第16話
「ったく、酷い目に遭った」
玉座に腰かけながら、俺は昨日ディアに締め上げられた体を撫でた。まったく、思い切り締め上げやがって。体が真っ二つになるかと思ったぜ。
「ふふ、女に抱きしめられただけで根を上げるとは、鍛錬が足りないんじゃないか?」
「じゃあお前もやってみろよ」
横に立ったラグエルはこう言うが、実際あの力で抱きしめられたら誰だって死にかけるだろ。
そんな思いを込めて、俺は恨めしそうにラグエルを見上げてみたが、当の本人はどこ吹く風で全く堪えていない。
「お話し中の所、申し訳ございません。ゲド様、お手紙が届いております」
「ん?」
サバスチャンから恭しく渡された封書を裏返して見ると、見慣れた封蝋にご丁寧に右下に「ゲド・フリーゲスへ」の一文。
はぁ、またアイツか。
「え~、何々?ゲド・フリーゲス……」
『ゲド・フリーゲス。我が配下のメルディアを下したようだが、あまり調子に乗らないことだ。これにより、貴様は明確に我が敵となった。これから、次々にお前の元へと四天王の精鋭たちが襲い掛かることだろう。せいぜい恐怖に恐れおののくがいい』
「はぁ~」
「どうしたゲド殿?」
「いや、言いたかないんだけどさ。なんでこう、お前らの上の奴ってのはダメなの?」
「何がだ?」
「いや、だってさ、アレだよ?もう一人やられてんだよ?それなのにさ、次々に襲い掛かるってさ、いっぺんに来りゃいいじゃん。連携取れば勝率上がるだろ?なんなの?仲悪いの四天王って?それとも、コイツがバカなの?」
心底めんどくさくなってきた。勝手に自滅とかしてくれんかな?
「それは強者の矜持というやつだ」
突然現れる生首にも流石にもう慣れた。しかし、親子そろって矜持だなんだと、本当に呆れた奴らだ。
「出たよ、強者の矜持。言っとくけどな、お前ら強者じゃないからね?息子は今のところ良いとこ無しだし、親父に至っては三十年前に負けてるからね?」
「ぐぬっ」
「もう矜持とか良いから。元だけど一応魔王とその息子だろ。魔の王だよ?もっと汚い手とか使えっての」
「ゲド殿、それくらいにしておけ。先代様が居たたまれん」
「いや、ダメだ。この前説教したのにまだ分かってないからな。俺はちゃんと分かるまで言うぞ。そうしないと、俺が苦労する羽目になるからな」
「ゲドさ~ん、あれ?どうしたんすか?」
体を揺らしながらスラ公が謁見の間に入ってきた。
「いや、なんでもねぇよ。どうした?」
「メルディアさん戻ってきましたよ」
「お、そうか」
ディアには見張りがてら魔王城の周りを飛び回らせていた。怪しい奴を見かけたら報告するように言ってあるが、何か見つけたかな。
「ゲド、今帰った」
「おう、お帰り」
人間の姿に戻ったディアが謁見の間に入ってくる。
この前まで俺の命を狙ってたくせに、一仕事終えたと言わんばかりに軽い雰囲気で俺の前に現れるあたり、順応が早いと言うか、肝が据わっていると言うか、まあ、四天王の余裕というやつだろうか。
「お風呂にする?食事にする?それとも、わ・た……」
「それは普通帰りを待ってた奴が言うセリフだ」
これ以上長々と話すのはめんどくさいからバッサリと切り捨てることにする。ディアが不満でふくれっ面になっているが、そんなことを気にする俺じゃない。
てか、本当にいい根性してるよお前は。
「それで、どうだった?」
「今日は風が穏やかでとてもいい飛行日和だった。ゲドも後で一緒にどうだ?」
「嫌だ」
「すごく気持ちいいぞ?まるで自分と空が一つになったような感覚が味わえる」
「絶対に嫌だ!」
例え風が穏やかだろうとなんだろうと、もう二度とディアとは空を飛びたくない。あの時のことを思い出すと恐ろしくて鳥肌が立ってくるわ。
「それで、他には?」
「う~ん――そうだ!大事なことを忘れていた!」
「なんだ!?」
もしかして新しい四天王が攻めて来たのか!?
