第1章 落ちた種が流れ着いた場所は
01 喫茶『リーメン』
特殊な鉱石と失われつつある技術を用いて造り出された〝島〟は、地上数百メートルの高さを浮かんでいた。
旅島、放浪島、空島、楽園、天島――様々な呼び名がある〝島〟の中で、最も地名度が高いのが〝旅島〟と〝放浪島〟だ。
世界中の空を巡り続ける〝旅島〟や〝放浪島〟は、陸路よりも優れた移動及び交易手段として『都市』間を繋いでいた。
そんな〝放浪島〟の一つ――『ビフレスト島』。
それが、ユオンが住む〝島〟の名前だった。
『ビフレスト島』市政区の一角、中央から少し外れた場所に喫茶『リーメン』があった。
〝島〟唯一の喫茶店だが、ボックス席が四つと十席ほどのカウンター席しかない小さな店だった。
明るく落ち着いた内装の店内には、現在、店員二人だけがいた。
百人にも満たない島民たちは忙しい合間を縫って訪れているが、早朝であることとこれから会議が行われるため、人払いがされているのだ。
店員のユオンは、定位置に―― 一番奥にあるボックス席に座り、会議開始までの暇つぶしにトランプタワーを作っていた。
その見た目は十六、七歳ぐらいだったが、肩まで伸びたその髪は雪のように白かった。同様に肌も白く病弱な印象を受けるものの、赤い瞳は年相応に爛々と輝いている。
この店の二階に三人の同居人と一緒に住んでおり、その中で店を切り盛りしているのはカウンター内にいる男――ジョイザだ。
ジョイザ――ジョーの年齢は二十代後半ぐらいで、同居人以外には仕事に関する事ぐらいしか口を開かない寡黙さに、切れ目がちの黒い瞳は鋭い光を放っているため、お世辞にも接客業には向いているとは思えない人物だ。
ユオンの左横にある観音開きのドア――店の奥に通じている――が開き、ふらり、と一人の少女が現れた。
「……おはよーぅ」
ぼんやりとした眠気のとれていない声に、
「おはよー」
ユオンものんびりと声を返す。
現れた少女はユオンと同い年ぐらいで、青みがかった銀色の髪は緩く紐を組み込みながら編まれ、半開きの瞳は綺麗な碧眼だった。
幼さが残る可愛らしい顔立ちは大人しそうな印象を抱かせるが、その印象とは裏腹に明るく活発な性格をしていた。
少女――シェチルナは半開きの大きな瞳をパチパチと瞬かせ、カウンターの一席に腰を下ろした。
「ジョー………ごはんー」
そのまま、カウンターに突っ伏しそうなシェチルナ――シェナに、ジョーは無言で大皿を差し出した。
大皿には幾つかの仕切りがあり、それぞれに軽く焼き直したパンやベーコンエッグ、サラダなどの料理が盛られ、カップに入ったスープも置かれていた。
「ありがと……」
シェナはコップの牛乳で口の中を湿らせて、パンに手を伸ばした。一口大にちぎって、口に放り込む。
黙々と食事を進めていくうちに目が覚めてきたのか、ぼんやりとした視線を店内に向けて、残る一人の同居人兼店員の姿がないことに気づいた。
「………あれ? ソーラは?」
「召集中だ」
その問いかけに、言葉少なに答えるジョー。
シェナは「……へ?」と気の抜けた声を出し、
「―――って、敵襲っ?!」
かっと目を見開くと、大声で叫びながら立ち上がった。
「っと――」
トランプタワーに全神経を注いでいたユオンは、びくっ、と身体を震わせて動きを止めた。トランプタワーに異変がないことを確認してから、じろり、とシェナを睨む。
「違うって。まだ寝ぼけてる?」
「……え? 違うの?」
すとん、と落ちるようにイスに座り直したシェナはイスを回して、ユオンに振り返った。
編まれた髪に挿してある簪が、電灯の光を反射して煌めく。
「じゃあ、何よ? 何か話し合うことあった……?」
「『都市』だよ、『都市』。お昼前ぐらいには到着予定! ………一昨日、報告あったよね?」
「えっ?……あー、そうだった?」
まだ寝ぼけているのか本気で忘れているのか、シェナはパチパチと目を瞬いた。
はぁ、とユオンはため息をつき、
「この前、シェナが実験したアレで速度が速まったんだよ。……おかけで、こっちは大変なんだけどなぁ」
「ふ、ふーん………そう」
やっと思い出したようで、頬を引きつらせたシェナはもう一度イスを回して背を向けると、食事に戻った。
ユオンはトランプタワーに視線を落とし、カードを一枚ずつ両手に持って、
「……機関部のみんな、怒っていたな」
「うっ……」
「予定が大幅に狂ったから、遠まわしに愚痴ってくるし……」
「ううっ――」
立てたカードから手を離し、ちらり、と視線をシェナに向ければ、首を竦めて俯いている姿が目に入った。
その後頭部にジョーが、じーっ、と視線を落としている。
(………こ、こわっ!)
