05 移住希望者


 ホフィースティカとの話を終えたユオンは、先に席を外して階段を下りると、フロントに向かった。

 カウンターの中にいた女性従業員がユオンに気づき、


「話は終ったの?」

「一通りは……」


 ユオンは女性に頷いて、辺りを見渡した。


「エミーは?」

「降りる予定のお客様のところを回っているわ。一応、確認しておきたいって」

「そっか。………じゃあ、十五分後に『リーメン』に再集合って伝えて。彼から要望が出た」

「……えっ?」


 ぽかん、と口を開ける女性から視線を外し、ユオンは左側――階段の下にある死角へ振り返った。


「この伝言を全責任者に頼むよ、ソーラ」


 階下の影。その闇の中から『リーメン』にいるはずの茶髪の女性――ソーラが姿を現す。


「やっぱり、気づいてた?」

「必要ないって言ったのに。……あと、

「りょーかい」


 すぅ、と闇に溶けるようにして、ソーラは姿を消した。


「それじゃ、頼むよ」

「えっ……あ、はい!」


 慌てた声を背にして宿泊施設ホテルを出て、ユオンは『リーメン』への帰路についた。


(……【狂華ヘアーネル】、厄介といえば厄介か)


 ホフィースティカの印象は好戦的だが、どこか飄々としていて思慮深い一面も窺えた。

 〝クロトラケス〟の中でも忌み嫌われる血族だが、この〝島〟には特別な感情――憎悪を抱く者はいない。

 〝島〟移住するにあたって、空賊だった経歴が一番の障害になると分かっていたので、直接、ユオンに――〝虹兎〟に話をしたのだろう。


(何でバレたんだろ……?)


 恐らく、あの事件の時の様子からだとは思う。

 ただ、その一度だけで、ユオンが〝島〟でも特殊な位置にいることに気づいたのなら、中々、目敏い――油断が出来ない人だ。











 ユオンが『リーメン』のドアをくぐると、シェナの声と幾つかの視線が刺さってきた。


「帰ってきたわね」

「―――だから、行きたくなかったんだ」


 ボウシを取り、ユオンはいつもの席――奥のボックス席に、店内が見渡せるように腰を下ろした。

 店内には、連絡を受けた部長たちがちらほらと戻っている。


「言いくるめられたって感じ?」

「………そういうわけじゃない」


 むっとして言い返すと、シェナはニヤニヤと笑った。


「それは後で話すとして、そっちはどうなった?」


 そんな彼女は無視して、テーブルに広げられた書類に目を落とした。


「それは――」


 ギュオスたちから打ち合わせた内容を聞き、改めて指示を出しているとつい先ほど解散した面々が集まってきた。

 イッティカにシェナを無理に手伝わないことを念押しして話は終わり、ギュオスとイッティカは席を立って別の場所に座り直す。

 奥のボックス席には、ユオンとシェナだけが残った。


「あとは……ヒューだけね」

「たぶん、寝てるから遅いかな?」

「―――もう、来るわ」


 召集に行っていたソーラは、ジョーからアイスコーヒーを受け取り、ユオンの目の前に腰を下ろす。


「ちゃんと来るの?」

「ばっちり」


 ソーラがシェナに頷いたところで、カラン、とドアベルが鳴った。

 ジョー以外の全員の視線が、入ってきた人物に集まる。


「……どうも」


 その男は集まった視線に臆せず、軽く挨拶をしてあくびを一つ。

 ブラウンの髪には寝癖が残り、目は眠たげに半開きだ。二十代半ばぐらいの優男だが、警備部部長兼緊急時の総指揮官を担う〝島〟の最高戦力の一人だった。

 黒ずくめの服を着込み、まるで闇が佇んでいるようなその男――ヒューストの登場に、しんっ、と店内は静まり返った。

 それは会議の開始に対しての緊張と彼への畏敬からのもので、警備部長という肩書きとその実力以上に〝クロトラケス〟としても一目置かれる特別な存在であるため、仕方がないことだった。


「ヒュー、遅い」

「……寝てた」


 シェナに視線を投げつつ、ヒュースト――ヒューは、一番奥にあるカウンター席に腰を下ろした。ちょうど、ユオンと通路を挟んで座る形だ。

 もう一度、大きなあくびをして腕を組むと、目を閉じてしまった。

 ジョーは構わずにオレンジジュースを出す。ヒューはコーヒーを飲まないのだ。


「じゃ、会議を始めるよ」


 店内がほどよい緊張に包まれたのを見計らって、ユオンは口を開いた。


「さっき、ホフィースティカから移住の申し出があった。審査を行うけど期間は『フェルダン市』を出発してから、次の『リュカル市』までの間――二週間ほどになる」


 質問、とエイルミが手を挙げ、


「『フェルダン市』を出てから始めるのなら、それまでココに滞在するってことよね? 『都市』の滞在期間に行わないの?」

「『都市』滞在中は、審査をしている余裕はないから。次の『都市』に着くまでにして結果次第では、そこで降りてもらえばいいさ」


 騒めく店内にユオンは言った。


「みんなが心配しているのは、元空賊だったことだと思う。……知ってのとおり、彼は元空賊の中でも〝十空〟の一角を担っていた実力者だ。それについては、本人も認めたよ。ただ、五年前に辞めてからは一切関わってはいないから」

