03 長期滞在の旅客
各部署からの報告が終わって、改めてダルグレイは店内を見渡した。
「『シェルダン市』の滞在は十七日となる。各部署、降りる申請をした者は交代で行くように」
『ビフレスト島』は旅人専用の〝旅島〟とは違って物資の運送や交易を生業としているが、〝中島〟クラスでありながら〝小島〟クラスの人口しかいないかった。
そのため、〝島〟の運営に関しては必要最低限の人数で行っているので仕事を掛け持ちしている者が多く、『都市』に降りるのも調整が必要となのだ。
「―――以上でよろしいでしょうか。ユオン様」
ダルグレイに声をかけられ、ユオンは出来上がったトランプタワーから顔を上げた。トランプタワーに熱中していたものの、話はちゃんと聞いている。
ユオンはすばやく考えをまとめ、
「……二点、追加で」
商業部と機関部の部長二人に視線を向けた。
「シェナが実験した運航システム――それをさらに直したのが出来たんだけど、ちょっと部品が違うんだ。だから、そっちの方を買ってほしい」
「! 分かりました。そちらを手配します」
ユオンの言葉に商業部長――ギュオスは、金色の右目を丸くしたが、すぐに頷いた。四十代ぐらいの赤みがかった茶色の髪を持つ男で、その左目は髪によって隠れている。
彼が目を丸くしたのは、シェナが弄った運行システムの手直しが間に合ったことに対してだ。
もし、ユオンが間に合わなければ、いくつか制限を付けてシェナが弄った方を運用するつもりだった。
「新しい部品については、この後で打ち合わせするから――シェナが」
「えっ、私? ………まぁ、別にいいけど」
急に振られて驚くも、シェナは頷いた。
「――-あ。ちゃんと取り付けも手伝ってね?」
さらに付け加えると、シェナは眉を寄せた。
「あんな設計、君しか分からないよ。この前のペナルティ」
「何で私だけっ……ユオンだって分かるでしょ?」
「………気が向いたら行くよ」
手伝うと今後も色々と調子にのることは長い付き合いから分かっているので、適当に答える。
それに改修工事の計画は無理がないように立ててあるので、シェナが手伝えばさらに短縮が出来るだけだ。
「向かなくても、よろしく」
「はいはい……」
ユオンは軽く流し、再度、ギュオスに尋ねた。
「あと、念のために、もうちょっと余分が欲しいんだけど……報告を聞く限り、まだいけるよね?」
ギュオスはクリップボードに挟まれた紙をめくり、
「―――そうですね。この前のことがあったので、多めに予備は買うつもりでしたが」
「なら、機関部と相談して買い足してくれないかな?……遭う確率、高まってるみたいだからさ」
「!」
ユオンの確信した言葉に、店内が騒めいた。
「これが二点目なんだけど……『都市』の〝機樹〟も襲われてるみたいだし、よほど腕に自信があるのかもしれない」
「………いつ、その
えっ、と驚いた声を上げて、シェナが尋ねて来た。
「―――」
他の皆も、シェナと似たような表情をしている。
ユオンの〝力〟は島民たちには周知のことだが、未だ『都市』は見えていないのでいつ知ったのか疑問に思ったのだろう。
「さっき、オリビアから」
「!」
ほら、と残っていた一枚のトランプをシェナに向けて投げた。
トランプタワーを作っていた時、手に取った一枚のトランプ。ふと、そこに描かれている柄が変わっていることに気付いたのだ。
「………」
投げられたトランプをシェナとソーラ、そして、アイサも覗き込んだ。
本来なら絵が描かれているはずのそこには、
――〝
『フェルダン市』を過ぎたら空賊の狩場に入るから気をつけてね。
オリビアより――
可愛らしい字で書かれた文章に、三人は眉をひそめた。
「《伝言》が残っているから、今は『都市』にはいないみたいだよ」
「いないの……」
残念そうな声を上げたのはソーラだ。
ユオンたちの旧友であるオリビアは『フェルダン市』に住んでいるが、仕事で世界中を旅しているため、かれこれ五年近く会っていなかった。
特にオリビアと仲がいいソーラは、会えないと分かってがっくりと肩を落とした。
「この《伝言》の内容からして、まだ問題は解決していないかな」
ユオンは肩をすくめ、「オレからは以上で」と話を締めくくった。
ダルグレイは店内を見渡し、
「では、他に何かある者は?」
「はいはーい! 一つだけありまーす」
ダルグレイにエイルミが手を挙げた。
「旅客の中でここ半年以上――正確には、八ヶ月と二十一日ほど滞在している人がいるんだけど……」
「………」
全員の視線がユオンに集まった。