「ここに来る前に厨房担当の……ガッドと言ったか?彼から今日の昼食は肉料理にする、と。楽しみだなゲド!」
「へぇ~、そうかぁ。今日の昼食は肉料理なのかぁ。ディア?」
「ん?」
俺の手招きにディアは何の疑問も持たない顔で近づいてきた。心なしか少し嬉しそうで、まるで飼い主に呼ばれた犬みたいだ。
目の前まで来たディアに、俺は右手でチョイチョイと頭を下げるように伝える。俺の顔と同じ高さにディアの頭が来たことを確認し、中指を親指で押さえ――
「てい!」
「いひゃい!」
俺はデコピンをお見舞いした。我ながら良い音がしたな。
「ゲド!?何するんだ?」
「うるせぇ!偵察に行かせた成果がお空が綺麗で昼食がお肉ですってか?誰がそんなこと調べて来いっつった!?まったく、元魔王と言い、四天王と言い、お前らダメダメすぎるだろ!」
「わし関係なくない!?」
「うるせぇ生首!監督不行き届きで同罪だ!」
本当にもう、こんなんだから勇者に負けるんだよ。
「……すまなかったゲド。少し気が弛んでいたようだ」
「分かれば良いんだよ。分かれば。それで、他に何かあったか?」
「そうだな、あと変わったところと言えば、ランスロットが大軍を率いて進軍して来ていたことぐらいかな。後三十分もすればここに着くんじゃないか?」
「……オラァ!」
「いひゃい!」
俺の見事なチョップがディアの眉間に炸裂した。我ながらイイ角度で入ったな。
「そういうことを先に言えよ!」
弛んでるのは気持ちだけじゃないだろ。
「で、数は?」
「およそ四十」
「四十か……」
やっぱりうちより数多いよなぁ。どうすっかなぁ、めんどくせぇなぁ。
あぁ、頭痛くなってきた。こういう時は頼りになる真面目担当に話を振るに限る。
「ランスロット……」
「お、何か考えがあるのかラグエル?」
流石真面目担当。ラグエルならなんか作戦立てられんだろ。俺はもう考えるのめんどくさいし、後はコイツに任せよう。
下を向きながら何か思案している様子。きっと作戦を考えているに違いない。
お、顔を上げた。何か浮かんだか?
「あんのゴミ虫がァァァ!!」
「ラグエル!?」
なんだ!?いきなりラグエルが吼えた!?
「あの野郎、今すぐ息の根止めてやる!」
「ちょっ、ラグエル落ち着け!キャラが違う!」
どうした真面目担当!?ここは冷静にどうするか考えるように促すのがお前の役目だろ!?
「止めるな!あのカス虫の息の根を止めないと、俺が俺でなくなる!」
「待てラグエル――サバスチャン!止めろ!」
「御意に」
今にも城から飛び出していきそうなラグエルをサバスチャンに捕らえさせる。流石サバスチャンと言うべきか、すぐにラグエルの背後に回り込み、両腕で羽交い絞めにするようにして動きを止めた。
が、なんとラグエルはそのままの体勢のまま前進していく。
おいおい、このままじゃ飛び出して行っちまうぞ?そんなことになったら……俺が面倒事を処理しなきゃいけなくなるじゃねぇか!嫌だよそんなの!
「ディア、一緒に止めろ!」
「わかった!」
「――くっ、放してくれ!」
背後にサバスチャン、前にディアと囲まれたラグエルはやっと動きを止めた。動きが止まったのを確認して、俺はラグエルと話すべく玉座を立って奴の前に出る。
「落ち着けラグエル。ディアの話じゃランスロットはまだここには着かない。取り乱して逸ってもロクなことにならねぇぞ」
「――ッ」
「うそ!?くそ野郎が真面目なこと言ってる!?」
「ぶっ飛ばすぞスラ公。とにかく、落ち着けよラグエル」
「……わかった」
話を聞く気になったのか、サバスチャン達に無理やり抑えられていたラグエルから肩の力が抜けたように見えた。
よしよし、これでなんとか俺だけが面倒事を抱える事態だけは避けられそうだ。
「それで、なんでそんなに目の敵にしてるんだ?」
「奴とは因縁があるんだ」
「一体どんな?」
ラグエルの顔が歪み、拳が小刻みに震えながら握りしめられている。あのラグエルがここまで取り乱すんだ。相当深い因縁に違いない。
「そう、あれは二年前――」
「あ、ちょい待ち。その話長くなる?なるべく短くまとめてな?」
「いや、しかしここは奴との因縁を明かす大事な……」
「いいから。お前らの因縁とか興味ねぇから。時間ねぇし、結論だけ纏めろ」
明らかに不満顔だが、あと三十分もしたら来ちまうって言うし無駄に時間を使うわけにはいかんからな。
「わかった。奴は……」
「奴は?」
「マリアを口説こうとしたんだ!」
「は?」
「奴は昔、あろうことかマリアを口説こうとした。あの時は全力で止めたが、あの声、あの顔、今でも思い出すと虫唾が走る!」
あぁそうですか。虫唾が、へぇ~
「それだけ?」
