02 会議はお茶を飲みながら


 午前八時過ぎ。

 各部署の部長ら十数名と島長が続々と集まり、もうすぐ会議が始まろうとしていた。

 メンバーは十代の子どもから六十代ほどの老若男女と様々で、カウンターやボックス席に好き好きに座り、コーヒーを飲む者、書類を読む者、手持ち無沙汰に頬杖をつく者など、各々に寛いでいる。


「あと誰?」

「ヒューだけだよ」


 ユオンの正面に座り、手元のカップに視線を落としながら尋ねて来たシェナに、ユオンはトランプタワーごしに店内を見渡してから答えた。


「……来るの?」

「さぁ?」


 たぶん、来ないだろう。

 何せ、警備部部長のヒュースト――ヒューは怠惰の化身で、戦闘時以外では何処にいるのかさえ分からない神出鬼没の存在なのだ。〝島〟に危機が迫ればいち早く察して動くものの、それ以外の時は容易に捕まえることが出来なかった。


「ここ数週間は、見てないなぁ」

「その前って……… 」

「何?」


 唐突に口を閉ざしたシェナにユオンが笑みを向けると、シェナは慌てて視線を逸らした。


「……べ、別にぃー」


 ずずっ、と音を立てながら食後のコーヒーを飲む。

 最後にヒューを見かけたのは、シェナが一騒動起こした日だ。

 普段、ヒューは外敵に対して警戒しているので、〝島〟内の騒ぎには――余程の事でない限り――姿を見せないが、あの一件はさすがに無視できなかったのか、現場に駆けつけたのだ。


「何もないから来ないんじゃない? 警備のことは後回しにして、始めましょ」


 そう言ったのは、ユオンの横手に座る女性――ソーラだ。

 『リーメン』の店員の一人で、二十代後半ぐらいの赤みがかった茶色の髪に瞳を持ち、すらり、としたモデル体型の身体は頬杖をつく姿も様になっている。


「そうそう」


 シェナは追求を避けるために、ソーラに賛同してくる。


「いくら何でもダメだって――」


 例え、ヒューが姿を見せないと言う事は安全が確保されていると言う事と同義だったとしても、次の『都市』を出てからの空賊の件こともあるのだ。

 〝放浪島〟では空賊の襲撃それが日常茶判事のことだとしても、油断は禁物だろう。

 いい加減な二人にじと目を向けていると、入り口のガラスの向こうに人影が見えた。


「――あ。説得に失敗したアイサが来た」

「お、遅れましたぁ!」


 ユオンの言葉が終わらない内に勢いよくドアが開き、少女が駆け込んできた。

 十六、七歳ぐらいのくすんだ金色の髪を持つ少女で、赤ぶちのメガネ越しに見える瞳も髪と同じくすんだ金色をしていた。

 急いで走ってきたのか長い髪はボサボサになって広がり、トレードマークである臙脂色のマフラーも取れ掛けている。


「警備部副部長のアイサですっ。ボ――部長の代理で出席させていただきます!」


 荒い息はすぐに抑えられ、少し緊張で上ずった声でアイサは叫ぶ。

 彼女の登場で会議のメンバーが揃ったので、店内はしんっと静まり返った。


「すみませんっ、すみません!」

「アイサ。いいよ、座ってくれ」


 ぺこぺこと頭を下げるアイサを島長のダルグレイが諌めた。

 ダルグレイは薄い茶色の髪に同じ色の瞳を持つ老年の男で、いつもにこにこと笑みを浮かべている好好爺だ。


「あ。は、はい……っ」


 アイサは慌てて空いている席を探し、


「ほら、ココにおいでよ」

「えっ……」


 手招きするシェナに目を丸めた。

 一瞬、アイサは躊躇う素振りを見せたが、ユオンたちが座る奥のボックス席に歩み寄った。シェナがソーラに寄って場所を空けたので、ユオンの正面に緊張した面持ちで腰を下ろした。


「ヒューは寝てた?」

「えっと………その……」


 ユオンの問いに、アイサは口ごもりながら頷いた。

 何か言い訳をしようにもヒューの事は〝島〟内に知れ渡っているので、誤魔化すことも出来ないのだ。

 例え、それが安全が保障された、いつものことだったとしても「寝ている」とは言いにくいのだろう。


「なら、安全だ」


 にこり、と笑うと、アイサは目を瞬いて「……はい」と微笑んだ。











「では、会議を始めよう」


 店内を見渡して、ダルグレイが口を開いた。


「まず、旅客部からの報告を」

「はいはーい!」


 ダルグレイに指名され、甲高い子どもの声が上がった。

 旅客部長のエイルミは、まだ十二、三歳ぐらいの少女で、ショートカットの銀色の髪に青い花のついたヘアピンがよく映えていた。


「旅客二十一名のうち、『シェルダン市』で降りるのは十一名。『都市』からの入島予定は六名になります」


 そこでシェナに目を向け、


バッチリ消してあるからね、シェナ様」


 ふふっ、と笑うエイルミに対して、シェナもにっこりと笑みを返し、


「………今、新技思いついたんだけど、試していい?」


 エイルミは大きな銀色の瞳をさらに見開いて、


「お姉ちゃん、こわーい!」

「っ………八十代のばぁさんが!」


 きゃーっ、と悲鳴を上げるエイルミにシェナの目が据わった。

 すっ、とその左手がおもむろに上げられたのを見て、二人の間にいる部長たちは慌てて身を屈める。


「シェ、シェナ様!」

「あらら」


 顔色を青くしたアイサは止めようと手を挙げるものの、何も出来ずにオロオロと泳がせ、一方のソーラは止める気はないようで、のんびりとコーヒーを飲んでいた。

 シェナの左手がの仕草をする――その寸前に、ユオンはトランプの一枚を指先で弾いた。


「――自業自得」

「うるさいっ」


 掲げた手で飛んできたトランプを挟み取ったシェナは、じろり、と睨んできた。

 ユオンは彼女を無視して、


「エミー、うるさくなるから遊ばないでよ」

「はいはーい」

「せっかく、試そうとしたのに……」


 あっさりと引いたエイルミを横目に、ふてくされたシェナはコーヒーを一息に飲み干すと、


「ジョー、もう一杯!」

「……何で、やけ酒風?」


 やれやれ、とユオンはため息をつき、


「ジョー、薄いのでいいから」

「変なこと言わないでよ」


 ユオンとシェナの口ゲンカに緊迫した空気は消えて、身を屈めていた者たちは身を起こした。

 ダルグレイはため息をつき、何事もなかったように話を進めた。


「次に輸出物と輸入物について――」

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