異世界でトレーニングジムを開いたのに誰も体を鍛えない件

佐藤.aka.平成懐古厨おじさん

鍛える(意味深)

「こ↑こ↓が今日からお前の経営するトレーニングジムだ!」

そういって、王国の兵士は去っていた。


廃墟にしか見えないトレーニングジムを前に、一人立ちすくむ俺。

ランニングマシンも、サンドバックも、プレスべンチも無いじゃねえか。

何だよ、これじゃあ体を鍛えることが出来ねえよ。せっかく異世界に来て、心置き無く、鍛錬に励めると思ったのによお。


よくよく見てみれば、この建物レンガ造りだし、どう考えてもトレーニングジムじゃねえ。

というか、アイツらトレーニングジムが何たるかを理解してねえだろ。

まあ、ファンタジーっぽい世界だし、ある方がおかしいんだけどさあ。


クラスメイトと共に、魔王討伐の勇者候補として、異世界へ召喚された俺は、来て早々に、いかにも王様っぽい見た目のおっさん(実際、王様だった)の前で、【ステータスチェック】なる身体測定らしきイベントに参加させられた。これは、俺たちが勇者として使える人材かどうか調べるために、能力を確認するという作業だったらしい。魔力測定、スキル診断など、よく分からない不毛な検査を受けるハメになった。


他のクラスメイト達が、「膨大な魔力がある!」やら「希少なスキルの保有者だ!」などと絶賛される中、ただ一人「こんな筋肉バカはいらん」と一言だけ告げられた。

俺は筋肉には自信があったのだが、どうやら異世界では評価されない項目だったらしい。


俺のスキルは、筋肉増強(極大)と鍛える(意味深)という二種類だった。

筋肉増強(極大)は、筋力を飛躍的に向上させるスキルだ。個人的には、超強力な能力だと思ったのだが、異世界人の評価はイマイチだった。まあ、アイツら、いかにも筋肉嫌いそうだったし、しゃあないね。

鍛える(意味深)に関しては、不評を通り越して、酷評を受けた。あまりにも意味不明な能力だったらしく、王の靴下を履き替えさせる役目の召使いにすら、嘲笑されたほどだ。


「ホンマつっかえんなあ、お前。臭そうなスキルしか持ってない奴はいらん(棒読み)」というのが、異世界の王による総評だった。


その後、「お前は魔王討伐に参加出来ないから、とりあえず、何か好きな施設を経営しとけ」的なことを言われ、トレーニングジム運営を志願したら、こんな辺境の地に連れてこられた。


俺の人生をメチャクチャにしておいて、この扱いは酷過ぎるだろ。楽しい高校生活を謳歌しつつ、自分の身体を鍛え抜くつもりだったってのに。いきなり行方不明になったのだから、俺の家族やトレーニング仲間も、今頃心配しているのに違いない。


まあ、いくら嘆いても仕方が無い。

こういう時は何か楽しいことを考えよう。


とりあえず、さっきの兵士は、なかなかいい体してたな。

やっぱり、軍隊で体鍛えてるだけあるよな。現実世界にいた時は、筋肉が好きだなんて、口が裂けても言えなかったが、ここは異世界だ。こうなったら、本当の自分自身と向き合って、自らの本能に忠実(意味深)に生きてやるぜ。


そんな事を考えていた時のことだ。

どこかから、悲痛な、しかし、己の運命を見つめる覚悟を感じさせる男の声が聞こえてきたのは。


「おっ、お願いだぜ……そこの兄貴。俺の最期を看取ってくれねえか」

「あんたの体、ボロボロじゃねえか。一体、どんだけ無理したんだよ」

崩れ落ちた柱の陰から、全身に傷を負った獣人男が現れた。


「兄貴、俺は多分もう駄目だ。最後に俺の身の上話でも聞いてくれねえか?」

「おいおい、縁起でも無いこというんじゃねえよ。今すぐ、手当てすりゃ大丈夫だ」

「ハハハ、冗談がきついぜ、兄貴……」

俺は、獣人男の元に駆け寄り、出来るだけの手当てをしてやった。

魔力の乏しい俺でも、簡単な回復魔法くらいなら使える。傷が深いとはいえ、こいつを助けてやる事くらいは、出来るはずだ。


しかし、いくら回復魔法をかけても、獣人男の傷は治らなかった。

「無駄だよ、兄貴。俺の体にはもう回復魔法は効かねえんだ」

そう言うと、獣人男は、自らの身の上について語り始めた。


獣人男は、ある王国の奴隷戦士だった。

森で平和に暮らしていたところを人間に捕らえられ、奴隷にされたのだ。

「戦果を上げれば、自由にしてやる」という言葉を信じ、毎日のように敵国の兵士や魔物と戦い続けた。

戦闘で負った傷は、回復魔法で強引に回復させられ、すぐに次の戦いに駆り出された。そんなことを繰り返すうちに、獣人男の体に異変が起きた。

回復魔法で傷が治らなくなったのだ。それどころか、体が日に日に弱っていくようになった。

魔法で強引に傷を回復し続けたのが原因だった。


「お前はもう用済みだ。残り少ない命だが、自由に生きるんだぞ」

その一言で獣人男は自由になった。いや、正確には捨てられた。


獣人男は、傷ついた体で、この世界をさまよい歩いた。

自らの死に場所を求めるために。


「大丈夫だ、お前のその魂のあり方は、俺の心に刻んでやる。この胸に飛び込んでこい」

そう言ってやることしか出来なかった。俺は、ただ己の無力さを痛感していた。


「兄貴……最期にアンタみてえな男に会えてよかったぜ。多分俺は、兄貴に会うためにこの世に生まれてきたんだ。俺が死んでも、兄貴が俺のことを覚えてくれてるんなら、もうこの世に思い残すことはねえよ」


