






「じゃあ、また明日『リーメン』で」

「ああ。分かった」


 玄関先でユオンと別れ、フィルは一ヶ月ほどの住まいになる部屋に向き直った。

 入ってすぐ右側にキッチンとリビング、あとは狭い―― 一人暮らしには充分な広さの――部屋があってベッドが置かれ、バストイレ付きだ。

 備え付けの背の低いテーブルに借りてきた本の入った手提げカバンと買って来た食材を置く。

 必要最低限の家具と預けた荷物があるだけの部屋に、


「……やっとか」


思わず、声に出たのは、移住を決意し、半年かけて移住審査が行われるスタートラインに立てたことへの感想だった。

 空賊だったことに後悔はなく、足枷になるとは分かっていたが、まさか、半年も放ったらかしにされるとは思わなかった。




 〝放浪島〟への移住は、フィルにとっても大きな賭けだった。

 今までは【狂華ヘアーネル】としての《血》がいくさを求め、それだけを追い求めていた。

 《血》が叫ぶままに戦場を巡り、強者へとその牙を向ける。

 敗北や勝利は関係がない――興味もなかった。

 ただ、戦闘への高揚に魅せられ、咲き乱れるのが己の《血》だ。

 狂うことが出来なければ、ただ枯れ落ちるしかない。




 空賊を抜け、地に降りて五年。

 十八歳の頃で止まっていた成長見た目は、確実に進んでいた年齢を重ねていった

 〝島〟から〝島〟へ、『都市』から『都市』へと放浪し続け、時に傭兵として戦場を駆け抜けたものの〝力〟の衰えを抑えることは出来なかった。

 何故、それが避けられないのか――〝力〟が衰えたのか、自分自身にも分からず、ただ世界中を駆け回って、やっとこの〝島〟に辿り着くことが出来た。

 〝虹兎〟がいる『ビフレスト島』へ――。




 〝色なし〟を幾つも潰し、空賊たちの間では天敵の中の天敵と噂される〝放浪島〟――『ビフレスト島』。

 空賊だった当時は〝白空〟に興味があったため、特に探すことはしなかった。

 今思えば、何故、会いに行かなかったのかと後悔しているが。

 そして、そこに住む〝虹兎〟もまた、 『都市』の間ではその異名を轟かせていた。

 ただ、その原因として上がる噂は様々で、「禁じられている人体実験施設を潰した」、「『都市』間の諍いを止めた」、「魔獣の大氾濫を抑えた」など―― 一体、どこまでが真実なのか定かではなかったため、真偽を疑う者もいた。

 また、『都市』にも寄りながらも、彼らの航路足取りが掴めないことがその存在さえ疑われていたが、実在することを知っているフィルにしてみれば、その功績を称えた『都市』が隠しているのだと分かった。

 ただ、それは後を追うフィルにとっては、探し出すのは困難を極める、と言う事実を突きつけることにもなったが。




 その『ビフレスト島』にフィルが辿り着けたのは、ただの偶然だった。

 相手は世界中を決まった航路を持たずに彷徨い、足跡さえ残さない〝放浪島〟だ。

 〝空船〟を失った今、その後を追うには同じく〝島〟による移動しかなく、その存在を気にしつつも五年ほど世界を放浪し続け――偶々、立ち寄った『都市』で見つけることが出来た。




―――そして、〝島〟に入った瞬間、どくりっ、と久しぶりに《血》が蠢いた。




 【狂華ヘアーネル】としての本能が、強者の存在を叫んでいた。

 五年の間に渡ってきた〝島〟や『都市』でも感じていたが、この〝島〟ではが違った。



 今までにない血族の匂いに《血》が騒めいて、衰えていたはずの〝力〟に息が吹き込まれたのだ。

 それは、空賊に誘われた時に感じたものと、よく似た感覚でもあった。

 その理由を知るため、降りる予定だった『都市』を通り過ぎても〝島〟に滞在し続けた。




 そして、あの日。

 〝島〟が襲撃を受け、大規模な戦闘が行われた時――高まった気配に《血》が騒いだ。

 その衝動を抑えることが出来ず、気づけばホテルを飛び出した。



 

 そして、見つけたのが、あの白い少年だった――。




 あの白い少年を見た瞬間、〝虹兎〟だと直感した。

 そして、この〝島〟に足を踏み入れた瞬間に覚えた違和感――それはがあることだと気づき、移住を決意した。


「あぁ……楽しみだな」


 一体、〝虹兎〟とは何なのか――今、フィルが興味があるのはそれだけだ。






 フィルは、口の端を上げて笑っていることに――狂気の片鱗が見える笑みを浮かべていることに気づかなかった。

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