「〝クロトラケス〟の【狂華ヘアーネル】でしたよね……?」


 口を開いたのは、五十代半ばほどの薄茶色の髪の男――総務部長のコースザだ。

 オールバックに整えられた髪は、一房だけ赤い茶色に染まっていた。


「うん。【狂華ヘアーネル】としては若いけど、一匹狼で〝十空〟を担っていたのなら実力は高いだろうね」

「血族のことは別にどうでもいいけど、問題は元空賊を〝島〟に入れてもいいの?」


 店内にいる全員が思う疑問をシェナが口にした。


「……今の時期に申請が行われたのは、オレのせいだよ。あと、『フェルダン市』付近に出没している空賊との関係性は、白だって調べはついているから」


 ユオンは情報部長――ローランに視線を向けた。

 茶髪を短く刈り込んだ小柄な男で、年齢は二十代にも四十代にも見える容貌をしているため、よく分からない。

 ぼーっ、とした瞳を虚空に向けていたローランは、注目を集めていることに気づくと目を瞬いた。


「あー……んー……そうだな」


 少しテンポの遅い口調で、ローランは報告する。


「〝十空〟の一人――〝黒空こっくう〟が一匹狼だったのは確かだ。元々は〝黄空〟の部下で、〝島〟だけでなく空賊同業者も襲っていたらしい。その実力が認められ、五年ぐらいで〝黒空〟に選ばれたようだ。一匹狼で担えていたのは、彼の【狂華ヘアーネル】としての実力だろう」

「!」


 その報告――空賊同業者も襲っていたということに、店内に動揺が広がった。


「〝黒空〟時代に襲っていたのは、反〝クロトラケス〟派の〝旅島〟だった。『都市』専門の空賊で、〝クロトラケス〟の〝島〟を襲ったことはない。あと、ちょっと暴れた〝色なし〟の空賊もいくつか潰しているから、内外、どちらからも恐れられてたみたいだ」

「〝アポロトロス〟派の『都市』との確執は確実ね。……で、空賊の方は?


 彼の移住にあたって懸念されるのは、空賊に関する情報漏えいを恐れた空賊彼らが〝島〟を襲ってくる危険性だ。


「空賊に対してのことなら、

「えっ?――それって……!」


 聞いておいて、ぎょっとした声を上げるシェナにユオンは眉を寄せた。

 空賊に関して切れるカードは一つだけしかないのは、島民たちなら誰でも知っていた。


「ユオン様、それは……」


 ダルグレイも驚いて目を丸くし、他の面々も似たような表情をしている。

 ただ、ヒューは気にせずに目を閉じたままで、ジョーは嫌そうに少し眉を寄せていたが。


「だから、いつも通り、彼の人となりを見て決めてほしい。――あと、案内はオレがするから」

「!」

「えっ……ちょっ、」

「本気なの?」


 さらに付け加えられた言葉にダルグレイたちは絶句し、シェナとソーラが声を荒げた。


「オレなら、下手なことをされたら分かる。コースザ、部屋の用意を頼むよ」

「………………分かりました」


 コースザは、ちらり、とシェナたちに視線を向けたものの、頷いた。


「ユオン……」


 諌めるジョーの声もユオンは流し、


「ジョーは警備部と空賊対策。シェナは機関の改修、それをソーラも手伝えば出港までには終るだろ?」

「…………」


 それでもジョーは眉を寄せたままだ。ユオンはため息をつき、


「ヒュー……内外、両方に監視を頼める?」


 全員の目がヒューに向けられた。

 ヒューはゆっくりと瞼を開いて、ユオンを見る。


「可能だ。……今もしている」

「そのまま頼むけど?」

「………ああ」


 ユオンがジョーに視線を戻すと、じぶじぶと言った風に彼は頷いた。


「案内はいつも通りの流れで行くから、よろしく」











 ユオンの解散の声で会議は終わり、島長たちは次々に店を出て行った。

 残ったのは『リーメン』の四人とヒューだけだ。

 ヒューはオレンジジュースに手を伸ばし、その水面に視線を落とす。


「…………決まれば、警備部に?」

「【狂華ヘアーネル】だから、第一候補にはなると思う」


 【狂華ヘアーネル】か、と呟いてヒューはユオンに目を向けた。

 眠たげなブラウンの瞳に、一瞬、鋭い光が灯り、


「……気になるのか?」

「…………」


 その問いに、ユオンは目を瞬いた。

 そう指摘されると、そうなのかもしれない。


「まぁ……ちょっと」


 「えぇ?」と、シェナは大きく眉を寄せた。

 改めてフィルと話しているうちに、少し興味が出てきたのは確かだ。


「………面白そうだな」

「ヒューまで……ユオンの口車にのらなくてもいいのに」

「口車って……」


 シェナの言い草にユオンは眉を寄せた。

 ヒューはオレンジジュースを飲み干し、


「……一度、話がしたい」

「! 分かった。会いに行くよ」


 珍しく、興味を持ったようだ。

 さすがにヒューを見かけたとは思えないので、フィルは驚くだろう。

 ヒューは、ご馳走様、と言い残して、店を出て行った。意外と律儀な性格をしている。


「……一体、どう言うこと?」

「さぁ?」


 シェナとソーラは顔を見合わせた。

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