俺は、獣人男の体を強く抱きしめた。

強く、たくましい、しかし、包み込むような温かさを持つ肉体だった。この男は、出口の見えない絶望の日々の中でも、生き抜くことを諦めなかった。鍛え上げられた筋肉が、その事実を雄弁に物語っていた。気が付けば、俺の頬を涙が伝っていた。


その時だった。獣人男の体から、凄まじい光が発せられたのは。


「アッーーーーーーーーーーーーーーーー」

獣人男が絶叫を上げる。しかし、それは悲鳴というよりは、快楽に満ちた咆哮だった。


そして、閃光が消えた時、獣人男は信じ難い言葉を口にした。

「何だ、この体の内から沸き起こる生命力は!さっきまで、死にかけてたのが嘘みてえだ!」


一体、何が起こったんだ?

こいつの体は回復魔法を受け付けなくなったんじゃないのか?

俺はとりあえず自らのスキルを再確認してみた。


筋肉増強(極大)

己の筋肉を極限まで高めるスキル。筋肉の力で、不可能を可能にする。


鍛える(意味深)

文字通り、自分の周囲の対象者をあらゆる手段で鍛えるスキル。

己の肉体と向き合い、極限まで鍛え上げた者に与えられる奇跡の力であり、百万人に一人のアニキだけが持つ事の出来る能力。


一体どういうことなんだよ(困惑)。

日本にいた頃の俺は、ノンケのフリをして、退屈な人生を送るつまらない男だった。まさか、これが俺のアニキ(意味深)としての真の力だってのか?

なんか、これもう分かんねえな。とりあえず、これは俺の愛と筋肉の力が引き起こした奇跡ということにしておこう。


「うおおおおおおおお、兄貴いいいいいいいいいいいい!」

歓喜の声を上げる獣人男。この男に必要だったのは、回復魔法などではなく、愛と優しさによる抱擁だったのだ。


だいたい、この世界の人間は、何でも魔法に頼ろうとして、自分自身の力で物事を解決しようとしない。己の筋肉の力を信じれば、何でもできるというのに。

本当にどうしようもない愚かな者達だゾ。


「うおおおおお、兄貴い!俺、兄貴のためなら何でもするぜ!」

獣人男は、かなり興奮しているようだ。とりあえず、何とか落ち着かせないと。

というか、コイツのテンションどう考えてもおかしい。


こいつ、ひょっとしてホモなのか。


「おっ、落ち着け。ところで、うち、トレーニングジムやってんだけどさあ。ちょっと上がってかない?」

「あ〜、イイっすねー。流石だぜ、兄貴!」


ああ、間違いない。こいつはホモだ。

いくら命の恩人とはいえ、出会ったばかりの男に、そんな風にホイホイとついて来る奴がノンケであるハズがない。


ボロボロの廃墟の中に入っていく俺と獣人男。

こんな廃墟に男二人きりとは……。


俺はノンケには手を出さない主義だが、相手がホモだって言うんなら、遠慮することは無い。


ただ野獣と化して、蹂躙するのみだ。


「アイスティーしか無いんだけどいいか」

そう言って、王国から支給されたアイスティーを差し出す。

この世界でも、アイスティーは人気の飲み物らしく、魔法のビンなるものに詰められて、販売されているようだ。


「もちろんだぜ、兄貴!何たって兄貴は俺の命の恩人だからな!兄貴のためなら、何でもするぜ!」


「そうか……何でもするのか……じゃあ……」

そう言って、俺は野獣男のたくましい肉体をねっとりと見つめる。

さっきまでは、気付か無かったが、近くでよくよく見てみれば、コイツ本当にイイ体してるじゃねえか。己を信じ鍛錬し続けた者特有の美しい筋肉を持ってやがる。


「あっ、兄貴……それは……」

「ん?さっき何でもするって言ったよな?」

「えっ……」

さすがに困惑しているようだ。

兄貴として、何とか安心させてやらねえと。


「安心しろ、俺がしっかり鍛えてやるから」

そう言って、俺は、獣人男ににじり寄る。獣人男は、逃げようとはしなかった。

どうやら俺を受け入れるようだ。と言うより、己の運命を察したと言うべきか。


俺はもう、自らの内に沸き起こる衝動を抑えられなかった。


「お前の事が好きだったんだよ!」

俺は、先程よりも、強く、激しく、獣人男の体を抱きしめる。


「アッーーーーーーーーーーーーーーーー!」

しばらくして、朽ち果てたトレーニングジムに、俺と獣人男の嬌声が響き渡った。


こうして、俺のトレーニングジムに愉快な仲間が一人加わった。

やれやれ、俺はただ体を鍛えたいだけだってのによ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界でトレーニングジムを開いたのに誰も体を鍛えない件 佐藤.aka.平成懐古厨おじさん @kinzokugaeru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