「それ以外に理由が必要か!?」
「そうかそうか。それじゃあ仕方ないな。フー」
俺は深く息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。落ち着こう。落ち着かなければいけない。
あぁ、息を吐き出すにつれて段々と頭が冴えてきた。自分がすべきことがよ~く分かった。よし、決めた。
「サバスチャン」
「はっ」
「ちょっとコイツ、どっか適当なところに縛りつけといて」
「ゲド殿!?」
「ご命令とあればいたしますが、本当によろしいのですか?」
「いいよ。アホみたいな理由で自滅されたらかなわんからな」
ったく、ラグエルのシスコンにも参ったもんだ。ただでさえうちは戦力が少ないんだから、くだらないことでこれ以上戦力を減らすわけにはいかん。
「ゲド殿!私は奴と決着を!」
「うるせぇシスコン。少し頭冷やしてろ。サバスチャン、いいから連れてっちゃって」
「ゲド殿~!」
俺の名を叫びながらラグエルはどこかへ連れて行かれてしまった。
さて、ラグエルが戦力外となると、やっぱり俺が作戦立てなきゃいけないのかなぁ。めんどくせぇなぁ。
「スラ公、お前なんか作戦ある?」
「いきなり俺に振らないでくださいよ。そんないきなりなんてポンポン出てこないですよ」
「だよなぁ」
「ゲド!」
「おい、生首、お前なんかないの?」
「なんかあったらとっくに意見しとるわ。少しは自分で考えろ、現魔王だろ」
「ちぇっ、使えねぇな」
「ゲド!ゲド!」
「シャドー……はどうやって喋ったらいいか分からねぇし。はあ~、サバスチャンが戻ってきたら聞いてみるか」
「ゲ~ド~」
「えぇい!じゃれ付くなディア!今真面目な話してんだよ!」
人が真面目に考えてる時に、どうしてコイツはこうふざけるかね?
「私に考えがある!」
「はいはい、分かったから。昼食は肉らしいから。それまで静かにしてろ。な?」
「信じてないな!?私も四天王の一人だぞ!」
「うるせぇ!ハウス!ハウス!」
まったく、素直に言うこと聞く分、犬の方がまだ楽だよ。
「まぁまぁゲドさん、メルディアさんの意見も聞いてみましょうよ」
「そうだぞゲド、四天王として部下を率いてきたメルディアなら何か良い案があるかもしれん」
「あ~?」
どう見ても考えるより行動が先ってタイプに見えるんだがな。どうせ、作戦とかは部下に任せてたんだろ。
「仕方ねぇ。わかったよ。ほれ、言ってみろ」
「ふふん、そんなに聞きたい?」
「聞きたくない。はい、作戦ある人~?」
「ちょ!ごめんなさい!聞いてください!」
「ふん、分かれば良いんだよ。で、なんだ?」
「まず、私とゲドが魔王城の前で待ち構える」
さっそく不安な要素しかないんだが……。まあいい、最後まで聞いてみるとしよう。
「それで?」
「私が出来る限り援護するから、ゲドは真っ直ぐにランスロットの所まで行く」
「で?」
「ランスロットと一騎打ちで見事ゲドが勝利し――いひゃいいひゃい!」
「この口か?ただの人間の俺に無茶させようってのはこの口か?あぁん?」
ディアの頬を両方から思い切り引っ張って黙らせる。やっぱりコイツは頭を使う作業は無理だ。
「良い作戦だと思ったのに……」
引っ張られた頬を押さえながら残念そうなディアだが、そもそもただの人間の俺に四天王と一騎打ちさせようって作戦のどこが良い作戦なんだ。
「俺がランスロットに勝てるわけないだろうが」
「そんなことないと思うけど」
「い~や、俺のことは俺が一番よく知ってる。俺じゃ無理!断言できる!」
「私には勝てたじゃないか」
「それはお前がチョロイからだよ」
「チョロくないよ!」
「あ!生首が腕立て伏せしてる!」
「え!?」
もちろんディアが振り向いた先にいた元魔王の生首は腕立てなどしていない。てか、首だけなのにどうやって腕立てやるんだよ。
「――ッ!シャドー!腕立てだ!」
「やらすなド阿呆。これでわかったろディア。お前は、自分が思ってる以上にチョロイんだ」
俺はがっくりと肩を落としたディアを慰めるように肩に手を置いた。
「ゲド……」
「ん?」
やっと自分がチョロイと自覚したか?
「バカぁ!」
「ぐっ!」
ディアは振り向きざまに俺の腹に拳を打ち込むと、そのまま走り去ってしまった。
わからん、なぜ俺がボディーブローを食らわなきゃならんのだ。
「ゲドさん、生きてます?」
「う……ちょ、今無理」
腹の痛さのためにそれ以上喋れなかった俺は、作戦を自分で考える覚悟を決めなければいけなかった。
経験値0で魔王になる方法 hideki @hideki88
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