第2章 散らされた蕾

06 『フェルダン市』到着


 鬱蒼と茂った深緑の森を一本の巨大な線が塗りつぶしていた。

 『フェルダン市』だ。

 北から南にかけて一直線に町並みが引かれ、南端は広大な青い海へ繋がっている。

 『都市』の中央には、葉のない大樹があった。直径一キロはある〝幹〟に、空へ規則正しく伸びる〝枝〟は無機質な灰色だ。

 機械で作られたその大樹は〝機樹きじゅ〟と呼ばれ、『都市』には必ずあるものだった。

 〝枝〟は四段階に分かれ、頂上部が一番狭くなっており、下になるにつれて広く〝枝〟を伸ばしている。

 周囲には黒い塊――様々な〝島〟が、〝枝〟に着陸するために漂っていた。






 〝機樹〟の第二滑走場第二十三番。

 そこに〝放浪島〟――『ビフレスト島』が着陸した。

 着陸後、離島する旅客が乗るバスや輸出物が次々と降ろされていく。

 ホテルから旅客が出かけたのを見計らって、ユオンはホテルにホフィースティカを迎えに行った。

 ホフィースティカの荷物は、ホテルから今後滞在することになるアパートへ直接運ばれるので、ひとまず、今後の流れを話すために『リーメン』に案内した。

 現在、店内いるのは店員のユオンたちだけだ。それは『都市』に着陸した直後の忙しさから、訪れる者がいないからだった。


「どうぞ――」


 ユオンはいつもの定位置に座り、ホフィースティカに前の席を勧めた。

 シェナもボックス席に腰を下ろし、ソーラはカウンター席からじろじろとホフィースティカを見ている。

 ただ、ホフィースティカは周囲を気にした様子もなく、ジョーが出したコーヒーに「どーも」と能天気に礼を言って、手を伸ばした。


「――ん。やっぱり、美味いな」


 一口飲んで笑みを浮かべたことに満足したのか、カウンターに戻ったジョーは手元のコップに視線を落とした。


「さっそく、審査方法だけど……」


 ユオンの声に「おう」とホフィースティカはカップをテーブルに置いた。


「審査は『フェルダン市』を出てから次の『都市』に行くまでの期間で――」


 ユオンの説明をホフィースティカは、ふむふむ、と頷きながら聞いていた。


「――と。こんな感じだけど、何か質問はある?」

「質問なぁ……若干、見世物っぽいけど視線は感じても無視しろ、ってことだろ?」

「そこは我慢してもらうしかないかな。【狂華ヘアーネル】にはキツイだろうけど」


 審査ともなれば、その相手に視線が行くのは仕方ないだろう。


「まぁな。けど、見られているなら怪しい行動をしていない、って分かるしな」


 一通り、審査の流れをまとめた書類を渡し、


「あとは『都市』に降りたいなら、ついでに申請するけど?」

「ん? いや、降りる気はないからいい」


 ホフィースティカは、パタパタ、と手を横に振るった。


「にしても、滞在は二週間ちょっとか………」

「降りないと暇だと思うけどなぁ」

「………まぁ、『都市』には特に興味ねぇし、のんびりするさ。そうそう、呼ぶときはフィルで頼む」


 ホフィースティカ――フィルは肩をすくめ、カップに視線を落とした。


「滞在中は、ココは開いているのか?」

「……開いてるけど?」

「なら、コーヒーでも飲みに来ようかな」


 どうやら、味が気に入っているようだ。


「……あとは暇つぶしに本が読みたいんだが?」

「本? 役所の隣に図書館があるから、アパートを案内する前に寄ろうか?」

「ああ。頼む」






         ***






 案内してくる、とユオンはフィルと一緒に店を出て行った。

 その背を見送り、二人の気配が遠のいてからシェナは口を開いた。


「意外とフツ―だったわね」

「そう? 結構、好戦的だったわよ?」


 シェナにソーラは小首を傾げる。


「それはそーだけど、もっとこう……一匹狼的なオーラとか?」

「オーラ? また、変なこと……」


 呆れた視線に、むぅ、とシェナは唇を尖らせる。


「変って何よっ、変って!」

「はいはい。ごめん、ごめん」

「軽いっ」


 まぁまぁ、とソーラは手を振るい、


「でも、以前よりも能力は低下しているんでしょうね」


 情報部によれば、〝黒空こっくう〟は十代後半ごろの青年だったらしいが、今の彼は二十歳ぐらいに見えた。空賊を辞めてから五年ほど経過し、少しずつ年齢を重ねていっているのは確かだ。


「そんな感じはしないけど……」


 シェナは眉を寄せた。

 〝力〟の安定によって成長が止まる【狂華ヘアーネル】が年齢を重ねているのなら、ソーラの言う通りだったが、とても、そうは思えなかった。


(アレで弱体化、ね……)


 飄々としながらも隙のない身のこなしに、一見は武器も持たず、無防備にも見えたが、一撃が決まるイメージがわかなかったのだ。


「能力の低下……その境界って、どこにあるのかな?」

「境界って〝ココまでなら現状維持ですよー〟ってこと?」


 子どもじみたソーラの答えに、シェナはじと目を送った。


「その言い方もどうかと思うけど……」

「冗談よ。その辺りのことは、他の〝クロトラケス〟と同じで本人達にしか分からないわ」

「それ、答えになってないから」

「そう?」


 こてん、とソーラは小首を傾げた。


「【狂華ヘアーネル】は特異型で、【Lost Children】は神寿しんじゅ型。タイプが違う――」


 カウンターの中でジョーが言った。

 〝クロトラケス〟の血族には、三つの型に分かれている。

 それが天祐てんゆう型と特異型――そして、神寿型だ。

 半数以上の〝クロトラケス〟は天祐型であり、その次に多いのが特異型、神寿型ともなればごく少数しかいなかった。

 そして、三つの型には大きな違いがあった。

 



―――〝不老〟




 天佑型は能力や体質を除けば〝アポロトス〟と何ら変わらないが、ある条件によって不老となり、百数十年近い寿命を持つ血族は特異型に分類された。

 そして、たった七つの血族しかいない神寿型は、天佑型の倍にあたる数百年の時を生き、また、その〝力〟自体も〝クロトラケス〟の中でも強力であり、血族の名に〝神〟の名を持っていた。

 〝クロトラケス〟は彼らに畏敬を示して〝七ツ族〟と総称し、自分たちを統率する存在として崇めている。

 そして、〝理〟を視る【Lost Children】は成長を犠牲に不老を得ることから特異型に分類される血族だったが、稀に異質な〝力〟を持つ者を輩出し、その者が〝七ツ族〟の一角を担うために神寿型とされていた。

 ただ、、その名も忘れ去られてしまったが――。


「分かっているわよ」


 ソーラはジョーにじと目を向けて、肩をすくめた。


「……私も行こうかなー」

「機関部」

「ペナルティーがあるでしょ」


 ぽつり、とした呟きは、即座に二人に却下された。


「言ってみただけだって……」


 シェナは頬を膨らませた。


「さっさと行くわよ」


 ソーラに腕を掴まれてイスから引きずり降ろされた。


「留守番よろしくー」

「ヒューが見ているんだから、ちゃんと留守番してね?」

「……分かっている」


 シェナとソーラに少し眉を寄せて、ジョーは頷いた。

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