(………うっ)
思わず、目を天井に逸らす。
「ちょっと、長いかなぁーと思って」
「………」
「『サンスフィラ市』までだったけど降りなくて………それ以来、ずぅーと乗っているんだよ?」
「………」
エイルミの言葉が耳に痛い。
(………まだ、いたんだ)
はぁ、とユオンは内心でため息をついた。
『サンスフィラ市』は、半年ほど前に通り過ぎた『都市』だ。
決まった航路のある〝旅島〟とは違い、〝放浪島〟は自由気ままに世界中を渡っていた。
そのため、同じ『都市』を訪れるのは二、三年に一度だけの頻度――場合によっては、それ以上の期間が空くこともある。
問題の人物は、降りる予定だった『都市』を過ぎたにも関わらず、未だに〝島〟に滞在しているが、『都市』の滞在は一週間以上の期間を取っていることを考えると降り過ごした可能性は低かった。
また、次の『都市』で降りて、何らかの方法をとる素振りも見せないので、仕事などで『都市』間を移動しているのではなく根無し草の旅人だろう。
そして、それは言い換えれば、何らかの目的を持ってこの〝島〟に留まっていると言う事だ。
「あんたが原因でしょ。何とかしなさいよ」
ニヤニヤと笑うシェナに、ユオンはため息をついた。
「なら、手伝いはなし」
「ええっー!!」
悲鳴を上げるシェナに、にやり、と笑ってからユオンはエイルミに視線を向け、
「……分かったよ。諦めると思ったけど、話すしかないかな」
「もし、〝島〟に住みたいって言ってきたら、どうするの?」
ソーラの問いに、ユオンはトランプタワーに目を落とした。
半年以上滞在していれば、半ば押しかけで移住されているようなものだったが、このまま、ずっと居座られ続けるのも困る。
(……相手も〝クロトラケス〟か)
〝島〟の住民のほとんどは〝クロトラケス〟だが、例え、同じ〝クロトラケス〟だとしても、とある事情から彼の移住については慎重にならざるを終えなかったが――
「話をしたら分かるよ。こっちから持ちかけることになるから、極力、接触は避けていたんだけど……」
トランプタワーの一点をつくと、タワーは崩れ落ちた。
会議が終了して、パラパラと席を立ってそれぞれ担当部署に戻る中、ギュオスと機関部部長のイッティカがユオンたちの元に連れ立ってやってきた。
「購入するパーツなどについて、確認をしたいのですが?」
「そうね。設計図を持って来るわ」
シェナが席を立とうとしたので、慌ててアイサは立ち上がった。
「それでは、私もこれで――」
「ヒューによろしく」
「はい!」
アイサは笑みを向けて一礼をすると、パタパタ、と足早に店を出て行った。
「ユオン様、案内するよ」
「………エミーにそう呼ばれると、からかわれている気がするんだけど」
にこっと笑って近づいて来たエイルミに、ユオンは苦笑しながら立ち上がった。
「――あ。部品はどうするの?」
「メモがあるから、それを参考にして決めておいて」
どこよぉ、と言いながらシェナは奥に引っ込み、ユオンはエイルミと入り口に向かう。
「……ユオン」
店を出る直前、ジョーに呼び留められた。
「問題ないって。行ってくる」
ジョーに軽く答え、ユオンは店を出た。
目立つ白髪を隠すボウシをかぶるのは忘れない。
旅客専用の
通りには仕事に向かう島民たちがいるだけで、まだ旅客の姿はない。
「ジョー様、相変わらずの過保護だね」
ふふっ、と声を上げるエイルミに、ユオンはため息をついた。
「いつものことさ」
「ユオン様も強いのに」
「いや、オレは至って普通だよ。シェナたちと一緒にされるのは困るんだけど?」
「そういうことじゃないんだけどなぁ……」
「そりゃ、経験は……少しあるけどさ」
ユオンの見た目の年齢と実年齢は異なり、少なくとも、見た目の数倍の年月は生きていた。
身体の成長が止まっているのだ。
特異な〝力〟や身体的特徴を持つ〝クロトラケス〟の血族の一つ――【Lost Children】。
ユオンは、その《血》によって、ある年齢に達した時に身体の成長が止まり、半永久的な命を得ていた。
この〝島〟にいる【Lost Children】は、ユオンとシェナ、そして、エイルミの三人だけだ。
シェナとは幼馴染で百年以上のくされ縁であり、エイルミも実年齢は八十歳を越えている。
ちなみに、ジョーやソーラの実年齢は数百歳以上だ。
「それもちょっと違う」
上手く言い表せないのか、エイルミは唇を尖らせた。
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