無表情のジョーにユオンが内心で慄いていると、
「わ、分かっているわよ!」
勢いよく顔を上げたシェナは、ジョーの視線を振り払うようにフォークを振るう。
「………」
「危ないって……」
無言でフォークから距離を取ったジョーに代わって、ユオンは呟いた。
「あ。ごめん」
シェナはジョーに一言謝り、またイスを回して身体ごと振り返ってきた。その桜色の唇を尖らせて、
「でも、あれは緊急時の速度を上げたいって言われて、私とあんたで作ったんでしょ!」
「ん? まぁ、そうだけど――」
新しい運航システムを作成したのは、前回、立ち寄った『都市』でこれから向かう『都市』――『フェルダン市』からその次の『都市』にかけて賊が出没するという情報を入手したためだ。
〝島〟を襲う賊――空賊。
彼らは〝
〝空船〟は〝島〟と比べて小回りが可能で、その移動速度も段違いのために群れて襲撃されれば鈍重な〝島〟では恰好の獲物でしかない。
そのため、彼らは〝島〟に警備部が配置される最大の理由――天敵なのだ。
数カ月かけてシェナとユオンは機関部と協力して運行システムの見直しを行っていたが――
「それをさらに改造したのは、どこの誰だったっけ?」
確かに、ユオンも相談に乗ったりと関わっていたが、作成したシステムを独断で更に改良したのはシェナだった。
あやうく、システムの機能停止までいきかけたことを共犯にされてはたまらない。
「うっ―――ちょ、ちょっとだけよ?」
「……ちょっと?」
「そうよ! 少し失敗したからって――」
「少し……」
ユオンはあの時の惨状を思い出し、
「………アレで?」
その一件のおかげで機関部の一部にガタが来てしまい、何とか補修して運航している状態なのだ。
一応、そのシステムをさらにユオンが見直して導入する予定だったが、いくつか改修する箇所や部品の交換が必要なので、『都市』滞在中、機関部はいつも以上に忙しくなるだろう。
じと目を向けられたシェナは、引きつった笑みを浮かべ、
「あれは……その――」
うぅーっ、と唸り、頭を抱えたかと思うと、
「私よ、私が悪かったわよ! 今度は気をつければいいんでしょ!」
「また、言ってる……」
その言葉は、もう何回目だろう。
はぁ、と大きくため息をつくと、
「またって何よ。そんなに頻繁に言ってないわ」
「十年前に点検した時にも、いじくって一騒動起こしたのは?」
「そ、それは……っ」
十年ほど前に行った機関部の大規模な点検でも、シェナは似たような失敗をしていた。その時も、何とかメインシステムへの被害を防いだのはユオンたちだ。
前々回も同じようなことを言い合っていたので、明らかに失敗から学んでいない。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………ごめんなさい。もう勝手にいじくりません」
「ホントかなぁ……?」
がっくり、と肩を落とすシェナに、ユオンは片眉を上げた。
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